表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
260/286

休暇の終わり

 「じどうしゃ?」


 当然と言うべきか、仕方ないと言うべきか、自動車という単語を知らないクリークは首を傾げて呟いていた。


 「車が自分の中に動力を持っていて、自分で動くから自動車だ。馬車を馬が牽かなくても車だけで動くと言えば分かりやすいか」


 「そんな事が可能なのか?」


 この世界では魔法なんてものがあるから地球とは別の文明に発達している。金属を武器や道具にする発想はあっても、機械化や自動化にまで考えが及ばない。でも、もしかしたら地球の物と同名の金属がこの世界にもあるから、必要なものを手に入れることができれば機械化や自動化も出来るのかもしれないが。まあ、正確には同じものかどうかはわからないからはっきりと可能だとは言えないけど。

 どちらにしろそれは遥か未来のことだし、今ではない。中世程度の文明レベルから産業革命まで数段飛びするようなことは流石に無理だ。

 

 「俺の知っている自動車と全く同じように作るのは無理だ」


 そう答えると、クリークは「じゃあなんで言ったんだ」とこぼしながら顔を顰めた。

 いやいや、しっかり聞いてくれよ。全く同じように作るのは無理だって言っているじゃないか。それにまだ続きがある。


 「でも、魔法を使えば実現可能かもしれない」


 「本当か?!」


 これが可能ならば車を牽く動物や魔物は必要とせず、魔法都市内で製造して運用できる。クリークの注文通りだろう。

 俺が「多分な」と頷くと、クリークは満面の笑みを浮かべた。

 確実に出来るとは言ってないけど、どうやらクリークの頭の中では既に完成させ町中を走らせるぐらいまで想像していそうだ。

 さて、本当に可能かどうかだが、何もでまかせに法螺を吹いたわけではない。

 自動車で最も大事なのがエンジン、つまり原動機だ。動力さえどうにかしてしまえば、車を動かすことは可能だろう。ガソリンや軽油などの原動機を動かすエネルギーは、魔力を込めたプールストーンで何とかなる。

 エンジンの正確な詳しい内部構造まではうろ覚えだけれど、魔法で位置を指定して燃焼か蒸気エネルギーを発生させるから、同じ構造ではなくもっとシンプルなもので良い。

 つまり、魔法が存在するファンタジー世界なら、魔法でどうにかしちゃえってことだ。でも、そうなると……。


 「魔法で動かしていることになるから魔動車……、いや、自分の魔力で動かすんだから自転車と言った方が良いのか?」


 「そこ重要か?」


 「名称は大事だろ。でもまあ、今は一旦置いておくか。呼び名以上に重要なのは、燃焼エネルギーや蒸気エネルギーを機械力に変換する事だな」


 「何を言っているかわからんが、それはどうすれば良いんだ?」


 機械力に変換というのは、この場合で言えば燃焼や蒸気で発生した強い力を車輪に伝えることだ。車輪が動けば運動エネルギーになって車が走る。それに必要なのはギア、つまり歯車だ。

 歯車のような繊細なものは、そう簡単に作れない。だが、魔法都市には歯車を作る経験豊富な人たちが何人も存在している。


 「時計職人がいる。彼らに協力を仰ごう」


 「おおっ、こんなところでもあいつらが役に立つのか?!」


 「歯車は動力伝達を可能にする機械要素だぞ」


 「きかいって言葉が出てきたな?そういうことか!」


 「ああ!そういうことだ!」


 多分わかっていないんだろうけど、面倒だからそれでいいや。


 「とにかく、歯車も作れるから原動機と車輪は、理論的には作成可能だ」


 見たことも聞いたこともない原動機というものを作る鍛冶師は細かく精確な作業で非常に大変だが、最も重要な部分は理論上作成可能だ。つまり、自動車はほぼ製造可能であるのだ。

 俺の言葉にクリークは諸手を挙げて喜ぶ。だが、すぐに表情が暗くなった。


 「どうした?」


 「いや、理論的ってことは、これから試行錯誤を重ねて、幾度も試作品を作ることになるだろ?」


 「まあ、そうだな」


 「とんでもない量の材料が必要になるじゃねーか。ポーションの高騰の件は俺も知っている。商人の往来が少ないから、材料を手に入れるのも一苦労だと思ってな」


 自動車製造で多くの必要な材料は鉄だ。原動機もそうだが、車の基本骨格であるシャーシだって鉄製だ。駆動列やサスペンションにまで使用し、その全ての試作品に使うとなると途轍も無い量を確保しなければならない。

 クリークの言っている事は正しい。開発には大量の材料が必要になる。だが、クリークは忘れている。今現在ならば、その心配などないことに。


 「材料なら大量にあるじゃないか」


 「どこにだ?俺の記憶にはないぞ」


 クリークは本当にわからないと言った顔だ。俺が魔法都市にあると断言したからには絶対にあると信じているクリークは、それを思い出すためにウンウンと唸りながら頭を抱えている。

