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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十七章 時代の転換期
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対抗策

 「今、ポーション類の値が高騰している」


 話が一段落したと思っていたら、シリウスが突然こう言ってきた。雑談にしては彼の表情にいつもの笑みがない。

 なんの脈絡もないように聞こえるが、シリウスが意味のないことを言うとは思えないし、もしかして続いているのか?


 「話の流れからして、自由都市の関わることか?」


 「そうだ」


 どうやらこの話題も自由都市関連らしい。ポーション類と言えば、治癒、解毒、マナ回復系を指すのが一般的だ。元々、この三種は高額で取引されているが、それが今だと更にお高くなっているらしい。


 「まぁ、戦争後だから市場は品薄だろうな。それで、今はどれくらいだ?」


 「10倍ほどだ」


 「は?!」


 ポーション類は俺がこの世界に来た当時から高かったが、貧民層でも無理をすれば買えないことはない程度だった。大怪我をした時には一瞬で傷を塞いでくれるような奇跡の薬なのだから高額なのは当然だろう。しかし10倍の値ともなると、地球で言えば安い中古車を買うぐらいの値段だぞ。一度使用すれば終わりの消耗品でこの値段なんて馬鹿げている。ちなみにポーションの効力で下級、中級、上級の三段階に分けられているが、今のは下級の値段の話だ。上級だったら一本で豪邸を買えるぞ……。


 「阿漕過ぎる。……それで、それがどう自由都市につながる?」


 「貴様が推理もせずに我に聞くか。随分と混乱しているな」


 「そりゃあ混乱もするさ。そこまでの急激な値上がりは、戦争があったとしても不自然だ。それにオーセブルクダンジョンで草原エリアが新しく見つかり、一時は値が下がっていた。そこへ10倍に跳ね上がったと聞けば誰でも驚くだろう」


 ポーション類が高額であるのは、元となる多くの素材が植物なのが原因だ。年単位で成長する植物では品薄になるのは当然だろう。ダンジョンの草原エリアは高濃度のマナで満たされていて成長しやすいが、それでも素材になるほど成長するには半年ほど掛かる。

 マナ、つまり自然魔力によって成長するポーション素材では土地の魔力が枯渇する恐れがあり、栽培が出来ないのも要因の一つである。自然に生えたものを採取する他ない。

 しかし、俺たちのパーティとエリーの父親のパーティがオーセブルクを突破した時、ダンジョンの出口側にも草原エリアがあることを確認している。冒険者ギルドに報告し、その存在が明るみになったことで、現在は冒険者たちが出口側の草原エリアでも採取している。俺も大量に採取したが、それでも取り切れないほどの素材が50階層には存在していたはずだ。

 それもあってか、オーセブルクや魔法都市ではポーションの値段が下がりつつあったのだ。なのに、10倍の値に上がったと聞けば驚きもする。

 それがたとえ戦争直後だとしてもだ。品薄になったから商人が値上げしているような、じわじわ値が推移している感じがしない。まるで、元締めが勝手に価格を設定したような……。いや、そういうことか?

 

 「まさか?」


 「ああ、奴らが値を操作している。自由都市は商人の国だからな」


 「商人の国だからって、さすがに客は納得しないだろ?」


 「一商人がしたことならば、場合によっては盗まれ、最悪殺されたりもしただろう。しかし、軍を持つ国が決めたのだ。愚痴を言ったところで覆すことなど不可能だ」


 さらに言えば、物が最も多く集まり、在庫も多い自由都市だから出来ることだ。

 とは言え、なんの苦労もしていない自由都市に好き勝手されている現状は腹が立つ。何とかできないものか。


 「魔法都市や帝国が糾弾すればどうだ?」


 「しらを切るだけだ。自由都市が仕掛けたことだと分かりきっていても、証拠などないからな。たとえ証拠を見つけたとしても、『戦争をしているのが悪い』と言われて終いだ」


 値上がりは品薄の原因である戦争だ。つまり、戦争をした魔法都市と王国、参戦した帝国、法国のせいだと責任転嫁できる。『好き勝手し過ぎだ!』『裕福ではない人たちのことを考えろ!』『値段を下げるべきだ!』そう抗議したところで、『君たちが悪いんでしょ?』と言われて終わりなのだ。

