オーセブルクへ
「法国は緑ある豊かな地が欲しい」
会食を終え、王国との交渉に向けての話し合いはルカのこの一言から始まった。
互いが王国に求める事を明確にするための話し合い。法国の求めるものは土地だった。
「神に仕える国が随分と強欲よな」
「法国の国土の殆どは雪に埋もれています。平地より長く残る雪は民にとって厳しい生活を強いている。特に農作物は絶望的で、他国に頼るしかないのが法国という国です。我々が緑豊かな温かい土地を求める気持ちは、砂漠の地を統治するシリウス皇帝ならば理解していただけるはずです」
法国は雪国だ。緯度が北寄りだからだけではなく高所にあるから尚更だ。それこそ、ただ生きるだけでも過酷なほどに。
確かになぁ。海が最北にあって漁はできても、農作物を全て輸入に頼るしかない状態は国にとって厳しい。法国が暖かな土地を求めるのは当然か。
結果的に魔法都市、法国、帝国も土地が狙いであることがわかった。帝国も出来れば土地を手に入れたいが、出来なければ賠償金の上乗せだって言っていたからな。
シリウスが嫌味で返したように聞こえるが、おそらく土地を奪うというのはこの世界では欲深いことなのだろう。俺がオーセブルクを奪うと言った時も同じように「強欲」と言っていたしなぁ。決して要求を変えろとルカに言っているわけじゃないのだろう。
「魔法都市と帝国も似たようなものだ。ルカが今言ったように、帝国は大部分が砂漠であるからこそ緑の多い王国の土地は欲しいし、魔法都市はダンジョンの中の国だから外界の土地が欲しい。魔法都市が欲しいのは迷宮都市オーセブルクで、正確にはダンジョンの外ではないんだけど……」
「魔法都市はオーセブルクを狙っているのか?!それは……、王国はともかく、だが……」
ルカは全部を言わなかったが雰囲気で無茶な要求だと言いたいのがわかった。これは敗戦国の王国にではなく、自由都市に対してだろう。
「シリウスには説明したけれど、俺は難しいことではないと思っている」
シリウスと話し合った時と同じように飛空艇の製造法で駆け引きするのだと説明すると、ルカは顎を手で触りながら何かを考え込み、すぐに「それならば自由都市は食いつきそうだ」と頷いた。
「なるほどな。わざわざ自由都市を呼んだのはそういうことか」
ルカも俺が自由都市を仲裁として呼んだ理由を理解したようだ。いや、この歳でそこまで察することができるって頭良すぎだろ。まだ彼女は子供だって頭の片隅にあったみたいだ。もう若いと侮るのは止めよう。
「じゃあ、三国とも王国に要求するのは土地であると認識していいな?」
最後の確認として聞くと、二人共が頷く。
「魔法都市はともかく、法国と帝国は難しいと思うが……」
ルカは自信がないと溜息を吐いている。この様子から法国の王としての望みではないことがわかる。多分、これも下の者たちに言われているのだろうな。出来れば土地を手に入れて欲しい的な事を。もし自分だけが望んでいるならば駄目で元々だと気負うこともないだろう。下の者たちの期待に応えようとしているからこその溜息だ。
それだけ他国の土地を手に入れることが難しいということか。
しかし、シリウスはルカとは違う考えのようで、いつものように不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、何を言っている。三カ国に大量の金貨を用意する方が王国にとっては難しいに決まっているではないか。金貨の代わりに土地を渡すことは十分にあり得る。王都に潜り込ませている信者共から情報を収集していないのか?」
「い、いえ、その……」
ルカが動揺して口籠る。
一瞬、シリウスはルカに対して厳しくないかと思ったが、すぐその考えを振り払う。シリウスはルカを『子供』ではなく、『王』として見ているのだと気がついたからだ。
「その考えを思いつくほどの余裕がなかったか。ふん、魔法都市も法国も政務を任せられる人材を探すべきだ。王に余裕のない国は、遠くない未来に問題を起こす。王か別の誰かか、必ずな」
王様の先輩であるシリウスの助言。俺もルカも真摯に聞かざるをえない。実際にシリウスは治めるのが難しいであろう帝国を長い間安定させている。それに俺にも思い当たることがある。そろそろ真面目に人材を確保したほうが良いな。
俺とルカはほぼ同時に頷いた。
