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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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休暇の過ごし方

 回復魔法の開発には2週間もの時間を要した。いつもなら3日程度、最長でも1週間ほどで完成させるが、今回は長引いた。

 その原因は、初級、中級、上級の三段階に分けなければならなかったからだ。いつも開発している魔法は俺さえ使うことが出来ればいいが、今回ばかりは違う。どの魔法士でも使えるように仕上げなければならない。それに魔法を3つ作ることになるのだから、その分時間がかかるのは当たり前だ。

 メインの初級回復魔法は簡単だった。いや、新魔法を作り出すのに時間が掛からなかっただけで、魔法自体は高難度なんだけどね。

 まず、三種の素材を木属性魔法で作り出す。これはティリフスのおかげで素材を見せただけですぐに作り出せた。ただ、これだけでも3つの魔法陣を展開し、魔力を込め続けなければならない。

 次に土属性魔法ですり鉢を作ってすり潰す。敵の目の前、または怪我人の前でゴリゴリとすり鉢ですり潰すのを想像すると、その光景はかなりシュールだがどうしようもないから諦めた。さらに木属性魔法と同様に、このすり鉢も使用するまでは魔力を込め続ける。魔力を止めた瞬間に砂になって台無しになるからだ。

 最後に水属性魔法で出した水を注ぎ込み、風属性で混ぜて怪我人の傷に使用する。ポーション錬金と同じことを魔法でしただけだ。もちろん、ちゃんと傷が治るかも俺の体で実験して確認済み。

 中級回復魔法は、別の素材を木属性魔法で作り出すことになり、火属性魔法で熱して濃縮させ、風属性で冷ますという工程が加わる。より多くの魔力を使い、工程も増えるから中級クラスの難易度ということになった。

 上級回復魔法は言わば、全体回復魔法だ。中級回復魔法で作り出す仮想ポーションを5倍量にし、さらにその仮想ポーションを風属性魔法で広範囲に噴霧する。乱戦時に使用する相手を選べないのが欠点だが、戦闘後などまとめて回復させたい時には非常に役に立つだろう。ただし、魔法士一人では魔法陣の数が多すぎて失敗する可能性が高い。

 上級に限らず、回復魔法は魔法陣が多く難易度が高い。

 だが、決して一人の魔法士が発動する必要はない。合成魔法とは違い、それぞれが分担して魔法を発動すれば仮想ポーションを作り出す事ができる。

 俺が使えることから分かるように、ティリフスのおかげで魔法陣の言語化も済ませ、回復魔法は完成。

 報告を済ませ、回復魔法の魔法陣を書き写した紙を三賢人に渡して、新魔法の開発は終了した。



 その後は会議だ。自由都市が他にも仕掛けてくる可能性やその手段について話し合った。しかし、ポーションの価格操作ほど打撃を受けるものは存在しないという結論に至った。よって、二ヶ月後に交渉の席を設けることに決定。開催場所を迷宮都市オーセブルクに指定し、王国、法国、帝国、自由都市にそれぞれ書簡を送った。

 そうして、自由都市の対策は落ち着く。

 しかし、まだポーションの価格操作が落ち着いただけで暇になったわけではない。従来の政務の他に、復興だって継続中で、数字と睨み合う日々が待っている。と、少しうんざりしていたら、三賢人はなんと俺に1週間の休暇くれた。俺の顔色があまりにも酷かったらしい。

 考えてみれば戦争直前からずっと休みがなかったな。だが、この忙しい時期に休みなんてもらっても良いのだろうか?と思い悩んだのは一瞬で、結局は三賢人の言葉に甘えることにした。

 でも、休暇って何をするのだろう?一日や二日なら起床時間を気にすることなく寝ていれば、あっという間に過ぎる。だが、1週間ともなるとどうすれば良いか悩んでしまう。

 この世界はまだ娯楽が少ない。俺には読書で知識を得るという趣味があるけれど、この世界の本を翻訳しながら読むとなるとそれなりの労力を必要とし、体は全く休まらない。エルピスに賭博場が出来たと言うが、戦後間もなくに国の代表が遊ぶには不謹慎過ぎるし、何をするにも国民の目が気になってしまう。出来ることが少なすぎるのだ。

