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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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ギル散歩

 休暇に入って三日目。

 昨日はエリーの父であるエリックと、そのパーティメンバーのティタリスとジルドを魔法都市にスカウト。雇用契約を済ませ、詳しい仕事の説明、さらにティムに紹介もした。

 ティムには「こんなに僕のことを考えてくれてたなんて……」と感謝された。俺と話している時は明るかったけれど、やはり内心では不安に思っていたのだろう。

 それに感謝されたのはエリックたちにもだ。彼らが考えていたより給料が良かったことや、冒険者がこなす依頼からそれほど逸脱していない護衛という仕事内容、さらにエリック個人は娘のエリーと同じ城内での住み込みで非常に満足したようだ。

 俺もティムの安全が確保できたことや、両方から感謝されて満足している。しているのだが……、そこでふと気がついた。結局昨日は殆ど散歩していないことに。

 それで今日こそはと、エルピスまで散歩することに決めた。会いたい奴もいるし、何よりエルピスの街の状況を報告書などではなく自分の目で確認したかったのもあったからだ。

 ということで、昨日と同じ格好になって城を出ると、魔法都市をさっさと抜けてエルピスへとやってきた。

 エルピスの街は、以前と変わらず活気に溢れているように見えた。エルピス入り口から魔法都市の入り口まで一直線に伸びる大通りは多くの人々が行き交っている。並ぶ商店では仕入れに来たであろう他国の商人が値切り交渉に励む声や、酒場や料理屋からは盛況であることが分かる多くの笑い声が聞こえてくる。

 戦前となんら変わりない光景。だが――。


 「報告書では知っていたけど、やっぱり入国者数は減っているか……」


 戦前となんら変わりない光景、ではいけないのだ。

 魔法都市は復興中で街の半分ほどが機能していない。つまり、魔法都市側にもいるはずの観光客や商人がエルピス側で滞在している。であるのにエルピスの光景は以前と変わらないのは、全体的に入国者数が減っている証左であると言える。

 自由都市によるポーションの価格操作が始まっているから当然なのは理解している。しかし、戦争中は魔法都市が目的の商人たちがオーセブルクで足止めをくらっており、終戦後はその商人たちが一斉に入国すると予想していた。いや、実際に多くの商人やその護衛の冒険者たちが流れ込んできた。

 それでも少ないのだ。予想以上に。

 もちろん、その原因はわかっている。出国者の方が多かったからと。

 戦争中で足止めをくらったのは魔法都市の滞在者も同じだ。戦争が終わり、彼らが一斉に出国した。しかし、それだけならば問題はなかった。新規入国者が訪れて入れ替わるだけだからだ。

 問題は魔法都市に赴くのを止めた者たちが多かった点だろう。


 「間違いなくポーションの価格高騰が影響している」


 だが、問題がわかっているとは言え、今のところ俺たちが打てる手はない。既に対策として回復魔法は完成させたしな。ただ、それが広まるのが二ヶ月後で、その期間に徐々に滞在者数が減り続けるのが心配だ。

 『浮遊石』を求めて帝国の商人は何としても訪れるから、出入りが全くないというのはあり得ない。しかし、その商人たちが閑散とした街並みを見て「この国の人気もこれまでだな」なんて感想を抱くことが厄介だ。自国に帰る間に立ち寄る街や村で話題に出るのは明らかで、その噂がさらに広まるのに二ヶ月は十分な時間だろう。

 飛空艇と回復魔法の発表で入国者数も人気も取り戻し、再び活気溢れる街並みに戻ると確信している。けれど、二ヶ月間全てではなくとも沈滞することは確定的だ。最大の問題は、その沈滞時に魔法都市国民が見切りをつけて他国へ引っ越してしまうかもしれないことだろう。

 不人気が二ヶ月で終わるのかどうかが重要になるか。回復魔法はすぐに使えるようにはならない。回復魔法のお披露目後、自由都市がすぐにポーションの価格操作を止めるかが鍵になる。

 結局は二ヶ月後の交渉次第ってことか。……って、休暇中に俺は何を考えているんだ。これじゃ、執務室にいるのと変わらないな。

 ローブのフードの上からガシガシと頭を掻いてから、辺りを見回す。商人や冒険者、旅行者たちが汗だくになりながら行き交っている。

 あー、見覚えがあるな。……たしか、エルピスの街の中心部辺りだ。どうやら思考しながら適当に歩いていたら、こんな所まで来ていたようだ。それにしても皆汗だくじゃないか。

 どうしようもないことだ。エルピスは17階層の熱風が入り込んできて、真夏のような暑さになっている。かといって、この空間全てを過ごしやすいようにエアコンのプールストーンで気温調整なんてできるはずもない。


