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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
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目覚めのあと

 暗く深い、底の底。何も見えない漆黒の闇の中で、俺は一人ぽつんと立っている。

 見渡すかぎり何もなく、どこかもわからない場所でたった一人という状況、普通だったら激しく動揺し、悪態をついているかもしれない。であるのに、冷静なのはこれが二度目だからだろう。

 一度目は石化していた時。それから一瞬と言っていいほど短い時間だけ現実に戻り、再びここへ来た。実は現実に戻ってなどおらず、ずっと一度目の続きだったのではとも思ったが、衝撃的なあの光景を忘れるわけはない。

 ティリフスの死。本体である鎧が壊されれば憑依しているティリフスの精神体は留まれない。現実世界に戻りたいからと言って、俺がそんな想像するわけもない。あれは現実だった。

 まあ、どうしてこうなったのかは何となくわかっている。

 ティリフスが死んだ怒りや悲しみで、俺が我慢出来る限界を振り切ったのだ。『狂化スキル』によって本能が体を支配した。文字通り、怒り狂っているのだろう。

 俺の意識が心の奥底に閉じ籠もった結果がこの状況だ。とても現実的な考えではないが、そう予想せざるを得ない。これもスキルなんて不思議能力があるファンタジー世界特有の産物なのだろう、と考えるしかないのだ。映画やアニメで表現されるような精神的な描写など実際にあるわけがないからな。

 俺がずっと怒りを抑え込み、『狂化スキル』の発動に危機感を覚えていたのは、何となくこうなるのではと予感していたからだろう。

 ヴィシュメールの街付近の森でリッチと戦った時にほんの一瞬だけど我を忘れたのが、危機感の原因だと思う。だけど、あの時はすぐに体の自由を取り戻したけど、今回は違うみたいだ。

 これはかなりまずい状態ではなかろうか。

 あんなメチャクチャな行動を気が済むまでやり続けるってことだろう?魔法を使えるならばそんな心配はないのだが、魔法陣を作り出すような繊細な魔力操作が怒り狂った状態できるのだろうか?

 ああっ、もうわからん!なんせ何も見えないんだからな!!リッチの時のような浅い無意識ではなく、かなり深くまで意識を閉じ込めているせいか、俺の体が今何をしているかも見えないんだ。考えても無駄だ。

 俺が今すべきなのは、意識を浮上させて体の自由を急いで取り戻すこと。……なんだけど、どうすればいいかもわからん。自分で言っておいてなんだけど、意識を浮上させるって何?どうすればいいの?


 うーん、とずいぶん長い間悩んでいると、どこからともなく声が聞こえた。声のする方向を探っていると、どうやら上から聞こえるみたいだ。

 いったい何を言っているのだろう?


 「ギル」


 ああ、これはティリフスの声だ。………いや、聞こえちゃダメな奴の声じゃねーか。もしかして俺って死の淵にいる?三途の川的な向こう側からお迎えか?

 やべぇ!と思っていると、俺がいる位置に光が差す。まるで真っ暗な舞台にスポットライトで照らすような光。

 真上から差す眩い光を見上げ、思わず目を細める。


 「ウチ、生きてるよ。せやから、ギルも目覚めてよ」


 ティリフスが生きている?鎧が壊されたから死んだと思っていたけど、そうじゃなかったのか?

