相談
次の日には約束通りシリウスと話すことになった。
俺の私室も戦争の影響で非常に汚れていたが、俺が仕事をしている間に魔人たちががんばって掃除してくれたみたいだ。今はかなり綺麗に整えられている。
シリウスは椅子に座ると前置きもなく「さて」と身を乗り出した。
「空を飛ぶ船について聞かせてもらおう」
飛空艇の情報を王国との交渉について話し合うよりも先に聞き出そうとするってことは、それだけ帝国にとって重要だということか。
もちろん、そんなことはわかっていた。王国との戦争でリディアが援軍を頼みに帝国へ行った際に、オーセブルクから帝国に辿り着くまでの時間が短かったことにシリウスは気がつき、援軍を出す条件として飛空艇の製造方法を求めたと聞いた。地形に影響されない飛空艇は移動時間の短縮になる。ただの短縮ではなく大幅な短縮だ。移動手段が徒歩か馬を利用するしかないこの世界に、画期的な新しい乗り物が誕生したのだから、帝国に限らずいち早く取り入れたいと考えるのは当然だろう。
とは言え、飛空艇の情報について教えられることはそれほどない。
「『浮遊石』という物を乗り物に貼り付けるだけだ。それだけで乗り物が宙に浮く」
俺の説明を聞いたシリウスは眉根を寄せると考え込むように腕を組んだ。
「それだけで貴様の船のように自由に空を飛ぶと?」
「いいや。宙に浮くだけだが?」
「貴様……、友との約束を違える気か?」
シリウスの苛立ちが俺にも伝わる。シリウスの威圧に逃げ腰になりそうな体にグッと力を入れた。
怖ぇー……。あれ?シリウスを苛立たせることなんて幾度となくあったのに、なんで俺は逃げ出しそうになるほど怯えているんだ?今回は帝国にとって重要だからシリウスが本気になって怒っている?……あ、いや、違う。これが『狂化』スキルを失った影響だ。暴走するスキルだったけど、実は役に立ってたんだなぁ。特殊なスキルである『勇往邁進』も恐怖を多少軽減するらしいから、これがなければ間違いなく逃げ出していたに違いない。
「聞いているのか?ギル」
「ん?ああ、聞いている。とは言え、それが製造方法の核心だぞ。『浮遊石』さえあれば、乗り物は別に船でなくとも良い。魔法都市は予算が少ないから中古の船になったけどな」
「だが、それだけは貴様の船のように自由には動けんのだろう?」
「まあ、そうだな」
「我はそれを教えろと言っているのだ」
「なぜ?リディアから聞いたが、シリウスは魔法に関わることなら魔法都市から買ってくれると言ったらしいな?」
援軍の交渉時にシリウスは、帝国には魔力が豊富な者や魔法に詳しい人物が少ないから買ってやると言って飛空艇の情報を条件にさせたらしい。
飛空艇を動かすのは、地球の飛行機のエンジンであるジェットエンジンを真似た魔法だ。ジェットエンジンの構造も原理も知らないこの世界では口で説明したところで理解できるはずもない。魔法都市から買ってもらい、長い時間を掛けて研究するしかないのだ。
そう丁寧に説明する。
「魔法都市が作り出したエンジンを買いたくなければ、研究して性能を真似た、または向上させたものを独自で作り出すしかない。だったら最初から完成されたものを買って、ゆっくりと研究した方が良いんじゃないか?」
俺の言葉にシリウスは「ふむ」と納得を示す。しかし、直後に試すかのような目で俺を見た。
「つまり帝国に限らず、どの国が相手だったとしてもそう提案すると言っているのだな?」
自由都市だろうが、法国だろうが、飛空艇の製造方法を求められた時は、今と同じようにジェットエンジンの魔法を売りつけるのか?シリウスはそう俺に確認する。
だが、これは俺とシリウスの友人関係を試しているのだろう。答えを間違ってはいけない。
「いや、違う。友人だからこそ融通している。他の国に飛空艇の情報を求められた場合はエンジンの情報は教えない。動かないじゃないかと再度問い合わせがあり、魔法都市と同様の性能を求められたら説明はするし、吹っかけて高額で売りつけもするが、わざわざ教えるつもりはない。これは俺が知っている異世界の知識を利用し、似たような技術を俺が魔法で作り出したものだ。なんの努力もせず、最初から教えてもらおうなんて甘すぎるだろ」