 ふむ、仕方ない。これは学校のテスト問題でもないし、俺に他人を困らせて喜ぶ趣味もない。さっさと答えを教えよう。


 「王国兵の装備だよ」


 「……ああっ、そうか!!」


 クリークが脳震とうになるんじゃないかと思えるような勢いで自分の頭を手でズパンッと叩く。どうやら鈍器で頭部を叩くような音が出るほど感動的な発想だったらしい。

 現在、魔法都市には王国に攻められ際に倒した兵士たちの装備品が7万人分以上残っている。もちろんその鎧や兜、剣などの装備品は鉄製だ。遺品だと考えるとなんとなく使いにくいけれど、正確には鹵獲品だから俺たちが有効利用するのは当たり前だろう。

 喩え、装備品としてではなく、自動車作成に使うとしてもな。


 「心配なのは時計の時以上の大事業になるから、鍛冶師や時計職人、特に木工師を集めるのが大変だな」


 車のデザインが決まっていないが、車重を軽くするためにボディを木製にすることも一案としてある。地球の古い自動車も木製ボディはあったから問題はないはずだ。だが、現在は復興中であるために家の建築で大工は当然として、材料を加工する木工師も忙しいはずだ。幌馬車のようにボディの天井部分を布や革で代用すれば仕事を分散できるが、その場合は仕立職人などさらに多くの職人に声をかけることになる。

 しかし、現状でそれほど多くの職人に依頼なんて出来るのだろうか?


 「その心配ない。木工師より石工師の方が忙しいからな」


 「石工?戦争前まで木造建築だったのに、戦争後は石造建築にするつもりなのか?国から補償が出ると言っても、グレードを上げるには結構な費用が掛かるぞ」


 「そうだが……、今度は壊されないように丈夫な家にしたいんだとよ」


 クリークが一瞬だけチラリと俺を見る。

 ……俺のせいか。そりゃあ、あんだけめちゃめちゃにされたら、もう少し破壊されにくい家を建てたくなるか。でも言い訳をさせてくれ!あれはスキルが悪いんだ!それにもう狂化スキルはないから安心してほしい!国民の殆どは俺が壊したことを知らないから言えないけど。

 けどまあ、家を失った住民たちには申し訳ないが、今回は都合が良い。木工師はまだ余裕がありそうだ。


 「鍛冶師や時計職人は?」


 「どこもある程度の忙しさだな。金さえ積めばやってくれるだろうよ」


 よし。だったら前提条件はクリアしているな。でも今のクリークの言葉で最大の問題を思い出した。


 「クリーク、とても言い難いんだが……。この計画は頓挫するかもしれん」


 「は?なんだ?なんか問題があるのか?」


 「ああ。今、魔法都市は金がない。職人たちに金を積むことはできない」


 情けない話だ。王国が戦争を仕掛けてきたのがそもそもの原因ではあるが、ここまで被害が大きいのは俺の責任だ。オーセリアン王がいなければ、王国が攻めてこなければ、防衛システムがもっと強力なら、俺に狂化スキルがなければ……と、言ったらキリがない。

 と、情けない姿をさらけ出し、俺なりに勇気を振り絞って言ったのだが、クリークは何でもないように「なんだ、そんなことか」と笑う。


 「金の心配はいらない。エルピスには金があるからな」


 ……なんだと?国庫はすっからかんなのに、然程距離の離れていない隣町には金があるって?


 「まさか、またヤバい商売に手を出しているんじゃないだろうな?」


 「違うって。エルピスの被害がないからに決まってんだろ。いや、魔法都市の被害がデカ過ぎたって言い換えたほうがいいか。まあ、喩え被害が多くても、一発で国庫を空にするのはどうかと思うが……」


 どうやら俺の金遣いが荒かったせいらしい。いやいや、魔法都市は自国で貨幣を発行できないんだ。他国の貨幣に頼る状況で、戦争による被害で大金を使わなければならなかったんだから仕方ないじゃないか。

 とは言え、大事なことはエルピスには金があるってことだ。そもそも発案は国ではなくエルピス市長のクリークで、自動車の開発もエルピスが主導で行うのだから、国は金を出す義務はない。というより、この世界にはそういうシステムがない。領地の事業は領地の資金でやり繰りするのがルールだ。

 つまりは魔法都市の国庫から資金を出す必要はないのだから、俺は堂々としていれば良い。


 「悪どい商売をしてないなら良い。じゃあ、資金はエルピスが出すってことで良いんだな?」


 「ああ、構わないぜ」


 クリークはなんの迷いもなく即答して頷いた。

 ……あれ?もしかして、魔法都市よりもエルピス市の方が金を持ってんじゃねーか?どれぐらい持って……、いや、考えるのはやめた方が良い気がする。立ち直れなくなるかもしれんし……。


 「なら殆どの条件はクリアしているな。この話を詰めよう」


 「おう」


 それからは設計図を絵で何枚も紙に描いて渡し、口頭でも詳しく説明した。そして、もしわからなければ聞きに来るように伝えて、自動車開発の件の相談を終えた。

 そして、ついでに俺からもクリークに相談することにした。『浮遊石』を大量に採掘するため、空エリアでも活動できる炭鉱夫についてだ。空エリアは落下死の危険が常に付き纏い、普通の炭鉱夫では決して採掘できない。冒険者のような身体能力を持っており、さらに高所恐怖症ではない炭鉱夫が必要だ。炭鉱夫の本来の仕事ととはかけ離れており、俺には心当たりがなかった。