「まあ、人材の確保は自国に戻った時に着手するとして、賠償が金か土地かは王国次第だろうな。それに王国の交渉人は豪商ジークフリートだ。俺たちが想定する結果に着地するとは思えない」
俺の意見にシリウスも「アレは小賢しいからな」と頷き、同感を示してくれた。ルカもそこは同じ考えで否定の言葉はない。
俺が王城で決着させずに日程を引き伸ばしたのは、ヴァジが原因だ。であるのに、その対処方法を話し合ってこなかったのは、考えても無駄だからだ。もちろん、ある程度の予想は立てているし、常識を学ぶことで準備もしてきた。だけど、それでもヴァジが何を考えているかはわからない。法国と帝国の欲しい物を互いが理解し、魔法都市を含めた三カ国で王国の領土の割譲を求めて交渉するしかない。
さらに俺は自由都市からもオーセブルクを奪い取らなければならない。
相手は交渉が得意な豪商と商人の国のトップだ。努力はするけれど望み通りの結果に導くのは難しいだろう。
今俺たちが出来ることは、やはり多くの予想を立てて当日に起こることをできる限り想定の範囲内におさめ、驚き混乱しないことだ。
とは言え、すぐに思い浮かぶことではないだろうな。
「……短いけど今日はこれぐらいで話し合いは終わりにしよう」
「さすがに短すぎないか?もっと王国がどんな手を打ってくるのかを予想立てた方が良いのでは?」
「ルカ、俺はこの話し合いの最中に良案が浮かぶことなど期待していないんだよ。長々と会議を伸ばすのも、会議中に皆で悩むのも全く合理的じゃない。幸いにもまだ日程まで時間はある。その間に思いついたことを教え合って対策を練れば良い」
「我も賛成だ。普段の会話や遊びの最中など、ふとした切っ掛けで思いつくものだ」
「そういうものですか……」
そう納得したルカが直後に「会議というものは中々に奥が深いな」と呟いていた。
あー、そう言えば、法国って聖王が全てを決めるんだったか。なんせ、神の次に偉いからな。当然、会議なんてないか。もちろん、進言はあるだろうけど最終的に判断や決断はルカだ。会議に時間を奪われないのは羨ましいけど、一人で決断するのは責任重大で胃が痛くなりそうだ。
「とにかく、オーセブルクへ出発する日まで会議を何度か開くことにしよう。二人共、それでいいか?」
俺が聞くとシリウスとルカは頷いて了承してくれた。
こうして一回目の会議は三カ国の狙いを明確にして終わった。
それからも何度か会議を開いた。だが、既に俺が思いついていた以上の意見は出ず、あっという間にオーセブルク出発の日になってしまった。
思いつかなかったものは仕方がないということで、さっさとオーセブルクに向かう準備とメンバーを選出した。
今回俺の護衛として行動を共にするのは、エリーとシギルの二人。リディアは俺が石化していた時に発揮したリーダーシップを頼ることにして、俺の不在時の魔法都市を守ってもらう役目。
エルは自分から辞退。まだテント暮らしをしている市民の炊き出しをしたいそうだ。
ティリフスは……、他国の王が二人いるのにアンデッドを引き付ける彼女は連れていけないから自動的に留守番だ。
ぶっちゃけ、シリウスがいるから護衛なんていらないのだが、魔法都市は王の護衛も用意出来ないと思われるのは都合が悪いと三賢人に言われたのだ。
とにかく、俺とシギルにエリー、シリウス、そしてルカとその護衛であるクレストとアーサー。この7人で魔法都市から出発した。
シギルとエリーだけでも過剰な戦力だったけど、アーサーも加わってルカの視認できる距離には魔物が近づかないほど安全にダンジョンを進んでいく。
「しかし、ギル。三人の王が行くには、この護衛の数は少なすぎないか?それこそダンジョンの一階層を埋め尽くす護衛がいても不思議ではないのだぞ?」
その道中、突然こんな事をルカが言い出した。
「んー、その考えは正しいよ。でも、前提が違う」
「?」
ルカはわからないと首を傾げている。
ルカの考えは正しい。もしこれが地球であっても三カ国の軍隊が取り囲んで行進することになるはずだ。それはこの世界であってもそうなのだろう。
だけど、護衛対象にシリウスがいなければの話だ。
「帝国の英雄シリウスにこれ以上の護衛を付けるのは侮辱になる」
「それはそうだが……。国の見栄というものがあるだろう?」