答えを聞いたシリウスは口角を上げて満足そうに頷く。
「良いだろう。その技術、帝国は買おう」
よし狙い通りだ。現在の魔法都市の国庫はすっからかんだ。少しでも多くの金を必要としている。友人であろうと取れるところからは取っておきたい。
「『浮遊石』の購入数はどのくらいにしますか?」
「なんだその口調は」
しまった……。つい日本にいた時の癖が出てしまった。
「いや、なんでもない。それで、『浮遊石』の購入はどのくらいするつもりだ?」
「待て。その『浮遊石』とやらも売りつけるつもりか?」
「別に自分たちで取りに来ても良いけど、かなり大変だぞ?」
『浮遊石』を手に入れるには、魔法都市がある17階層を出て溶岩が滴る火山エリアを抜け、汗が引かぬままに数分で凍死するような寒さの雪山エリアを何とか通り、ホワイトドラゴンに怯え、巨人が闊歩するエリアを慎重に抜けることが出来てようやく『浮遊石』のある空エリアだ。おまけにその空エリアでは落ちたら死ぬ中での作業になる。
『浮遊石』を魔法都市は独占するつもりはない。独占など出来ないからだ。兵士を配置しようと、冒険者を雇い見張りをさせても、あの広大な空間全てを監視など到底出来ない。しかし、飛空艇を作るにはより多くの人手が必要で、それが命懸けとなれば高額で雇うことになる。
魔法都市からは裏道があって直通だが、当然他国の商人や冒険者を城内に入れることなど出来ない。多くの飛空艇を作ろうとするなら、『浮遊石』は魔法都市から買うのが現実的だろう。
「なるほどな。確かに危険性の高い依頼は当然高額になる。冒険者を雇うより魔法都市から買うのが安上がりか」
シリウスが納得したと頷く。最強と言って良い強さがあるシリウスだが、奪い取ろうとしないのが好ましい。
「もちろん、帝国と法国には割り引く。自由都市や王国が飛空艇を作ろうしても、帝国や法国が有利なのは変わらないがどうする?」
「ならば良い。それも取引に追加しよう」
ジェットエンジンと『浮遊石』を今までの取引物に追加して契約は終了した。
帝国はすぐにでも注文するはずだから、これで少しは国庫に余裕が出来るはずだ。普通なら文官同士でごちゃごちゃと長ったらしく言い合いするのだが、友人だと早くて助かる。
「それで、何故戻ってきたのだ?我はてっきり勢いに任せて王国に有利な条件を呑ませるものと思っていたぞ」
交渉が終われば次は本題だ。シリウスは時間を稼ぐために王国から帰ってきたことを言っているのだろう。
「あの場でも言っただろう?法国と相談しなければ決められないって」
「確かにな。だが、帝国軍で占領した上で交渉に臨めば、より多くの利益を得ることができた。それをを分配すれば良いではないか?今言ったところで今更だが、帝国に不利益だと思わせる行動をしたのだから納得させる説明は用意したのだろうな?」
「納得するではなく、納得させる、か。ずいぶんと気を使わせてるな。悪い」
帝国は間違いなく不利益を被ったと言ってくる。だから納得させるだけの説明をしろと言っているのだ。
俺が謝ると、シリウスは鼻で笑ってから「構わん。で?」と続きを促した。
「問題はヴァジ……、自由都市の英雄ヴァン・ジークフリートだ」
「奴か」
「俺はシリウスと二人で圧力をかけた強引な交渉をするつもりだったが、ヴァジの登場でそれができなくなった。前々から知り合いではあったけど、俺はヴァジが自由都市の英雄だと知らなかった。当然、その実力さえもわかっていない。戦闘になった場合、俺とシリウスの二人でなら勝利は確信しているが、もしかしたら誰かが犠牲になるかもしれないだろ?」
仲間が巻き込まれるのだけは避けたかったと言うと、シリウスはそれを否定せずに深く頷いた。
もしあの時、ヴァジの排除するために戦っていたら誰かは犠牲になっていたかもしれなかったんだ。逃げて良かったぁ。そりゃあそうだよな。あんなに顔怖いんだもん。強いはずだわ。
「まあ、奴の強さは純粋な戦闘能力ではないがな」
そう言えば、前にもシリウスはそんなこと言ってたな。ヴァジには特殊な能力があって、それが厄介ってことかな?
