狂化の解除
さらに5日が経った。
執務室の外へ出なさすぎて、仲間たちが確率1%以下のSSRを10連ガチャで2つ排出された時のような反応になっていたと知ってからは、一日に一度は外出するようにした。
そのおかげで仲間たちと会った時に驚かれることはなくなり、さらに俺が死亡したという噂も徐々になくなっていった。
二週間近くも掛かってようやく一区切りついた。しかし、全てを処理できたわけではない。予算がなくなり放置せざるを得なかったのだ。
一年も経っていない出来たばかりの国の税収では到底足りない。多少余裕があった財政も、今ではかつかつだ。なるべく早く会談の日取りを決め、王国から賠償金を頂かないといけないな。
そして、俺の仕事が終わったのを見計らったかのように、シリウスが魔法都市に来た。執務室に顔を出したシリウスは、床に開いた穴を一瞬だけ見る。
「酷い有り様よな、ギル」
「街を優先して城は後回しにしてるんだよ。それはさておき、シリウスはずいぶんのんびりだったな?俺はてっきり飛空艇の情報を得るために急いで来ると思っていたんだが……」
リディアが伝えた次の日にも来るかと思っていたが、シリウスはそこから4日も掛かって魔法都市に到着した。帝国としても飛空艇の製造方法はすぐにでも手に入れたいはずなのだが、今回はどうやら急げなかったようだ。
「ふん、我だけならばその日のうちに辿り着いていた。が、今回はそうもいかん」
シリウスはそう言いながら背後に控えている二人、モナと元王国の英雄に視線を送る。
「モナに、元王国の英雄か」
この二人を引き連れてダンジョン内を移動していたから遅かったようだ。
「お久しゅうございます、代表様」
モナが胸に手を当てて小さく礼をする。
久しいというほど日数は経っていないのだが、モナにとっては長く感じたということか。つまり、俺に会うのが目的で、心待ちにしていたのだろう。
わざわざ指摘する必要もないから、俺は「ああ」と頷いておいた。
「魔法都市はまだ立て直しの最中で見苦しいがゆっくりしていってくれ」
「はい」
モナの目的に心当たりがある。元王国の英雄を連れてきているのが関係しているに違いない。
「さて、モナはシリウスの配下だから同行しているのは不思議ではないが、元王国の英雄をも同行させたということは……、狂化の解除をするためだな?」
「その通りです。大変厚かましいとは思いますが、代表様にお願いがございます」
元王国の英雄や俺がこの世界へ召喚された時に『狂化』スキルは付与された。その付与したのがモナだ。
元王国の英雄はスキルレベルが高いのかずっと狂化状態で、会話が出来ないのは当然として下手をすればやたらと暴れまわる可能性がある。今も支配の首輪のつけさせ、命令しなければ生活できない状況だ。
召喚には膨大な土地の魔力を使用するのだが、その魔力を使って『狂化』スキルも付与したらしい。つまり、解除にもそれなりの魔力が必要になる。モナの願いとはその魔力を俺に提供して欲しいということだろう。
俺もこの『狂化』スキルにはうんざりしているから丁度良い。
「俺の『狂化』スキルの解除も頼めるなら魔力は提供するよ」
「はい、シリウス陛下から代表様もそう言うだろうと伺っております。……その、代表様が召喚された方だと知った時は驚きました。失敗したと思い込んでいたのもありますが、噂も聞きませんでしたから」
「信用できる者にしか話してないからな。そのおかげでオーセリアン王の裏をかくことができた」
「召喚士として召喚魔法が失敗していなかったことをホッとしている反面、異世界から無理矢理召喚してしまったことを心苦しく思います」
あー、そう言えば戦争のための召喚だから失敗して良かったと、モナが帝国に降伏した時に言っていたな。俺が召喚された者だと知らなかったわけだから本音だったんだろう。
「この世界に来た当初は恨みもしたけれど、仲間たちに出会い、国を作り、友ができてからはむしろ来てよかったと思っているよ。だから気にしなくて良い。しかし、これでようやく暴走に怯えることのない普通の生活に戻ることが出来る」
「普通と言いますと、もう一つのスキルも解除いたしますか?」
「あぁ、あの反――」
「待て」
シリウスが会話を遮って止める。今ままで黙って聞いていたのに、何だ急に。
「どうした?シリウス」
「スキルの内容を他人の前でペラペラと話すものではない。スキル解除にも我は役に立たんし、しばらく街の様子を見てくるとする」
シリウスはそう言うとさっさと執務室を出ていってしまう。たしかに魔力のないシリウスには、スキル解除の手伝いは無理だ。だけどこれはシリウスなりの気遣いだろうな。俺はシリウスのスキルを又聞きで知っちゃったわけだが良いのかな?
