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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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交渉の日

 「ギル、出発の時間」


 今日は王国との会談日だ。少しだけ緊張しながら出かける準備をしていると、エリーが俺を呼びに来た。ドアの向こうから抑揚のない声が聞こえる。


 「ああ、今出るよ」


 そうエリーに応えてから、昨日オーセブルクで買っておいたポシェット型のマジックバッグに、机の上に用意してあった物を丁寧に詰め込んでいく。

 結局昨日は買い物以外は何もしなかったなぁ。シリウスやルカものんびりしていた。まあ、そのために二日前に前のりしたんだけど、話もしなかったのは少しだけ焦る。

 で、今日は戦争に破れた王国から魔法都市、帝国、法国の三カ国連合がどれだけの賠償を得るかを交渉する大事な日。交渉の結果次第では国民が満足せず、遺恨を残すことに繋がる。

 俺の役目はできるだけ多くの賠償金とオーセブルクを手に入れることだ。賠償金は当然の権利だが、この世界では特に土地を奪い取るのが難しいそうだ。

 この世界では戦争で勝ったとしても土地を奪えない。王国がナカンをまるごと手に入れることが出来たのは、ナカンの王が不在になったからだ。統治者がいないから王国が代わりに統治する事ができた異例中の異例で、もし王族が残っていたら王国の領土にはなっていなかったはずだ。あのオーセリアン王がそれで満足したとは思えないけどな。ちなみに、リディアは既に国名が違うのだからと興味なさそうにしていたから未練はないのだろう。

 とにかく、それだけ難しいからこそ今日のために色々と準備をしてきたわけだ。

 失敗を考えると、多少の緊張は仕方ないな。そんな事を考えていると支度が終わった。最後の確認として部屋を見回してから部屋を出る。


 「おはよ」

 「おはようッス。旦那」


 ドアを出ると、オーセブルクまで護衛として動向してくれたエリーとシギルが挨拶をしてくれる。エリーは普段通りに口数少なく、シギルもいつもの通りに笑顔で快活な口調だ。

 彼女たちは今日の会議中も護衛として俺のそばにいてくれるのだが、一切発言はしないからか緊張は一切感じられない。

 彼女たちの気楽さを羨ましく思いながら、俺も「おはよう」と挨拶を返した。


 「シリウスとルカは?」


 宿の階段を降りながら、二人はもう出発したのかを聞いてみる。


 「もう先に出た」


 「そうか」


 護衛役であるからか、俺を護るために先を進むエリーが軽く振り返りながら答えた。ちなみにシギルは背後にいて、二人で挟み込むようにしながら俺を護衛するようだ。

 予定通りか。会談場所に着くのは俺が最後になりそうだ。日本にいた頃には会議とか最後に到着することなんてあり得なかったから少しだけ焦ってしまうが、これもシリウスやルカと事前に決めていたことだ。

 決して、寝坊したのでも準備が遅かったのでもない。ちゃんと意味があって、敢えてしている。

 オーセブルクは、魔法都市と違って個人用の時計はまだ普及していないから、時間を知る方法は時の鐘しかない。会談開始はその時の鐘がなる頃。そして、俺の到着予定はその時の鐘がなる直前。会談開始のギリギリ前だ。

 生まれた頃から鐘の音で時分が感覚でわかるこの世界の住人とは違い、俺は小型化された時計がある地球出身者であとどれ程で会談開始の鐘がなるかなんてわからない。だから、エリーとシギルに出発時に部屋へ呼びに来て欲しいと頼んだのだ。彼女たちの判断ならば間違いなく直前に到着するだろう。

 とは言え、この世界では少しの遅刻は当たり前らしい。彼女たちを信用していないわけではないが、この大陸の殆どの国が集まる重要な会談に遅刻するわけにはいかない。


 「エリー、少しだけ急ごうか」


 だから俺は前を歩くエリーにそう声をかけてから宿屋を出た。



 急いだのもあって、無事に鐘が鳴る前に会談場所へ到着した。

 会談の場所は、俺たちが宿泊したオーセブルクで富裕層が住むエリアにある。各国の王が集まるのだから比較的安全な富裕層エリアなのは当然なのだが、このエリアで個人的に貸し切り可能な場所は限られている。

 そこは俺も来たことがある、賢者試験をした会場だ。賢者試験の時は魔法を使用しても問題ないような観客席もある小規模なグラウンドだったが、会議ができるような部屋も借りることが出来る。何より専属の警備兵がいるのが素晴らしい。

 その分借りるのに大金が掛かるけど。まあ、この会場を借りた料金も王国に請求するから問題ない。

 問題があるとすれば、あまりにも広いという点だろう。俺とエリー、シギルは三人して迷う。あたふたしながらあっちこっち歩き回り、ようやく目的地である『第一会議場』を発見した。

