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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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王たちの会食

 夕食の準備が出来た、と使用人魔人が知らせに来たことで、シリウスの体力が尽きるまでの無限の散財から何とか抜け出し、ルカを誘うために彼女にあてがった部屋へ向かった。

 ところがドアをノックしても反応がない。どうやらどこかをふらついているようだ。

 まったく……、一緒に食事をしようって言っておいたのにどこ行ったんだ?っていうか、他国の城内を一人で彷徨くなんて危険じゃないか。シリウスは一人で好き勝手出歩いているけど、あれは例外だ。ルカはまだ小さい女の子なんだから。

 普段ならばこんな事は考えない。城とは言っても俺と仲間たちだけが住む家だから危険なことはない。だが、戦争の影響で城内の所々が壊れていて、場所によっては床に穴があったりして危険なのだ。さらに、特に今は時期が悪い。『浮遊石』を採掘している炭鉱夫が、裏と街の往復に一階を時々通り抜けている。ルカが来るのも予定にないことだったし、彼女を見た炭鉱夫たちが法国の聖王だとは思わないかもしれないが、それでも用心すべきだろう。

 探したほうが良いか。だけど時間を掛けるわけにはいかない。何故なら、シリウスが待っているからだ。彼が噂通りの暴力的な男ではないと知ってはいるが、待たせたことで俺がストレス発散のはけ口にされるのは避けたい。これ以上は財布の中身がもたない。

 時間制限付きの捜索ゲームみたいなものか。とは言え、これはゲームじゃない。意地悪な遠回りさせる仕掛けも、即死トラップなんてものもない。ましてや、思考を加速させるほどのことでもない。ルカが何処に行ったのかは誰かに聞けば良いだけだ。

 俺はルカの部屋の両隣を交互に見る。

 片方はクレストにあてがった部屋で、もう一方はアーサーの部屋だ。二人は護衛も兼ねているということで、ルカが安心できるように近い部屋を使用人魔人があてがったのだろう。

 つい今さっき、即死トラップはないと考えたところだが撤回しよう。片方は即死トラップだった。ルカが何処に行ったかを聞くのはクレスト一択だ。なんかアーサーの部屋からはチャプチャプと水音がするし、危険な気がする。

 迷いなくクレストが泊まっている部屋の前に行くと、ドアをノックする。

 ノックしてから考えんが足りなかったことに気がつく。ルカが出歩いているなら共としてクレストを連れて行った可能性も考えるべきだった。

 しまったなと考えていた矢先、ドアの奥から「はい」とクレストの声がした。

 あれ?クレストが部屋にいるってことは、やっぱりルカは一人で彷徨いているってことか。

 ドアが開いてクレストが先程よりも疲れた顔を見せる。


 「おや?ギル代表様、何かご用でしょうか?」


 「いや、食事の用意が出来たからルカを呼びに来たんだが……」


 「もうそんな時間なのですか……」


 クレストが肩のコリをほぐすように首を回しながら呟いた。

 なんか再開した時よりも疲れてないか?魔物がいるダンジョンを歩き、暑いエルピスを通り過ぎて最奥にあるこの城に到着した時よりもこの部屋に数時間いたほうが……。

 僅かに見える室内を密かに盗み見てみると、部屋に備え付けられていた机には書類が積まれていた。どうやらクレストは魔法都市に来ても仕事をしていたようだ。

 疲れているのはそのせいだったか。


 「お疲れのようだな。外国に来ても仕事をしてるのか?」


 「ええ、時間がある時に私がやっておかないと、あとでルカ様にしわ寄せが行きますから」


 主人思いの家臣的な事を言っているが、クレストがやらなければ政務が滞ってしまうのだろう。ルカは賢いから忘れがちだが、彼女はまだ子供なのだ。もちろん、ルカに無理をさせないためでもあるのだろうな。法国も大変そうだ。


 「互いに今は忙しいな」


 「全くです。戦は前も最中も後も大変です。おっと、失礼しました。ルカ様でしたね」


 クレストはそこで一旦区切り、声を落としてから続けた。


 「ルカ様はお一人でご家族に会いに行かれました」


 あー、そういうことか。護衛を連れて行かなかったのは魔人に会うためだったんだな。つまり、護衛のアーサーは魔人がルカの兄姉だと知らないのか。まあ、連れて行ったとしても鼻をほじっているだけだし問題ないと思うけど。


 「そういうことなら俺も居場所に心当たりがあるな。そっちに向かってみるよ。邪魔して悪かったな。あ、そうだ。クレストも一緒に食事するか?」


 シリウスも一緒だからルカ一人では心細いはずだ。クレストがいれば少しは安心するんじゃないか?

