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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
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王都突入

 王国と帝国の英雄対決が決着し、ギルたちが橋の上を出発してから3日後。王都にそれは突如として現れた。

 空を飛ぶ大型帆船。ギルが考案して作らせた飛空艇である。飛空艇は帆を張り、風の力を借りて悠々と空の海を進んでいた。

 船は水上を進むものであるという概念が崩され、さらには理解不能な物なのに城壁はそれを阻止することができない衝撃で、王都に住む人々は畏れ慄いていた。

 貴族であろうが庶民であろうが、それどころか兵士であっても空を見上げて指を差しているか、呆然と立ちすくんでいるか、または自宅へ隠れるために走っている。

 乗り込んですぐ王都中を大混乱に陥らせたのだから、ギルの作戦は大成功だろう。しかし、それで終わりではない。

 飛空艇は王都の中心まで進むと帆を畳んでピタリと停止する。そして、どこからともなく誰かもわからない声が街全体に響いた。

 

 『俺は魔法都市代表、ギル。この船を操る者だ』


 突然の名乗りと、城壁すら容易く越えることができる船が、現在戦争をしている国の物であるという事実に王都の民は青褪めた。敵の侵入を防ぐ城壁が無意味なのだから当然だろう。

 もちろん、この名乗りと飛空艇がどこの所有物かを教えたのは、何も恐怖を植え付けるためだけにしたわけではない。

 シリウスに存在が露見し、詳しい情報を渡すと約束した以上は、近い将来に帝国も飛空艇を手にするのは確実。であればと、ギルは飛空艇の存在を大々的に登場させてその価値を高めることにした。さらに、魔法都市であれば空を飛ぶ船を作成することができると宣伝にもなる。

 利益や利用価値を嗅ぎつけた商人や王国貴族が勝手に噂を拡散し、広告費用を抑えるにはちょうど良かったからだ。

 リディアから帝国に教える約束をしたと聞かされたギルが、なんとかして利益につなげようとウンウン唸って捻り出した結果、飛空艇の重要材料である『浮遊石』を帝国には割引を、それ以外には高値で売ることを思いついたのだ。

 そのためにも宣伝は必要だったが、ギルは王国攻めを利用することにしてこのようになった。

 しかし、あくまでも飛空艇の宣伝はついでで、魔法都市を攻めた罰を与えるためである。

 風属性魔法で拡大させた声は、淡々と話を続ける。


 『魔法都市は王国の窮地を救うべく、様々なことに手を貸した。まず、レッドランス領ヴィシュメールのアンデッド大量発生に対し、魔法都市はこれを殲滅。次に、王国西にて長期間繰り広げられていたナカンとの戦。これにも手を貸し、王国の勝利に手を貸した。これだけでも感謝をされてしかるべきだろう』


 王都の人々は「そんな話は知らない」と眉を顰めながらも、続けられる話に耳を傾けた。


 『その事実を王国の王は隠し、さらには魔法都市へ戦を仕掛けた。それも宣戦布告はせず、秘密裏に進軍して奇襲に近い開戦だった。勝てば正義である国同士の争いではあるが、これはさすがに卑怯極まりない所業。魔法都市も窮地に陥った。……だが、帝国と法国の援軍によって魔法都市を襲った王国軍を撃破。法国軍は魔法都市があるオーセブルクを守り、帝国軍はこの王都へと進軍している』


 帝国軍が王都へ進軍という言葉を聞き、街全体がざわめく。しかしそれよりも、攻撃された当事者である魔法都市代表の感情を押し殺しているかのような声が、王国民の恐怖心を煽った。自分たちならば怒り狂い仕返しに躍起になるが、魔法都市代表はまるで他人事のように怒りも悲しみも感じさせない声なのだ。

 宣戦布告なしの奇襲に近い開戦。さぞ凄惨で、街もめちゃくちゃになっただろう。その国の代表がすでに王都へ来ているのだから、いったい自分たちは仕返しに何をされるのか。そう彼らは怯えた。


 『戦を始めたのは王国で、これは戦争である。魔法都市としても勝つためには攻撃しなければならない。魔法で王都の全てを破壊するのが最も簡単で、且つ速い。が、しかし、そうやって蹂躙し尽くしても残るのは死体と瓦礫の山だけで、魔法都市の益にはならない。魔法都市へ賠償金を払うため、王国民には生きて働き続けてほしい』


