元凶との対面3
準備が整うのを待っている間、俺は考えていた。オーセリアン王との会話には落とし穴があったのではないか、俺は余計なことを言っていないか、表情や態度は普通だったかを。
数度思い返してみてもここまでは満点と言って良い。
やや警戒心があり、ある程度の知能がある。しかし、深く考えることはせず少し賢い成り上がり、思い上がった庶民。俺をそんな人物だとオーセリアン王は感じたはずだ。
シリウスも俺に会話をほぼ任せていて、実際はめちゃめちゃ頭が良く、洞察力、観察力、推察力に優れているが、その片鱗すら見せていない。頭は良くないけどケンカが凄く強い番長……、喩えは古いけどそんな感じに見られたと考えれば簡単か。
一方、オーセリアン王の人物像はと言うと、客観的に見れば弱気で暴力を好まず、そのせいで地位が形だけになり主導権を奪われそうになっている王様だろうか。もちろんそれはオーセリアン王がそう見えるよう演技しているだけで、実際は自己中心的で暴力的。自分が無事なら他はどうなっても構わないとさえ思える残酷さも持ち合わせている。俺は彼が死にたくないが故に始めた戦争だと考えているが、見方を変えれば争いがない世界を作りたいから大陸を統一しようとしている。十分野心的だ。
王国民からすれば、強い王様は心強いだろう。しかし、俺たちから見れば危険極まりない王様だ。
話し合って争う必要はないと説得する?冗談じゃない。既に被害が出ている。今、始末しなければ、そう遠くない未来に再び戦争になる。どんな手を使ってでも仕留めるべきだ。
さて、再度決意したところだが、シリウスに確認しなければならないことがある。『神秘の契約書』についてだ。俺はこの世界に召喚されてから、こんなものがあるとは聞いたことがない。さっきのシリウスの説明だと、かなり地位が高い者同士が契約する時でなければ使わない物だとわかる。そこから非常に高価であると予想出来る。それに不思議な力で約束事を守らせる物だとも聞いた。
しかし、どのように使うかまではまだ聞いていない。その仕方や契約後の状態によっては、オーセリアン王を始末できなくなってしまう。モナや王国の英雄を助けることをシリウスに向かって宣言したが、オーセリアン王を見逃すことは出来ない。
モナと王国の英雄を見捨て、オーセリアン王の処刑を優先。……したいところだが、シリウスを敵に回す方が魔法都市の今後が危うくなるだろう。
王国の敗戦宣言の言質をとった今、次の目標は『シリウスとの約束を守り、オーセリアン王を処刑する』だ。
そのために、『神秘の契約書』について理解しなければならない。俺が思っているものと違う場合には、撤回して話をし直す必要が出てくるかもしれない。
「シリウス、『神秘の契約書』はどうやって使うんだ?」
「ふん、我も先王と交わした以外には使ったことがない。詳しくは知らんぞ」
「それでも使ったことがあるんだろ?……ん?先王と契約を交わしたのか?革命で先王を討ち倒して、シリウスが王になったんだろ?」
「奴は今も生きている。病か事故がなければ、おそらくな」
シリウスが少し苛立たしそうに話す。
帝国先王が生きていることもだが、シリウスと戦って生き延びていたことに驚いた。凄い気になるけど、シリウスが何となく話したくなさそうだからやめておこう。
大事なのは『神秘の契約書』について、だからな。
「それで、『神秘の契約書』はどうやって使うんだ?」
「商人が使う物と同じだ。紙に条件などを記し、最後に契約を交わす者が名を書く。ただし、条件を破った場合に法が裁くか、人知では推し測れない何かが裁くかの違いだ」
シリウスはそう言いながら自分の心臓辺りに手をやった。
たぶん、今も契約に縛られている感覚があるのだろう。
「契約後に紙が燃え上がったりは?」
「……契約書自体が失くなっては無意味だろうが。何なんだ、それは」
そうか、不思議アイテムだから契約時の演出も派手なのかと思ったけど違うのか。まあ、たしかに燃える必要はないよな。残っているからこそ証明にもなるし、内容の再確認もできるわけだし。
「いや、なんでもない。でもどうやって契約者の判別をするんだ?血判を押して、その血と同じ人物が対象者と判断しているんだろうか?」
「血判?また古臭く無意味なことを。なぜわざわざ血判の必要がある?古臭いことを好む貴族でさえ、もうそんなことをする者などおらんぞ。血には拘束力などない。特に貴様のような者にとっては、尚更だろう?」
俺の信用は全くないらしい。たしかに血が強固な意志を表しているとは全然思わないけどさ、酷くない?
