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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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豪商の手腕

 いったい……、どういうことだ?王国側から領土割譲を提案してきただと?アレクサンドル王子は何を考えている?彼がまだ王になっていないからなど関係なく、自国の土地を自ら譲り渡すなんて到底出来ることじゃない。苦渋の決断とか言っていたが、その程度の感情で決断できないはずだ。

 血の涙を流しながら睨むぐらいの表情をしていてもおかしくないのに、アレクサンドル王子は冷静に座って俺たちを見ている。上手く感情を隠しているとも考えられるが……、それができるならこの会談で代理人など立てないだろう。その感情が微塵も感じられないのは、前もってこの流れになることを知っており、既に折り合いをつけたからと考えるべきだ。

 ……ヴァジから持ちかけたのか?とにかく、これは彼らの計画通りに進行している可能性が高い。

 しかし、俺たちにとって都合の良い流れだ。とは言え、まだ触りしか聞いていない。素直に頷くべきかは相手の話を全部聞いてからだろうな。


 「果たしてそれが俺たちが受けた被害と釣り合うかどうかだ。王国はどの程度を割譲しようと考えている?」


 詰まるところ、それが問題だろう。さっき王国に請求したのは、犠牲者遺族への弔慰金や復興に費やす金だ。会社で言えば原価分を回収したに過ぎない。ここからが利益だ。

 50年の長期収入が確約されたと考えれば諸手を挙げて喜びたくなりそうだが、分割された収入を得たところで国が動かす資金からすればすずめの涙。だとすれば、得る土地で利益を得るしかないのだが、それが微妙だったら意味がない。悪立地で開拓や建築に莫大な費用が掛かるかもしれないし、最悪住人が集まらないことだってあり得る。

 シリウスが言っていたように、飛び地にでもなれば管理だけで手一杯になる。利益を得るどころか、損するかもしれない。

 割譲された土地が広ければ選択範囲も広がり、好立地を探しやすいのだ。

 ヴァジは頷くとテーブルの下に手を伸ばして、何やらゴソゴソと探し始めた。間もなくして探しものが見つかったのか、手には丸められた紙が握られていて、すぐにそれをテーブルの上に広げた。

 その紙は地図だった。大陸の地図ではなく、王国の領土だけの地図のようだった。


 「法国はここで、魔法都市はここら辺り、そして帝国はここらが妥当ではないでしょうか?」


 ヴァジが次々と地図を指していく。

 王国は各国からすぐ隣の土地を割譲するつもりようだ。飛び地にならないのは有り難いけど、その土地は非常に狭い。各国の拡大する領土が、小指の第一関節の半分もない。これではどの国も納得しないだろう。


 「話にならないな。小さな村が数個できる広さはあるが、そこから得る税は新たに国境の関所でも建設すれば追加投資しなければならないほど少ない。長期の収入を考えての提案だろうが、不利益が多すぎる」


 「少々強欲なのでは?領土が増えるだけでも儲けものだと思いますが」


 「戦争を仕掛けた側が言って良い言葉じゃないだろ、それは。苦痛を受けたから求める慰謝料なのに、それが原因でさらに苦痛を受けるなんて笑えないぞ」


 「一理ある」


 他人事のように言うな。まあ、ヴァジは王国の代表ではあるが、実際には王国民ではない。戦争に関わっていない第三者からすれば他人事か。でも、俺がまだ『狂化』スキルを持っていたら怒りが溜まる暴言だっただろう。恐喝紛いの脅し文句の一つでも言ってただろうな。もしくは強引な暴力で。どちらもヴァジには効果ないだろうけど。

 いやぁ、『狂化』スキルがないだけで別人のような考えになるもんだなぁ。おっと、今は集中しないと。


 「自由都市出身の第三者と搾り取られそうになっている王国からすれば、そりゃあ強欲に思えるかもしれないけど、自分の国が襲われてから言ってくれ。……話を戻そう。その条件では到底受け入れられない。地図を凝視しなければ国境線が変わったかわからないじゃないか」


