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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
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決闘と私刑

 机や椅子など邪魔なものを脇にやって戦う場所を確保した。……俺が。エドワルド王子、君も手伝いなさいよ。

 片付けが終わる頃に仲間たちが謁見の間に降りてきて、重苦しい空気やクラノスとエドワルド王子の見知らぬ二人に目を瞬いていた。


 「何事?……襲撃?」


 エリーはまだ寝足りないのか、いつも以上に抑揚なく質問する。いやいや、襲撃かもと思ったなら何でそんなに落ち着いてんの?これもシリウスがいるせいか?それとも盾も槍も持っていないから諦めか?


 「ギル様、もしかしてあの方が?」


 リディアはいつも通りで、腰に佩く刀に手を掛けて警戒している。さすがだな。ここ最近、朝の訓練が出来ていないが気は緩んでいないようだ。


 「ああ、エドワルド王子とクラノスという護衛だ」


 「もしかして戦うんスか?予定では牢に入れて、後日処刑するか決めるつもりだったんスよね?たしか、……そう、アレクサンドルって王子の性格を見極めて、危険がないかどうかを確かめてからって」


 シギルの言う通りで、エドワルド王子は憎むべき相手だが処刑を確定していたわけではない。次男坊の王子は戦争に参加していなかったらしいが、それでも危険な人物かどうかは会わないとわからない。場合によってはエドワルド王子を教育し、王に据えた方がこれからの危険性が下がるかもしれないからだ。

 それはさておきだ。


 「予定……。シリウスがいるのに予定なんてあると思うのか?睡眠サイクルすらないのに?」


 寝不足によってなった死んだ魚のような目でシギルを見つめると、それだけで理解したのかさっと目を逸らされた。

 仲間たちに今までの話の流れを教えると、ほぼ全員が「なるほど」と納得して頷いた。頷かず目を伏せたのはエルだ。

 最近のエルは死人を出さない為に誰よりも早く攻撃し、敵を戦闘不能にさせるというスタンスになった。しかし、シリウスが決めた決闘には手を出せない。確実な人の死が近い未来にある。それが悲しいのだろう。

 もう一人、納得どころか困惑する人がいた。モナだ。


 「み、皆さん、なぜ納得しているんですか?」


 これが普通の反応だ。シリウスの行動力に慣れてしまった俺たちがおかしいのだ。


 「モナ」


 「は、はい」


 「慣れた方がいい」


 「えぇっ?!」


 全ては語るまい。いずれはこの言葉の重さに気がつく時が来る。

 さて、そんな馬鹿話をしていたら、クラノスの準備が整ったようだ。とは言っても、目を閉じて精神統一っぽいことをしていただけだが。

 クラノスは最後にゆっくり息を吐くと目を開いた。彼の纏う空気がピリッとしたものに変化したのがわかる。

 少し暗い謁見の間の窓から眩しい朝日が差す。舞う埃が光に反射してキラキラし、なんとも神聖な感じがする。

 シリウスとクラノスは見つめ合っていた。睨んではおらず、なんとも穏やかな眼差しで決闘前とは思えない。

 しばらくそうしていると、クラノスが小さく腰を折った。


 「シリウス皇帝陛下、お待ちいただき感謝します」


 クラノスがしたのは、シリウスへの感謝だった。


 「良い。貴様の主君へ対する忠義の褒美だ」


 シリウスもいつもの馬鹿にするような煽りはない。忠誠心のある戦士と向き合った場合、シリウスも真面目に応えるということか。つまり、あれが本当のシリウスだ。


 「最後まで忠を尽くし、無能な主であろうとも命に変えても護り通す。我はそういう者が嫌いではない」


 ……いや、別の方向を少し煽ったな。

 しかし、そう言われたクラノスは穏やかに微笑み、もう一度腰を折る。


 「光栄です」


 「……では、始めるか」


 「はい」


 クラノスが真剣な表情になって頷くと、剣を正眼に構える。

 対してシリウスは、王国の英雄と戦った時のように武器を持っていない左腕を前に出す構えだ。シリウスも全力で戦うみたいだ。ただ、あの時と違うのは胃の中身がこみ上げるような殺意が一切なく、不敵な笑みも浮かべていないところか。

