表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
239/286

最後の召喚者

 飛空艇をエミリーたちが運転していたことや、そこにクルスがいることにも驚いた。クルスは俺を嫌っていると思っていたが、今では魔法都市を手助けしてくれているそうだ。王国が悪辣な方法で戦争を仕掛けて来たことを知ったのが切っ掛けらしい。

 飛空艇の運転は多くの魔力が必要であるため、リディアとエルの二人では運用できない。できるだけ時間をかけず帝国へ援軍を頼みに行きたかったのもあり、4人を魔法都市に引き入れたようだ。

 リディアは飛空艇が機密であったため、4人を乗せるのに魔法都市の味方になることを条件にしたようだが、帝国に露見し機密の意味がなくなったからには条件も白紙に戻すべきだろう。

 それに、エミリーたちは厚意で魔法都市に手を貸してくれていたようだし、そこに付け込んでというのは気分が良いものではない。終戦後には4人と話をし、魔法都市に残るかを決めさせてやるか。

 さて、そんな4人の運転であっという間に帝国軍が戦う戦場の上空に着いた。いつものように地上から全く見えない高度で飛空艇を停止させる。当然、地上の様子なんて目視できない。だが、エルには見えるはずだ。

 エルに状況を聞こうと顔を向けて気づく。エルが難しい表情をしているのだ。戦況が良くないのだろうか?


 「……エル、帝国軍は押されているのか?」


 「わからない、です。たぶん、帝国の方が多い、です」


 多い……、兵士の数か?戦力が多いってことなら、優勢だよな。でも、だったらなんでそんな顔なんだ?

 やはりと言うべきか、エルの言葉には続きがあったようで、シリウスをチラチラと気にしながらおずおずと続ける。


 「でも……、ゆっくりと下がっている、です」


 下がっているってことは、押されているってことじゃないのか?でも、そうだったら初めに質問した時にわからないとは言わず、そうですと答えるはずだ。要領を得ないな。俺たちの視力でも見える距離に近づいたほうが話は早いか。


 「わかった、ありがとう。よし、飛空艇を近づけよう」


 「え?良いのですか?」


 「そうだ。コレをわざわざ教えてやる必要はあるまい」


 リディアは飛空艇の存在を秘密にするために色々と手を尽くしてくれたからか難色を示し、シリウスは軍を出すことで情報を得たから不満のようだ。


 「帝国に露見したなら、直に他の国も気づくだろう。だったらこの際、大々的に登場させて価値を釣り上げてやる」


 俺を見ていたシリウスがニヤッと笑い「悪い顔だ」と呟いた。おっと、顔に出ていたか。


 「だが、それでは軍を出した帝国が損ではないか?」


 「損はさせないよ。まあ、それはいずれ話す。今は……」


 「ああ、我の軍を優先しよう」


 俺は「仕方ない」と肩をすくめるシリウスを横目に、飛空艇の高度を下げる指示を出した。



 「なんだこれは」


 地上の様子が見える距離にまで近づいて、思わず口から溢れる。エルが曖昧に答えていた意味がわかった。


 「王国は……、千人程度の兵力ッスね」


 シギルが指で輪っかを作って「百、二百……」と数えた後、大体の王国の兵数を口にした。遠目から見て指の輪っか一回に収まる数を100人と定めたようだ。相変わらず大雑把な性格だな。


 「対して、帝国は……」


 エリーが目を細めて帝国軍に視線を向ける。その仕草は何を思ってのことだろうか?無様ね、と辛辣なことを考えていないと信じたい。

 帝国軍の兵数はシリウスから聞いている。魔法都市の援軍としてシリウスが連れてきたのは5万人。法国に比べたら少ないが、チートな王様がいるのだからこれでも多いぐらいだろう。

 だけど問題はそこじゃない。王国軍千人に対し、帝国軍五万が押されていることが問題なのだ。

 ならば何故、圧倒的な数的有利である帝国軍が押されているのか?