 暗にもっと寄越せと言っているようなもんだが、下手に分かり難いことを言ったり回りくどいと変な解釈をされる恐れがある。俺たちが土地を欲しがっていることを隠したいからと『他に代案はあるか?』なんて聞いて、本当に別の代案を出してきたりしたら目も当てられない。

 王国が土地の割譲で支払いの長期化を提案する流れなんだから下手なことは言わず、もっと出せと欲を出した方が良いだろう。土地が欲しいと要求できたら楽なんだが、この世界の常識ではそれを言うのは駄目なんだから仕方ない。


 「ふーむ、これは厳しい。……度々恐れ入りますが、もう一度相談してもよろしいでしょうか?」


 断る理由はない。好条件をヴァジが引き出してくれるならいくらでも相談してくれ。

 俺は頷いて了承すると、再びヴァジとアレクサンドルが席を立ってテーブルから離れていく。しかし、代理人を立てると不都合があった場合はいちいち相談しなければならないからテンポが悪いな。認めてしまったもんはしょうがないから我慢するしかないんだが。

 さっきもそうだが背を向けていて顔が見えないから、口の動きで何を話しているかわからない。どの世界でも読唇術には気をつけているってことか。いや、ヴァジならそれぐらいの用心はしているか。

 二人が戻ってきたのはさっきよりもさらに長い10分後だった。

 王国側の二人が席についた途端、ヴァジが地図にチョップをするようにして王国を縦に区切った。王国全土の8分の1ほどぐらいにヴァジの腕が置かれている。


 「それは?」


 「50年の長期化。これだけ割譲したら合意しますか?」


 つまり王国の8分の1を手放すから、あとは俺たちで好きに分け合ってくれってことか。悪くない条件だ。

 俺はオーセブルクを手に入れられれば、残りは法国と帝国に譲っても良い。それならば十分な領土を法国と帝国は手に入れることができるだろう。

 シリウスとルカに視線を送ると、二人も納得できるだけの土地だったようで頷いてくれた。

 50年の長期収入とまあまあ広い領土。それならば何とか利益を出せるか……?どちらにしろ二人共納得したんだ。この条件を受け入れよう。

 受け入れようとしたんだ。だが、その前に地図を縦に区切っていたヴァジが腕を動かした。


 「さらに、50年の支払いを無くして頂ければ、ここまで割譲するそうですがどうしますか?」


 「なっ?!」


 地図の4分の1までヴァジの腕が動いている。先程の倍で、しかもレッドランスの大領地まで含まれている。今まで変な縁があったが、こんな所にまで関わってくるか。もう一つ大きな街もあって、計2つの街を手放すつもりらしい。北側には数個の村もあるようだ。ずいぶんと太っ腹だ。

 しかし、50年の賠償金を無くすのが条件だと言ってきた。現金が欲しい魔法都市としてはなんのメリットもない。帝国と法国は大喜びだろうが……、さて、どうするか。

 悩んでいるフリをして、今度は俺たちが相談しなければならなそうだと考えていると、ヴァジがまたテーブルの下に手を突っ込んで別の紙を出してきた。

 なんだ?数字の羅列が書かれているが……。


 「この羊皮紙にはここまで割譲した場合に含まれる大領地2つ、レッドランス領とヴォーデモン領の数年分の税収入が記載されています。まだ賠償金が如何ほどかを話し合っていませんが、50年の長期賠償よりは早く回収できるかと。念の為参考までに」


 「さっき相談して決めたと思っていたが、どうしてそんな紙があるんだ?」


 「可能性を追求したまでです。アレクサンドル王子が何を決断しても対応できるように」


 おいおい、この世界の豪商って凄いな……って騙されるか!俺だって日本にいた頃は腹案とその資料を用意して取引先に出向くことは多々あったけれど、自分ではなく他人が決断し、それに対応した書類全部を用意するなんて不可能だ。

