馬車に揺られながら
「ギルの旦那、馬車を改造して正解だったッス」
俺達は早朝にヴィシュメールの街を出て、迷宮都市オーセブルクに向かう街道を馬車で移動していた。
馬車に揺られ5時間程経った頃、シギルが言い出した。
「気持ちを分かってくれたか。俺はこの馬車でも既にヤバい感じになってる」
「この木の椅子が駄目だと思うんスよ」
シギルは御者をしているエルの隣に座り荷台にいる俺に話しかける。俺とリディアは荷台だ。御者になるのは順番で、今はシギルがエルに教わっているところだった。
「エルは大丈夫なんスか?」
「うん。なんとか大丈夫、です」
「そんなわけないだろう。エルは強い子だ。我慢しているんだよ」
エルは俺とシギルとは違い文句の一つも言わない。そのうちクッションでも作ろうと決めた。
「俺も本当は大丈夫なんだよ。リディアが俺の椅子で涎を垂らしながら寝てなけりゃあな」
「今日は珍しいッスね。しっかり者のリディアが旦那の椅子でうたた寝なんて」
リディアは俺が大事にしている椅子でぐっすりだ。それはそうだ。あの椅子に座れば、この揺れも揺り籠のようなものだろう。
昨日は寝ることができなかったのだろう。ずいぶん遅くまで俺の部屋の前で泣いていたみたいだからな。俺もその声を聞いてて、寝ることはできなかった。
朝にはいつものリディアに戻っていた。自分の事情に俺達を巻き込む事を嫌がっていたが、心の整理がついたのだろう。リディアのことだ、俺達を守る為にどんな敵が来ても倒せるほどの力をつけると決心することで、心の整理をつけたんだろうな。
だが、睡魔には勝てなかったということだ。出発し2時間程して、気付いたら俺の椅子で眠っていた。リディアは意外とちゃっかりしている。
まあ、なんで眠いのか知っているから起こす気にはなれんが。
「リディアはリディアで、シギルが店を心配するのと同じぐらいの悩みはあるんだろう」
「リディアお姉ちゃん、強い人、です」
「そうだな。俺の椅子、取っちゃうぐらいだ」
俺がそういうとエルとシギルは苦笑していた。
その後、リディアが起きて俺の椅子で寝ていたことを土下座をする勢いで謝ってきた。もちろん気にするなと言っておいたが……。
ヴィシュメールの街から迷宮都市オーセブルクへは5日程かかる予定だ。この国で街に寄るつもりはなく、直接オーセブルクに向かっていた。昨日までは途中で補給も考えていたが、リディアの話を聞いて街に寄るのをやめた。オーセリアン王国もナカン共和国どちらも危険だと分かったからだ。
ヴァンパイアが絡んでいるナカン共和国が押されっぱなしのはずがない。必ず何かしてくるはずだ。そうなってくると、戦争に巻き込まれる可能性がある。
シギル以外はこの国の住人でもないしただの冒険者だが、オーセリアン王が何をするかわからない。あの王は危険だ。そして、シギルに至っては住民で鍛冶屋。戦争で使う武器を作れと要請しかねない。
オーセリアンとナカン、どちらも危険だから俺は急いでこの国を出る為急いでいた。
「ところでギルさまは一体何をしてらっしゃるんでしょうか?」
起きたリディアがエルの代わりに御者を務めていた。俺を見てリディアが俺に質問してくる。
俺はメモ帳を開いて、書き物をしていた。