「商人どもにも高価な契約書があるようだが、あっちは魔力を字にして名を書かせることで、条件を破った契約者を判別できるようにするだけだ。しかし畢竟、その契約違反者に罰を与えるのは国だ。『神秘の契約書』は、紙自体が国と同じ効力がある。『神秘の契約書』が罰を与えるということだ」
へぇ、血判ならDNAや指紋って考えちゃうけど、こっちの世界は魔力なのか。所持魔力を字にして判別できるってことは、個人で魔力の質が違うってことだよな。じゃあ、商人版のは紙が特別ではなく、魔力を字に変える筆記用具が特殊なアイテムってことか……。ふーん、そういうのってファンタジー世界っぽくて面白いな。この件が片付いたら調べてみようかな。
『神秘の契約書』も魔力で判別しているってことかな?……いや、待てよ。シリウスって……。
「でもシリウスって魔力ないよな?契約出来ないだろ?」
シリウスも別に秘密にしているわけじゃないようで、気にした様子もなくただ頷く。
「だから『神秘の契約書』は都合が良かったのだろう。あれは名で縛るからな」
ん?魔力は必要ではなく、名前だけで縛る?もしギルで契約を結んだら、同名の別人ギルさんにも被害が及ぶって危なくないか?いや、もちろんそんなことが起きないから使っているのだろうけど、名前を書くだけでどうやって個人の判別をするんだ?ファンタジー世界の不思議パワー?個人の所持魔力で判別するって方が納得できるんだが……。魔力のないシリウスでも契約できるのだから、魔力は関係ないだろうし。困ったな。聞くたびにわからなくなっていく。
不思議パワーならお手上げだぞ。そんなもの回避する方法なんて思いつかない。
「同名の人にも影響がでるんじゃ?」
こう聞くと、シリウスは見るからに呆れた表情をした。
「何を言っているのだ。国礎に名を刻んでいる以上、間違いなど起きないであろうが」
いや、そんな当然だろうみたいに言われても……。国礎ってそのまま国の基礎とかの意味じゃ?要は国の方針みたいなものだろ?それに名を刻むってなんだ?
とうとう理解不能になった俺が「むぅ」と唸っていると、その反応でシリウスが何かに気がついたようで「そういうことか」と呟く。そして、少し声を落として続けた。
「ギル、貴様は国の礎に名を刻み、市民権を得ていないな?」
え!国礎って形ある物なの?!それに名を刻まないと国民になれないってこと?
みんな知ってた?!という気持ちを込めて仲間たちを見ると、エル以外は知っていると頷く。
「私は滅亡したガウェイン国出身ですから、同じ礎を使っているのでしたらナカン国民ということになりますね。そのナカンも戦に負けていますし、王国では名を刻んでいませんから今は無国籍かと」
あー、リディアはそういうことになるか。えっと、シギルは王国で、エリーはたしか帝国出身だったか。エルはどうやら知らないようだし、王国の地で隠れ住んでいたようなものだから、無国籍ってことになるのか?とにかく、国の礎に名を刻むというのはこの世界じゃ常識らしい。
ってことは、俺も無国籍じゃん。いや、魔法都市は国として認められたから……、一応は国籍はあるか。ん?もしかして魔法都市に凄い大事な物がないってことじゃ?
