認識
シリウスに計画を話す前に、大事なことを教えなければならない。
魔法都市の欲しいものだ。
魔法都市が何を手に入れたいかを示さなければ、帝国の協力を得られないかもしれない。帝国と同じものを欲しがっている可能性もあるが、何よりそれが本当に手に入るのかさえ、常識を知らない俺ではわからないのだ。
「魔法都市が欲しいのは、オーセブルクだ」
欲しいものを言うと、シリウスの眉が僅かにピクリと動く。そして、心底楽しそうに「ほう?」と口端を上げた。
「ずいぶんと強欲よな。オーセブルクは、自由都市とは別の意味で大陸中からあらゆる種族の人々が集まる街だ。それ故に訪れる者たちは大金を落としていく。手放さないのではないか?」
自由都市には人気の高い商品が置いてある店、それも本店が多い。さらに手に入らない物はないと言われるほどの国だ。各国から多くの商人やそれらを目的とした観光客が多く訪れる。
オーセブルクはその自由都市の次に物が集まる。自由都市と距離が近く税金が安いのもあって、自由都市まで行くことが出来ない商人はオーセブルクで仕入れを済ませるのだ。
であれば、わざわざ自由都市に行かなくともオーセブルクで買えば良いと思うかもしれないが、話はそう簡単ではない。
自由都市で作られた物を馬車と護衛を雇って運び、安くはあるが税金を払い、さらにオーセブルクの支店で雇った人たちに売ってもらうのだ。費用と人件費で嵩増しされて、元の価格の倍の値段にもなってしまう。
護衛なしで危険を顧みず買付に来る旅商人か、大量に仕入れて費用と人件費を払っても利益を出せるような大店か豪商は自由都市で仕入れる方が結果的に大きな利益を出せる。
しかし、中小商店や個人経営の商人は大量に仕入れることなど出来ず、護衛なしで危険を冒す真似も出来ない。仕方なくオーセブルクで済ませるのだ。
では何故オーセブルクに人が集まるのか?
それは4カ国に囲まれているからだ。王国、法国、帝国、自由都市。ナカンが王国に吸収された今、オーセブルクが大陸の中心だ。人気の高い自由都市の物だけではなく、他の国の物が最も集まるのだから重要度は非常に高い。
「4カ国の物が集まる大陸の中心。冒険者が集まる迷宮都市以前に、貿易都市でもあるオーセブルクを手放す莫迦はいない。であろう?ギルよ」
特に自由都市がな、とシリウスが付け加える。
オーセブルクは王国と自由都市が共同管理している街だ。王国のものでもなく、自由都市のものでもない。どちらの国からも干渉されない独立した街とされている。だが、それは大嘘だ。当然、利権はある。
商業ギルドや冒険者ギルドなどの施設は利益の一部を両国に支払っているし、数多くある税金も両国に行く。オーセブルクで出店するにはどちらかの国に便宜を図ってもらう必要があり、その際、または現在進行系で袖の下を用意しなければならない。つまり、莫大な金が動いている。
そんな美味しい街を簡単に手放すことなど出来ないだろう。
しかし、今回の戦争に勝ったことで王国に手放させることは容易だ。戦争で発生した損害は戦争賠償で要求し、その上で植民地を得る。オーセブルクを統治領として魔法都市が管理することを提案すれば良いだけだ。この世界でもそれぐらいは普通にするだろうし、もし常識ではないとしても無理矢理通せないことでもない。
問題はもう一方の管理国。でも、問題と言ってもシリウスの言う問題とは少し違うが。