 それに最も重要なのが信用できる人物という点。『浮遊石』は魔法都市にとって黄金と同等かそれ以上の価値があり、最重要資源になる。その『浮遊石』を採掘依頼した炭鉱夫が横領しないとも言い切れないのだ。よって、信用出来る人物たちに依頼する必要がある。この世界に来てまだ日が浅い俺にそんな知り合いはいない。その伝手はヴァジに頼っていたが、王国との交渉が控えている今は無理だ。

 だが、幸いにもクリークに心当たりがあり、案外簡単に依頼できそうだったのですぐ派遣してもらえるよう頼んだ。ちなみに炭鉱夫に払う金は、エルピスの税を減らすことを約束して肩代わりしてもらった。

 予想外のところで、俺にとって頭を悩ましていた問題を解決できてホッと胸をなでおろすことができた。

 その安心のせいか、興が乗って色々と話をしていたら夜になっており、いつの間にか休暇三日目は終わっていた。

 ……仕事の話しかしていないから、これは仕事をしているのと変わらないのでは?



 自分の休暇の取り方が下手なことにがっかりしながら、とぼとぼと城に帰った。

 だが城に帰ると、さらに俺の休暇を駄目にする状況が待ち構えていた。


 「ギル、遅かったな」


 「待っていましたよ、魔法都市代表殿。あ、いえ、ご挨拶もせず失礼しました。お久しゅうございます、マーキスです」


 帝国皇帝シリウスと帝国宰相マーキスの二人が俺の私室にいた。二人はどこからか椅子を持ち込み、あたかも自分の家にいるかのように寛いでいる。

 俺の休暇が終わった瞬間だった。まだ三日しか、いや、正味一日しか休んでいないのに、だ。いや、待て。まだ俺の勘違いかもしれない。彼らはどこかに向かう途中で、この魔法都市に立ち寄っただけかもしれない。……無理があるか?とにかく確認しよう。


 「何をしに来たんですかね?特にシリウス君はついこの間帰ったじゃないですか」


 「ふん、マーキス。貴様から話せ」


 シリウスから話す気がないのか、軽く手を振ってからマーキスに話すよう促した。


 「はい、シリウスさん。ギル代表、我々は『浮遊石』の購入をしに参りました」


 取引の話……。つまり仕事……。


 「いやいや。シリウスが帰ったのはひと月前だぞ?もう購入を決めて戻ってきたのか?」


 魔法都市とは違って資金力のある帝国だが、それでも一ヶ月で購入を決断するのは難しい。買えるか買えないかではなく、会議で話し合って買うか買わないかの相談に時間が掛かるのだ。それに、一ヶ月でマーキスを連れて再び魔法都市に戻ってくるとなると、シリウスが帝国に戻ったあと即決断して魔法都市に向かったことになる。

 即断というよりも、独断でなければこの速さは無理だ。


 「いえいえ、各部所ときっちり相談して決めましたよ。いやぁ、飛空艇……と言うんですか?あれは速いですね。購入を決めて正解でしょう」


 シリウスを送った飛空艇に乗って戻ってきやがった!ということは、エミリーたちは約一ヶ月間を帝国で待たされたことになる。こいつら、魔法都市の学生をタクシーみたいに好き勝手使いやがって……。


 「エミリーたちはどうした?」


 「エミリーと言うと……、ああっ、あの飛空艇を操っていたちょっと頭の弱い子ですね!ギル代表、心配ありません。全員に金貨を数枚握らせたら帰りもわたしを送ってくれるようで、今はオーセブルクで待機していますよ」


 エミリーたちの性格を考えると断れなかったに違いない。マーキスだけならば断ったかもしれないが、隣にはシリウスがいるんだ。帝国皇帝の頼みを断ることなど、彼女たちにはできないだろう。俺もできないけど。

 くっ、帝国はなんと卑劣なことを。エミリーたちが魔法都市に帰ってきたら労ってやらないとなぁ。

 今もオーセブルクで途方に暮れているであろうエミリーたちに想いを馳せていると、マーキスは懐から箱を出して開け中身を取り出した。

 箱の中身はどうやら鈴のようなもので、マーキスは優雅に鈴を構えるとチリンチリンと鳴らす。すると、すぐに城で使用人の仕事をしている女性の魔人がやってきた。

 女性魔人は手にビールを持っており、マーキスとシリウス、そして俺の前に置いた。

 マーキスは満足気に頷くと、女性魔人に金色のコインらしきものを渡す。おそらくチップだろう。女性魔人は満面の笑顔で受け取ると足取り軽く退室していった。

 ……断れや!俺が給料出してないみたいじゃないか!

 俺ですらあまり見ない女性魔人の笑顔に唖然としていると、マーキスは一口を含んでから「さて」と前のめりな姿勢になった。


 「では、交渉を始めましょうか。ギル代表殿」


 帝国宰相マーキスが休暇の終わりを告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