 そうじゃないと言い切れないのがもどかしい。

 だが、これでは冒険を生業とし、日々傷つく危険と隣り合わせの冒険者には少々厳しい状況だ、と考えてハッとする。


 「まさか、この状況は魔法都市に対する牽制か?」


 「そう考えるのが自然であろうな」


 突飛な考えで自意識過剰と思われそうだが、シリウスが同意見だっと言ってくれたことで確信に変わった。

 ポーション類の値上がりはどの国でも頭を抱える問題で、魔法都市だけを狙っているとは言えない。大怪我をして、治せる薬を手に入れようとすることは誰でも起こりうることだからだ。

 しかし、最も傷を負う可能性がある職業は何であるかと考えると、魔物と戦う冒険者と答えを導くのは簡単だ。そして、その冒険者が多く集まるのは、この大陸でオーセブルクダンジョンなのだ。

 傷を負う可能性が高いのに治す方法がないのであれば、ダンジョンの中にある魔法都市になど誰も来たがらない。魔法を学びに来る学生、プールストーンを買いに来る商人で成り立っていると言える魔法都市には大打撃だ。

 だがそこで、迷宮都市オーセブルクはどうするのだと疑問を覚える。冒険者で成り立っているのはオーセブルクの街も同じで、魔法都市同様に大きいダメージを受ける。魔法都市が出来てから、オーセブルクの冒険者の仕事に『魔法都市までの護衛』という依頼が増え、専門に請け負う冒険者までいるらしい。魔法都市までの護衛がなくとも元々ダンジョンを探索するのを目的とした冒険者が多かったのだから、ポーションがない状況は冒険者たちにダンジョン離れを引き起こす可能性が高い。

 オーセブルクは王国と自由都市の共同管理だ。自由都市にも不利益がある。管理にも維持費があるはずで、それを冒険者たちからの利益で補填出来なければ、管理する旨味がない。


 「オーセブルクも人離れが懸念されるが、共同管理国である自由都市はどうする気だろうな?」


 「視野が狭い。オーセブルクから冒険者が居なくなったとしても、自由都市には利益が生まれるであろう?」


 「どういうことだ?」


 「ダンジョンから得られるアイテム類は激減し、値が高騰するからだ。品を多く持つ自由都市は、莫大な利益を得ることができる。オーセブルクが多少経営不振だろうと釣りがくる」


 なるほど。マジックバッグ、魔剣、マジックアイテムなど、ダンジョンからしか手に入れることが出来ない品々は各国の商店から姿を消すが、貯め込んでいる自由都市は値を上げて売ることが出来る。冒険者が居なくなることで得る利益もあるということか。

 さらに、これから戦争賠償で四苦八苦する王国からオーセブルクの管理権を高く買い上げることで、自由都市は独占することも可能か。

 魔法都市が経営困難になって滅亡するまで耐えて、それからポーションの値段を戻すだけでいい。自由都市はポーションの値段を上げ下げするだけで、オーセブルクの独占権を得るわけだ。

 しかし、自由都市の目的はオーセブルクの独占ではない。オーセブルクを手に入れるなら、もっと早い段階でも出来ただろう。王国が戦争に負けて国力が落ちたのが切っ掛けとも考えられるが、シリウスの話通りの国ならば底なしの国庫があり、いつ落ちるかわからない王国の落ち目を待つ必要がない。オーセブルクを手に入れるのは二の次だと分かる。