 と、休みをどう過ごすかを考えていたら、休暇一日目が終わった。

 日本にいた頃、久しぶりの三連休が家事で終わってしまった経験が脳裏をよぎり、「これではイカン」と慌てた俺はとりあえず散歩をすることにした。これなら視察に見えなくはないだろう。

 街へ行くために城内を歩いていると、魔人のティアとティム姉弟が楽しそうに会話しているところに出くわす。


 「ギルさん!」

 「ギル様」


 ティムがいつもの爽やかな笑顔を見せ、ティアは小さく会釈する。

 考えてみれば、戦後魔法都市に帰ってきてから挨拶程度の会話をしただけだったな。今は時間もあるし、魔人たちがどう過ごしているか聞いてみるか。


 「ティア、ティム、お疲れ様。魔人たちの様子はどうだ?戦争で怖い思いをしただろうし……」


 「みんな元気ですよ。避難民の手助けに慌ただしくしていたのが良かったのかもしれませんが、思っていたよりショックは少ないようですね」


 ティムが体に比べて小さめの腕を横に振る。ティムは腕力が弱いけどジェスチャー程度なら問題なさそうだ。


 「タザールが助かったと言っていた。俺からも礼を言うよ」


 魔人たちは戦時中、魔法都市のために色々働いてくれたらしい。荷物運びに避難誘導、炊き出しなどをしてくれのだ。彼らに救われた国民は少なくない。


 「僕たちを受け入れてくれた魔法都市のために働くのは当然のことですから」


 ティムが首を横に振って答える。

 魔人たちの中でティムはかなり若い方だけど、この受け答えから分かるようにしっかり者だ。商才もあって稼ぎが多く、兄や姉の魔人たちが困った時のために大金を貯金しているぐらい思いやりのある人物だ。顔が良くて穏やかな口調だからか、多少見た目が人間から離れていても人気がある。


 「僕らのことよりもギルさんの体調が心配です。石化していたのに戦いに行って、帰ってきたら仕事漬けではないですか」


 その上、優しい。裏表がなく本気で心配しているのが伝わってくる。天然のモテモテ体質だ。人間のままだったらもっと人気があったに違いない。


 「今、休暇中だからしっかり休むことにするよ」


 「それなら一安心です」


 俺が彼らを心配しているんだけどなぁ。特にティムを。

 タザールから他言無用と念押しされた上で、ティムが精神的に不安定だと聞いていた。俺の庇護下にあるから魔法都市での生活は安心していたが、俺が石化してしまったせいで護ってもらえない状況になった。それを不安がっていたようだ。

 元々、ティムや魔人たちはヒト種なのだが、それは秘密にしている。法国の前聖王が改造したのだが、公表すると法国の評判を下げることになる。今は同盟でもある法国の評判を下げる訳にはいかない。だから魔人種という新たな種であるとしているが、やはり外見が違うからか差別される対象になるのだ。

 どの世界でもそうだが、差別は非常に攻撃的だ。精神的にもだけど、物理的に影響があることも稀ではない。つまり、ティムは俺がいなくなったことで身の危険を感じたのだ。

 肉体的には魔物が半分混ざっているティムの方が、普通の人間よりもおそらく強い。けれど、見た目通り優しい性格のティムには反撃なんて出来ないだろう。

 彼は魔法都市の首脳陣でもあって、大事な存在だ。俺は長期間魔法都市を離れることもあるし、ティムが安心して生活できるように護衛を付けるべきかな?信頼できる人物に心当たりはないが……。とりあえず、信頼できて実力もある護衛を探しておくか。