 さらにヴァジが紙をもう一枚テーブルに広げる。

 今度は何だ……。そろそろ思考加速しなければ考える時間が足りないんだが……。


 「ずいぶんと懐疑的な表情をしていますね。でしたら、これを見て頂ければ少しは証明できますか?」


 今度の羊皮紙には法国や帝国の文字とその下には数字の羅列が書かれている。ヴァジはその一つ一つを指で差しながら説明していった。


 「こちらは法国の農産物輸出入の大体の数字。法国は農産物の輸出が一切ない上に、輸入は年々増加傾向にあります。食料自給に難があるのでは?一方で帝国は食料に困っていませんが、木材が不足しています。不仲な国が多いので輸入にも頼れないのは厳しいですね。どうやら両国共、緑豊かな土地は必要だと感じておられるようだ」


 どうやってここまで調べた?!二人共データを公開しているわけでもないんだぞ?!っていうか、魔法都市のことは何も書いてないが新手のいじめ?


 「準備期間はたっぷりとありましたので情報を集めたまでです。伝手はありますから。ああ、それに魔法都市は建国が最近過ぎて情報がありません。ですが、環境とその性質を考えればオーセブルクを他国に管理されている現状は面白くないのではと簡単に予想できます。管理権さえあれば十分な利益になるとも。王国は土地の割譲を提案した以上、オーセブルクの管理権も譲渡しますが……どうしますか?もちろん、あくまでも提案ですので選ぶのはそちらです。50年の利益を得るか、それとも広大な領土を手に入れるか」


 まるで考えを読んでいたかのように、ヴァジが俺の疑問に答えた。

 マジかよ。異世界の大商人、ヤベーな!伝手って言っていたから、ヴァジが個人的に持っている商人ネットワークで集めた情報ってことか?

 やってくれたな、ヴァジ。欲しい物に正しく見当をつけて目の前にぶら下げて来やがった。

 ……これは確実に相談しなければならないな。


 「少し相談させてくれ」


 「もちろんです」


 今度は俺たちが席を立ち、テーブルから距離を取る。十分離れた途端、ルカがおでこに手をやりながら溜息を吐いた。


 「あの方、何なんですか?わたくしたちの近くに間者でも仕込んだのでしょうか?」


 「ルカ、口調戻しても良いぞ。魔法都市に裏切り者はいないぞ。というか、どの国にも寝返り工作なんて仕掛けてないだろ」


 「それはどういう理屈だ?可能性はあるだろう?」


 「後々露見したら危ういからだ。こっちには圧倒的な戦力がいるのを忘れている」


 ルカがシリウスの存在を思い出して納得したと頷く。


 「ああ、なるほど。とすると、やはりジークフリート殿の商人仲間から仕入れたか」


 「その線が最も濃厚だな。しかし、提示してきた条件は俺たちにとって確かに都合の良いものだ。選ぶまでもなく後に出された条件を飲むべきだろ」


 考えるまでもない。俺はオーセブルクを取り、ルカとシリウスは肥沃な土地を手に入れられる。それも広大だ。大きい都市もそのまま譲り受けることになるから、街を育てる必要もなく莫大な税が初年から得られるおまけ付き。住民が移住しなければという条件も付くが。それでも全員はいなくならないだろう。

 俺は合理的にそう判断した。だが、今まで黙って聞いていたシリウスは不満気に舌打ちをする。


 「勝った気がせんな」


 まさにそうだろう。ヴァジがどこまで読んでいたかはわからないが、資料を用意していたことから想定の範囲内だったのは間違いない。試合に勝って勝負に負けたとも言い換えられるな。シリウスが悔しがるもの分かる気がする。


 「でも、国土の4分の1も割譲するんだから、王国には十分な痛手を与えられただろう?」


 「ふん、何を言う。貴様は重要なことを忘れているぞ」


 「なんだよ、重要な事って」


 「アレが用意した地図は、元ナカンの領土が書かれていない古い地図ということをな」


 あー、なるほど!元ナカンの領土を王国が統治するから、4分の1を失っても元々の国土より広がるのか。その上、賠償金は最低限で済ますことができる。あちらにも利益はあったってことだ。