 「魔法都市側は天然の洞窟だから過ごしやすいんだけどな」


 自然にできた地下空間である魔法都市は元々涼しく、エルピスからの温かい風が流入しているから逆に過ごしやすくなっているぐらいなのだ。それもあって、魔法都市はエルピスよりも宿屋の数が圧倒的に多い。エルピスで寝泊まりするとなると、高級宿でない限りは部屋にエアコンのプールストーンなどなく、寝苦しい夜を過ごすことになる。さらにエルピスの方が24時間営業の店が多く、夜中に歩き回る人も多い。防音ガラスなんてないから安眠はとても難しいだろう。魔法都市側も24時間営業の店はあってそれなりの人出はあるけどエルピスほど騒がしくはない。まあ、その分エルピス側より宿泊料金は高く設定されているけど。

 この辺はコンセプト通りだし問題はないか。住民や滞在者が魔法都市から離れてしまうかもと考えていたから、こんな思考に陥ったのかもな。


 「さて、さらに余計な思考に陥らないうちに、目的地へ行くとするか」


 暑さで額に浮かんだ汗を拭うと、来た道を引き返した。



 目的地は、というより目的の人物と言い換えるべきだろう。その人物とはクリークだ。

 クリークの執務室に行くと、いつもと同様にクリークが机に向かう姿があった。


 「よお」


 俺が声を掛けると、クリークは顔を上げる。その表情は疲れ切っていた。


 「おお、ギルじゃねーか」


 クリークが一休憩だと言わんばかりに近くに置いてあるカップを持ち上げる。しかし、既に空になっていた事に気がつくと、「ふぅ」と面倒そうに息を吐いて立ち上がった。新しい飲み物を持ってくるのだろう。


 「コーヒー、飲むだろ?」


 いつものように俺の分も用意してくれるようだ。いまさら遠慮する仲でもない。


 「ああ、悪いな」


 クリークは手を上げて「気にするな」と言うと、そのまま奥にある厨房へと向かった。

 待っている間、俺は執務室の隅にあるソファに腰掛けると室内を見渡す。以前来た時と変わらないが、一つだけ違うことがあった。エアコンのプールストーンを使用しておらず、室内が暑いところだ。

 今まで外を歩いていた俺からすると涼しくない室内に不満を感じてしまうが、それは単なる我儘だろう。文句を言う事でもない。

 そんな事を考えていると、クリークがカップを2つ持って戻って来て、一つを俺に手渡す。カップにはコーヒーがなみなみと注がれており、氷が浮かんでいる。アイスコーヒーだ。

 早速一口含む。口内にコーヒーが入った瞬間にまず冷さが舌を刺激し、すぐあとに苦さが広がる。そして芳醇な香りが鼻に抜けていくのを楽しんでから、ゆっくりと飲み下した。冷たい液体が喉を通る感覚は心地よく、胃に落ちる頃には満足感に満たされていた。


 「美味い」


 暑いからこそ余計に美味しく感じる。


 「そりゃあ良かった」


 「この美味さを味わうために、わざとエアコンを使ってないのか?」


 「そうじゃねーって。エアコンのプールストーンを使える状況じゃないから、こういった冷たい飲み物で気を紛らわしているだけだ」


 「使える状況じゃない?」


 「ああ。今は魔法学院の学生がいないからな。プールストーンの魔力補充のアルバイトが少ないんだ。節約するしかないだろ」


 エアコンを使っていなかったのは、節電ならぬ魔力節約が理由だったのか。


 「深刻か?」


 魔法学院の生徒だけでは当然街2つ分のプールストーン全てに魔力補充などできない。その対策として、住民にも軽い講習を受けてもらって自分たちで魔力補充を出来るようにしている。とは言え、純粋な魔法士に比べると魔力量は少なく、自分たちの分だけで手一杯だ。それに魔力補充が苦手な者もいる。そういう者たちは学生にアルバイト料を払ってやってもらっているが、今はその学生たちがいない。

 そうなると、頼りになるのは入国してきた他国の者たちだ。彼らにも講習を受けてもらったあと、プールストーンの魔力補充の仕事を斡旋した。冒険者からは滞在中にも小銭稼ぎができると特に喜ばれていた。だが、今は入国者が減ってきている。

 自由都市の策略がこんなところにも影響を受けているのではという意味を込めて、深刻な状態なのかと質問したのだ。

 しかし、クリークは「いやいや」と軽く手を横に振る。


 「ただ、俺がプールストーンの魔力補充が下手なだけだ。学生が戻ってきたらやってもらうし、今のところ住民から不満は出ていない」


 ポーションの価格高騰が原因ではないらしく、俺はホッと胸をなでおろす。だが、どうやらプールストーンの魔力補充が苦手な者の中にクリークは入っていたようだ。

 プールストーンの魔力補充で乱暴に魔力を込めると壊れてしまうのは、何度か実験したことで判明している。魔力補充が苦手な者たちとは、丁寧に魔力を込めようとしてもプールストーンを壊してしまう人たちのことを指すのだ。