「あと護衛の数が多いほど、護衛対象が大物だと露見しやすいのもある。変装している意味がなくなるじゃないか」
まあ、変装なんてしなくても俺たちが王だと分かる奴らは少ない。シリウスは恐れられているのもあって謁見が少なく、顔を知られていない。ルカだって聖王になったばかりだし、俺はいつもの外套のフードを被っている。
事実、すれ違う商人に気づかれた様子はない。
「なるほど。しっかりと考えてこの人数なのか」
「もっとも重要なのが、やっぱりシリウスが一緒という点だ。シギルやエリー、アーサーとクレストの4人だって十分な戦力だが、それでもシリウスがいるだけで無意味になる。もし暗殺者いるなら転職を勧めるよ。そいつが生き延びられるならな」
「そ、それほどか。いや、此度の戦でシリウス皇帝が成した偉業を報告で聞いてはいるが……」
あー、たった一人で何十万もの王国兵を跪かせたってやつね。俺も散々化物だなんだと言われてきたけど、シリウスには負けるよね。
「嘘のように思えるが、まあ、事実だろうな」
「………そうか。護衛が少ないなどと余計な心配だったな」
「気にするな。ただ、シリウスが全力で戦うことがないようには祈ってくれ。ダンジョンが崩落して全滅するからな」
「……」
そんな会話をしつつ、途中で休憩を挟みながらも順調に進み、俺たちは一日でオーセブルクに無事辿り着いた。その足でオーセブルクの富裕層エリアに一つだけある超高級宿に向かった。
貸し切りで予約したから宿泊客は俺たちだけだ。三カ国の王が泊まる宿なのだからそれぐらいするのは当然だろう。
宿屋に入ると、広いロビーには見覚えのある男が数名の護衛を引き連れて立っていた。
「陛下、お待ちしておりました」
「ほう、マーキスか」
シリウスがその男の名を呼ぶ。ある男とは帝国宰相マーキスだった。彼がいるということはあることを意味している。
「完成したか」
「ええ、帝国の飛空艇『フレースヴェルグ』は無事に完成しました」
元々、シリウスの護衛はオーセブルクで合流する予定だった。だが、マーキスが来る予定はなかったのだ。魔法都市から帝国に帰り、再びオーセブルクに来るとなると日数的にも交渉の日に間に合うかどうかだ。なのに、交渉の日の二日前のオーセブルクに着いた俺たちよりも、マーキスの到着が早いということは移動時間の短縮に成功したということだ。つまり、帝国は飛空艇を完成させ、マーキスはそれに乗って来たのだ。
マジかぁ。船の製造はしているって言っていたけど、間に合うとは思わなかった。これじゃあ本当に開発国の魔法都市より、帝国の方が飛空艇所持数が多くなるなぁ。
マーキスは珍しく感情を顔に出していて、機嫌が良いのが丸わかりだ。それほど良い出来なのだろう。
シリウスもそれを察したのかニヤリと口角を上げた。
「ほほぅ?それは帰りが楽しみだ」
「はい、期待してください。おや?そちらは……」
マーキスがまずアーサーの顔を見てからルカへ視線を移す。
「法国の新聖王陛下でいらっしゃいますね?帝国宰相、マーキスと申します。以後お見知りおきを」
多分アーサーの顔を覚えていたのだろう。ルカを一発で聖王を見抜いたマーキスは、その場で跪き目を伏せた。
マーキスの観察眼でルカも彼が有能だとわかったのか、警戒するように表情を引き締めた。
「聖王ルカである。数日間、よろしく頼む」
「はい」
マーキスは挨拶を済ませ立ち上がると、今度は俺に顔を向けた。
「ギル代表も。お元気そうで何よりです」
俺に対しては軽口だ。シリウスのもてなしを無理矢理させたのだから、元気じゃないことはわかっているはずだ。ルカとは随分と対応が違うじゃないか。
「ああ、お陰様でな」
だから嫌味を返しておく。まあ、マーキスはこんな小さい嫌味程度など意に介さないだろうけど。
「とは言え、ダンジョンを進んでこられてお疲れの方もいらっしゃる様子。皆様の部屋は既に整えさせましたし、お食事も用意させました。どうぞ、今日はもうお部屋の方でゆっくりなさってください」
性格は悪いが本当に有能だ。本来は2日以上掛けて進むダンジョンを1日で抜けてきたのだ。ルカは間違いなく疲れているだろうな。この提案は非常に助かる。
案の定、ルカはすぐにこの提案に乗った。
この日は何もせず、全員が各自の部屋で休むことになっただった。
交渉の日まであと一日。