「魔法都市にその礎がないんだけど……」
「あー、それあたしも気になっていたッス。旦那は法国に認められた国だなんて言っていたッスけど、礎はどうするんだろうって」
いや、その礎がどんな物か知らないどころか、存在すら知らなかったっていうか……。
「それがなかったら国として成り立たない?」
「当たり前であろう?国民がいない国を誰が認めるというのだ」
やっべぇ。この世界では礎がないと国として成り立たないらしい。どうしよう、俺は魔法都市という国を作ったって嘘を吹聴しただけになっちゃう。
地球では国を作るのに決まりはない。子供が自宅の庭に基地を作り「ここをギル国とする!」と一人で宣言したとして、実際にその場はギル国になる。国民は一人もおらず、親に片付けなさいと怒られて近い将来滅亡する運命だが。
国籍というか、こっちの世界では市民権と言うらしいが、それも役所に出生登録の書類を出して終わりというものではないらしい。
これはまずいと、小声で詳しく聞いてみた。
まず、礎というのは巨大なダンジョンを生成した魔石がそれにあたる。つまりダンジョンストーンが一般的に使われるようだ。
……マジか。そんな貴重なものだとは知らなかった。運良くこの世界に来た時に手に入ったから、貴重なものという感覚がなかった。それをバンバン魔法剣に使ってたよ。たしかに魔法陣を刻んだ魔石に魔力を込めるだけで魔法が使えるし、そのままの魔石を使わなくとも砕いたり切ったりしても使えるのだから便利過ぎたよな。俺が知らないだけで他にも色々な用途がありそうだが、ダンジョンストーンを使用するのは止めておこう。
使ってしまったものはどうしようもないから置いておくとして、このダンジョンストーンは初めに名を登録した者が所持者になるようだ。つまり、これが王。そのあとに登録される者が国民となる。他にも王が許可した登録者を代理人にしたり出来るようだ。代理人に指定された者は、王の代わりに国民の登録が可能になる。代理人は役所の公務員になるのと同じようなものか。
それでその登録方法だが、名を刻んだ物と本人の一部を付着させて魔石に吸わせる。一部と言っても血や肉片、髪などではなく、一般的には唾液を名を刻んだ物に付着させるだけだ。生後すぐに登録するらしいから、赤子が何をせずとも垂れ流すヨダレが都合良かったのだろう。この世界の時代的に幼くして亡くなってしまうことが多いが、それでも一応は赤ん坊の時に登録させるようだ。その後、成人すると二回目の登録が出来る。ただ、二回目は強制ではなく登録するかどうかは自由らしい。
二度目の登録は、専ら商人や貴族が行う。先程にも話題に出たがこの時に魔力登録ができ、魔力を使った契約書を使用できるようになる。だから契約違反時に、その違反者を探すのは国だとシリウスが言ったのか。身分証明書を発行するみたいだなと思ったが、実際に二度目の登録をしないと契約書のサインは出来ないらしいから間違いではない。
というか、魔石に『物』を吸わせるってどういうことだ。そんな当然の疑問を口にしたら、シリウスは溜息を吐きながらも教えてくれる。優しいよね、シリウス。
マナを多く含んだ物ならば、ダンジョンストーンはそれごと吸収するらしい。庶民なら比較的倒しやすい魔物の木を倒してその木片に名を刻む。所謂、魔木というやつか。見たことないけど。
貴族にもなると、高価とされる魔石に名を刻むようだ。見栄だな。
さて、それでその登録させることに何の意味があるのかだが、個人の場所を特定させることが出来るようになる。え、そんな発信機とGPSみたいな高機能が?!と思ったが、どうやら違うらしい。見つけたい人の名前を指定すると、その人の舌が発光するという微妙な機能だ。しかし、話すや食べる等、口を開く行為をすると犯罪者だと勘違いされてしまうことから、本人自らが出頭することになる。舌が光るのは唾液を登録したからだそうで、それも含めて都合が良いのだとか。逃げ切ることは出来るが、他人と一生関われなくなるってことか。
「疚しい心がなければ大きな影響があるものではないから、国民になりたい者は迷わず市民権を得るために登録する。それだけ市民権は大事なのだ」