 初めに攻撃を仕掛けたのはクラノスだった。

 素早くシリウスへ近づいて剣を振り上げ、床を力強く踏みつけるとそのまま真っすぐ振り下ろした。

 しっかりした踏み込みと安定した体幹。刃がブレることもなく一直線に下ろされる剣。何千何万と繰り返されてきたことが一目でわかる、完璧で美しい真っ向斬りだ。

 盾であれば受けるのは容易い。そして、避けるのも。だが、シリウスに盾はなく、それ以前に避けるつもりもない。

 クラノスは斬ったと幻視しただろう。しかし、シリウスの左腕で逸らされ空振りに終わる。

 クラノスの表情は変わらなかったが驚きは伝わった。なぜなら、空振ったまま動きが止まってしまったからだ。

 当たれば剣ごとぶち折る真っ向斬り。だが、当然避けられやすい。では何故そんな攻撃をしたか?

 それは連撃にするつもりだったからだ。避けられた方向へ剣の連撃か体術に繋げて攻撃を当てるのだ。

 でも、1手目の真っ向斬りで斬れると確信した。なのに、空振ったのだから驚きで動きが止まってしまったのだ。

 仕方ないと思う。シリウスが規格外過ぎるのだ。たぶん、戦闘経験豊富な剣士ほど驚きは大きくなるはずだ。この場合は確実に斬れると身体が覚えている。だから、空振った時に頭と身体が反応しない。

 今のクラノスがまさにそうなのだろう。そして、その停止は命取りだ。

 シリウスが身体で隠している聖剣を振り上げ、クラノスと同じように一直線に振り下ろす。

 クラノスがはっとして剣を上げて防御体勢を取る。ここで反応出来たのは素晴らしいと思う。でも、駄目だ。受けては駄目なんだ。

 シリウスの聖剣は防御した剣を容易く折り、そのままクラノスの身体へ吸い込まれていった。スッとまるで空振りしたかのように、聖剣は真下へと振り抜かれる。

 そのままシリウスは()()。クラノスの反撃に備えている。俺と戦った時の弱点はもうないようだ。

 本当に空振りしたのかもと勘違いしそうになる間。直後、クラノスの鎧の隙間から血が流れ、彼は膝を床についた。

 シリウスは鎧などないかのようにクラノスを斬っていたのだ。

 床に広がる血の量からして傷は深い。勝負あったな。

 シリウスは聖剣をクラノスの喉元に突きつける。


 「終いだ」


 「そのようです。最後にあなたと戦えて光栄でした」


 「ふむ、潔いな。まだ助かるやもしれんぞ?」


 「?」


 クラノスが荒い息を吐きながら困惑気味にシリウスを見上げる。

 いや、俺も同じ気分だよ。また何を言い出すのか……。


 「貴様は今我に斬られ死んだ。王国のクラノスは死んだのだ。……次は帝国に来て、我に忠義を尽くさないか?」


 あー、そうか。シリウスは真面目にクラノスを気に入っていたんだ。たしかにあれほどの忠誠心は稀だろう。

 クラノスが本当に幸せそうに笑い、しかし首は横に振った。


 「光栄ですが、ここで主を見捨てる私を、シリウス皇帝陛下は信じきれますまい」


 「ふむ、ギルを説得してエドワルドの命を救うよう頼んでやっても良いぞ?」


 えっ?!それは頼むのではなく、強引にとか、勝手にと言葉を間違えているんじゃ……?