 であるのに、魔法都市へ突然の経済制裁とも言える攻撃。

 目的は分かりきっている。


 「飛空艇か」


 遠回りだったが俺が答えを出せたことに、シリウスは満足げに頷く。話題は途切れてなどおらず、ずっと飛空艇のままだったらしい。


 「貴様がジークフリートに見せ、自由都市に知らせたのが原因であろうな」


 やっぱりここでも飛空艇か。自由都市はどうしても手に入れたいらしい。シリウスの言うように、兵器としての価値を見出したのもあるが、それ以上に移動手段として優秀だ。地上を行くよりも安全で、且つ速い。その上で商品を多く積載して運べるのも好印象だったのだろう。

 自由都市は飛空艇を手に入れるために、先手を打ってきたのだ。

 ポーションの価格を元に戻すのを条件に、飛空艇の製造方法を引き出すつもりか。


 「とは言え、なりふり構わないにも程があるだろ。各国どころか国民、いや、大陸中から嫌われる所業だぞ」


 「評価ぐらいで揺らぐ国じゃないということだ。先程も言ったように、争った国が悪いとそれらしい言い訳を我でも思いつくのだからな」


 そうだった。戦争していた俺たちが悪いというのも事実なんだ。俺たちの状況を調べ上げ、自分たちが不利益にならない方法を考え抜いて辿り着いた策なのだろう。


 「これ以外にも手を打ってくると思うか?」


 「さて、な。最も効果的で、手も足も出ない策だ。あったとしてもこれ以上ではないだろう」


 「冒険者がよく使用する他の物も、値を吊り上げるか?」


 「……いや、これ以上はさすがに自由都市にも害がある。一つ二つの品を値上げするならまだしも、ポーション類だけでも何種もある。さらに他にもとなると、先に商人が音を上げる」


 確かにそうか。冒険者だって馬鹿じゃない。代用品で何とかしようとするが、それまでも値段を釣り上げれば今度は売れる商品がなくなって商人が経営破綻する。ポーションの値上げが最善手だ。

 つまり、これ以上の攻撃はしてこないということ。ポーションに関して何とか出来れば、相手の要求を跳ね除けられるか。

 何とか出来れば良いとは言っても、難題であることには変わりないけどな。

 俺が「さて、どうするか」と悩んでいると、シリウスは「ほう?」と感心したような声を漏らす。


 「どうした?」


 「いや、こんなところにもスキルがなくなった影響が出ているのかと思ってな」


 「狂化スキルのことか?」


 「ああ。以前なら貴様は『自由都市を滅ぼすか』と言い出したからな。今は対抗策を考えているのだろう?明らかに違うではないか」


 そう言えばそうか。スキルを手放す前は、少し苛ついただけで根本を排除する方向に考えていたな。王国の王様の性格が悪いと知れば、『おお、じゃあ殺そう』って言い出していた。まだ『反転』スキルがあるから殺意は覚えても、『よし、すぐ殺そう』と即断しなくなっている。今更ながら、よく今まで上手くいっていたな。


 「手段の一つとして自由都市を滅ぼすことも頭の片隅にはあるけどな」


 「戦うという手段は、民を導く指導者には必要だ。捨てる必要はない」


 「そうだな」


 「ふむ、慌てておらんな。国庫に余裕がない貴様は、この見えぬ攻撃に慌てふためくと思っていたが」


 「んー、まずい状況だとは感じているけど、別に慌てるようなことでもないだろ」


 自由都市を完全に無視してもいい。ポーションの値段などどうでもいいと態度に出し、王国との交渉の場からも締め出す。その後に様々な経済制裁をされるけど、それすらも無視だ。魔法都市は自由都市と国交を断絶し、王国、帝国、法国だけと取引すれば良い。魔法都市から人が離れていき国民が数十人になったとしても、『浮遊石』で多くの利益が出る予定だし、王国からも賠償金が手に入る。数年ならば全く困らない。

 戦う手段を取るなら、飛空艇に乗って相手からは攻撃されない位置から爆撃しても良い。一方的に自由都市の都市部を破壊できるだろう。狂化スキルがなくなったおかげで罪悪感には苛まれるし、自由都市の国民全ては鏖殺出来ないからやらないけど。生き残りがいると後々が厄介だからな。