「正面から戦えば、シリウスなら勝てるってことか」
「ギルも勝てるな。あの時戦闘になっていれば、奴は必ずあの場から逃げたはずだ」
「逃げるのかよ」
「ああ、逃げる。そして、夜闇に紛れ殺しに来る。いつ来るかは予想できず、どこにでも現れる。睡眠時も、排泄時も安心はない。一瞬ウトウトしたら背後に立っていたこともあったな」
怖すぎる。もっとも敵に回したくない相手だ。シリウスの口ぶりから経験談のようだ。
「ヴァジに狙われていたのか?」
「自由都市と険悪だった頃にな。奴の目を負傷させていなければ、死んでいたのは我だったかもしれん」
シリウスにそこまで言わせるのか。ヴァジの眼帯はシリウスにつけられた傷を隠すためだったとは。それに、シリウスと戦って目を負傷したが生き延びていることから、実力もそれなりにあるのは間違いない。どちらとも仲良くしておこう。
「まあ、とにかくだ、そういう理由もあってあの場での交渉を避けたんだが、それ以上に問題なのはヴァジが豪商であるからだ」
「奴が商人であることはわかっていたことであろう?」
「ああ。でも、俺がこの世界の常識を理解していないのが原因とも言える。俺が真価を発揮できるのは非常識であるからだが、常識に沿った表舞台の交渉では全く役に立たない。それに対して、ヴァジは交渉のプロだ」
日本では法や常識に則った方法で交渉をしていた。だが、ここは日本ではない。異世界であり、この世界の常識やルールが存在する。公式の場で交渉するならば、常識は逸脱できない。俺はその常識を知らないのだ。
「貴様も口は回ると思うがな。我には真似できん特技だ」
「そこらの商人になら非常識な方法でも口だけで煙に巻くことは出来る。けれど、ヴァジには通用しないだろう。魔法都市としては手に入れたいものが一つあるが、ヴァジが相手ではそれすら無理かもしれなかったんだ。あの場は逃げて正解だった」
「常識を覚えるために戻ってきたと?」
「国の作り方すら知らなかったからな。この世界の常識を頭に叩き込み、その上で交渉を有利に運ぶしかない。アレクサンドル王子だけだったら覚える必要はなく、あのままでもオーセリアン王家の財産を根こそぎ奪えたんだがな。非常に残念だ」
魔法都市に対する、王国民からの恨みや復讐心を抑えるためって理由もあった。敗北を宣言させ、賠償の約束さえあれば、恨みを買うようだけの占領など無意味だ。
王国の国庫を根こそぎ奪えば国全体が貧しくなり、それでも恨みを買うと思うかもしれないがそれは違う。この世界の貨幣は金貨など貴重鉱石を鋳造したものだ。ぶっちゃけ、国庫が空になればどんどん金貨を作り出すだけで何とかなる。多少国民は節制を強いられるが、それでも生活水準はそれほど下がらない。
逆に魔法都市は貨幣を作り出せない。金山がないからだ。だから、限られた国庫でどうやって魔法都市を立て直すかを何日も悩むことになった。攻めてきた他国の国庫を全て奪うぐらいしたくもなる。
「なるほどな。理由はわかった。あの場での交渉が帝国とに不利となるならば、納得するしかない」
シリウスはそう言ってからニヤリと笑い「だが」と続けた。
「それでも貴様は欲しいものために策を練っておるのだろう?協力してやるから全て話せ。そして、帝国にも一枚噛ませてもらう」
「ああ。全て話すから常識を教えてくれ」
そうして俺たちは、王国から多くの利益を得るための打ち合わせを始めた。