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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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王国との交渉

 自由都市を煽りに煽り、焦らせて物欲を高めた。先制攻撃成功どころか、もはや先制点を上げたと言って良いぐらいだ。

 しかし、本番ここからだ。王国から最高の条件を引き出し、勝利で終わらなければならない。だが、それは困難を極めるだろう。自由都市から来た二人を軽視しているわけではないが、王国の代理はヴァジだ。

 自由都市の英雄、ヴァン・ジークフリート。

 王国の対策はしようがないと、俺は準備期間から考えていた。とは言え、何もしなかったわけではない。ヴァジについては詳しく調べた。

 けれど、自由都市の英雄である、ヴァン・ジークフリートの情報はシリウスから聞いた以上のことは何も得られなかったのだ。

 まあ、その理由は何となくわかっている。帝国の英雄であるシリウスとは違い、戦場で名声を博したわけではないからだ。

 もちろん、この世界の英雄が偉業を成したから呼ばれるのではなく、国が指定して決まるのも理由の一つなのだろう。その国では実力が証明されていても、他国には知られていないことだってある。

 しかし、ヴァン・ジークフリートの情報がないのは、彼のスキルが暗殺系、または隠密系なのが理由だろう。知られていないのではなく、知ることすら出来ないのだ。ターゲットはほぼ死んでいるだろうしな。過去にシリウスが狙われたらしいが、もしシリウスが生き残っていなければヴァン・ジークフリートの存在すら知られなかったかもしれない。

 だが、逆に商人ヴァジの情報は集め放題だった。

 シリウスからは当然として、魔法都市の街で仲間に軽く聞き込みしてもらっただけでも多くの情報が集まったのだ。特に商人からは詳しく聞けたらしい。

 ヴァジは行商が難しい帝国の商人と直接取り引きができる人物だとか、各国の首都に店舗を持つ大商人であるなどだ。直に取引をしたことがない商人もヴァジの名や噂を知っていることから、彼がどれだけ商人の世界で有名なのかがわかる。しかし、それだけ集め放題だったヴァジの情報も、現在どこで活動しているのかや本拠地の話題になると商人たちはわからないと首を横に振る。彼のプライベートともなると商人たちは首を傾げるばかりだったそうだ。

 つまり、ヴァジが凄い商人であることしかわからなかったわけだが、この交渉においてはそれが知れただけでも十分な収穫だったと言える。やはり、絶対に油断してはならない相手だと再確認できたからな。

 さて、そんな油断大敵な王国の代理交渉人のヴァジは、俺が自由都市を煽っても、交渉が始まっても口を開かず静かなままだ。

 それがまた重苦しく、面々を緊張させる。その張り詰めた空気の中で口火を切ったのは連合側である法国聖王ルカだ。


 「王国は敗北と賠償責任を負う宣言を既にしていますので、我々は王国を責め立てるなど無駄はせず、賠償の話を進めたいと思っております」


 この緊張感でまだ思春期すら迎えていないであろう年齢の彼女は勇気があると誰もが思うが、これもまた予定通りだ。

 俺やシリウスは攻め込められた立場や性格的に王国を責めずにはいられない。だが、そんなのは時間の無駄だ。感情は排除して交渉を始めるには、信仰の国の王で冷静なイメージがあるルカに口火を切ってもらう必要があったのだ。

 俺たちはそれぞれに役があり、ルカは言わばアメとムチのアメ役。

 俺とシリウスは、やや不満だが仕方ないといった表情で頷くだけでいい。


 「もちろんです、聖王陛下。王国は非を認め償うと、アレクサンドル殿下が仰ったのを私も聞いています。此度の戦で亡くなった各国の兵士のご遺族やあなた方王族に対しても、後日に公の場で謝罪することを約束します。それでどうか今は不満を抑えて頂き、話を進めて頂ければと思います」


 ヴァジが丁寧な口調で答える。

 酒場で俺と話していたような気楽さは一切ない。あれが商人モードのヴァジか。怖い顔に似合わず丁寧だな。

 そのギャップに驚かずにはいられないが、ルカはそんな気配を一切見せずに「わかりました」と淑やかに頷いた。


 「此度の争いで法国は多くの兵を失っています。帝国も兵に犠牲がありますし、魔法都市に至ってはさらに街が破壊し、多大な被害を被りました。その被害に相当する金銭を王国はいつ支払えますか?」