シリウスには後で礼を言うとして、もう一つのスキルを解除するかどうかか。
もう一つのスキルとは『反転』スキルだ。弱い殺意を強い殺意へ逆転させる。強弱関係なく発生した殺意を逆転させるのならば、その殺意は別のポジティブな感情に変化するのではと勘違いしそうになるがそれは間違いだ。愛の反対は無関心と言うが、どの感情も反対などなく生まれるか生まれないかなのだ。この『反転』は弱いを強いに逆転させるということ。
戦いのない日本で喧嘩もしたことのない俺には必要だろう。
「『反転』スキルを失えば戦えなくなるかもしれないから、解除は止めておくよ」
「そう、ですね。父からも『反転』だけは付与しなければならないスキルだと教えられていましたから」
間違って殺人鬼を召喚しても安心できるようにだな。常に強い殺意を持つ者の場合は、それを抑えるのに役立つ。
「では、早速始めるとするか。元王国の英雄という呼び名も長ったらしくて、そろそろ面倒になってきたしな」
「ふふ、そうですね」
俺はモナと二人で笑い合ってから、スキル解除の準備を始めた。
魔力の込めてあるプールストーンを片っ端から掻き集めて準備の完了だ。プールストーンはモナに『狂化』スキルを解除してもらおうと思ってから、毎日少しずつ込めてきたもので約30個近くある。
これで足りなければ、俺の魔力を使うことになるな。
「これがプールストーンですか?」
「見たことはないのか?」
「ええ、噂には聞きましたが、王国の城内では見たことがありません。王国は新しい物を受け入れるのに時間が掛かりますから仕方ないのですが」
そう言えば、王国出身の賢人ラルヴァも杖での魔法陣構成に固執していたなぁ。王国の人々はそういう気質なのかもしれない。
プールストーンの使い方を教えてあげると、モナは興味深そうにしていた。元々、このプールストーンはアクセサリーとして利用されていたらしいから、こういう使い方があると知って感動しているようだ。
「問題はこのプールストーンに込めた魔力が使えるかどうかだ」
魔力を込めたプールストーンに魔法陣を刻むことで魔法を発現させているが、今回用意したプールストーンには魔法陣は刻まれていない。ただ魔力を限界まで込めた物だ。魔力を引き出すことが出来るかがわからないのだ。
「試してみましょう」
モナが瞳を閉じてプールストーンを軽く握る。しばらくすると、モナは小さく頷いてから目を開いた。
「問題なく利用できるようです。それに、こんなに小さい物なのに思っていた以上に魔力が込められていて驚きました。これが30もあれば問題なく足りるでしょう」
そりゃそうだ。俺一人で補充するのはあまりにも大変だから、魔法都市の街灯のプールストーンに魔力を込めるアルバイトを作ったぐらいだからな。それだけプールストーンに蓄積出来る魔力量は多いということだ。
「大丈夫そうなら良い。早速、始めてくれ」
「はい」
モナはプールストーンを左手に持ち、右手には本を開いて持った。おそらくあれがモナの召喚士一族代々から伝わるスキルの本なのだろう。
モナは再び目を閉じると今度はプールストーンを強く握りしめる。すると、着ているローブの袖から僅かに見える腕の入れ墨が輝き始めた。そこでプールストーンの魔力が尽きたようで交換し、また握る。何度か交換を繰り返し、光は徐々に広がっていった。服に隠れてはいるが漏れる光で手首から肘へ、肘から肩へと入れ墨が輝いているのが分かる。魔力を帯びた入れ墨の光は体には行かず、逆の肩へと向う。
体や顔に入っている入れ墨は召喚術の魔法陣で、腕の入れ墨は自分以外の魔力を吸い込む魔法陣なのかな?