俺はその市民権を持っていないのですが……。まあ、今まで国籍を聞かれたこともなく、ギルドの登録証で街にも入れたから、冒険者的な根無し草でも問題はないのだろう。だが、市民権というだけあって、街で所帯も住む場所も持つことができなくなるか。
うーむ、たしかに国民からすれば国発行の身分証明書と市民権を得ることができるし、俺のような統治者には犯罪抑止にもなって良いことが多いな。国として認められるためにも、なんとかして礎を手に入れたほうが良いかもしれない。
「なるほどな、わかった。ところでシリウス、ダンジョンストーン余ってないか?」
「余っていても流石にあれは我の一存でくれてやることなどできんぞ」
シリウスでも自由にできないものらしい。もう二度とダンジョンの魔石を魔法剣に使うのは辞めよう。
「だろうな。それは自分でなんとかするとして……。それで本題だが、『神秘の契約書』が個人を縛ることが出来るんだ?」
だってそうだろ?名を刻んだ礎は、各国の別の場所にあるんだしな。それに礎に縛る機能がないのに、『神秘の契約書』にはそれが出来るっていうのも不可解だ。
「『神秘の契約書』自体が魔法的効力を持つからだ。書と言ってはいるが、紙ではなく石版だ。それも魔石のな」
また魔石か。そりゃあ王様ぐらいにしか使えないわ。庶民が使うには高価過ぎる。
「じゃあ、距離が離れた場所にある各国の礎に影響できるのは?」
「魔石は基本的に全て繋がっている。というのが、最新の研究成果だそうだ」
「なんだよ、珍しく言い切らないな」
「ふん、魔法学会が機能してないからな。研究者に聞くこともできん」
すんません、俺のせいでした。そっかぁ、あいつらアレでも一応仕事してたんだなぁ。なんか、八つ当たりで潰してごめん。
「ならそれも本当かどうかわからないってことか」
「だがな、ギルよ。貴様は不思議だとは思わないのか?鑑定スキルで物やヒトのステータスを見ることが出来ることを。それを知る事ができるのは魔石に登録された者の記憶が、魔石に記録として残っているからと考えるのが自然だ。故に全ての魔石は見えない何かで繋がっているのではないか?まあこれらは、声高に発表していた賢者の受け売りで根拠までは証明できんがな」
だから、ほんとにごめんなさい。その方が今は生きているかどうかはわかりません。
「そうか。まあ、今のは俺に興味があっただけで、疑って聞いたわけじゃないんだ。なるほど、『神秘の契約書』は礎に登録されている人だけに影響があるってことだな」
「いや、『神秘の契約書』自体にも縛る機能が備わっている。強い影響を齎すのが礎というだけで、約束事を破りづらくなるという精神的影響が契約書自体にあるのだ。2つの影響力が条件を守らせる。我が今もそれに従っていると言えば、貴様にもその効力が理解できるか?」
おぉ、それは確かにすごい影響力だ。シリウスだったら力づくで約束事自体をなかったことにしそうだもんな。
「納得した。その精神的影響はどうやってんだ?聞いた限りだと、礎の力ではないんだろ?」
「そこまではわからんな。『神秘の契約書』そのものが貴重で、研究させるために渡せるようなものではない」
ほーん。やっぱり、精神を支配出来る系はどれも高価だってことか。チートだもんな、それも仕方ない。
だが、聞きたいことは聞けた。
「ふーむ、雲行きが怪しくなってきたな。ここに来て賭けになるとは……」
俺が呟くと、それを見ていたシリウスがニヤリと笑った。
「ふん、貴様が何かを企んでいたのは見ていて分かった。この契約から逃れようとしていると、我は今の会話で理解したぞ。好きにやってみるが良い」
さすがシリウスだ。察しが良くて助かる。けど、「失敗したらわかっておろうな?」と行間には滲んでいるのが怖いけど。
話が一区切りしたところで、ようやく大臣の爺ちゃんが息を切らして帰ってきた。腋にA4サイズぐらいの石版を抱えている。シリウスが言ったように、『神秘の契約書』とは石版のようだ。
さてさて、いよいよか。成功するかどうか、ぶっちゃけわからない。だが、元凶を断ってみせる。