 俺はティムに頷いてから、ティアへと顔を向ける。


 「ティアもいつも美味しい料理をありがとう。皆喜んでいるよ」


 ティムの姉であるティアは城の料理長をしている。彼女もティム同様に魔人種で外見は人間と少し違う。手足に羽が生えていて、背中にも大きな翼がある。

 普段は城に住む人たちのために食事を用意してくれる。もちろん、料理の味も美味しい。


 「喜んでいただけて私も嬉しいです」


 ティアが口元を手で隠して上品に笑う。

 そう言えば、ティアに伝えておくことがあったような……。ああ、そうだ。


 「そう言えば、俺が石化した時のことを話してなかったな。王国の奴が使ったのは……、魔人の首だ」


 俺は石にされた時のことを正確に教えた。王国の第三王子が魔人種の首を使ったことや、その首が女性であったこと、さらに火属性魔法で燃やしたことを伝えた。


 「そう、ですか……」


 表情は変えなかったが、声が少し震えているところをみると平気とは言えないか。彼女にとっては姉のうちの一人だから当然だろう。


 「一応、火葬したことになるし、もう二度と利用されることもない」


 「ありがとうございます、ギル様。落ち着いたら兄様や姉様に伝えますね」


 「ああ。だが、この事は俺と魔人たちだけの秘密にするよう口止めしておいてくれ。首だけになっても効果があると広まったら困る」


 首だけでも俺を倒せる効果が魔人種にはあると広まれば、彼女たちを兵器にしようとする輩が出かねない。

 その危険性にティアも気が付いたのか、はっと顔をあげると「わかりました」と硬い表情で頷いた。



 その後は二人と世間話をしてから別れ、城門に向かう。

 ローブを羽織り、フードを目深に被ると城から外へ出る。自意識過剰ではなく、俺は国の代表だから目立つ。余計ないざこざを避けるには顔を見られない方が良い。

 視察を兼ねて街を見回っていく。帰ってきた直後は魔法都市の街は酷い有様だった。城付近の建物はほぼ倒壊していて瓦礫が山積み。残っていた建物だって王国兵が乱暴に扱っていたから綺麗とは程遠い状態だった。

 それが一ヶ月で瓦礫は全部撤去され、倒壊した建物だって建築が始まっている。それこそ街を建造する都市経営シミュレーションゲームのように、にょきにょきと伸びていくように建物が出来上がっていっている。王国兵に汚された建物だって、改修し清掃して戦前より綺麗な状態だ。

 復興は高速で進んでいるようだ。しかし、それでも家が足りない。テントを用意してあるから路上生活とは言わないが、建物内で安心して眠れる生活には程遠い。だからか、今は治安が悪化している。

 だが、戦勝国だからというのもあってか、街の雰囲気は悪くない。多分だけど、犯罪率もそれほど高くなっていないだろう。警備がしっかりと見回りもしているおかげもある。けれど危険なことには変わりない。

 ティムの護衛は早く見つけた方が良いかもな。街で働く本人も安心出来ないが、俺だって安心して彼を送り出せない。

 しかし、どうするかなぁ。俺の知り合いで信頼出来る人物となるとエミリーたちだけど、彼女らはまだ学生で、朝からシギルの店に出勤するティムの護衛は無理だ。


 「お、ギルじゃねーか!」


 悩みながら歩いていると、大きな声で俺の名前を呼ばれた。そちらへ振り返ると、そこにいたのはエリーの父親であるエリックだった。彼の仲間であるティタリスとジルドも一緒だ。

 俺は慌ててエリックの腕を掴んで人通りの少ない脇道に入る。


 「お、おい、何だよ」


 エリックは俺の突然の行動に驚いているが、そんなことはどうでもいい。今来た道を振り返り、騒ぎになっていないかを確認する。

 どうやら大丈夫ようだ。さすがにギルという名前だけでは、魔法都市代表だと思われなかったみたいだな。

 安堵したが、直後に苛立ちを覚えてエリックを睨む。


 「エリック、俺が何のためにフードを被っているか少しは考えろ。それに声がでかいんだよ、お前は」


 「……もしかして正体を隠してたのか?」

 

 「見てわかるだろ。というか、フードを被っているのにどうしてエリックにはわかったんだ?」


 「いや、どんだけフード付きローブに信頼を置いているのか知らんが、知り合いなら立ち姿で分かるぞ」


 え、そうなのか?もしかして正体を隠せていると思っていたのは俺だけ?いやいや、違うだろ。それだったら俺に挨拶をしてくる住民もいるはずだ。エリックの勘が良かっただけじゃないか?


