リディア
「シギル、起きてるか?」
シギルの店の休業手伝いの次の日、俺はシギルの所へ来ていた。
エルとリディアは、明日この街を出る為に食材やら生活に必要なものを買いに行ってもらった。
俺がシギルの家へ入ると鍛冶場から気配がした。もう既に起きているんだろう。シギルはああ見えて、真面目で仕事熱心だ。エルとリディアの武器を一緒に作った時、ここまで丁寧にやるのかと驚いたものだ。
俺が鍛冶場に行くとシギルを見つけた。
「おはようシギル。準備しててくれたのか」
「あ、おはようッス、旦那。それで今日は何するんスか?」
俺は昨日の内にシギルに今日は鍛冶場を使いたいことと、手伝ってほしいことがあると伝えていた。
「シギルはさ、馬車の旅したことある?」
「いや、経験はないッスけど、それが?」
「尻が爆発するぞ」
「ば、爆発?」
馬車の旅をたった3日体験しただけで、うんざりするほど尻が赤くなった。悪路と馬車のショック吸収力の無さが原因だ。この世界だけではなく、地球の中世時代も馬車を使ってたが、良く皆平気だなと思う。現代人のやわらかい椅子の慣れのせいか、もしくは中世の人の尻の皮が厚いのかはわからないが、どちらにしろ俺には厳しいものだった。
「そう。とにかく辛いんだ。だから、武器屋に頼むのもどうかと思ったが、快適な旅を実現させるために協力してほしい」
「まあ、あたしも旅が少しでも楽になるなら、手伝うのは構わないッス」
シギルは快諾してくれた。
俺がシギルを気に入ってる理由はこういう所だ。楽をするために、今出来る限りの事をする。
仕事も速い。だからといって、手を抜いて速さを重視しているのではない。仕事を効率化し、省ける所は省いているから、クオリティは下げず速度を上げられる。
鍛冶屋としても、職人としても非常に優秀だ。
まあ格好いい事言っているが、要はお尻が痛いから何とかしようよって事だ。もちろん最重要事項だろ?
「ぼかぁね、あの痛みに3日以上耐える自信がないんだ」
「あはは、わかったッス。それで何をすればいいんスか」
俺はマジックバッグの中からボールペンを出す。
ボールペンを分解してバネを出し、シギルに見せる。
「まずは、これを馬車用の大きさで作って欲しい」
「それは?」
「バネだ。金属が元の形に戻る力を利用した、ショック吸収装置を作る」
そう、サスペンションを作ろうと思ってシギルの店に来たのだ。
そして俺はある絵を描いた紙をメモ帳から破いてシギルに渡す。
紙には二重の筒と、その中心にピストンの棒が描かれていた。ショックアブソーバーを作ろうとしているのだ。
ショックアブソーバーはオイル式が主流だ。地球のショックアブソーバーをこの世界のオイルで再現する実験になってしまうが、それは仕方ないだろう。それに地球の中世ならば油はかなり高額だが、この世界にはオイルを体内で作る魔物がいるらしいから、意外と安価なのだとか。ヴァジから聞いてこれを作ってみようと思ったのだ。
まあ、とりあえずは試してみよう。
この2つを作ってサスペンションにする。その説明を時間をかけてシギルに話した。
「へー、やっぱりギルの旦那って賢者だったんスねぇ」
「俺が考えた物じゃないぞ。知っていただけだ」
「知識があるから賢者なんじゃないッスか」
俺が考えたと思われたくなかっただけだが、シギルがしっかりそれを理解しているならうるさく言う事もないだろう。だが、この世界には無い技術だ。シギルにも出来る限り内密にしてもらうように後で言い含めておこう。
「それじゃあ、早速はじめよう」
「了解ッス」
それから俺達は二人でサスペンションの作成を開始した。
結果から言えば完成した。だけどかなり難航したが。色々素材を調べて挑んだつもりだったが問題が起き、試作品を完成させた頃には夕方になっていた。
その後二人で馬車に取り付けをし、町中を走ってみたがかなり具合が良い。
これで明日からの旅の不安が一つ消えた。後はタイヤだが、あまりにも大量に必要なために今は作ることができない。俺達で材料をダンジョンで集める事になるだろう。
それでも、今までよりは快適な旅になることは間違いないのだから、これで我慢しておこう。
これで準備は全て終わっているはずだ。明日にはこの街を出る。
「よし、これで心置きなく旅に出れるな。シギルも大丈夫だな?」
「えっと、それなんスけど、旦那に手伝ってもらいたいことがあるんス」
どうやらまだ俺は宿に戻れないらしい。
それにしても俺に手伝ってほしい事とはなんだろう?