 自分たちの住む街が破壊されず、死人も出ない。魔法都市の王が虐殺魔法なるものを使えると噂になっていたのもあって、それが行使されないことにほっとしていた。

 そこへギルが「だが」と否定的な意味になる接続詞を入れたことで、再び緊張が走る。


 『戦争を仕掛けてもこの程度で済むと思われても困る。それに王国には魔法都市に攻撃するのは間違いだと思い知ってもらう必要はあるだろう。……よって、小さな罰を与える。愚王を玉座から引きずり下ろさなかったことを猛省しろ。以上』


 そうして魔法都市代表を名乗る者の話が終わる。

 王国民は唖然としていた。だが、しばらく何も起きなかったことで、徐々に落ち着いていく。

 小さな罰と言っても何も起きない。考えてみれば、数十人程度の小さな村ではなく、数十万の大都会だ。その一人ひとりに対して罰することなど、到底できるはずがない。

 もしや、ただの脅しだったか?少しの時間だけ心の平穏を乱すことが小さな罰?しばらく何も起きなかったことで、殆どの王国民がそう思いかけた。その矢先、異変は起こった。いや、起こっていた。

 人々の吐く息が白く、肌寒さに鳥肌が立っているのだ。さらに、露出している腕や顔に冷たい物がぽつぽつとあたる。それが雨ではなく雪だったことで、王都中が驚きに包まれた。

 どちらかと言えば年中温かい王国でも、冬には気温は下がり、年に数回は雪が降ることはある。

 だが、有り得ないのだ。何故かと問われれば、王国に住む全ての者が一様に答える。

 今は冬ではない、と。

 ただ、これだけでは季節外れの降雪で、人によっては不思議なものが見れたと喜ぶだけだろう。当然、これで終わるはずはなかった。

 雪は次第に多くなり、王国では何十年に一度あるかないかの大雪になっていた。さらには強く風が吹き、外を出歩くことも困難な吹雪へと変化した。

 そこでようやく王国の人々は理解する。これが罰なのだと。

 正解で、これはギルの魔法で作り出したものだ。『アイスフィールド』の魔法で街全体の気温を下げ、水魔法で高所から水を撒き散らして、風と火属性の合成で雪に変えている。もう一つ風魔法で強風を作り出し、横殴りの吹雪にしたのだ。

 王都は都会であり、さらに年中温かい気候から大雪の経験が少ない。日本でも同じだが雪が降りにくい都会ほど交通がマヒしやすい。それと同じことが異世界でも、特に王国では起きる。

 積もった大雪で馬車は全く動かず、交通は完全にマヒ。商売はできず、人は出歩かない。

 魔法で作り出した雪だからずっと降らせることはできずピタリと止んだけれど、積もった雪で街の中だけ気温は上がらない。冬支度をする前だからか薪などの燃料は用意されておらず、服を何枚も重ね着して、さらに布団に包まれて寒さを和らげていた。

 これこそが、ギルが王国民に与えた罰だった。

 この日、王都で人々が出歩く姿はなかった。


  ――――――――――――――――――――――――


 水属性魔法を使えるエレナやクルスと、それにプールストーンの力を借り、街に大量の雪を降らせた。エミリーが「私もようやく手伝えますねっ!」と張り切っていたが、あの子は何故か火属性魔法の青い炎しか使えないようで、今回は遠慮してもらった。めちゃくちゃ落ち込んでいたけど、飛空艇の運転を手伝ってもらっているのだから助かっていると慰めておいた。

 それはさておき、雪を降らせたあとは飛空艇を王城へと移動させた。城に乗り込むためだ。

 飛空艇を大きなテラスがある所へ横付けし、そこから侵入する。

 メンバーは俺とパーティ全員、シリウス、モナだ。エミリーたちは飛空艇に残ってもらい、俺たちが帰ってくるまで上空へ避難していてもらう。ちなみに王国の英雄は鉄枷を手足につけ、さらに法国で手に入れたアラクネおじさんのぶっとい糸でぐるぐる巻にして飛空艇に置いてきた。

 俺のアラクネクロス製外套を修理する時のために使えるかもと回収してきたが、一本一本が太すぎて使えなかったものだ。それがまさかこんなところで役立つとは思わなかった。ロープ以上の頑丈さでどんなに力が強くても引きちぎれないのだ。