俺も、シギルと席を代わりリディアの隣に移動していた。
「うん、まあ、そろそろ魔法について色々考えていこうかと思ってね」
「魔法、ですか?今のままでも充分だとは思いますが」
「俺が使える魔法はどれも下級魔法だ。なあリディア、考えたことはないか?物理無効があるなら、魔法無効もあるのではと」
物理無効があるなら、魔法無効もあるはず。俺はそう考えていた。
「魔法無効ですか。聞いたことはありませんが、そういう敵がいれば厄介ですね」
もしその敵が魔法を使える上に、魔法無効の能力を持っていたら厄介なんてものじゃない。一方的に中、遠距離から攻撃してくるんだ。勝てるのはエルぐらいになるだろう。
だが、この世界で魔法は特別だ。無効があるなら無効を打ち消すぐらい強い魔法を作れるとも考えていた。
俺は今、リディアの隣で魔法陣について考えていた。さすがにそのぐらい強い魔法は現在の俺では作れないし使えないが、考えることは出来る。
「それに魔法には謎がまだ隠れている。リディアは魔法の事をどのくらい知っている?」
「本の知識と冒険者からの情報ぐらいですが、それが?」
「なら、6属性以外は見たことないか?」
「6属性以外?」
「いや、少しちがうか。じゃあ、氷の魔法は見たことないか?」
「氷の魔法?いえ、聞いたことはないです」
「そこがおかしい。氷は水属性だ」
そう氷は水と同じだ。同じく爆発させることは火属性と言えなくはない。だが、両方リディアは知らないだろう。この世界の人々がまだ発見していないのか、それとも魔法では表現できないのか。
俺は使えると思っている。実はそれ以外にも自然現象であれば、魔法で使うことが可能だとも考えていた。
「確かに考えてみれば氷は水属性ですね」
「そう。使えないのがおかしい。色々出来るんじゃないかと思ってね」
「さすが賢者さまです。研究をなさっていたんですね」
「賢者でなくても研究はしているはずだよ。だけど、皆が知らないということは研究が進んでいないということだろうな」
俺も同じで色々魔法陣を描き試しているが成功していない。爆発や氷が使えれば色々出来ることが増えるはずだ。
それに、メモ帳に描いているのはそれだけではなく、今の俺が使える魔法で新たな技として開発しようとしていた。こっちの方は中々いい案が出ていた。この旅の間にでも試してみよう。
そして俺はメモ帳を閉じた。
「さて、御者を代わるよ」
「ありがとうございます、ですが、もう少し続けてましょうか?」
リディアが俺のメモ帳を見て気を使ってくれた。
「順番は順番。気にするなよ。そのかわり話し相手になってくれるか」
「もちろんです!」
リディアが笑顔で言ってくれた。惚れてまうやろ?
夕方になり俺達は野営の準備をしていた。準備も交代制にした。今日薪を集めたら、明日の昼は馬の世話と言う風にだ。今日の晩飯当番は俺だった。
さて、材料はエルとリディアに街で色々買ってきてもらった。今日は何が良いかな?
食材は日程の後半になればなる程、寂しいものとなるだろう。腐ってしまうからだ。今日は初日で好きなものが食べられる。腐らせない為にも、氷魔法があればいいんだけど……。
いけないな、すぐに魔法のことを考えてしまう。今は料理をしないと駄目だった。皆に何が食べたいか聞いてみるかな?