 そう思っての誘ったのだが、クレストは首を横に振る。


 「いいえ。聖王と同じ食卓に座ることは出来ません。それが習わしで、決まり事ですから」


 そうか。ルカはいつも一人で食事を摂っているのか。寂しいだろうな。死なないためにとは言え、聖王になったのはルカにとって幸せではなかったかもしれないな。いや、それを俺が決めつけるのは駄目だな。

 でも、法国にいる時とは状況が違う。ここには他国の王が二人もいる。


 「シリウスもいるから護衛としていればいいじゃないか。それならルールを破ることにはならないと思うけど?」


 「それでは私とルカ様がギル代表様を信頼していないことになります。それに、シリウス皇帝陛下も以前にお会いした時とは違って丸くなられたように思えます」


 「クレストはシリウスと会ったことあるのか」


 「はい。一度、アーサーと一緒に。あの時は視線を向けられただけで背筋が凍り、震えが止まらず皇帝陛下のお顔を見る勇気すら出ませんでしたよ。ですが、先程はその威圧がありませんでした。ルカ様が害される心配すらしておりません」


 そう言えば、アーサーが会ったことがあるって言ってたっけ。狂化スキルが反応しないとかなんとか。

 まあ、クレストがここまで言うんだから無理に誘うのは止めておくか。俺もシリウスがルカに危害を加えるとは思っていないしな。


 「わかった。城の主としてルカの安全を保証するよ」


 「感謝します」


 「食事は部屋に運ばせるよ。アーサーにはクレストから伝えておいてくれ。じゃあ、ルカを探しに行ってくる」


 「よろしくお願いします」


 頭を下げるクレストに軽く手を振ってから彼の部屋を離れた。



 心当たりがあったルカの居場所へ向かってみると予想は正しかったようで、魔人たちと楽しそうに会話をしているルカの姿を見つけることが出来た。

 その場所とは調理場だった。

 ルカは魔人全員と腹違いの兄妹関係ではあるが、その中でも実の姉のように慕っているのがティアだ。だから、ルカが城の料理人として調理場で働くティアに会いに行くかもと予想するのは容易だった。

