元凶との対面2
え?今、息子のエドワルド王子が勝手にやったと言い訳し、責任を逃れようとしたのか?
第一王子が勝手にやったことで、王国も王自身もそんなつもりなどなかったと?何を馬鹿なことを。
俺たちは一日前にこの王都の上空に着いていた。その一日で何をしていたかと言うと、魔力を完全に回復させるためもあったが、一度地上に降りて王都の街を見て回ったのだ。もちろん、これは予定外の行動ではない。
シリウスが橋の上で王国の英雄を倒したあと、俺がやることがあると言ったのは、この王都で王国の英雄につける丈夫な金属の手枷と足枷を購入するついでに情報収集をすること。今重要なのは、この住人に聞き回った情報だ。仲間たちやエミリーたちが協力してくれたおかげで、オーセリアン王の情報を十分に得ることができた。
無意味な戦火の拡大、それによって起こった国民の食糧不足と不満。レッドランスの領地を守る兵までも取り上げたこと。
さらにモナが教えてくれた食事の席での会話や、城内に住み込んでいたからこそ分かり得る内部情報で、仕組んだのはオーセリアン王だと決定的になった。
ヴィシュメールのアンデッド襲撃やナカン戦、そこから魔法都市を攻めるまでの流れ。レッドランスとキオルの拘束も明らかになった。
これらは全て繋がっていて、緻密な計画で誘導されている。王子程度の権力でできることではない。
たしかに第一王子が声高に魔法都市を悪だと叫び、王国貴族を扇動したという情報もあったし、モナを全面的に信用しているわけでもない。しかしそれでも、いや、これだけでもオーセリアン王が元凶であると言い切れるのだ。
なのに、その全てを息子に押し付けるだと?オーセリアン王がしらばっくれていて、無能を演じているのはわかっているんだ。
……だけど、証拠がない。全て伝聞であり、俺個人が確信していようが断じることはできない。くそっ、思ったより狸だな。でも、責任逃れをさせたくない。
「では、オーセリアン王に敗北を宣言する権限はないと?」
「エドワルドが振り上げた拳の行き場をどうするかが問題であろうな」
つまり、宣言したとしてもその王子が戦争を止めるかどうかわからないと。うーむ、……いやいや、ちょっと待て!まず、権限があるかないかを答えていない!危うく流しそうになった。オーセリアン王が元凶だから、これも出任せなはずなのに。
実にオーセリアン王は厄介だ。エドワルドっていうのは多分アレだろ?わかりやすい作戦で魔法都市を攻めてきた無能指揮官。あいつより断然オーセリアン王の方が知恵が回る。
しかし、なんで負けが濃厚な戦争を続けようとするんだ?奥の手でもあるのか?それともこういう思考にさせるために?あーもう、面倒くさい。『神々の黄昏』で城ごと潰したいよ。シリウスにモナを助けると約束したから出来ないけど。
んー、どうしてこんなにやりにくいのか……。重要なのは宣言させたあとなのに、それをしてもらうまでに苦労するとは思わなかったぞ。
まずはオーセリアン王の性格を考える必要があるかもしれない。
俺は思考を加速させて、オーセリアン王のことを考えてみた。
重要なのはなぜ彼は戦争を始めたのかだ。ナカンと争い勝利したことで得たものは新たな領地。だが、リディアの妹と口論したように、あそこには手つかずの自然しかない。それにリディアの妹から始めた戦争だったはず。でも大事なのは、ナカンとの戦争で王国の国力が落ちているはずなのに魔法都市に攻撃を仕掛けた点だ。魔法都市は国として小さいし、まだ人口も少ない。ついでに言えば、人口に比例して兵士も少ないから攻めやすいと考えたか。
警戒すべきは噂にもなっている殲滅魔法の使い手である俺だが、その魔法は宣戦布告なしの奇襲紛いの開戦で封じたと言って良い。
だが俺たちに勝利したとして、王国にとって利益はなんだ?