 この2つは最終手段だ。だが、既に2つ対抗手段があるのだ。慌てる必要はない。

 2つの手段をシリウスに説明すると、彼は少し考えてから「ふむ」と頷いた。


 「オーセブルクを手に入れられなくなるから最終手段か」


 「そうだね。自由都市を無視すればオーセブルクを手に入れるために呼んだ意味がなくなるし、滅ぼせばオーセブルクの住人たちが黙っていない。どちらの手段を講じても、オーセブルクを手に入れるのは不可能だ」


 自由都市を無視する方法は交渉ができなくなるし、戦う選択をすれば自由都市出身者多いオーセブルク市民から反感を買う。さらに皆殺しに出来なければ生き残りから年中狙われ続けることになる。対処可能ではあるが、どちらも面倒になるのは目に見えている。

 2つの手段はあるが、出来ればやりたくないというのが本音。

 何か良い対抗策はないものか……。


 「逆に、値段を上げたら困るようにするのはどうだろう?」


 「ふむ、面白い」


 「値段を下げざるを得ない状況にすると言い換えられるが、それにはどうしたらいい?」


 「市場にポーション類を溢れさせれば良い。自由都市の抱える在庫を超える量が常時出回れば、安くせざるを得ない。現実的ではないがな」


 「うーん、あとは代用品を作り出すか?」


 ビールみたいに発泡酒だとか第三のビールだとか、安価な代用品を作り出すのはどうだろう?


 「それも手だ。が、いくら貴様でもそれは無理だ。錬金術師のレシピに差はあれど、材料はほぼ同じと聞く。未知の材料を見つけることが出来ればそれも可能だが、噂にも聞かん」


 あー、なるほどねー。ポーションの代用品だとしても、材料自体が値上がりするのか。同効果を発揮する未知の材料を探すしかないが、そんなのは何十年掛かるかわからない。

 んー、代用品はいい考えだと思ったんだけどなぁ。代用品、代用品。ん、代用……、魔法?魔法はどうだ?

 石化していた時に色々と新魔法を考えたいたけど、その中に使えそうなものがある。もちろん、机上の空論だが、やる価値はあるかもしれないな。

 良い案が出たと表情に出ていたのか、俺の顔をじっと見ていたシリウスもニヤリと笑う。


 「何か思いついたようだな。貴様がどういう対抗策を出したか、続きは本番で聞かせてもらおう」


 そう言いながら、シリウスは席を立つ。どうやら話を終わらせるようだ。


 「また何日もカードゲームをするのかと思っていたんだが、今日はもう寝るのか?俺としては助かるが、珍しいな?」


 「一度、帝国に戻る。飛空艇の件を宰相と話し合わねばならないからな」


 まー、そうか。あの宰相も飛空艇の情報を今か今かと待っているはずだ。それに飛空艇の製造方法を教えるという条件だったのに、蓋を開けてみれば材料を教えただけで、安くするから買ってくれと取引を持ちかけているんだからな。思い描いていたのと全く別の内容で、あの宰相も頭を抱えることだろう。

 ぜひともシリウス君には、あの宰相の怒りを沈めてもらいたい。


 「わかった。あ、そういえば、まだオーセブルクに飛空艇の運転手たちが滞在しているはずだから、送り届けさせようか?」


 エミリーたちは戦争で疲れ切っていたらしく、魔法学院が再開されるまでオーセブルクの街でしばらく休んでから戻ると言っていた。魔法都市を手助けしてくれた礼として、報酬と当面の宿代を前払いしたから、豪遊して休みを満喫しているに違いない。


 「ああ、それは良いな。頼むとしよう」


 俺はシリウス皇帝を帝国まで送り届けるようにと指示書を書いてシリウスに渡す。これをシリウスが見せれば断らない、いや、断れないだろう。もう二週間も休んでいるのだから、そろそろ働きたいに違いない。

 シリウスたちを見送ると、早速俺はポーション値上げの対抗できる魔法を開発するために、学院の研究室へ向かった。

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