 だけど、これ以上何かを言っても今の条件より好転する補償もない。俺たちが望んだ結果に落ち着くんだから大人しく飲み込むべきだろうな。


 「どちらにしろ王国は金と土地を払う。ヴァジが上手くやったと思っているならそう思わせておけば良い。狙い通りの物を手に入れられるんだから、俺らは勝ちだ」


 「貴様がそれで良いならば、我に言う事はない。法国の、貴様はどうだ?」


 「わたくしも構いません。経過はどうあれ、国に必要なものを取れたのですから」


 シリウスは不満気だったが、全員の意見は一致した。手に入れた土地を俺たちでどうやって分けるかの問題は残っているが、それは後日ゆっくりと話し合えば良い。


 「じゃあ、土地を手に入れる方向で決着をつける。いいな?」


 最後の確認に二人が頷く。よし、席に戻ろう。

 ……しかし、もっとややこしい交渉になるかと思っていたが、あっさりと終わるな。いや、これこそが豪商ヴァジの実力ということか。ほぼほぼ全員が満足する結果なんて普通は出来ない。ちょっと甘く見ていたかもしれないな。

 さっさと決着を付けたいと逸る気持ちを隠すように俺たちは席に着く。


 「ヴァジ、俺たちは50年の賠償ではなく、土地割譲の方に合意する。だが、その前に現在住んでいる住民たちはどうするのか聞いてもいいか?」


 「会談終了後すぐ各都市に結果を知らせ、王国民のままを望む者がいた場合は移動させる予定です」


 まあ、そうだよな。最悪、住民がいなくなってもすぐに移住できる入れ物があるだけでも良しとしよう。


 「了解した。では、この条件で決着させよう」


 「分かりました。では、仲裁役である自由都市の面々。後は頼むぞ」


 ヴァジがこの交渉を終わらせるために仲裁役のコンパス大統領へ向けた言葉は、今まで丁寧な口調ではなかった。それに対してコンパス大統領は気にした様子もなく頷いて了承し、頭領のフォーシブリーは僅かに顔を顰めていた。

 ふーむ?ちょっと関係性がわからないけど、自由都市のトップだからといってヴァジは謙る必要はないみたいだな。頭領フォーシブリーは気に入らないみたいだけど、あのコンパスって大統領にその様子はない。ポーカーフェイスが得意なのか、または出来た人間のどちらか……。とにかく、自由都市は決してまとまりがある国ではないということがわかった。一つの情報として覚えておくか。

 その自由都市の二人が手慣れた様子で羊皮紙にさらさらと書いていく。この羊皮紙にはこの会談で合意された内容が書かれていた。同内容のものが5枚用意され、その内1枚は仲裁役である自由都市が保管するようだ。残り4枚は連合側と王国の4カ国分だが、こちらには署名が必要になる。

 俺たちは王国へ渡す一枚の紙に連名でサインし、アレクサンドル王子は俺たちが受け取る3枚にサインした。

 そして、交換し合うと戦争賠償交渉の会談は終わった。

 結果からしたら大勝利だった。言い争うこともなくすんなりと合意に至ったが、それはヴァジの手腕によるものだろう。結局はヴァジの独壇場だったか。

 でもな、俺の見せ場はこれからだから。負け惜しみじゃないよ。


 「さて」


 わざとらしく大きな声を出して俺は席を立つ。さて、帰るとするか。そういう雰囲気を出す。

 すると――。


 「お待ちいただけますか、ギル代表殿」


 自由都市のコンパス大統領が俺に声を掛けてきた。

 ほら、やっぱり俺の見せ場はこれからだってのは当たってた。

 俺はニコリと微笑みながら振り返った。


 「なんでしょう?」


 オーセブルクの管理権じゃない。迷宮都市全部を頂くとしよう。

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