 それはおそらく、王国軍側が有利な戦場を選んだからだ。今両軍が戦っているのは橋。馬車二台がすれ違えるほど幅がある石橋。

 自由都市と帝国を隔てる山脈から流れる水は、合流して王国南西の海まで伸びる巨大な河になっている。そして、法国の雪山からも川が流れておりこの巨大な河と合流していて、王国の東西はこの河で分断されているのだ。東側から西側にある王都へ行くためには必ずこの河を渡る必要がある。

 河を渡るための橋はいくつもあるが、その中でも流通や行軍に使われるほどの丈夫で広い橋は2つしかない。法国側にある北と、帝国側の南。

 たとえ魔法都市から帝国軍が出発したとしても、山々が数多くある北側ではなく行軍しやすい南側の橋を目指す。待ち伏せるにはもってこいの場所だ。

 限られた人数でしか戦えない橋の上でならば兵数の差は関係ない。よく考えられているな。

 とは言え、50倍近い戦力差は到底覆せるものではない。それを可能にする人物がいるとすれば……?


 「王国の英雄か」


 帝国軍を押し返せて、帝国の英雄シリウスがいた場合の当て馬。俺と同じく異世界から召喚された最後の一人。王国の英雄しかないだろう。


 「あそこに王国の英雄がいると、ギル様は考えているのですか?」


 「シリウスが鍛えている兵隊だ。そんじょそこらの兵士共に負けるとは考え難い。それを可能にするのは英雄クラスがあそこにいるから、と考えるのが自然だろ?」


 俺がこう言うと、シリウスも同意して頷く。


 「妥当だな。それに、我の代わりにガイアが軍を率いている。大抵の相手ならば負けまい」


 ガイア?どっかで聞いたことあるな。……ああ、あれか。シリウスとレッドランスの二人と会談した時に、シリウスの心配もせず豪快に笑っていたヤツ。シリウスが護衛として連れてきたのだから信頼している人物ってことか。

 そのガイアという人物がいても、王国軍に打ち負けそうになっている。やはり王国の英雄がいると仮定するのが正しい。


 「王国の英雄がいると仮定した上で、どうするかだな」


 話を聞いていた仲間たちが一斉に首を傾げる。強行突破ばかりしていたからか、それともシリウスという絶対的な強者がいるせいでか、作戦というものを忘れてしまったらしい。

 俺は橋の上で戦う王国軍の後ろを指差す。


 「俺たちが背後から攻めれば逃げ場は完全に失われる。完璧な挟み撃ちだろ?」


 俺が作戦の一つを挙げると、ようやく原始的な思考から戻り、『策』という言葉を思い出したみたいでそれぞれが思案顔になっている。

 シギルが何かを思いついたのか、ぽんと手を叩いて満面の笑顔で俺の方を向いた。


 「旦那が魔法で王国軍ごと橋を落としても良いッスね!」


 「いや、暴力的過ぎるだろ。というか、橋を落としたら帝国軍が進軍できなくなるから却下だ」


 「そ、そうッスか」


 「それに俺の魔力はまだ三割程度しか回復していないから、できれば魔法は使わない方向で」


 俺が『狂化スキル』から開放されてまだ1日。丸々一日眠っていたらしいが、魔力を回復できたのは三割ほど。総魔力量が多いから仕方ないけれど、完全回復させるには単純に計算して三日ほど必要だ。魔力回復は寝るのが最効率だが、ずっと眠れるわけもないから五日は掛かるかもしれない。

 王都へ着く頃までに魔力を回復させたいから、ここで魔法を使いたくないのが本音だ。

 まあ、仲間たちに色々と作戦を考えさせたけど、圧倒的な戦力であるシリウスがいるなら挟撃が最適解だと思う。王国軍は逃げ場を失い、背後からじわじわを戦力を削られていく。もしかしたら恐怖で自分たちから河に飛び込んでくれるかもしれない。策というほどでもないが、かなり良い手だろう。