 ああ、良かった。本当に良かった。

 ティリフスが死んでいなかったことにホッとすると、体が軽くなったような感覚になる。まるで浮かび上がるようなそんな感覚。

 だけどそれは決して感覚的なことではなく、実際に浮かび上がっていた。光の方へと近づいているのだ。

 どんどん近づいていくと、光の正体がわかった。

 手だ。真っ白で細く、女性らしい綺麗な腕。それが光を帯びているのだ。

 その手が俺へと差し出されている。

 俺はなんの躊躇いもなく、その手を掴んだ。

 すると、ぐいっと引き上げられ、気がつけば青い空が広がっていた。

 周りには仲間たちの顔。リディア、エリー、シギル。エルは近くに居ない。

 三人は俺の体を押さえつけるようにしがみついている。どうやら俺は地面に倒れているようだ。

 何してんだ?そう声を掛けようとした瞬間、体中に激痛が走る。指、手の甲、手首、肩、足首、膝、脇腹、頭、首、背中。いや、痛くないところを探すほうが少ないまである。

 それに、三人が力いっぱい押さえているのが、更なる激痛を生んだ。

 こりゃダメだ。耐えられない。

 そうして俺は意識を失った。


 どこかに運ばれている感覚で目覚め、また寝る。短い覚醒を何度か繰り返していると、誰かが近くで騒ぎはじめ、はっきりと目が覚める。


 「ほぅ?ほほう!ふははは!」


 間違いない。この呵々大笑はシリウスだ。

 まだぼーっとしているのか、体が動かない。首だけを動かして声のする方を見ると、シリウスが窓の外を覗く姿があった。

 それに騒々しい風音と、木が軋むような音には聞き覚えがある。どうやらここは飛空艇のようだ。


 「ギルめ!この我にこんな物を隠しておったか!これから世界は変わるぞ!大航空時代の始まりだ!」


 「大航海時代じゃねーのか……」


 思わずツッコミを入れれば、目覚めたことに気がついたシリウスが俺へ顔を向ける。


 「気がついたか、ギル!ふん、それに狂化状態ではないようだな」


 やはり俺は狂化していたようだ。なぜシリウスが機密扱いである飛空艇にいるのか不明だが、魔法都市に手を貸してくれたのだろう。狂化状態と言っていることから、俺のスキルのことも知ったみたいだ。


 「ああ、完全に覚醒した。狂化していない」


 そう言いながら起き上がろうとするが、全く動かない。どこかに異常があるのだろうか、と自分の状態を確かめるために視線を下に移動させ驚く。

 体の異常ではなく、ロープで縛られているから動かないのだ。ベッドごとガチガチに縛り付けられている。


 「何だこれは?」


 俺の視線で何が言いたいのか通じたのか、シリウスは頷きながら説明してくれた。


 「ああ、貴様が目覚めた時、まだ狂化している可能性を考えてそうしたのだ。が、その心配はないようだな」


 シリウスはそう言いながら剣を抜くと、俺を縛り付けるロープを切ってくれる。俺は起き上がると、凝り固まった体をほぐすように伸びをする。


 「それで、一体どうなったんだ?」


 一度目は魔法都市城の裏庭で、二度目は青い空と仲間たちの顔。そして、飛空艇の中。どうしてこうなったのかさっぱりわからない。魔法都市はどうなったのか。王国との戦いはどうなったのか。状況を把握する必要がある。

 だが、シリウスは首を横に振って説明を拒否。


 「それは我ではなく、貴様の仲間に聞いたほうが良い。我の説明では断片的過ぎて余計に理解できまい」


 なるほど、その通りだ。シリウスが救援に来たのは予想できるが、状況を把握するには全てを知っている仲間たち聞いた方が手っ取り早い。

 シリウスは「待っていろ」と言い残すと部屋から出ていく。すると、すぐに仲間たちが慌ただしく駆け込んできた。


 「ギル様!!」

 「お兄ちゃん!」

 「旦那!」

 「ギル!」


 リディアたちが俺の顔を見ると笑顔になる。俺が狂化状態ではないことにも安心したのか、安堵するような笑顔だ。

 俺も彼女たちが無事だとわかってほっと息を吐いた。


 「無事だったか。………ティリフスは?」


 ティリフスの姿はない。あの精神世界で俺を呼び戻したのは間違いなくティリフスの声だったが、あれが夢の可能性もある。彼女の無事を確認したい。

 すぐに呼んできてほしいと頼むと、何故かシギルはポケットに手を突っ込んで、布で巻かれている何かを取り出す。布を優しく開くと、そこには真っ赤な宝石があった。


 「ここにおるよ、ギル」


 宝石からティリフスの声がして唖然としてしまう。鎧姿を想像していたから尚更だ。

 ティリフスの話によると、どうやら本体は鎧ではなくこの宝石だったようだ。本人も鎧が憑依していた物だと勘違いしていたらしく、鎧が壊されても意識があることに驚いたようだ。

 そして、俺を精神世界から呼び戻したのは、やはりティリフスのようだ。精神体であるなら、精神世界で引きこもっている俺を呼び戻せるかもしれないと試してみたら、成功したらしい。


 「そうか、助かったよ、ティリフス」


 「ええよ」


 「でも、その宝石のままじゃ不自由だろ」


 「今すぐには無理っすけど、魔法都市に戻ったらスペアの鎧に取り付けてみようってことになっているッス」


 ああ、ティリフスが俺の説教から逃げ出すために、シギルに作ってもらったあの鎧か。だが、あれはただの鉄製だし、防御力が少々心配だ。再び鎧を動かせるか試してみて、成功したらミスリルで新しい鎧を作ったほうが良いかもな。

 

 「ティリフスが無事で本当によかった。しかし、そればかりを心配しているわけにはいかない。今までのことを聞かせてほしい」


 俺の言葉に仲間たちは頷き、石化してからのことを聞かせてくれた。

 ホワイトドラゴンに石化解除薬を聞きに行ったこと。魔法都市と王国の攻防。リディアが帝国に向かったこと。ダンジョンの外で起きた戦い。石化が解け、狂化した俺がした行動。

