魔法都市の復興2
再び腰の痛みで集中力が途切れ、思わずペンを机の上に放り投げる。羽ペンからインクが飛び散るが、痛みと倦怠感でそれどころではない。
「エコノミー症候群になっちゃうよ!」
独り言とは思えない大きな声で叫びながら、凝った肩を揉みほぐしつつ椅子から立ち上がる。
こんな大きな声を出しても誰にも迷惑をかけることはない。なんせ俺は今一人だからな。
愛すべき仲間たちは、俺の仕事の邪魔をしないようにと執務室に近づかない。なんと気遣いの出来る仲間たちなんだ。
……まさか手伝いたくないからじゃないよな?
ああっいけない!考えが悪い方向へ行ってしまう。仲間たちも忙しいから手伝えないと知っているはずじゃないか。
集中出来るとは言え、長時間一人で黙々と仕事をしていれば誰でも人恋しくなってしまう。音楽も作業用動画も流せないこの世界では、奇声の一つや2つぐらい出してしまったり、鬱屈した気持ちになってしまったりしても仕方がないだろう。
とは言え、このままでは精神的に良くない。それに長時間同じ姿勢は、大真面目に体に良くない。本当にエコノミー症候群になってしまっては命に関わりゅ。
ほら、どうだ?頭の中の考えでさえ噛む始末。これは休憩が必要だ。
「よし、気晴らしに散歩でもしよう」
気晴らしって正直に独り言ちてしまったが、誰も聞いていないから別に良いだろう。それはさておき、散歩に行くと決めたは良いがどこに行こう。気分的にはダンジョン1階のオーセブルクまで逃げ、じゃなくて行きたいが、後々仲間たちから白い目で見られるのは避けたいところ。
んー……、お、そう言えば、今日はまだシギルとエルに会っていなかったな。彼女たちの様子を見に街をぶらつくとするか。
そんなわけで執務室を抜け出し、城の一階へと降りてきた。向かうのはシギルがいる場所だ。
彼女の居場所はおそらく鍛冶場だろう。と言うより、槌を打つ音が響いているから間違いない。
鍛冶場を覗くと、紫色のツインテールを上下に跳ねさせながら槌を叩く見た目幼女の姿があった。しかし、彼女は二十歳で種族がドワーフというだけのれっきとした大人の女性。
小さい女の子のような後ろ姿を見ると、背後に忍び寄って脇の下に手を入れ高く持ち上げたい衝動に駆られるが、ここはグッと我慢。彼女はあんな外見でも遊んでいるわけではなく仕事をしているのだから。
小気味好い槌の音を目を瞑ってぼーっと聞きながら切りの良いタイミングを待つ。
しばらくすると、シギルが赤々とした塊を湯舟に入れたようで、ジュッという音が聞こえた。目を開いてシギルの様子を確認すると、高温の証である赤々とした色ではなくなり、黒くなった鉄製の何かを持ち上げて形を確かめていた。
ここが話しかけても良いタイミングだ。
「シギル」
俺が呼ぶとシギルの肩がビクリと跳ね上がり、慌て気味に振り返る。仕事に集中し過ぎて気配に気が付かなかったのだろう。
タイミングを計ったつもりだったが驚かせてしまったか。
「悪い、驚かせたな」
「驚いてないッスよ!何言ってんスか!」
「いや、驚いてたよ。なんでわかりやすい嘘つくの」
「とにかく驚いてないッス!それで、何か用ッスか?」
シギルがわかりやすく話題を変えたけど、これには突っ込まない方が良いだろうな。多分、驚くことは恥ずかしいといったようなドワーフ特有のプライド的な何かがあるのかもしれない。
「休憩がてらシギルの様子を見に来た。進み具合はどうだ?」
「緊急性の高いものは終わったッス。今は旦那に頼まれた物を作っていたところッスね」
早いな。シギルの仕事は鍛冶だ。工程の殆どは時間を短縮出来るようなものではない。それはつまり、休み無く働いているということ。俺も頑張っているけれど、シギルには負ける。これが好きな仕事をしているのと、好きでもない仕事を強いられているかの違いか。
シギルが凄いと再認識したけれど、今大事なのはその仕事内容だ。
緊急性の高い仕事とは、街の上下水道や街灯、防衛システムなどの修理だ。それは国が迅速に対処しなければならないが、街にいる鍛冶師や木工師は自店舗の修理が手一杯でそれどころではない。そうなると魔法系以外は何でも作ってしまうシギルに頼ることになる。もちろん、破壊された物全てをシギルが修理できるはずもないから、この中でも匂いや疫病防止の下水、国民の安全と安心を確保するための防衛システムを重視して交換用部品の作成してもらっていた。
それでも気が遠くなる仕事量のはずだが、シギルは僅かな日数で終わらせてしまったようだ。さすがと感心するしかない。
そして今は俺に頼まれた仕事に着手したようだ。
「無理させて悪いな」
「それはいつものことなんで別に良いんスけど、これは何に使うんスか?」