「なあ、シリウス。自由都市は、俺たちと王国の交渉に参加すると思うか?」
問題はそこだ。参加するか、しないか。自由都市が参加さえすれば、後はどうとでもなる。
シリウスは椅子の肘掛けにのせた手を米上に持っていき、考えを巡らせるようにトントンと数回叩く。そして、すぐに全てを理解したのか、「そういうことか」と面白くなさそうに呟いた。
「全ては貴様の計算通りということか。つまらん」
「まあまあ。でも、来るかどうかが問題なんだよ」
「間違いなく来るだろう。そのために飛空艇を見せたのだろう?」
「そうか」
シリウスが断言するなら、自由都市は間違いなく交渉の場に現れるだろう。ならば良し。オーセブルクを手に入れるための前提条件はクリアした。
よしよしと俺が満足げに頷いていると、シリウスが「チッ」と舌打ちをした。
「これでは帝国が援軍の条件に出した飛空艇の製造方法が無意味になるではないか」
シリウスは本当に俺がやることを理解しているようだ。この機嫌の悪さはそのせいだろう。
オーセブルクを自由都市からぶんどるには対価が必要だ。俺はそれを飛空艇の製造方法にしようとしているのだ。しかし、援軍を出すことでそれを手に入れた帝国からすれば、会議の席に座るだけで手に入れられる自由都市は狡いと言いたいのだろう。
『空を飛ぶ船の存在』という情報は、自由都市を呼び寄せるための餌だ。王国でヴァジに披露したのはそういう意図があった。シリウスにとってはそれも気に入らないのだろうな。
「無意味じゃないだろ。どの国よりも早く情報を手に入れ、どの国よりも先んじて製造出来る。さらに言えば、『浮遊石』とジェットエンジンの魔法陣は割引。資金のある帝国は開発した魔法都市よりも多くの飛空艇を空に飛ばせることが出来る。空の支配者は帝国だ」
空の支配者という言葉が気に入ったのか、シリウスは一転して気分良さそうにニヤリと口角を上げる。
良かった。機嫌を直したみたいだ。
「言葉巧みよな、貴様は。そうやって自由都市とも交渉するつもりか」
「事実だよ。自由都市との交渉は口を回してなんとかするけど、それよりもこの世界の常識としては問題ないか聞きたい」
「街一つを売り買いした歴史などないが、その程度ならば常識など関係ない。情報と街の権利を交換するという常識を作れ。貴様が民を導く王ならば、下の者どもの蒙を啓け」
なるほど、その程度の法の緩さってことか。この世界の時代的にはきっちりとしたルールがまだ決まっていない。だったら、思っていたより自由に振る舞えるな。
「わかった。ところでシリウス。俺は王じゃなく代表だって何度も言っているんだけど」
「言いたい意味が理解できん。貴様は王ではないか」
「いや、代表と王はちょっと違うだろ?なんて言うかな……、ああ、そうだ、市民代表って言えばいいか」
俺が指を鳴らして代表とはこういう意味なんだよって言うと、シリウスは呆れたように首を横に振る。
「それは自由都市のやり方だ。貴様の場合、貴様が国を作り、直々に民を導いている。それは王だ。代表と呼び方が違うだけのな」
……あー、そうか。俺が自分は市民代表だと思い込んでいただけってことか。国を興して、そこに集まった人々から国を運営する税を集めているのだから、俺がトップだ。それは王がしていることと一緒だ。むぅ、これからはそういう態度で接することにすべきなのか?