飛空艇の製造方法が最も利益になるが、それは機密にしていた。魔法都市で製造したわけじゃないから、情報が漏れているとも思えない。となると、次点で魔法戦士が使う魔法武器とその作成方法だろう。手っ取り早く戦力を増強出来るし、何より学院の生徒から情報も得やすい。
明らかに狙って攻めてきたと考えて良さそうだ。
しかし、そこでわからなくなるのが動機だ。全兵士が魔法武器を所持していれば大陸最強の軍が出来上がるから動機としては十分なんだが、それは戦争に勝てればの話だ。
魔法都市に密偵を潜入させ、街の構造や状況、戦力までも調べさせたはずだし、オーセリアン王は本気で勝つ気だった。
だが、勝利は絶対ではない。戦況がたった一発の魔法でひっくり返る世界なのだから尚更だろう。事実、シリウスの参戦で王国は詰んだ。
魔法都市との戦争は、シリウスがいる時点でどう考えても勝てない。普通ならこれ以上被害が大きくならないように、さっさと降伏すべきなのだ。
負けが決まっているのに、利益がどうのと言っている場合じゃない。であるのに、降伏しないってことは……、利益が目的じゃないのか?
魔法武器を手に入れ戦力増強が動機だと思っていたが違うのか?
エドワルド王子に責任を押し付けて、自分は責任から逃れようとしている。戦犯はエドワルド王子だと言わんばかりじゃないか。
息子を死刑台に送るようなものだぞ。親として恥ずかしくないのか。……あ、そうか。あー、そういうことか!
オーセリアン王は死にたくないだけなんじゃないのか?これは……、当たりかもしれない。試しに揺さぶってみるか。
「それならば王ではないな。さっさと処刑してエドワルド王子を待つことにするか、シリウス」
所有物であるモナを助けると約束したから本当に処刑なんてできないが、面白い事が大好きなシリウスなら乗ってくれるはずだ。
シリウスはいつもの不敵な笑みを浮かべてから、満足そうに頷いた。
「それも良いな。王ではない者が玉座でふんぞり返る姿を見るのは不快だ。何より、我と同等の立場で話していたことは罪に値する」
シリウスがこう言うと、オーセリアン王がほんの僅かに動揺を見せた。素で驚き、小さく目を見開いたのだ。
やっぱりそうだ。こいつ、俺と同じで絶対に死にたくないんだ。死なないためなら卑怯なことでも、躊躇いなくする。違うのは肉親ですら切り捨てられるぐらい、生に執着している点。俺は仲間も絶対に見捨てない。
やりにくいと思っていたのは俺と似ているからだ。そう考えたらすっと腑に落ちた。どう攻めたら良いかわかりかけてきたぞ。
俺の予想が正しかったら、このあとは簡単に降伏を宣言するはずだ。
オーセリアン王の先ほど見せた驚きは一瞬で消え、仕方ないと言いたげに大きな溜息を吐いた。
「王ではないと言われれば、私も意地を見せねばならぬか。良いだろう。私は王国を守るために敗北を受け入れ、大陸全てに対して敗戦を宣言しよう」
予想通りか。なるほど、少しだけ心外ではあるけど俺と同じだとわかれば扱いやすい。無意味な戦争を仕掛けていたのも、死にたくないが故だ。他国を脅威としてでしか見れず、攻められる可能性が僅かでもあるなら、先に仕掛けて倒そうとしたのだろう。周りに国がなくなれば、攻められて自分が死ぬ危険度は下がる。最も危険視していたのは、おそらく帝国だろうな。いずれは帝国ともやり合うつもりだったが、その前に魔法都市の技術を手に入れて戦力増強をしたかったのだ。
ともかく、何とか降伏の宣言は取れた。だがこれからが本番。どうやってモナと王国の英雄を救うかだ。そこまで話題を自然に持っていかねばならない。
「エドワルド王子は良いのか?」
「エドワルドを支持する者は多い。だが、根回しをして多くの貴族を味方に引き入れることに尽力しよう。貴族がエドワルドの側から離れていけば、戦などできまい。これが王である私の最後の仕事だ」
王の座を退くしエドワルドを止めるのを頑張るよって健気に言っているように聞こえるが、さり気なく処刑されないことを前提で話している。
凄いな。いっそ清々しいぐらいだ。
「そうか。ならば、戦争賠償の話をしよう。魔法都市、帝国、法国の三カ国が被った人的被害や戦費などに対し、賠償として金品や資産で提供してもらうことになる。それらを王国は当然了承するな?」
「もちろんだ。周囲の国との良い関係を取り戻すためであるからな」
「了解した。金額は後々詰めていくことにする。では、次に捕虜についてだが……。ふーむ」
「なにか」
「いや、なに。少々人数が多くてね。それに捕虜と呼ぶには語弊があるんだ。約80万人が帝国に寝返ったのだから、正確には捕虜でない」
俺の言葉にオーセリアン王は表情を変えなかったが、隣の怯えた老人はぎょっと目を見開き、兵士長は顔を真っ赤にして「腰抜けが」と小さく呟いていた。
「それに背後にいるモナも戦場で敗北し、シリウスの配下に加わることになった」
ようやく本題を切り出したが、モナが寝返ったと言ってもオーセリアン王は表情を変えることはなかった。俺たちが生きてオーセリアン王の前にいるのだから、必然的に王国の英雄が敗れたことになるからかもしれないが。
「そうか……。人望がなかったと諦めよう」
おや?意外とあっさり手放した?