シギルは今さっき熱を冷ましていた鉄の塊を持ち上げる。コップのように底がある筒で、コップと違うのは側面に丸い穴がいくつも開いているところだ。
「武器だよ」
「武器……ッスか?誰が使うんスか?」
「いや、それは飛空艇に取り付ける物だな」
「飛空艇に?」
「ああ。これから先、空を多くの船が飛び交う時代が来る。自国から他国への移動も飛空艇または飛空船で行き交うが、戦時でも空の領域の取り合いになる。その領域を制空権と言うが、それを奪わせない、もしくは奪うための武器だ」
シギルは手に持つ鉄製の穴あきコップにしか見えない物を眺めながら「大事な物だったんスねぇ」と呟いている。
今は時代の転換期。これから先は大航空時代に突入する。俺が言ったように、空の移動で国から別の国への移動が楽になる代わりに、戦争でも制空権の取り合いが予想される。とは言え、制空権の取り合いはもう少し先の未来になるはずだ。
この世界の為政者や軍人がどこまで想定するかによるが、現段階では空から地上の街や軍隊に魔法や弓で攻撃する程度にしか思いつかないだろう。飛空艇同士の航空戦も、海戦と同様だと考えるはずだ。
とは言え、魔法都市は他国に比べ予算も少なく、人口や兵数も圧倒的な差がある。飛空艇は増やしていくつもりだが、帝国や自由都市の増産であっという間に追い抜かれる。
魔法都市の航空戦力は他国に比べて少なくなるのは目に見えていて、それに対し何らかの対策が必要だったのだ。
ならばと俺が考えたのは、武装を強力にすることだった。
シギルに作ってもらった物は銃身だ。これとプールストーンを合わせて機銃を作るのだ。本来はプールストーンを武器として使うつもりはなかったが、それなりの魔法士でも発射可能にするにはプールストーンを使用するしかない。飛空艇の操縦とエンジンへの魔力供給で忙しいのに、機銃の発射は無理だ。
だが、これが完成すれば現代地球の航空戦のような戦い方が出来、戦力差を埋められるのだ。
「でも今の情勢で戦なんて起こるんスかね?魔法都市は法国と同盟で、帝国とも良好な関係ッスよ。王国や自由都市が戦を始めるとは思えないッス」
「まあ、戦争なんて起きないのが一番なのは間違いない。でも、国が戦いを始めるとは限らないんだ」
「え、じゃあどこが始めるんスか?」
「その可能性があるのは自由都市の商人だと思っている」
自由都市は商人たちが4つの街を作り、さらにそれらが集まって出来た国だ。そして、商人ならば移動時間の短縮、大積載量の運搬と聞けば喉から手が出るほど欲しいはずだ。自由都市の代表が飛空艇の製造方法を知り、それを公開しなければならない状況に追い込まれたら、自由都市の商人たちが飛空艇を個人所有することだってあり得る。
そうなると商人同士が小競り合うこともあれば、商売が上手くいかずに賊へと成り下がり、他人の飛空艇を襲うこともあるかもしれない。国が管理していないことで起こり得る可能性だが、その確率が高いのが自由都市だと俺は考えている。
「飛空艇の存在は自由都市に知られているし、自由都市はどんな手を使っても製造方法を手に入れるだろう。俺たち魔法都市が『浮遊石』を販売しないって選択肢もあるが、それを理由に戦争を仕掛けられても困る。つまり、他国が飛空艇を作るのは止められないということだ」
「製造方法を公開しないで、とは言えないッスもんね」
「そう、製造方法をどうするかはその国次第だからな。だから、俺が想定した未来にならないことを祈りつつも、念のためそれに備えて強力な武装を用意しておくんだ」
「理解したッス。なら飛空艇を増やしていくんスね?」
「そうだな。今の財政状況で直ぐにとはいかないけど、いずれは魔法都市専属の船大工を雇うことになる」
「あたしじゃあ船を作るのは時間が掛かり過ぎるからそっちの方が良いかもッスね。街の鍛冶師たちに船大工の知り合いがいないか聞いておくッス」
時間は掛かるけど製造出来るのか。武器鍛冶師とは思えないな。それにシギルは理解力も高く、鍛冶師の知り合いも多いから話が早い。ここは素直に頼ろう。
「頼むよ」
「了解ッス」
シギルは可愛らしい笑顔で頷くと仕事を再開した。シギルが仕事を始めると再び切りが良くなるまで会話をすることはない。
俺はシギルの後ろ姿に「無理するなよ」とひと声掛けてから、これ以上邪魔しないように鍛冶場を後にした。
次に俺が向かったのは街だ。隣町のエルピスではなく魔法都市側。仲間のエルはそこにいる。
街でエルが何をしているのかというと、簡単に言えば支援だ。怪我人の治療、炊き出し、家屋修理の手伝いなど困っている人がいれば手当たり次第助けている。それだけでは留まらず、自警団の真似事までしているようだ。