 「……いえ、少々過保護過ぎました。殿下は、とうとう考える時期に来たのです。助かれば良い体験を糧にでき、死ぬ場合には懺悔もできましょう。もちろん、生きてほしいですが……。私はここまでです」


 クラノスはオロオロとしているエドワルドに一度視線をやってから、再びシリウスを見上げた。


 「ですが、もし処刑になった場合、手早くお願いしたい。苦しまないよう」


 「……よかろう。しかし、貴様ほどの男を殺すのは、少々惜しいな」


 「十分生き延びました。最後に戦って死ねる。エステル教の戦士は女神様にお会いできますから幸運なことです。さあ、シリウス皇帝陛下、一思いにやってくだされ」


 「その生き様、見事」


 シリウスは微笑むとそう言いながら剣を振る。

 クラノスは斬られる直後、何かを口にした。


 「――ルド坊――、――生き延び――」


 呟きで声が小さく聞き取れず、さらに全て言い切る前にクラノスの首は飛んだ。やる前から結果が分かっていた勝負は、決したのだ。

 ……シリウスも言っていたが、たしかに見事だった。武士のように忠を尽くし、主君のために命懸けで戦う。それに、最後の言葉。少ししか聞き取れなかったが、決して祈りを捧げたわけではないだろう。おそらく……、エドワルド王子を想っての言葉。死ぬ直前まで主を想うか……、いや、自分の子供のように育てたと言っていたから、子を想ってが正しいか。

 エドワルド王子も忠臣を失って悲しんでいるだろうな。

 そう思い、エドワルド王子を見てみると、わなわなと体を震わせている。やっぱりそうだよな。


 「この馬鹿者が!!お前が帝国へ行けば生き延びられたというのに、何故断った!!」


 エドワルド王子はクラノスの首に向かって怒鳴った。

 は?え?おいおい、嘘だろ?あれだけの生き様を見せられて、そんな言葉が出るか?


 「何が親代わりか!私は兵士の子ではない!王の子だ!勘違いも甚だしい!!」


 この言葉にはさすがに俺の仲間たちも唖然としている。特に王国に住んでいるシギルは頭を抱えている。自国の次期王があれでは、国民として恥ずかしいのだろう。

 しかし……、見るに堪えない。

 怒りからなのか、それとも処刑が確定した恐怖心からか、エドワルド王子は喚き続ける。


 「何が戦場で戦い続けただ!敵国の王一人も殺れぬではないか!それでよく偉そうな口を聞いていたな!この役立た……、ん?なんだ?」


 言葉の途中で突然、エドワルド王子の足に火が点いた。


 「何だこれは!?うわぁっ、き、消えん?!うぎゃああああああぁぁ……ぁ……」


 火は一瞬のうちにエドワルド王子の全身を包む。そして、あっという間に骨すら残さずエドワルド王子を燃やし尽くした。

 エドワルド王子は、祈りも懺悔も、後悔すら出来ずに逝ったのだ。


 「見苦しい。貴様の処刑に金属を使うことすら勿体ない」


 もちろん、これを仕出かした犯人はシリウスだ。

 っていうか、何やってんの?処刑は?私刑にしてどうするのよ。


 「シリウス君?」


 「おおっ、ギルか、どうだスッとしたであろう?」


 ニッと笑いながらさらさらな金髪を掻き上げる美青年。

 いやいや、そうじゃない。たしかに我慢の限界だったけれど、俺だって殺りたい気持ちを抑えてたんだよ?それにシリウスが、体裁が大事だから処刑にした方が良いって言ったんじゃないか。

 魔法都市や兵士の犠牲が出ている法国と帝国の民たちが、すんなりと溜飲を下げるには敵の血が必要だ。王は打ち取り、指揮官を公開処刑にする。そして、その指揮官が第一王子ならば、それなりの効果が期待できたはずだ。

 王国民からしても、負けを認める機会になる。他国に従属することになるかもと恐怖する中、我らは身を引いて第二王子に治めさせると発表すれば、悲しみや復讐心よりも安堵するのだ。