 それに調理場にはティアだけではなく、多くの女性魔人が働いている。言い方は悪いが、まとめて挨拶をするのに都合が良かったのだろう。

 ルカがあまりにも楽しそうに姉たちと話していたから、何となく話しかけづらくなってタイミングを計っていると、ティアが俺に気がつく。


 「ルカ、ギル様が呼びにいらっしゃいましたよ」


 ティアの言葉にルカと魔人たちが一斉に俺を見る。

 大勢の女性たちに見られて気圧された俺は、苦笑いしながら軽く手を上げて応える。


 「もうですか……」


 ルカがなんとも残念そうな声を出す。

 そんな声を出すなよな。俺が悪いみたいじゃないか。


 「ルカ。ギル様とお約束していたのでしょう?それに、もう料理が出来上がっている事はこの場にいて知っていたのですから」


 「そう、ですね。では、わたくしは行くとします。あ、また会いに来てもよろしいでしょうか?」


 「ええ。この時間だったら仕事が落ち着いているからお話できると思うわ」


 また会いに来ても良いと許しを得たからか、ルカの表情がぱっと明るくなる。


 「では、またこの時間にお邪魔します。ギル、行こう」


 俺はルカに頷き、魔人たちには軽く手を上げて別れを告げると調理場を後にした。



 「ギル、感謝するぞ」


 俺の私室に向かう途中、突然ルカがこんな事を言いだした。


 「何がだ?」


 「姉様たちの扱いに対してだ」


 「扱いって言っても……、優遇しているわけじゃないぞ?」


 「あの巨大な穴にいた時とは表情が違うではないか。みんな笑顔だった」


 あの時と同じ扱いをしたら流石に人でなしだろうが。まあ、法国にいるよりは危険が少ない生活をさせることが出来ているとは俺も思う。


 「でもまあ、働いてはもらっているけどな。元王族なのに真面目にやってくれているよ」


 「無理矢理でも指示されたのでもないと聞いた。ギルはやりたいことをさせてくれると。それも含めて礼を言いたい」


 「気にすんな。この城に来たからには魔人たちも俺の仲間だから面倒は見る。まあ、たまに石化したりして危険がないとは言えないが」


 「ふふ、そうだな」


 二人して笑い合っていると、俺の私室に到着していた。

 ドアを開けて中に入ると既に料理が用意されていて、シリウスも専用の席に座って待っていた。


 「シリウス、待たせたな」


 「構わん。我も準備があったからな」


 ただ待っていれば良かったんだけど、シリウスは何の準備をしたんだろ?

 そう思ってシリウスをよく見てみると、服が変わっていることに気がついた。装飾品も着けていつもよりさらに王様っぽい姿になっている。

 どうやら俺がルカを迎えに行っている間に着替えたようだ。少しは王族同士の会食だと思ってくれているみたいだな。


 「いつもの格好で良かったのに。俺は和やかな食事会がしたかったんだが」


 「和やかに食せば良いではないか。服装は皇帝としての見栄だ。気にする必要も、合わせる必要もない」


 「まあ、シリウスがそういうなら俺は着替えないぞ。さて、ルカも座れよ」


 「ああ」


 ルカに用意されていた席へ座るよう促してから、俺も自分の席に座る。


 「さて、冷めたら味が落ちるから、さっさと食べ始めよう」


 俺が食べようと言うと、ルカは祈るために手を組んだ。


 「この食事を食べられることに、全ての者へ感謝を」


 簡単な感謝の言葉。出会った当時は祈ったことすらないと言っていたルカだったが、あれからいつもやっていたのだろう。詰まることなく感謝の言葉を言ったことでそれが理解できた。

 うーむ、この感動は何なのだろうか?もしかしたら子供が成長したことを喜ぶ親兄妹の気持ちなのかもな。日本にいた時は結婚すらしてなかったから確かな事はわからないが。

 そんな事を考えていると、ルカは祈りが終わり料理を食べ始めている。ちなみにシリウスは既に食べていて「美味い」と呟いていた。以前、頂きますの挨拶を帝国ではやらないのか?と聞いたことがあって、その時にシリウスは「そういう風習はある。が、我はしない。皇帝の美味いの一言は何よりの感謝であろう」と言っていた。彼は彼なりに食事の有り難さに感謝しているってことだ。

 さて、そんなことより俺も頂こう。

 そうして食べ進めるが、一向に会話がない。ほら、言ったじゃないか。普段どおり気楽な食事会で良かったんだよ。シリウス君がかしこまったお洋服に着替えるから!

 ここは俺から切り出すとするか。


 「ルカ、味はどうだ?」


 「とても美味しい。これを本当に姉、コホン、……あの者たちが作ったのか?」


 「ああ。どうやら彼女たちには料理の才能があったらしい。美食を食べ尽くしているであろうこのシリウス皇帝も気に入っているぐらいだ」


 「それはあの者たちも光栄に思っているに違いないな」


 自分の姉が褒められて嬉しいのか、ルカは満足そうに何度も頷いている。しかし、急に真面目な表情を作ると「ところで」と続けた。


 「書簡で知らせてもらったが、空を飛ぶ船とはとんでもない物を作ったな。わたくしが早めに法国を出たのも、その真偽を確かめる目的があったからだ。もちろん、ギル()()に会うのも本音だが」


 それからルカは困ったものだと言わんばかりの表情に変えて「利に聡い司祭連中にギルに交渉して欲しいとせっつかれたのだ」と肩をすくめる。

 やっぱり法国も飛空艇には注目していたか。重要性を考えれば当然と言えば当然だが、なんとなく宗教国家という国は新しい技術を好まないようなイメージがあったから少し意外だったな。いや、それこそ勝手な思い込みか。