「しかし、王国に戻りたいという者は帰してやってほしい。彼らにとって王国は故郷であり、家だからな。当然、帝国の人的資源を引き抜くのだから相応の金額は支払う」
まあ、妥当だな。だが、俺は見逃さないぞ。これは罠だ。
「ふむ、それで良いんじゃないか?シリウスも内心で反抗心を溜め込んでいる兵なんていらないだろ?金に変えちゃえよ」
罠を回避する前に、シリウスも邪魔な捕虜をなんとかしたいはずだと一応確認をとってみる。
「我の所有物に意志はいらん。帰りたい者は好きにさせる」
傲慢なこと言っているように聞こえるけど、無理矢理引き止めないんだから実はかなり優しいことを言っているんだよな。とにかく、シリウスの了承は得た。
「シリウスが許可するなら、俺に文句はない。だが、モナは支配の首輪をつけていて、その条件だとオーセリアン王が命じれば戻ることになる。それを許すわけにはいかない」
やはりそうしようと思ってたようで、オーセリアン王の頬が僅かに引きつる。汚いこと考えるなぁ。
「だが、それだとこちらの損が多すぎる」
召喚士と英雄の二人はたしかに大きい損失か。いや、こいつの性格上、他人を資産だと考えない。金額的な損を言っているはずだが……。あぁ、支配の首輪か。魔法都市2つ分だもんな。そりゃあ、でかい損失だわ。
「何も支配の首輪ごと頂こうって話じゃない。モナともう一人の男が付けている首輪は返却しよう。賠償金の足しにすると良い」
「……英雄は生きているのか」
「あれが王国の英雄だったのか?シリウスが軽くあしらってたから、一般兵だと思ったよ」
俺はバカにするように大したことなかったと笑い、シリウスに対して王国の英雄は対抗手段にはならないことを仄めかす。
どうだ?王国の英雄やモナに執着してもシリウスを怒らせるだけだぞ?役に立たない二人は快く手放して、心証を良くした方が生き残りやすいだろ?
「そうか、生きておったなら良い。しかし、英雄は言葉を話せぬ。本音は王国に残りたいのやもしれぬから、その答えを聞くまでは指輪を渡すわけにはな。見殺しはしたくないのだ」
「いや、あの大男のスキルをモナに取り除かせ、会話できるようになっている。あの程度の必要魔力なら、俺のを使えば余裕で足りるからな。モナが事情を話して了承は得たよ。自分がいた世界に帰りたいと言っていたから、俺がその分の魔力も提供して助けるつもりだ」
もちろん、出任せだ。だけど、真実味はあるだろ?嘘の吐き方で俺に勝てると思うなよ。
どうやらオーセリアン王も信じたみたいで、大きくため息を吐きながら諦めたように首を縦に振った。
「ならば良い。あやつには悪いことをした。命令権を放棄することにしよう」
やった。限りなく満点に近い出来栄えだ!ちょっと出来すぎな気もするが、現実に相手は了承した。
だが、オーセリアン王の話には続きがあった。
「だが、条件をつけさせてもらう。モナは召喚士で失えば国の損害が大きすぎるのだ」
マジか。表情にも出していないし、声に抑揚も出さなかったはずだ。これが目標だったと察知されるわけがない。勘がいいのか、それともたまたまか?モナをオーセリアン王の命令から開放できないのでは元も子もない。
「条件?まさかモナを無理矢理引き止めるつもりじゃないよな?」
言っていることが違うんじゃないのかという気持ちを込めて語気を強める。しかし、オーセリアン王は首を横に振った。
え、引き止めるんじゃないのか?じゃあ、何を条件にするつもりだ?