 しかし、シリウスは賛同しないと首を横に振った。


 「挟撃の必要はない。軍に合流し、正面から王国軍と戦う」


 「本気で言ってんのか?シリウスの強さを信じているから言うけど逃げられるぞ?」


 「それで良い。挟撃をした場合、逃げ道は河だけではないからな。我の軍の方へ逃げられては犠牲が多くなる。ならば、背後の逃げ道をわざと開け、好きに撤退させてやれ」


 なるほど。シリウスがいる方へ撤退するより、五万の軍勢の方へ撤退したほうが生き残りやすいと考えるかも知れない。なんか凄いこと言っているけど事実だからなぁ。

 シリウスは帝国軍の犠牲者を減らす方を選ぶってことか。まぁ、シリウスがそれで良いならそうするか。


 「じゃあ、飛空艇を帝国軍側の地上に寄せるぞ」


 「ああ」


 仲間たちも頷いたのを確認したあと、飛空艇をさらに地上へ近づける。

 空を飛ぶ船が地上にいる帝国軍にも目視できたのか、驚いている姿が窓から見える。それに構わずギリギリまで寄せてから、箱に乗って地上に降りると帝国兵に取り囲まれてしまった。

 あー、そうか。飛空艇の存在が帝国にバレたとは言え、兵士の末端にまで知らせることはしないか。しまったなぁ。もう一度箱を浮かばせようとしたら、攻撃されそうだ。

 慌てて外から見えるようにシリウスを窓の近くに立たせて事なきを得る。

 今回、仲間たちにはこの箱を守ってもらうために残らせた。……今までずっと戦って来たんだから、今回ぐらいは戦いがないお留守番だ。

 シリウスと一緒に外へ出ると、戦い最中だというのに「陛下!」と言いながら兵士たちが次々と跪いていく。それに加えて、一際大きい人影が「王よ!」と大声で駆け寄ってきた。

 ……見覚えがあるな。ガイアか?


 「王よ!戻られましたか!」


 「ガイア、状況は?」


 やはりそうみたいだ。状況はどうだと聞かれたガイアはシリウスから視線を外すと、俺とシリウスのさらに背後、最後方へと顔を向ける。そこには何十人も地面に寝ていて、数人が慌ただしく応急手当をしている姿があった。最前線と後方である救護所の距離が近いのは、それだけこの戦いが勃発的だったからだろう。


 「とんでもない戦士がおりますな。重装備の兵士たちでも歯が立ちません。今は少しずつ最前線を下げることで被害を減らしつつ、その戦士を疲れさせる作戦に切り替えたところです」


 「ふん、やはりそうか。貴様の予想通りだな」


 「そうだな」


 「そちらは……、おおっ、魔法都市代表殿でしたな!ガハハ!ご無事で何より!」


 いつもの俺なら「バカにしてんのか」と考えるところだが、彼が豪快に笑う姿に対してはそういう気持ちにはならない。態度や話し方の抑揚で素直にそう思っているとわかるからだろうか。


 「ありがとう、ガイア殿」


 俺が礼を言うと、ガイアは何度も大きく頷く。本当に喜んでいるみたいだ。裏表がないからシリウスも信用しているのだろうな。


 「それで、ギル代表殿の予想とは何ですかな?」


 「ギルはその戦士が王国の英雄ではないかと考えたようだ。ガイア、どう思う?」


 ガイアは「うぅむ」と唸ったあと、「あり得ますな」と呟いてから説明してくれた。

 王国兵の多くが弓兵らしく、その戦士が一人で先頭に立って戦い、後方から矢を射る戦法だそうだ。その戦士さえ討ち倒せば残る弓兵はどうでもなるらしいが、その戦士が倒せず手も足も出ない状況だとガイアは困った顔で笑う。