 「ティタリスとジルドもわかってた?」


 「ええ」

 「まあ」


 ティタリスとジルドが同時に頷く。

 マジかよ!じゃあ、俺はバレバレなのに変装してたってことか。めっちゃ恥ずかしい奴じゃないか。


 「あ、でも、多分私たちだけだと思うわよ」


 俺の声が漏れていたのか、ティタリスが慌てて俺の考えを否定する。


 「ああ、これでも俺らは一流の冒険者だからな。歩き方や姿勢、気配や雰囲気で覚えている。顔だけが判断基準ではない」


 ジルドが自分の持つ大盾をゴツンと叩いた。

 なるほど、そういうことか。考えてみれば、彼らはオーセブルクダンジョン50階層を自力で踏破した実力者で、観察眼だってそれなりのものを持っているのだ。エリックがちょっと馬鹿っぽいから勘違いしてた。


 「それでどうして正体を隠してんだ?」


 「エリックはさ、国王が一人で町中を出歩いているのを目撃したことある?」


 「あー、そうか!そう言えばギルは国王だっ――」


 「だから声がでかいって!」


 俺は慌ててエリックの口を手で押さえる。

 それでようやく理解したのか、エリックが何度も頷いたので口から手を離した。


 「悪かったよ。それでギルは正体隠して何してたんだ?」


 「ただの散歩だよ。ようやく休みを貰えたからな」


 「そういうことか」


 「そういうエリックたちは何してたんだ?ここ最近、魔法都市で会わなかっただろ?」


 エリックと最後に会ったのは、俺が飛空艇を作りに自由都市へ行く前だ。それから魔法都市に帰ってきてからは姿すら見た覚えがない。


 「一仕事終えたから、娘に会いに来たんだ」


 仕事してたのか。いつもエリーにべったりだからニートだと思ってた。冒険者だから正確には違うけど、安定した仕事がないって点では似たようなものだろう。


 「S級に昇格したとは言え、依頼をこなさなければ金は入ってこないからな。一度、オーセブルクまで戻って依頼を受けてきたんだ。まあまあの稼ぎになったから、またしばらくはここでのんびり出来る」


 エリックが満足げに胸を張るが、それを見たティタリスとジルドは溜息を吐いていた。

 二人の気持ちは分かる。エリックはのんびりしたいのではなく、ただ娘のエリーに会いたいだけだ。パーティリーダーであるエリック抜きでS級の依頼をするわけにもいかず、二人は仕方なく付き合っているのだろう。自分勝手なリーダーだと稼ぎが少なくて大変だな。

 あ、だったら彼らを雇うのはどうだろう?エリックはエリーがいる魔法都市にいたいが、ずっとは金銭的に無理だ。懐が寂しくなったら冒険者ギルドのあるオーセブルクに行かなければならない。安定した稼ぎがあれば魔法都市にいられるはずだ。

 それにティムの件も解決する。彼らはエリーの父とその仲間で信頼できる人物たちだろう。リーダーがちょっと五月蝿いけど、実力はオーセブルクダンジョン踏破という実力の持ち主だ。


 「なあ、相談なんだけど魔法都市に雇われる気はないか?」


 「は?」


 「とある重要人物が城と街を行き来するんだが、その護衛をしてもらいたいんだ。夕方には自由になれるし、城に住み込みでも良い。城にはエリーも住んでいるし安心できるんじゃないか?」


 俺の提案にすぐ飛びつくかと思ったら、意外にもエリックは即答しなかった。少し思案を巡らせるように視線を動かしたあと、ティタリスとジルドを交互に見た。


 「俺は有りだと思う。ダンジョン攻略で疲れ切って、しばらくは魔物と戦闘するのも嫌だったからな。ティタリスとジルドはどうだ?」


 これが彼らなりの物事の決め方なのだろう。リーダーが決断するのではなく、仲間たちと相談する。良いパーティじゃないか。


 「私も有りね。安定した稼ぎは魅力的だわ」


 「俺もだ。わざわざオーセブルクまで出稼ぎして帰ってくるのは面倒だからな。この街で収入があるなら願ってもない。住み込みってのも良いな」


 ティタリスとジルドが順番に自分の意見を言っていく。

 二人の賛成という意見を聞くと、エリックはニカッと笑う。


 「決まりだな。ギル、雇ってくれ」


 「ああ、よろしく頼む」


 よし、ティムの護衛のために信頼できる人材を手に入れることができた。これで少しは安心出来るだろう。

 早速、俺はエリックたちを三人を連れて城へ戻り、雇用契約を済ませた。こうして、俺の休暇二日目は終わっていった。

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