 『支払って頂けますか?』ではない。支払うのは当たり前で、それはいつになるかとルカが聞く。少々強引に感じるが、王国は既に賠償すると宣言しているからこれぐらいで良い。


 「詳細な金額は出ていますか?」


 ヴァジは微笑みながらルカだけはなく、俺やシリウスにも視線を向けて質問で答える。

 地球の、それもただの会社員だった俺には理解不能なやり取りだ。戦死者の数はあらかた把握出来ているが、それに詳しい金額なんて出せるはずがない。だが、この世界ではこれが普通だ。兵士一人に明確な金額が設定されており、犠牲数を掛けて金額を出すようだ。

 シリウスに常識を教わった時に知った俺も、既に金額は出している。

 俺はポシェット型マジックバッグから魔法都市、帝国、法国の犠牲者数と金額が書かれた植物紙を数枚取り出して全員に配る。


 「これがそうだ。魔法都市の欄には壊れた建造物の金額も含まれている」


 「拝見します」


 ヴァジが無精髭の生えた顎を撫でながら受け取った紙に目を落とす。自由都市の面々も仲裁役として確認しなければならないのか真剣に見ている。

 ヴァジが目を通し終わると、隣にいるアレクサンドル王子と小声で相談し始めた。しばらくして話がまとまったらしく、ヴァジは俺に視線を戻す。


 「王国はこちらの金額で了承します」


 以前までの俺ならば「意外にもトントン拍子に進むじゃないか」と考えたかもしれないが、これは普通のことらしい。シリウスは「犠牲者や街の被害に関しての請求はすんなりと通る」と言っていた。王国もある程度は調べるだろうが戦死者の全てを調査することなど不可能だからだ。喩え、実際の戦死者数より多くとも敗戦国側は大人しく頷くしかない。この資料に書かれている数字も各国数十人分ずつ上乗せしているしな。


 「王国はこれをいつ支払可能だ?」


 「一年以内ではいかがでしょう?」


 「それでは厳しい。犠牲者の遺族の怒りを鎮めるには早い方がいい。そうだな……、三か月以内ならば抑えられる」


 「では三ヶ月後でよろしいでしょうか。王国もご遺族の方々に誠意を見せるべきでしょうから」


 この即答に俺は少し動揺する。高額なのにたった三ヶ月で支払い可能だからというのもあるが、それよりもヴァジが言いなりだったことにだ。

 アレクサンドル王子は賠償金を抑えるためにヴァジを代理として立てたんじゃないのか?それとも彼が言っていたように、こういう交渉事が不慣れだったから?

 どちらにしろ連合側には好都合だ。それにこれからが本番だ。

 そして、バトンはシリウスに。アメとムチのムチ役だ。


 「ジークフリート、まさかこれで終わりとは考えていないな?」


 「……もちろんです、シリウス皇帝。これの他に費やした戦費や、あなた方、王の精神的苦痛などの慰謝料と、さらに植民地回避のための金銭も発生します」


 戦勝国の戦費は理解できるけど、他はちょっと馴染みない言葉だ。

 これもシリウスに聞いたことだが、この世界は地球の中世同様に王が出陣することも珍しくない。その戦争中の王の手間や肉体的疲労、戦いの精神的苦痛に対しても敗戦国は金銭で賠償しなければならないようだ。ただの一般市民ではなく、国を治める王が受けた心労なのだから当然らしい。わかるような、わからないような。

 植民地回避の賠償金というのは、戦勝国が敗戦国の領地を奪えないルールがあるからこそ発生した概念だそうだ。俺たちは一時的に王都と王城を占拠したことになっている。なっているというか事実だが、それを返還する代わりに金銭を請求することができる。


 「ふん、わかっているなら良い。聞くまでもなく、王国の王族は首都返還に高値を付けたであろうな?」


 首都は国の中心である重要な都市。当然、その価値は高い。オーセリアン王の代わりに敗戦の宣言ができる王族の帰りを待つために勝手に王城で居座っていただけだが、結果的にそれが賠償金を釣り上げることになったわけだ。

 ムチ役であるシリウスの役割は、賠償金は安くはないぞと再認識させること。この役目は清いイメージがあるルカでも、国の歴史がまだない魔法都市の俺では務まらない。世間で不遜王と称されるシリウスこそが相応しいし、プレッシャーも与えられる。……相手がヴァジでなければ。

 ヴァジの表情に変化はない。先程と全く変わらず微笑んだままだ。


 「十分承知しております、シリウス皇帝。しかし――」


 ここでヴァジは微笑みを表情から消し、一旦間をおいた。それから軽く首を横に振って続ける。


 「王国も膨大な兵を失っています」


 ああ、やっぱり来た。ここからヴァジが何かを仕掛けてくる。一体、何をするつもりだ?