 五万の兵士の圧力を物ともせず、実質たった一人で戦況を支えられるのは英雄クラスしか考えられない。


 「ふん、ならば我が討とう」


 「おおっ、王よ!やってくれますか!」


 いや、止めろよ。シリウスが負けたら劣勢とかじゃなく、帝国の危機になるんだぞ?まあ、俺もシリウスが負けるとは思えないから、ガイアもこういう反応なんだろうけど……。調子狂うな。


 「行くぞ、ギル」


 俺の心配を他所にシリウスはずんずんと先に行ってしまう。というか、いつの間にか俺も一緒に行くことになってるし。シリウス一人で十分なんだから、俺は後方で見ているだけで良かったんだけど……。まあ、良いか。召喚された最後の一人を見ておくのも良い。

 そう言い訳することで心の平静を保ちながら、シリウスの後を付いていく。

 シリウスが進むと兵士たちが「陛下!」と歓声を上げながら十戒のように道を開け、自分たちの盾をシリウスと俺の頭上へ傘のようにしてくれる。その間を通り、俺たちは先頭へ出た。

 そこにはガイアの情報通り、一人の男がいた。

 二メートル近い身長に、ボディビルダーのような筋肉。短い金色の髪に青い瞳。バカでかい無骨な大剣を片手で持ち、荒い息を吐きながら俺とシリウスを睨んでいる。

 ……どう見ても日本人じゃない。そこにびっくりだよ。そりゃあ、俺が勝手に召喚対象は日本人だけって思い込んでいたかもしれないけどさ。

 帝国兵たちが陛下と叫んでいたからか、王国軍もシリウス皇帝だと理解したらしく動揺が伝わってくる。

 シリウスはいつものように不敵な笑みを浮かべている。


 「帝国皇帝、シリウスであるぞ。平伏せよ」


 この言葉で友軍の士気が最高潮に上がるのを感じ、敵軍からは怯えを感じた。

 王国英雄の反応はというと。


 「ガァアアアアアアア!!」


 吠える。威嚇なのかそれとも自らを奮い立たせるためか。どちらにしろ、彼に対しては戦わずに降伏させることはできなさそうだ。

 シリウスは「ふん」と鼻で笑うと俺を見た。


 「同じだな」


 「何がだ?」


 「貴様の狂化とそっくりだと言っている」


 シリウスはそう言って口角を上げる。

 ……まさか、バレてる?王国の英雄は召喚された異世界人だっていうのは有名な話だ。召喚は失敗し、一人しか呼び出せなかったと噂になっているはず。しかし、俺の狂化状態を見たからか、俺も召喚された異世界人だと推測したようだ。俺と似たように我を忘れる王国の英雄を、偶然とは片付けられないからな。……しかし、それでもシリウスの言い方は確信しているように思える。まさか俺たちの他にも同じスキルを持っている人物に心当たりがある、というのは考えすぎか。さすがに自分から教えるような馬鹿な真似はしてないよな、アーサー?

 まあ、バレたらバレたで構わないか。俺が異世界人だと知っても、シリウスが態度を変えるとは思えないし、もはや危険なのは王国だけだ。今回の戦争で打ち負かせば問題ない。

 でも、素直に教えてやることもない。曖昧に答えることにしよう。


 「俺は自分の状態なんてわからないからな。そんなに似ているのか?」


 肯定も否定もせず、嘘も言わない。だからか、シリウスはつまらなさそうに息を吐いた。


 「上手い逃げ方に感心するぞ。まあ、良い。先にヤツを片付けるとしよう」


 シリウスはそう言いながら、王国の英雄へ視線を戻す。俺も同じように王国の英雄へ視線を向けた。

 だが、さっきまで立っていた場所に王国の英雄の姿はなかった。

 消えたわけではない。王国の英雄は飛び上がっていたのだ。彼の身長ほどある大剣を振り上げながら、俺たちとの距離を詰めるように軽々とジャンプしていた。

 挨拶も会話もなく、なんの前触れもなく、突然に戦闘が開始されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