 仲間たちが語る長い長い話を、俺は相槌を打ちながら聞いた。


 「そうか、よく頑張ったな。皆がいなかったら俺は間違いなく死んでいたし、魔法都市も負けていたな。皆を仲間にして、本当に良かった」


 俺がそう言うと、仲間たちは一様に目に涙を浮かべながら微笑む。普段は無表情なエリーもだ。

 仲間たちの笑顔を見た瞬間、ドクンと心臓が波打って、俺は意味がわからず首をかしげる。

 彼女たちを愛しく感じた?いつものように自分の娘のようにではなく、女性として?……まさかな。

 考えを振り払うように頭を振って、話を続ける。


 「……それで、俺が意識を失ってからどうしたんだ?」


 「ギル様が気を失ってからですか?全員でオーセブルクへと運びました」


 何でもかなり酷い状態だったらしい。全身骨折と打撲だらけで、出血も相当だったみたいだ。すぐに治療しなければならず、オーセブルクの街の医者へ運び込んだとリディアは話す。

 医者なんていたのか。治癒ポーションがあるから医者という職業はないと思い込んでいた。

 俺も骨折は治癒ポーションでは治せない事は知っている。何故かアーサーは骨折も治っているようだが、あれはただ思い込んでいるだけだ。ある意味凄いよな。

 医者はどうやって治療するのかといえば、わざわざ切開して折れた骨に直接治癒ポーションを使用するらしい。

 なるほど、切断した手足がくっつくのだからそういう施術になるのか。

 そうやって完璧に俺を回復させてから飛空艇に移動させたらしい。

 俺の狂化状態が回復しているかはわからなかったから、一応ベッドに縛り付けて様子を見ることにしたのが、起きたときのあの状態だったようだ。


 「俺が狂化したままで、シギルやエリーから聞いた状態だったらロープで縛り付けても危なかったんじゃないか?」


 俺は魔法都市の街を占領する王国軍を、僅かな時間で殲滅したようだ。タザールの予想では無属性魔法による肉体強化らしいが、それが本当ならロープ縛る程度では意味がない。飛空艇が壊れたら乗っている全員が大空へと放り出されてしまう。危ないどころの騒ぎじゃない。


 「皆で交代しながら、見張ってた、です」


 「医者から眠る薬ももらった」


 エルとエリーの言葉は分かりづらかったが、どうやら鎮静剤片手に交代で見張っていたようだ。俺が目覚めて暴れだしたら、ロープを引きちぎられる前に飲ませるつもりだったらしい。

 眠らせたまま目標である王国首都まで連れて行き、好き勝手暴れさせる予定だったと。……生物兵器みたいな扱いだな。


 「じゃあ、今は王国首都を目指しているわけか」


 「その前にシリウス皇帝を帝国軍へと送り届けている最中ッス」


 「あー、それでシリウスが同乗しているのか。しかし、なんであいつが飛空艇のことを知っているんだ?」


 俺が疑問を口にすると、リディアがさっと目を逸らす。リディアが犯人か。

 リディアに問いただすとおずおずと説明してくれた。援軍を出すための条件にされたようだ。

 まあ、いずれバレたと思うし、仕方ないよな。ちょっとだけ早すぎけど、帝国軍の援軍は非常に助かったからな。

 俺が「気にしなくていい」と声を掛け、ホッとしているリディアを見ていると、そのシリウスが部屋へ入ってきた。


 「話は済んだか?」


 「ああ、迷惑かけたみたいだな」


 「良い。それより、そろそろ我の軍がいる付近ではないか?」


 シリウスがそう言ってエルに視線を送ると、エルは慌てて駆け出して窓から外を覗く。

 ……しっかりと教育されたようだ。おっとりとしているエルでも、シリウスが怖いらしい。


 「………もうすぐ、です」


 「ふん、奴らもまだまだか。これだけしか行軍出来ていないとはな」


 シリウスは帝国軍をオーセブルクでの戦いに参加させず、そのまま王都へ向かわせたようだ。無傷の軍であるのに、行軍速度が思っていたより遅いことが不満らしい。

 だがそれを否定するように、エルは首を横に振る。


 「違う、です。戦って、います」


 行軍速度が遅いのではなく、王国軍に足止めされていたようだ。帝国軍は現在戦闘中らしい。


 「なんだと?あれの他にまだ軍が残っているとは予想外だ」


 魔法都市を攻めてきた王国軍は100万近かったと聞いた。王国中から掻き集めたと思ったが、どうやらまだ兵力はあるらしい。それだけの兵数を持っているのは、たしかに予想外だ。

 これだけの力を蓄えていたことを考えると、王国は大陸全てを敵に回すつもりだったのかもしれない。

 まあ、あちらもシリウスの強さは予想外だったようだけど。

 シリウスは俺の方へ顔を向けると、ニヤリと笑う。


 「悪いが、少し我に付き合ってもらうぞ、ギル」


 仕方ないよな。シリウスには助けてもらったし、友情を壊さないために王都は後回しにしたほうが良い。

 そうして俺たちは帝国軍が戦う戦場へと向かった。

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