 危なかった。流石に俺のせいで待たせるのはまずいよな。

 何とか遅刻は免れてホッと安堵の息を漏らし、会議場の扉を開く。

 直後、時の鐘が鳴った。

 素晴らしいタイミングで劇的な登場になった……、なんて思うことなど出来ず焦った表情になりそうになるが、ニヤリと不敵な笑みを無理矢理作って隠す。

 危ない危ない。道に迷って遅刻したなんて流石に恥ずかしすぎる。

 会議場を見渡すと、コの字のように机が置かれていて既に参加者が席についている。シリウスとルカが座っているのが連合の席で、向かいにはアレクサンドル王子とヴァジがいるから王国の席か。そして中央には見知らぬ人物が二人。恐らく自由都市の仲裁人だろう。周りにはそれぞれが連れてきた護衛が離れて立っている。

 連合側に席が一つ空いていて、そこが俺の座る席だろう。

 さて、俺も自分の席に向かいたいが、ギリギリになったことをまず詫びるべきか?それとも謝らずに名乗る?会社の会議だったら謝罪一択だが、各国の代表と会談したことなんてないからわからん。

 僅かな時間悩んでいると、シリウスが「こっちに来い」と顎をしゃくって合図をしてくれた。どうやら何もする必要がないみたいだ。

 俺は焦っているのがバレないようにゆっくりと進んで席に座る。そして、エリーとシギルが下がるのを確認してから一つ深呼吸をする。それから――。


 「待たせたようだ。早速、始めよう」


 ――会議の開始を促した。

 最も遅く到着した俺がこんな事を言うなんて異世界社会を舐めているけど、これも予定通りの行動なんだよなぁ。進行役でもある自由都市の二人を差し置いて宣言しちゃったけど大丈夫かな?

 自由都市の二人をチラリと見てみると、別に苛立った様子はない。商人だから上手く隠しているとも考えられるが、気配すらないから平気そうだ。気配まで隠しているのならそれはあっちが凄いと褒めるべきだろう。

 自由都市の一人が立ち上がり、連合側と王国側を交互に見てから口を開く。


 「それでは鐘が鳴りましたので、予定通り会談を始めましょう。それで、初対面の方々も多いのではと思いましたので、はじめに各々が国名と名を名乗るべきだと思うのですがいかがですか?」


 おお、それは有り難い。この世界はテレビも写真もないから事前に顔を知る手段が少ない。まあ、知らないのは自由都市の二人のみだけど。

 そう言えば、自由都市は誰が出席したのだろうか?こういう場に出るのだからそれなりの地位の人だと思うんだけど。それもあって自己紹介は助かる。

 自由都市の提案は、全員が頷いたことで承諾される。


 「ありがとうございます。まずは私から。今回、仲裁の役目として呼ばれました。私は自由都市大統領、コンパスと申します」


 ふーん、大統領か。何だかアメリカのプレジデントみたいな役職名で偉そうだ。さすがに自由都市で王に位置する『総代』は来ないよな。だけど、大統領とはどんな役職なんだろうか?商人を取りまとめる…、そう、ギルドマスターに似た肩書か?


 「大統領?」


 ルカも俺と同じように疑問を覚えたのだろう。少し驚いて聞き返した。

 ん?なんで驚いているんだろう。


 「ああ、そう言えば他国では呼び方が違うのでしたね。こう言えばわかりやすいでしょうか。『総代』と」


 『総代』じゃねーか!自由都市のトップ!なんで来てんの?!戦争した国の王が参加するのは、まあ、あり得るかもしれないけど、それを仲裁する国もトップが来る必要はないんだよ?それよりも、シリウス。別の呼び方があるんなら教えておいてくれよ。ルカが聞き直してくれなかったら、俺はこの会議中他国の代表を商人のまとめ役程度にしか考えなかったかもしれないじゃないか。ん?そう言えば、ルカは驚いていたな。もしかして、ルカは大統領が『総代』だってわかって、ただ驚いて聞き返しただけ?わかってなかったのは俺だけか!

 不敵な笑みをしていてよかった。してなかったら、動揺が表に出ていたに違いない。

 俺が勝手に心のなかで動揺していると、コンパスの話は隣に座る人物に移っていた。


 「こっちは頭領……、『代表』のフォーシブリー」


 フォーシブリーが胸に手を当てながら小さく礼をする。そして、俺たちの方をチラリと見た。

 つまり、自由都市は4人いる代表のうち二人が参加し、そのうち一人が国のトップである大統領か。それなりに地位がある人物が参加するとは思っていたけど、随分と大物が来たな。フォーシブリーとか言う代表もこっちを意識していたし、それだけ本気だってことか。