俺は夜中に宿へ戻ってきた。エルとリディアはもう寝ている時間だろう。起こすのは悪いからそのまま自分の部屋へと入った。
あまりにも疲れていて食事を摂る気にもならないから、さっさと寝ようと思って服を脱ごうとしたところでドアがノックされた。
俺がドアを開けるとそこにはリディアが立っていた。
これはラッキースケベイベントがついに来たかと思いそうになったが、リディアの顔を見て真面目な話だと分かった。顎をしゃくり部屋の中へ入れた。
「疲れているのにすみません」
「いいよ。大事な話だろ?」
「……はい」
リディアを椅子に座らせて、俺がベッドに腰掛けると沈黙が流れた。
リディアの言いにくいことなのだろう。リディアが話し出すまで俺は静かに待った。
しばらく待っているとリディアが静かに話しだす。
「ギルさま達と一緒に旅をするからには話そうと思いまして」
「リディアが力を求めている理由だな?」
「!………はい」
リディアは物理攻撃が効かない敵がいるから魔法を覚えたいと言い、俺に着いてきた。その魔物の事だろう。それはリディアの素性を知ることにもなるに違いない。実は俺達はリディアの事をほとんど知らない。本人から話そうとするまで待っていたからだ。それを今話しておこうと言うのだろう。
「この国の南西に位置する国、ナカン共和国は元々そんな名前ではありませんでした」
現在このオーセリアン王国と戦争状態にあるナカン共和国のことだった。その国は元々違う国だったみたいだ。
「私はナカン共和国になる前のガウェイン国の王女でした」
それはよく聞く話だ。地球の物語でも亡国の王女の話はごまんとある。リディアはその亡国の王女だったのか。
リディアの話は続いた。ガウェイン国は王国と名前には着いていないがその実、王政の国だったらしい。
「私が言うのもなんですが、父は暴君だったと思います」
ガウェイン国は絶対王政で、ガウェイン2世、リディアの父は民や貴族を恐怖で支配していたみたいだ。逆らうものは斬首。自分の子供だろうと容赦しないそうだ。
そのガウェイン王と第三后の間の子がリディアだ。どうして第三王女と言わないのかと聞いたら、ガウェイン王がその区切りをしなかったみたいだ。后にだけ第一后や第二后と呼び、娘は全て同等に扱っていたらしい。容赦はしないと言っていたが、自分の子供に愛情を注いでいたのかもしれない。それが歪んでいたとしても。
ガウェイン王の子は全部で4人。全て女だったそうだ。姉妹の仲はかなりギスギスしたものだったらしい。それはガウェイン王が男子ではなく、娘でも王位を継がせると考えていたからだ。つまりは王位を争っていた。
「私は王位自体興味がありませんでした」
それは第一后の娘が一番ガウェイン王に可愛がられていたから、元々期待はしていなかったし、自分に貴族や民を支配出来るとは思わなかったからだそうだ。
だが、ある日。第四后の娘がある男を連れてきた。ブルート・ナカンと名乗った。今のナカン共和国の代表だそうだ。つまりはそういうことだな。
ブルートに国を奪われた。
そしてその奪い方はかなり残虐なものだったそうだ。そして不思議だったとも。
ある日ガウェインはいつものように玉座に座り、周りには王を守る兵や大臣が居た。リディアが記憶している限り毎日繰り返してきた日常そのものだったそうだ。
だが事件は起こった。周りに居た兵や、大臣が一斉に隠していたダガーでガウェイン王をめった刺しにしたらしい。数十年も仕えてきた者達が全員で直接手を下したというのだ。
確かにそれは不思議だ。謀殺するには毒物とか色々あるはずだ。
そしてガウェインが死ぬとその場にいた者達、全員がその場で自殺。その後は大騒ぎだ。
そして、王が死んだのだから次は誰が玉座に座るかという話になる。順当に言って第一后の娘だろう。
なにより第一后の娘も玉座を積極的に狙っていたのだから、内心、王が殺されたとはいえ急死して喜んだことだろう。
だが、その第一后の娘も殺された。その殺した犯人は死人だった。
殺した犯人は、ガウェイン王を殺した兵や大臣だという。死んで間もなかったから城の地下で棺桶に入れていたらしいが、そこから抜け出して娘を殺すとまた自殺したらしい。
この恐ろしい事件で第二后はすぐに王位を辞退。次はリディアの番だ。
リディアは迷っていた。リディアは剣術の稽古を常日頃からしていて、死人が蘇って殺しに来たとしても撃退する気でいた。ただ、王位を次ぐ気もなかったから迷っていたのだった。
そして答えを出さずに日々を過ごしていたが、ある日の夜。