「そうではない。我ら王国は最大の戦力を失うことになるから保険が欲しいのだ。命令権の放棄と同時に王国と住人に対して一切の攻撃をしないと約束し、それに従ってもらいたい。そうすれば、快く二人の亡命も認めよう」
チッ、やるじゃないか。命令権の放棄を条件に、自分の命の保証に漕ぎ着けるつもりだな?『命令権の放棄と同時』ということはオーセリアン王は命令権を放棄する直後まで生きているし、命令権放棄が執行された時点で俺たちは攻撃することができなくなる。王国と住人には、当然オーセリアン王も入っているだろう。
「口約束で良いなら、俺は別に構わないが?」
「国同士の取り決めであるから、当然『神秘の契約書』を使用する」
なんだそりゃ。もしかして、またこの世界では常識的な物か?俺は聞いたこともないんだが……。
助けを求めてシリウスの方に視線を向けると、少し嫌な顔をしながら教えてくれた。
「貴様はまだ王になって間もないから知らぬか。『神秘の契約書』に書かれた文言には従うことになる。アレはそういう物だ。王が重要な契約時に使用するのだ」
またファンタジーアイテムかよ。っていうか、これも相手を従わせるものか。オーセリアン王はこういうのが好きらしい。シリウスが嫌そうな表情をしていたのも納得だ。
これは非常に危険だ。さっきの呑んでも良いかなと思っていた条件も、『神秘の契約書』が前提にあると極悪なものに変化してしまう。
これもオーセリアン王の罠だ。あの条件のまま契約してしまうと、俺たちに攻めることはできないが王国側からは一方的に攻撃できてしまう。
オーセリアン王は、周囲の国を排除するのも諦めていない。こいつは危険だ。なんとかして仕留めたほうが良いが、どうするか……。
……一応、手はある。でも最後の手段なんだよな。ええい、こいつを生かしておく方が危険だ。
とりあえず、王国が俺たちに攻撃できないように条件を付け加えて話を進めるとしよう。
「良いだろう。ただし、『王国が攻撃しない場合に限る』と、条件を付け加える。先程のまま契約すれば、一方的に攻撃されかねない」
こう言うと、またオーセリアン王の頬がピクリと引きつった。これが驚いた時の癖のようだ。
やっぱりそうだったか。これはいよいよ手段を選んではいられないな。オーセリアン王を排除しなければ、俺の平和は訪れない。
オーセリアン王も王国以外の国は全て潰したいと本音を出すわけには行かず、満足げに頷いていた。
「私はそれで一向に構わない。もはや死に体の王国が他国を攻めることなどできぬしな。それよりも、防衛する人員すら足ぬから、攻められない保証は何より助かるのだ」
そうオーセリアン王が堂々と嘘を吐く。彼の性格を把握した今なら、内心ではこう考えているのだろうなと手に取るようにわかる。
……つまり、他にも方法があるということか。大方、王国民でなければいいとか考えているのだろう。そうは行くか。その前に俺がお前を殺す。
そんな感情を心の奥底に隠し、俺は笑顔を作る。
「ならば、魔法都市代表ギルと帝国皇帝シリウス、この場にいない法国聖王ルカはこれ以上の攻撃をしないと誓おう」
「それは良い返事だ。大臣、すぐに『神秘の契約書』を持ってくるのだ」
驚くことにこの場で契約させるつもりのようだ。それだけ急いで安全を確保したいってことだろう。
っていうか、あの怯えた老人は大臣だったのか。帝国宰相のマーキスを知っているからか、大臣だとは思えなかったわ。実は仕事が出来る系爺ちゃんだったか。
大臣はビクリと肩を震わせると、飛び跳ねるようにして玉座の背後にある通路へ走り去っていった。おそらく王の寝所がある尖塔にあるのだろう。
兵士長も契約書を書く机を用意し始め、準備は進んでいった。