 シリウスは「ふん」と鼻で笑う。


 「それがどうした?我が気にかけることでもなかろう?」


 「その通りです。が、王国では兵士が戦士した場合、その遺族に弔慰金を支払う事になっています。これは此度の戦争以前に交わされた契約であり、王国は賠償金より先に履行する義務があります。勝手な言い分ではありますが、自国民を優先しなければなりません」


 これが本当のことかわからずルカに視線で確認してみる。王国に多くの信者がいるルカなら知っている可能性があったからだ。

 俺の視線に気がついたルカが小さく頷いた。事実ということだ。

 俺は思わず眉を顰める。だってナカンと争っていた時から数えたら、亡くなった王国兵の数って700万人近くになるんだぞ。そんな莫大な弔慰金なんて払えるはずがない。この世界は紙幣じゃない。増刷すればどうにかなるわけじゃないんだ。


 「ほう?貴様らが勝手に仕掛けた戦の報いはどうでも良いと?それは遺恨を残すであろうな」


 「いえ、もちろん支払うことに依存はありません。ただし、50年間の長期賠償とさせて頂きたい」


 「長い。ヒトの寿命ではないか。我が生きているうちに使えぬ金に価値があるとは思えんな」


 「しかし、弔慰金の支給は既に始まっています。まさかシリウス皇帝は、これ以上の支出は王国が国として成り立たなくなることがわかっていながら、それでも出せと仰るか?国が亡くなれば長期の支払いすら出来なくなるのです。それに国を失った民衆がどうなるか理解できないわけではないでしょう?」


 要約すると、シリウスが自分の苦労に対しての慰謝料なんだから自分の生きているうちに寄越せと言い、それに対してヴァジは無い袖は振れない、国が滅ぶぞと答えた。

 どちらも正論だ。だが、ヴァジの言い分が少しだけ説得力があるか。国を失った国民の怒りの矛先を何処に向けるか。俺たち連合なのは間違いない。ゲリラを生み出すことになって国内を掻き乱されるなんて笑えないぞ。

 王国が滅んでも俺たちの目標である土地は手に入るが……、多すぎる。突然、広大な領地が手に入っても面倒見きれるはずもない。統治に失敗した民たちが暴走するのが容易に想像できる。そんなことになれば長い内戦状態に突入し、利益どころか大損だ。

 シリウスも俺と同じ想像をしたようで、舌打ちをしている。だが、50年の長期賠償支払いという提案に頷くわけにはいかない。けれど、シリウスはもう限界そうだ。ヴァジとは昔から犬猿の仲っぽいから、苛立ちで何を仕出かすかわからない。英雄同士の戦いに巻き込まれるのは避けたい。

 ちょっと予定より早いが俺の出番だな。

 俺の役割は調整役。目的のレールに話を乗せる。


 「ヴァジ、俺たちも国を統治するため、そちらの希望に頷くわけにいかないのは理解してくれ」


 「当然でしょう」


 「ここからは互いが納得できる条件を話し合おう」


 「……わかりました。アレクサンドル殿下と相談させてください」


 「失礼」と俺たちに断ってから隣に座るアレクサンドル王子と席を立つ。俺たちから少し離れた場所で再び相談し始めた。

  5分ほどすると話がまとまったようで、ヴァジは疲れたように息を吐きながら重々しく頷いた。

 だが、なぜだか俺にはその仕草がわざとらしく感じた。気の所為かもしれないが、ヴァジがほくそ笑むのを必死に堪えているように見えたのだ。

 二人がこちらに戻って来て席に座る。


 「お待たせしました。アレクサンドル殿下は連合の要求に応えたい一心で、苦渋の決断をしてくださいました。アレクサンドル殿下は支払いの一部を、王国の領土を割譲することで補えないかと提案しております。いかがでしょう?」


 驚くことに王国は俺たちの目的のものを自ら差し出して来たのだ。

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