いや、それよりもだ。
「自由都市の指導者は代表っていうのか?」
「ああ。奴らは少々特殊だ」
そう言って、シリウスは自由都市について教えてくれた。
自由都市の首都ブレンブルクは4つの街が合わさって成り立っているが、その各街から一人ずつ代表を出し、4人の代表の中からさらに一人を国の代表、『総代』を国民投票で選ぶそうだ。選ばれなかった残り3人は総代補佐として運営に関わることになる。任期は5年間で、その期間が過ぎるとまた代表を選んで国民投票をやり直すらしい。
規模は小さいけど、民主主義っぽいな……。
「代表と総代を選ぶ際は商人の国らしく大金が飛び交い、街全体が途轍も無く賑わうお祭り騒ぎ状態になる。総代になれば選出した街を贔屓にすることが出来るのだから、死物狂いだそうだ。全くもって好きになれん」
全然民主主義じゃなかった。言うならば、国のトップの席を競売で落とすようなシステム。それも公認で賄賂を配ることが許され、競り相手を諦めさせることも可能。札束、いや、金貨を投げつけて国の代表になるようなものだ。全く違う。こうやってなった国の代表が、本当に国のためになる政策を打ち出すことができるのかわからないのだから、シリウスが好きになれないのも理解できる。
「自由都市って国名がぴったりだな」
「奔放の間違いであろう」
「でも、崩壊してないんだろ?それなりに上手く立ち回っているってことじゃないか」
「腐っても商人だ。金の力だけではなく、よく口も回る。命と同等の価値に等しい大金を使って手に入れた地位だけに、自国愛も強い。崩壊などさせんだろう」
つまり、交渉もお手の物ってことか。交渉だけに限らず、噂を流したり、時には扇動し、上手く人を操る才能を持っていると。言葉の力を理解しているのは厄介だ。
「自由都市の総代には気をつけることだ。貴様が交渉を有利に進めていると思い込んでいると、いつの間にか自由都市に利益を掠め取られることになる。努々忘れるな」
シリウスがここまで言うんだから肝に銘じたほうが良いかもな。……いや、手を打った方がいいか?考えておくか。
「わかった。それで……、魔法都市はオーセブルクを手に入れるつもりだが、帝国はそれを許してくれるか?」
帝国もオーセブルクを欲しがっている可能性がある。狙いを変える気はないが、出来れば対立は避けたい。
「構わん。オーセブルクは帝国首都から遠すぎて、完全に支配できん。むしろ、邪魔だ」
確かに、帝国がオーセブルクを領地にした場合、L字のような歪な形になってしまう。交渉によっては飛び地になることもある。戦争時、防衛においても真っ先に見捨てる候補に上がるだろう。オーセブルクの旨味はあるが、管理が面倒だ。帝国は違うものを手に入れたほうが良いかもしれない。
でも、魔法都市と狙いが別で、そこは安心した。
「だったら帝国は何を望む?」
「宰相が考えているはずだ。より多くの金か、要求する金を減らし大陸中央に食い込む土地か。その辺りだろう」
「戦費に上乗せして利益を得るか、上乗せの代わりに土地を得るかのどちらか、か。上乗せして土地も得ようとは考えないのか?」
「金貨を鋳造するのにも金と時間が掛かる。三カ国に支払いがあるのだから、長期に渡るのは予想できる。であるのに、土地を手に入れ、更に金もとなると支払いが後回しされかねん。この先、どの国も飛空艇の製造に力を入れるのが目に見えているのに、その費用の足しにもならない金を手に入れる意味がない」
「いや、足しにはなるだろ。少ないとは言え、収入は収入だし」
「足りないのは時間だ。貴様は自由都市の財力を甘く見ている。時間を掛けてのんびり飛空艇を増やそうなどと考えていると、いつの間にか空は自由都市の船で埋め尽くされていることになる。土地は諦め、王国から多くの金を奪い、それを飛空艇の製造に当てることも視野に入れるべきだろう。そう宰相も頭を悩ましている頃であろうよ」
わかっていたことだけど、飛空艇はどの国にとっても重要だってことか。『浮遊石』を売るつもりでいる魔法都市には莫大な利益を得る商機でもあるが、考えなしに売りまくるわけにもいかないか。
帝国は明らかに自由都市を危険視している。商人の国だからそんなに好戦的ではないと思っていたんだが、違うのか?
「自由都市は強いのか?」
「これから強くなる。兵士ではなく、飛空艇という兵器が主流になるからな。故に、帝国は自国の空を守る飛空艇を急ぎ作らなければならんのだ」
これから先は兵士個人の強さや軍隊の強さではなく、飛空艇の数が戦争の要になる。兵器の数は金で解決でき、自由都市はその金を持っている。自由都市は最も強く、危険な国になるかもしれない。
帝国の皇帝と宰相はそう予想している。
シリウスがいつの間にかいつもの不敵な笑みを消し、真面目な表情で話していた。それだけで危機感が伝わってきた。
……俺は、飛空艇を世に出した責任の取り方を考えなければならないかもしれない。