「なあ皆、食材は何がいい?」
俺が聞くと、皆準備を一度やめて俺の所まで来てくれた。そして各々食べたい物を言ってくれた。
「そうですね、肉、ですね!」
「エルは、お肉、です」
「肉ッス」
肉食系女子だった。明日ぐらいまでなら食材は腐らないから残しておいても良かったが、今日はがっつり食べたい気分なのだろう。
俺は笑いながら了解と言ったら、みんなは一つ頷いて、作業に戻っていった。
かなり楽しみにしていそうだ。何か食べたことのない料理を作ってあげたいが、何が良いかな。食材は、意外とエルが食いしん坊な為たっぷり買い込んでくれている。
そうだな、ハンバーグにしよう。街を出る前にシギルの家でキッチンを借り、内緒で作っておいた調味料があるから、試しに使ってみたいと思っていたところだ。
そうと決まれば急がなければならない。なぜなら、肉は普通の肉だ。ひき肉ではないから手間がかかる。
ミンサーがないからひき肉を作れないが、肉をみじん切りにして、牛肉っぽい肉100%のハンバーグを作ってみよう。牛肉っぽい肉は、牛っぽい魔物の肉らしいからそう呼んでる。味もかなり近い。まあ、ハンバーグと言っても、材料が足りないからそれっぽい何かになってしまうな。とりあえず始めよう。
まずは、肉の塊を切っていく。牛こまになるぐらいだ。それを重ねて更にみじん切り。これをハンバーグにする。
鉄板を焚き火の上で熱しておく。
肉のみじん切りに塩コショウし、粘り気が出るほど捏ねる。玉ねぎは入れず、卵と片栗粉だが、片栗粉はないからハンバーグのつなぎは卵と塩だけ。実は塩のみでも充分なつなぎになると本で読んだことがあるが、ふんわりさせたいから卵も入れた。パン粉を作ろうか迷ったがこれでやってみよう。
後はハンバーグ内の空気を抜くために、両手でキャッチボールするのだが、これには色々な料理人が様々な考え方をしている。キャッチボールをすると空気が抜け、焼いた時にハンバーグが割れにくく、中にも火が通りやすいとか、手の温度で肉の旨味の脂が溶けてしまうからやらないほうが良いとかだ。
俺の場合は、強く2~3回キャッチボールする。両方の意見を取り入れての事だ。
キャッチボールしたら、後は焼くだけ。一人2個食べるとして8個分用意した。それを鉄板の上に並べていく。
焼けるまではソース作りだ。俺はデミグラスソースが好きだが、そんな物は用意できない。簡単に地球から持ってきたソースを使う。そして、街にいる間にコツコツ作った調味料。トマトケチャップだ。
トマトケチャップは意外と簡単に作れる物だ。用意しておいて損はない。
ソースとトマトケチャップの簡単ソースでハンバーグを食べることにしたのだ。トマトケチャップを作れなかったら、ハンバーグは作ろうと思わなかったかも知れない。
ハンバーグをしっかりと焼き、パンを用意したら皆を呼んだ。今はこれが精一杯。他にも材料や調味料が手に入れば良いんだけど……。とりあえず、皆満足してくれるといいね。
「よし!飯にするぞ!」
俺が呼ぶとそわそわしていた3人が飛んで来た。途中から視線を感じていたが俺の様子を窺っていたみたいだ。
全員が座ると食事を始める。俺の料理を見て皆不思議そうにしていた。それはそうだろうハンバーグなんて見たことが無いと思う。
三人が恐る恐る口に入れると、目を見開いた。
「お、お、おいしい、でしゅ!」
落ち着けエル。
「ギルさまはやはり賢者さまです!」
何故だ理由を言え。
「うまいッスねぇ、うまいッスねぇ」
何故泣くシギル。
まあ、好評ということだろう。三人は皆可愛い女の子なのにバクバク食べている。満足してくれて良かったよ。
そして、俺も食べてみた。うん、美味い。でも、やっぱりパン粉は欲しかったよ。
こうして俺達の食事は会話もなく、咀嚼音だけで終わったのだった。
食後は話をして過ごす。そしてそろそろ寝る時間だった。今日の見張りはシギルとエルだ。二人で4時間ずつ交替しながら見張りをする。今日は俺とリディアがぐっすり寝て、明日は俺とリディアが見張りの番だ。まずはエルから見張りをすると言っていた。本当なら二人ずつで見張りをしてもらいたいが、遠くにいるわけでもないし、疲れを取るためにと話し合ってこういう方法に決まった。
俺とリディアとシギルはエルに挨拶すると、馬車に入り三人で横になった。俺はリディアとシギルに挟まれる形で寝ている。
考えてみると俺って、凄い幸せなんじゃなかろうか?今日は寝れるかなぁ?
もちろん分かっていると思うが俺はぐっすりだった。昨日ほとんど寝てないからね、仕方ないね。
こうして俺達の一日目は終わった。