 そして、その第二王子は俺たちがみっちりと躾けて傀儡にする。そうすることによって、この先王国が戦争を仕掛ける危険性を減らす。

 ……と、シリウスが懇切丁寧に説明してくれたのだ。その張本人が何してくれてんのよ。まったくもう……。でも、まあ。


 「うん、スッとした」


 これに尽きる。シリウスに何言っても仕方ないし、それにもう殺っちゃったしね。どうしようもない。すまない我が国民よ、敵将は見るに堪えないから殺っちゃいました。

 シリウスは満足そうに息を吐くと、急に真面目な顔をする。


 「しかし、これで第二王子が使い物にならなければ、大惨事になりかねんな」


 「それ、君が言う?」


 だが、本当にその通りだから困る。もし第二王子がオーセリアン王とエドワルド王子のような好戦的かつ、愚かな性格だったら大惨事になる。その上、従順なアホを演じることができる賢い人物だったならば、さらに酷くなるだろう。俺たちに従いつつ再び戦争を仕掛けるための準備を水面下で進められたら、遠くはなれている俺たちにはわからない。

 『神秘の契約書』の条件はオーセリアン王が死んだことで解除されたが、国力が下がっている今、また戦争は少々厳しい。帝国は余裕がありそうだがシリウスはそれを避けたいようだ。帝国にも何か理由があるのだろうな。

 でも、それ以上の問題がある。それは第二王子の行方がわからないことだ。大臣のお爺ちゃんもそれは知らかったのだ。王不在では王国民の不安と不満も貯まる一方だ。俺やシリウス、ルカもこれから自国の立て直しに手一杯になるから、王国を治める余裕はない。なんとしても第二王子アレクサンドル探し出す必要がある。

 第二王子の性格は気になるが、見つけることが何より重要だろう。

 さて、困ったぞと、シリウスと二人で唸っていると謁見の間の外が騒がしいことに気がつく。


 「騒がしいな」


 この数日間は謁見の間の扉は、氷漬けにして誰も通さないようにしていた。だが今は、エドワルド王子を招き入れるために氷は溶かしている。向こう側の音がよりはっきり聞こえるが、なにやら「おやめください!」とか、「今は危険です!」と言っているようだ。

 多くの足音が近づいているような気がする。

 それは当たりだったようで、しばらくすると謁見の間の扉が豪快に開かれた。

 そこには知らない人物が先頭に立っている。だが、見覚えのある人物も数人いた。


 「キオルとレッドランス?!」


 元賢人キオルと王国貴族レッドランスが、知らない男と一緒に居たのだ。二人はオーセリアン王によって捕らえられ、どこかの牢に繋がれていると聞いていたが何故ここにいる?それにもう一人、知っている人間がいた。


 「それにヴァジも?!」


 眼帯の強面商人ヴァジだ。自由都市の豪商であり、今は魔法都市に店を構えている彼が、なぜ捕まっていた二人と一緒なんだ?

 ……いや、少し考えればわかることだった。キオルとレッドランスがいるってことは、牢から開放されたのだ。ヴァジがしたのか、それとももう一人の男か、はたまたこの二人がか。

 どちらにしろ、喜ばしいことだ。

 キオルはいつものように俺へヘラヘラした笑顔を見せ、レッドランスはシリウスがいるからか緊張気味に会釈をした。ヴァジは「よおっ」と気さくに笑って手を上げている。


 「みんな無事だったか」


 「ええ、このお二人に助けられたよ」


 キオルが続けて「ギル君が助けに来ないから困っていたんだよ」とこぼす。悪かったって。俺だって石になってたんだよ。

 それは良いとして、やっぱりヴァジと見知らぬ男が助けてくれたのか。本当に何者なんだ?見た目は優男っぽく、身なりがとても良い。


 「キオル、そちらは?」


 俺が聞くと、答えたのはキオルではなくレッドランスだった。


 「この方は、王国第二王子、アレクサンドル殿下であらせられます」


 タイミングも都合も良いことに、探し人は目の前へ現れたのだ。

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