リディアが寝ていると部屋の扉が勢いよく開かれ、何人か部屋に入ってきた。運良くまだ寝ていなかったリディアは近くにあった剣で戦ったそうだ。首をはね、腹を突き刺し、足や腕を切り落とした。騒ぎを聞いてやってきた兵がランプを近づけてみると、その刺客は王や、第一后の娘を殺した兵や大臣だったそうだ。
だが、首をはね、手足を切り落としたのだ。これで安心できる思った。だけどそうはならない。
次の日もその次の日も襲撃があった。同じ人物の死体が毎日襲ってきた。切り落とした首や手足が元に戻っていたそうだ。最後には死体を燃やし、灰にした。そうすると襲撃は収まった。
リディアは安心したが、もちろんまだ終わっていなかった。いや、寧ろ襲撃は増えたそうだ。それも露骨に。
昼に城の中を歩いていようが、寝ていようが関係なしに襲ってきた。今度は自分の世話をしていた者や、自分を守っていた兵達が。とうとうリディアは耐えられなくなり王位を辞退。そうすると襲撃は収まった。
「その後は第四后の娘が王位を継ぎ、ブルート・ナカンと結婚しました。そして結婚の次の日には第四后の娘はベッドで冷たくなっていました」
後はブルートが玉座に座る。それを期にリディアは国を出たらしい。それで今に至る。
「ブルートが何かをやっているのはわかっていましたから、私は冒険者になり色々情報を集めてみて、ようやくそういう魔物が存在することを知りました」
「ヴァンパイアだな?」
「そ、それをどこで?」
「今の話を聞いて勘で答えただけだよ」
「さすがですね。そのとおりです」
人を操り、殺しても死なない死者の軍団を作れるのは高位ヴァンパイアだと相場は決まっている。確かに相手がヴァンパイアでは物理攻撃は効かず、リディアが魔法を覚えたがるのも仕方がないだろう。
王を謀殺した時には既に相当数の眷属が周りにいたはずだ。リディアはすぐに逃げて正解だったかもしれない。だが、なぜ他の娘達は眷属にしなかったのか。非常食だった可能性はあるが……。
「それで復讐を?」
「いえ。冷たいようですが国の事はどうでも良いのです」
リディアが言うには、国が滅ぶ前からその兆候はあったみたいだ。恐れていた民は隠れて武器をを持ち、貴族達も密かに兵を集めていたそうだ。
リディアは自分の親が殺されたとはいえ、自業自得だとも思っていた。リディアを知らない者ならリディアを冷徹な人間だと思うが、今まで一緒にいる俺やエル、そしてシギルもそうは思わない。実父だろうと暴虐は許しがたかったに違いない。
「国を取り戻したいか?」
「前は少しそのような気持ちもあったのです。ですが、今の生活のほうが私には合っています」
「なら何故話した?別に聞かなくても俺達はリディアを仲間だと思っているぞ」
「そ、その、ありがとうございます。ですが、もしかしたら私を追って来るかもしれません。そうなれば皆さんにも危害があるかと思います」
俺達の心配だったのか。本当に優しい娘だと思う。危険は避けたいが、もう俺の近くにいるのだ。俺の近くにいる人ぐらいは安心させてやりたいと思う。
「それで?」
「いえ、ですから私がお側にいたら危険があります。一生お側にいると申しましたが、皆さんがお嫌ならば身を引きます」
「もし追ってきたら、焼き殺してやろう」
俺が口の端を上げながら言う。
「よろしいのですか?私は我儘です。この生活を捨てたくありません。ですから、ギルさまが気にしないのであればずっとお側にいますよ?ずっと危険がつきまといます」
「いいじゃないか。力をつけて、そのナカン共和国を滅ぼしてやろう」
俺は危険思想を持っているわけではない。だけどもし、俺の周りに少しでも危険があるなら根絶やしにしてやろうと本気で思っている。今は弱いし、大見得だ。だがまあ、なんとかするさ。
「本当によろしいのですか?」
「かまわん。それよりもう寝ろ。明日は忙しいぞ」
「わかりました。ギルさま、その、ありがとうございます」
俺は何事もなく手を上げ、あくびをすると布団に入る。リディアに気を使わせたくなかったから、気にしない振りをした。
リディアもそんな俺をみて、表情を変えないままお礼を言った。
そしてドアに向かって歩き出し、部屋から出ていった。
静かにドアを閉じると、外から声を殺すような嗚咽が聞こえた。
リディアはそれなりの覚悟をもって話したのだろう。
出会って間もない。それは皆同じだ。だけど、居心地が良いし、面白い奴らが集まっている。俺も最初は彼女達がついてくると言った時、邪魔だと思った。
だけど一緒に戦い、一緒に飯を食い、一緒に寝たのだ。日は短くとも情は湧く。
必ず護ってやる。
そう心に誓い、外から聞こえる嗚咽を聞きながら寝たのだった。