 プールストーンはその有用性が広まってからは値が高騰し、今では高額で取引されているのもあって、新しく買い替えようとは簡単には言えない。魔力補充を他人に頼んだほうが、結果的には節約になるのだ。

 俺は溜息を吐くと立ち上がり、クリークの執務室にあるエアコンのプールストーンを握って魔力補充をした。そして、即座にエアコンを起動させる。

 涼しい風が流れてきて、あっという間に執務室が室温が下がっていった。その風が当たったのか、クリークは気持ちよさそうな声を上げた。

 

 「あー、涼しい。悪いな、ギル」


 「アイスコーヒーの礼だ。気にするな」


 「で、今日はどうした?」


 「終戦後、魔法都市に帰ってきた時に軽く話をしただけだったからな。ようやく俺に暇ができたから会いに来たんだ」


 クリークが王国兵と勇敢に戦い、エルピスの街を守っていた話は聞いていた。終戦後、魔法都市に帰ってきた俺はクリークに感謝を伝えたのだが、会話はそれだけだ。エルピスの街の状況を自分の目で確かめるのも目的だが、クリークの様子を見に来たのもまた目的の一つだった。それに――。


 「魔法都市を守るためによく戦ってくれたからな。何か褒美として欲しいものはあるか?」


 ――これが最大の目的だ。

 クリークはエルピスの市長という役職になる。日本にいた俺の感覚だと市長が街を守るのは当然で、住人からの支持率だけで十分な褒美だろうと考えてしまうが、この世界ではこの考えはどうやら間違いらしい。エルピス市長というのはこの世界で言うエルピス領の領主という扱いで、王である俺はその貢献に対して何か褒美を与えるのが当たり前だとタザールに諭されたのだ。

 だから今日は労うのも含めて、褒美は何が良いか聞きに来たというわけだ。


 「エルピスは俺が守るべき場所だから気にしなくて良い。と、言いたいところだが、そういうことなら少し相談に乗ってくれるか?」


 「そんな事で褒美になるのか?」


 「エルピスを豊かにするための相談だからな。その政策が上手く行って、実際に豊かになれば俺の懐も潤うってもんだ。十分な褒美だろ?」


 「なるほど、そういう考えもあるか。よし、どんな相談だ?」


 俺は一も二も無く首を縦に振る。

 というより、これは俺にとって非常に助かる提案だったからだ。高額な何かをくれとか言われても、魔法都市の国庫は空だから、少しの間待ってもらうことになる。褒美をこれだけで済ませることが出来るなら、クリークの気が変わらない内に承諾したほうが身のためだろう。


 「あれを見てみろ」


 向かい側に座っていたクリークは立ち上がると、窓に近づいて外を指差す。

 俺もクリークの横まで移動し、外に広がる街並みを眺めた。しかし、何を見ろと言うのだろうか?窓から見える景色は、いつもと変わらない。


 「街を行き交う人だよ。どいつもこいつも汗を流して駆け回ってるだろ?」


 そう言われて、先程散歩中に出会った人たちのことを思い出す。汗だくになりながら買付に駆け回っていたり、荷物を運んでいたりしていた。


 「それが?エルピスではいつもの光景じゃないか」


 「馬車がないから大変なんだよ。ダンジョン内には馬は連れてこられねぇから仕方がないんだが、エルピスの入り口から魔法都市に行くのだって一苦労だ」


 確かにこの暑さの中、荷物を抱えて端から端まで歩くとなると重労働だ。だが、この世界にはマジックバッグという便利なものがある。他国から仕入れに来る商人だって、マジックバッグは必ず持っている。けど、クリークが言いたいのはそういうことではないだろう。

 一日のうち、この暑さの中で何往復もしなければならないこともある。特にそういう機会が多い住民はうんざりするだろうな。商人だってマジックバッグがあったとしても、長距離歩かなければならないのだ。

 そりゃあ、あんだけ汗だくになるはずだな。


 「つまり、住民が楽に移動できる方法を探していると……」


 「そうだ。ギルに何か良い知識はあるか?」


 んー、とは言ってもパワーのある動物をダンジョン内に連れてこられないからなぁ。ダンジョンの魔物は攻撃的過ぎて代用できないしどうするか。

 ……そう言えば、俺も飛空艇からあの小屋を地上に降ろして、そこから歩くのが面倒だって愚痴ってたことがあったな。そのうち改造して自走出来るようにしようとしていたっけ。これが良いんじゃないか?


 「俺に良い案がある」


 「本当か?!どんなのだ?!」


 「自動車を作る」

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