 こんなことをするのは、王国の王様が最後のあがきに英雄を暴れさせても問題ないようにだ。飛空艇で暴れられたら困るからな。

 それに、命令権の放棄に本人が必要ないのもあった。

 召喚士モナにはやってもらいたいことがあるから連れて行く。モナは王城に住んでいて詳しいのもあり、道案内をしてもらいたかったからだ。この時間帯はどこに王がいるか知っているのだ。

 テラスに降りるとモナを先頭に進んでいく。目指すのは謁見の間だそうだ。

 また謁見の間かよと思うが、午後になったばかりの時間帯は訪問者が最も多いらしい。つまり、謁見中の確率が多いということだ。

 廊下を歩いていると、すれ違うメイドや貴族などに叫ばれたりしたが基本的に無視。貴族は殺しても良いかと一瞬考えたが、戦後には死ぬような忙しさになるだろうし見逃すことにした。

 気をつけるのはメイドや貴族ではなく、城を守る騎士だろう。俺たちが侵入したというのは、あっという間に広がっていて、発見されたら襲いかかってくるのだ。

 だが、その騎士たちも俺が手を出さずとも勝手に倒れていく。

 飛び出してきた騎士たちを全部エルが撃ち抜いたのだ。曲がり角から飛び出してきた瞬間、魔法で作り出したクロスボウ用ボルトに貫かれ、悲鳴を上げて倒れる。

 急所を外し死んではいないが、手足が完全に動かなくなる部位を狙っていて戦闘に復帰できない。

 シリウスに発破をかけられたらしく、人を射抜くのに躊躇いがなくなったのは成長だろう。エルの成長に必要だったのは、優しさではなく恐怖だったようだ。

 でも、俺に厳しい指導は向いていない。石化はこりごりだが、仲間たちの成長につながったのは良いことだったかもしれない。

 まあ、俺を撃ったぐらいだから、赤の他人でしかも敵なら躊躇なく撃ってくれなきゃな。

 さて、そうやって誰も近づけさせず自由に城内を歩き回っていると、モナがある部屋の前で突然立ち止まった。


 「どうした?」


 「あ……、その、少し時間をいただけませんか。魔法都市代表様」


 トイレ……、ではないよな。なんだろうか?でも、俺に許可を求めても困る。君はシリウスの所有物なのだろう?

 そういう意味を込めてシリウスに視線をやると、シリウスは「急げ」と言いながら小さく頷いた。


 「恐れ入ります、皇帝陛下」


 恭しく礼をすると、部屋の中へと入っていく。

 待っている間も突然現れる騎士たち。彼らがエルに射抜かれて上げる悲鳴を聞きながら待っていると、間もなくしてモナが本を持って出てきた。

 モナが持つ本は非常に大きい。A4判の大きさに20センチぐらいの厚さがある本だ。


 「それは?」


 気になって聞いてみると、モナは頬まである魔法陣の入れ墨を撫でながら答えてくれた。


 「これが先日お話したスキルの魔法陣が描かれている本でございます、代表様。代々伝わる物で、私にとっては親の形見でもありますし、家宝でもあります。これを使うのは避けたいですが、捨てるわけにも、置いていくわけにもいきませんから」


 そういうことか。たしかに残しておいて悪用されても困るよな。召喚はモナの入れ墨がないとできないが、本があればスキルを付与して狂戦士軍団を作り上げることができる。それを避けるために回収したのか。


 「お時間を取らせて申し訳ございませんでした。では、行きましょう」


 モナは分厚い本を抱きながら道案内に戻り、俺たちもその後ろを付いてしばらく歩く。

 分かっていたことだけど、本当のお城ってやっぱりでかいな。いつまで経っても目的地に着かないもんな。魔法都市城も、一応は城っぽい見た目だけど大きい豪邸ぐらいだし。それに今回の戦争で所々が壊れてしまったと、エリーとシギルから聞かされた。修理費用のことを考えると頭が痛い。

 そんなことを考えていると、見るからに謁見の間だと言いたげな扉が見えてきた。

 扉を守る騎士は既に倒れ、呻いている。俺が考え事をしている間にエルが倒したようだ。


 「あちらが謁見の間でございます。皇帝陛下、代表様」


 予想通りだった。まあ、他のドアと違って、如何にも見栄を張っているような豪華な扉だったからな。

 さて、ようやく俺が召喚された切っ掛けになった元凶と対面だ。いったいどんなツラをしているのだろうか。


 「ああ、案内助かった」


 モナに礼をしてから、俺は一つ息を吐く。


 「じゃあ、いくか」


 俺はそう言ったあと、いきなり扉を魔法で吹き飛ばした。

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