 やっぱり俺がギリギリで会場入りしたのは間違いなかったな。

 よしよし、と心の中で作戦に満足していると、そのフォーシブリーが立ち上がる。


 「ご紹介に預かりました、頭領フォーシブリーです。大陸全ての国、その王が集う場に立ち会えるを幸運に思っております。……それに、素晴らしい物を見る機会もありました。オーセブルクダンジョンの上空に浮かぶ巨大な船。あれが噂の空を飛ぶ船なのですね。ぜひとも詳しいお話を聞きたいですな」


 一気に捲し立てるようなマシンガントーク。しかし、聞き逃させない絶妙な息継ぎと話速。さらに、最も聞いて欲しいであろう最後の部分は強調も忘れない。彼も商人として大成した人物なのが一発で分かる。

 っていうか、聞き捨てならない事を言っていたな。オーセブルクダンジョンの上空に飛空艇?もしかしてエミリーたちが地上の入り口の真上に、それも目視できる距離で飛空艇を停泊させたのか?……いや、帝国の飛空艇か!

 あー、なるほど。どうやら宰相マーキスも密かに手を打ってくれていたようだ。自由都市のフォーシブリーとか言う頭領さんも、我慢できずに飛空艇の情報を聞き出そうとしているしな。

 だが、戦争の仲裁は自由都市に任せるけど、この会談で自由に発言出来るとは思うなよ?

 隣に座るシリウスを見てみると、いつもより更に深い笑みを浮かべていた。


 「それは帝国の飛空艇である。この帝国皇帝シリウスの所有物を物欲しそうに語るな。それに、この場は王国が許しを請う場で、商談の場ではないことを肝に銘じろ、商人」


 弁えろ、と強い口調で言うシリウスに、普段だったら内心引いていただろうけど、これも予定通りの返しだ。

 フォーシブリーはほんの僅かに苛立った気配を出すが、それは一瞬で掻き消して「そうでした。蒐集家の血が騒いでしまいまして失礼をしました」と笑いながら謝罪した。

 これはこれで驚く謝罪だ。蒐集家ということは個人で手に入れるつもりであり、その財力があると仄めかしているのだから。

 とは言え、彼が、いや、自由都市が飛空艇を手に入れたがっているのが確認できて良かった。なんの反応もなかったら、このオーセブルクを手に入れられないからな。特に代表の一人が欲しがっているというのは都合がいい。

 シリウスが、飛空艇の正式名称とその所有者が帝国という情報の2つだけを晒したのは、自由都市を焦らすためだ。魔法都市だけではなく帝国も飛空艇を既に所持しているのは、自由都市も実に(あせ)るだろう。

 さらに俺が最後に会場入りしたのも()らすため。会談開始前に商談の時間を取らせないようにだ。焦らしに焦らし、自由都市の物欲を最高潮にする作戦だ。

 事前に情報を収集するだけが交渉ではないんだよ。

 それはさておき、シリウスがフォーシブリーを窘めるのと同時に名乗りを終わらせて、次はルカの番だ。


 「確かに魔法都市と帝国の飛空艇は素晴らしい。造船中の飛空艇が両国に負けないぐらいの物になるようにしなければなりませんね。……ああ、名乗りが遅れました。わたくしが法国聖王、ルカ」


 簡単且つ堂々とした素晴らしい()だ。ルカにも協力を頼み、法国は造船中ということにしてもらった。これで自由都市をさらに煽らせ、焦らせる。

 信仰の国の王に嘘をつかせた事は少しだけ申し訳ないと思うけど、法国は既に製造可能だし、昨日の内にオーセブルクからちっちゃい竜を飛ばして法国に船を作るようにクレストが命令書を送っていたから、全てが嘘ではないだろう。

 それに、これは王国にもプレッシャーを与えることになるから、帝国と法国にもメリットがある。

 魔法都市に味方した両国は飛空艇を手に入れた。王国も戦争で悪化した関係を改善出来れば、飛空艇を手に入れる機会があるかもと思わせる。

 もしかしたら賠償金を上乗せしてでも欲しがってくれるかもしれない。ちょっと期待し過ぎかもしれないが、ないとは言い切れないだろ?

 さて、シリウスとルカが名乗りを終わらせ、次は俺の番だ。


 「魔法都市代表、ギル」


 俺は多くを語らない。俺からは情報を一切出さない。それが逆に煽る結果になる。

 俺たちの一言一言が、挙動の全てが罠なのだ。

 俺の名乗りが終わると、アレクサンドル王子も名乗ってさらにヴァジが交渉の代役だと紹介する。


 「ありがとうございます。これで各国王の名を間違える羞恥をさらさずに済みます。では名乗りが終わりましたので、これより戦争賠償交渉の会談を開始します」


 大統領コンパスがお礼を言うように頭を下げる。

 こうしてついに交渉が始まった。

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