俺の予想が当たっていたようで、魔力はモナの持つ本へと流れて行く。本の装飾もモナの入れ墨と同じように輝き、開いているページの字も同様に光り出した。
「技能付与術、外式」
魔法の準備が完了したのか、モナはそれだけ言うと本を元王国の英雄へ向けた。
直後、本から飛び出した光は元王国の英雄へ届き、彼の全身が光に包まれた。
なんか既視感があると思ったら、俺が召喚された時と同じだからだ。
元王国の英雄の全身を包んでいた光は、しばらくするとパンッと弾けるように一瞬強く輝き、それからすぐにパッと消えた。
「終わりました。……意識はありますか?」
「うぅ……、ここは……?」
おぉ!叫び声しか上げなかった元王国の英雄が言葉を喋った!魔法は成功したみたいだ。
「ここはあなたのいた世界ではありません。落ち着いて聞いて頂きたいのですが、ここは異世界です」
元王国の英雄は冗談かと思ったのか両肩を上げながら俺を見る。「嘘だよな?」と聞かれているのが表情でわかる。
「嘘じゃない。俺も日本からここへ呼ばれた」
「冗談だろ?」
まだ信じられないのか、少し笑いながら辺りをキョロキョロと見回しながらしつこく確かめてくる。
びっくり系のテレビ番組かと思ったんだろうな。さて、本当だと何度も言ったところで信じてくれなさそうだがどうするか。………ああ、そうだ。地球と違う現象を見せてやれば良いんだ。
俺は魔法陣を展開し、手のひらから大きめの炎を出して彼に見せる。
「真実だ。ここはファンタジーの世界だぞ」
元王国の英雄は目を見開いて俺の手から出ている炎を見る。
「おいおい、マジかよ……。信じられない」
ようやく冗談ではないと信じたから、俺は彼がどういう状態だったのかも説明した。
説明を聞き終えた元王国の英雄は戸惑いもせず、かと言って怒り喚き散らすわけでもなかった。
呆然としているのかな?そう思ったが違う。彼は静かに天井を見上げながら小さな声で「最高だ」と呟いた。
「やったぜ!ファンタジーの世界に来たんだ!指輪物語のような魔法の世界に!」
あー、そういう反応か。外国人らしい前向きな考え方で羨ましいよ。
「えっと、それでお前の名前は?俺は……、この世界ではギルで通している」
「ボクはサミュエル。サムで良いよ」
サムをニコリと笑って手を出す。
おお、なんて自然な握手の求め方なんだ。俺がやっていたビジネス上の握手とは違う。
俺が手を握ると、彼は大きめに二度振ってすぐに手を離した。
こういうところも違うな。日本だと結構長く握手してるもんなぁ。
「んで、こちらがモナ」
「モナと申します」
「オゥッ、そのタトゥー、クールだね!よろしく!」
「あ、ありがとうございます」
……タトゥーやクールって言葉も通じるんだ。すげーな自動翻訳魔法。
「サム、色々聞きたいことあるとは思うけど、それは後でモナから詳しく聞いてくれ」
「オーケィ」
サムがサムズアップをしながら頷く。サムだけにか……、いや、さすがにサムいか。ふふ。
さて、激ウマギャグはこれぐらいにして、俺の『狂化』スキルも解除してもらわないとな。
「モナ、そろそろ続きをやってくれるか?」
「はい」
モナが俺に向き直りプールストーンを握る。先程と同じようにモナの体が輝き、本へ光を移動させた。
後は俺へ光を飛ばすだけのはずだが、モナがローブの下から何かを取り出す。それはなんと言ったらいいのか、4本足しかない蜘蛛のような金属だった。
魔法を中断させるわけにもいかずそれが何なのか聞くことが出来ないでいると、サムにした時と同じように本から光を飛ばした。
「技能付与術、転式」
別の魔法名に疑問を思えながらも、俺の視界は一瞬で真っ白に染まり、しばらくすると元の視界に戻る。
魔法は成功したようで、モナが「ふぅ」と息を吐いた。
「さっきと別の魔法だったようだけど、問題ないのか?」
「はい。今回のはこちらのマジックアイテムにスキルを移す魔法ですので、ギル代表の中には残っていません」
4本足の蜘蛛みたいな金属はマジックアイテムだったみたいだ。ふーむ、色々なマジックアイテムがあるんだなぁ。しかし、『狂化』スキルを移してどうするのだろうか。
「それをどうすんだ?」
「これはギル代表に差し上げるものです。このマジックアイテムを頭部に着けると、『狂化』スキルが発動します」
「……いや、だったら違うスキルが良かったんだが」
「申し訳ありません。シリウス陛下の命令だったもので……」
あいつか。じゃあ、仕方ねーな。何か考えがあると思うし、何か言っても聞かないしな。
「わかった、ありがとう。あとでシリウスに聞いておく」
「はい」
これで『狂化』スキルに振り回される心配はなくなったか。
モナも連続の魔法に疲れたのか顔色が悪いな。休ませてあげよう。
「モナ、まだ聞きたいことがあったが今日は休め。部屋に案内させるよ」
「はい、お心遣いありがとうございます」
モナは会釈をするとサムを連れて執務室を出ていった。廊下に出た途端、サムがモナに質問しているが彼女は休めるのだろうか。
とにかく、これで問題が一つ解決した。明日はシリウスと話さなければならない。