 「つまり、法国は空を飛ぶ船、俺たちは飛空艇と呼んでいるが、その購入権が欲しいんだな?」


 「ああ。しかし、同盟国であるとは言え、さすがにその飛空艇とやらの売買は難しいか。魔法都市でも最重要の国家機密に属しているのだろう?」


 ……幼くして王になった人って、みんなこんなに頭が良いのか?俺が子供の頃は、駄菓子を食べながらゲームか漫画を読んでいた記憶しかないんだが。

 とにかく、ルカは飛空艇の購入権を手に入れるための交渉をするのも目的の一つで、それがあったから早くこっちに来れたってことか。

 飛空艇のと言うより『浮遊石』の取引についてはもう決めている。魔法都市と仲の良い国には売る。自由都市に売る前に同盟国である法国にも飛空艇を所持してもらう必要があるからな。


 「構わないぞ。ただ、飛空艇を売るのではなく、船を浮かすのに必要な素材を売ることにしている。海がない魔法都市では造船所がないからな」


 一応、ダンジョン内に海はある。その海で漁をするためや遊ぶために小舟なら作っている木工師もいるらしい。しかし、船で交易するわけでもないのに大きい船を作る造船所は流石にない。いずれは飛空艇を専門に作る造船所を作ってもいいが、それは今ではない。ダンジョンの中にある国で作っても外に出せないからな。そういう理由もあって飛空艇をそのまま売ることが出来ないのだ。


 「良いのか?まだ交渉に慣れていないから、即断してもらえて助かるな」


 ルカがほっと胸をなでおろす。演技ではなく本当に安心したようだ。ルカが安心しているってことは、飛空艇をそのまま売らなくても船なら自分たちで作れるってことだ。法国の最北にも海があるから造船所も存在するのだろう。

 魔法都市に帝国、そして法国の三国が飛空艇を所持するならば自由都市に対抗できる。まあ、飛空艇の発明国である魔法都市が金欠と造船技術がないせいで、所持数が一番少なくなりそうなのが悲しいけどな。

 自国の金のなさに嘆いていると、今まで黙々と料理を口に運んでいたシリウスがその手を止めた。


 「その娘には随分と甘いではないか?帝国は手に入れるために色々と苦労したはずだが」


 ルカには無条件で購入を許したのが気に食わなかったらしい。僅かに空気が揺れるほどの気迫のこもった言葉に、ルカはひゅっと息を呑んだ。

 ルカよ、安心しろ。俺はシリウスの機嫌を取るのに関しては得意と言っていい。少なくない時間を一緒に遊んだからな。


 「その分帝国はどこよりも早く飛空艇を所持できるじゃないか。もうすぐ一隻目が完成するんだろ?それに魔法都市は二隻目を当分作れない。そうなると帝国が所持数も大陸一になるんじゃないか?」


 「ほう?随分とあからさまな機嫌取りだが、我の喜ぶツボはおさえているな。確かに造船中の飛空艇が完成すれば、すぐにでも二隻目に取り掛かるだろう。大陸一の所持数もあながち間違ってはいないか。……良いだろう。その称号は帝国が苦労したからこそ手に入れることが出来たと考えてやろう」


 ほら、楽勝だ。シリウス君は一番が大好きだから、どこかでそのワードを入れてやれば機嫌が良くなるのさ。


 「シリウスも許してくれたし値段の交渉は後日にしようか、ルカ」


 「あ、ああ」


 ルカはシリウスがあんな単純な褒め言葉で本当に機嫌が良くなったことに困惑しているようで、チラチラとシリウスを気にしながら頷いている。

 大丈夫大丈夫。シリウス君は意外と単純だから。

 さて、飛空艇の交渉も大事だがそれ以上に話さなければならないことが俺たちにはある。


 「それよりも俺たちには話してばならない事があるだろ?」


 ルカもわかっていたようで、再び真面目な表情で俺を見る。


 「そうだな。王国との会談。戦争賠償の話し合いだ」


 「ああ。俺たちが王国から搾り取るためには、それぞれが欲しい物を包み隠さず教え合う必要がある。同じものを欲しがった場合は折り合いがつく妥協点を決めよう。そうしなければ、折角仲の良いこの三国の結束が緩む可能性があるからだ」


 俺がそう言うと、シリウスとルカが小さく頷く。

 これは大事なことだ。当日にこの三国が互いに譲らなければ会談自体が長引くし、最悪遺恨を残す。個人的な友人だからこそそれだけは避けるべきだろう。ルカが早めに到着し、前もって話し合いを設けることが出来るのは都合が良い。

 けれど、今すぐ話し合う必要はないな。


 「けど、今は食事を楽しもうじゃないか」


 俺はそう言ってから料理を口に運んだ。

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