魔法都市側の街はエルピスに比べて被害が大きかった。大体俺のせいだという噂があるがそれは気の所為だから置いておくとして、戦争の後は犯罪が増加する。空腹による食料の窃盗が最も多いが、中にはそこから暴行事件にまで発展することもあった。
エルはそういう犯罪行為に手を染めた者たちを、片っ端からクロスボウで撃ち抜いていった。もちろん、殺害なんてしない。手足を貫いて行動不能にするのだ。それから傷を治し、正規の警備隊に引き渡す。
ちなみに、そうして捕まった犯罪者は重罪でない場合、数日の勾留で開放するようにしている。彼らが犯罪に手を染めた理由を理解できるのもあるが、それ以上に牢屋が足りないからだ。
短い期間で反省もしないままに開放され、またすぐに犯罪を犯すのではと心配する声もあったが、彼らが再び捕まることはなかった。
当然だろう。彼らの殆どが犯罪を犯した瞬間、エルに手足を撃ち抜かれているのだから。この世界ではポーションですぐさま治癒するが、地球だったらリハビリを続けても以前と同じようには動けないと診断されるほどの怪我で、撃ち抜かれた張本人ならばトラウマになってもおかしくない。二度と悪さをしようなんて気にはならないだろう。
そのおかげか、当初増大していた犯罪はエルが手伝いを始めて徐々に収まっていった。エルは自分でも知らぬ間に犯罪の抑止力となっていたのだ。今ではエルのことを聖女だとか、女神の使いとか呼ぶ者までいるそうだ。
そんな彼女は、城を出たすぐ目の前の広場にいた。広場には長い行列が出来ており、エルは炊き出しを配る大勢のボランティアに紛れて食事を配っていた。
「そっか。今は飯時か」
そう言えば俺はいつから食事してないんだっけ?飯時とは言ったが、昼飯時?夕食時?朝食ではないと信じたい。
魔法都市は自然に出来た地中の空間を利用して作られた街だから、空の色や太陽では時間がわからない。戦争前だったら鐘である程度は時間を把握できたが、それも今は壊れている。
エルへ再び視線をやると、額に浮かんだ汗を腕で拭っているのが見える。
いつから動き回っているのか知らないけれど、相当疲れているようだ。しかし、人見知りなのに頑張っているなぁ。彼女にも少し休憩が必要かもしれない。俺も腹減ったしちょうど良い。
俺はエルに近寄ると声をかけた。
「エル」
「?」
自分の名前を呼ぶ声にエルは慌てて振り返り、俺をだとわかると驚いた。
「お兄ちゃん!?ど、どうしたん、です?」
「休憩がてら様子を見に来た。エルもそろそろ休憩しないか?」
「で、でも……」
エルはまだまだ終わらない行列に視線を向ける。お腹をすかせている人がいるのに休憩するのは気が引けるようだ。
「人を助けるためには、まず自分が万全でないとダメだよ」
「は、はい、です」
肯定の返事をするがまだ後ろ髪を引かれているようで、エルは一向にこっちへ来ない。だが、他のボランティアさんたちに「エルちゃん、ずっと働いているんだから行ってきなさい」とか「休まないと駄目でしょ!」とか言われて、ようやく俺の方へと近寄ってきた。
エルも成長したなぁ。俺や仲間たち以外とはあまり話せなかったのに。
エルが隣に来ると、俺たちは城に向かって歩き出す。
「腹減ったんだけど、エルは?」
「エルも、すきました」
「じゃあ、一緒に食べよう」
俺が食事に誘うと、エルは喜んでいるような、困惑しているような、驚いているような、なんとも言えない表情になった。
もしかして嫌だった?!凄いショック!反抗期か!?
「えっと、迷惑だったか?」
勇気を振り絞って確認すると、エルは慌てて首を横に振った。
「ち、ちがうです!」
よかった、どうやら嫌われてはいないようだ。しかし、そうなると今の表情はどういう意味だろうか?
あれ、そう言えばシギルも普段と違う反応だったような。
「シギルも俺が声掛けたら驚いていたんだよなぁ。普段はそんなことないのに、俺なんかしたかな?」
「ち、ちがう、です。お兄ちゃん、ずっとお部屋に籠もってた、から」
ん?つまり、ずっと部屋に籠もりっぱなしだった俺が急に顔を出したから驚いたってこと?……そう言えば、外に出るのいつ以来だっけ?
「そんなに籠もってた?」
「もう一週間、です」
「ずっとやん!」
ティリフスと一緒にいたからか思わず精霊弁が出てしまった。リディアが一日に一度顔を出すから、一週間ぶっ続けで作業しているとはわかっていたが、その間部屋から全く出ていなかったのか。そりゃあ、シギルもエルも驚くわ。良かった、表に出て。また代表死亡説が噂されるところだ。
「もうお仕事、終わった、です?」
「もう少し掛かりそう。エルは今日何をしていたんだ?」
「エルは――」
エルの話を聞きながら城内へと戻り、二人で楽しく食事をした。
王国との交渉まで時間がないとは言え、少々根を詰め過ぎたようだ。食事ぐらいは仲間たちと一緒に摂ることにしよう。