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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
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解決

 作戦は決まった。とは言っても、作戦と言えるものではなかったが。

 実のところ、アーサーの身体を張った実験は、全く参考にならなかったのだ。アーサーが倒れた時には、ギルは少し腰を落として右拳を胸元まで戻した姿勢で、右ストレートだったのだろうと推測できた程度。

 攻撃を察知して振り向く、構える、拳を振りかぶり、攻撃、当てた拳を引く。この5つの行程が見えないほど速い動きなのだ。

 シリウスとエルだけは見えていたが、手を貸す気がないシリウスと、近接戦闘が不向きのエルではどうしようもない。

 それに、シギルとエリーは魔力が回復しておらず魔法武器は使用不可で、リディアの魔法武器は気絶させるには適していないのもあって、作戦は単純なものになった。というより、いつも通りのエリーが盾で防ぎ、リディアとシギルが攻撃で、エルは援護するという大雑把なもの。

 しかし、彼女たちが最も多くやってきた連携でもある。これで無理なら本当に八方塞がりなのだ。

 エリーがギルの正面に立ち、リディアとシギルが左右に、エルが背後に立つと準備は完了した。


 「何としてもギル様を正気に戻しましょう」


 リディアが声を掛けてから三人と視線を合わすと、シギル、エリー、エルが頷く。


 「ッス」

 「ん」

 「……はい、です」


 「では、始めましょう」


 リディアの合図でまずエリーが動く。

 エリーはショートスピアをくるりと回して穂先近くを握ると、石突きをギルに向けて突き出す。

 ギルは避けながら左腕で柄に触れ、まるで滑らせるようにしながら前へ出る。エリーとの距離を一瞬で縮めると、閃くような右ストレートをエリーの心臓目掛けて繰り出した。

 目にも留まらぬ攻撃だったが、エリーは盾をずらして防御。ゴンッという音とともに衝撃で跳ね上がりそうになる盾を、エリーは必死に押さえる。

 避けられることも、反撃されることも知っていての罠。リディアからギルがカウンターを得意としていたという情報を事前に聞いていたのだ。

 初めからエリーの目的はギルの攻撃を受けること。槍攻撃でうまくギルの反撃を誘うことに成功した。

 エリーがギルの攻撃を防ぐと、次はリディアだ。

 リディアは鞘に収めたまま、八相の構えを取っていた。それをギルの背中目掛けて薙ぎ払う。

 まるで木こりが大木を切り倒す時のような薙ぎ払い。回避し難く、当てることだけを重視した攻撃。さらに、エリーが向かってくる刀の方へとギルを盾で押して援護する。

 その上、シギルも追撃しようとしていた。低い背をさらに低くさせてリディアの攻撃が自分に当たらないようにしながら、シギルは拳を振りかぶっている。もしギルがシギルの方へと逃げた時のためだ。

 しかし、ギルの行動は彼女たちにとって予想外のものだった。

 ギルは回避どころか左腕で刀を受け止めたのだ。ドゴッと鈍い音がしたが、ギルは構わないと言わんばかりにリディアの方へと進むと、リディアの顎を狙って右ストレートを繰り出した。

 斬らないために鞘に収めているが、当たれば打撲や骨折、当たりどころが悪ければ致命傷にもなりえる。当然避けるだろうと思いこんでいたのもあり、受け止めたことに驚いてリディアの反応は遅れてしまう。

 動揺したところに、完璧なタイミングの攻撃。リディアも直撃を覚悟した。

 しかし、ギルの拳はすれすれで空振る。直前でシギルのパンチが当たってそれたのだ。

 シギルのパンチは無理矢理だったのもあって態勢が悪く痛手を与えるほどではなかったが、それでリディアは命拾いした。

 リディアはすぐにギルから距離を取り、ドッと額から吹き出した冷や汗を拭う。


 「助かりました、シギル」


 「ッス」


 お礼をしている間も油断はせず、ギルを警戒する。


 「エリー、仕切り直しましょう」


 「ん」


 エリーがギルから離れ、同時にシギルも距離を取る。

 ギルは三人を追わなかった。刀の薙ぎ払いを受けた左腕は、骨折したのかダラリと下がり、右腕だけでファイティングポーズを取ったまま動かない。

 それを見て、ほんの少しだけリディアがギルに怪我を負わせてしまった罪悪感で辛そうな表情になるが、ふぅと息を吐いた後は元の真剣な顔に戻っている。手加減は必要だが、集中力を途切れさすのは別問題だと理解しているのだ。リディアは再び集中力を研ぎ澄ますように刀を握り直した。

 その気迫が伝わったのか、エリーとシギルも気を引き締める。


  ――――――――――――――――――――――――


 一方で手を出せばギルがただでは済まないと話すシリウスは、少し離れた場所で様子を見ている。その近くには今回の攻撃に加わらなかったエルもいた。

 シリウスはリディアたちから視線を外さないまま、エルに声をかけた。


 「貴様は攻撃しないのか?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、エルはビクッと肩を震わせて恐る恐るシリウスへと顔を向け何度か口を開け閉めしたあと、絞り出すように答えた。


 「こ、攻撃する暇が、なかった、です」


 そう答えたエルへ、シリウスは視線を移す。確かめるようにエルの顔をじっと見つめ、しばらくすると機嫌が悪そうに息を吐いた。


 「我は貴様の戦いを見た。敵が複雑な行動をする戦場で、味方に当てずに的確な援護をするのをな。であるのに、この単純な戦いで攻撃する暇がないだと?その言葉が嘘であることは貴様の表情ですぐにわかる。この我に欺瞞は通じんぞ。何故か正直に答えよ」


 エルは助けを求めるようにリディアたちの方へと顔を向けるが、その途端、足をすくませるような殺意が突き刺さる。


 「この我が問うたのだ。顔を背けることなど許さん」


 エルはゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと顔をシリウスの方へ戻す。

 シリウスの表情はさっきと変わっていない。しかし、気配は全く別物になっていた。黙っていることが罪であると思わせるほどの気配に。

 エルは自分を奮い立たせるために、ギルに作ってもらったクロスボウを強く握る。


 「エ、エルは、お兄ちゃんに攻撃したくない、です」


 正直に答えるとシリウスから発していた威圧がふっと和らぐ。それにエルはホッと息を吐いた。だが、この後のシリウスの言葉は、緩和された気配とは逆に辛辣なものだった。


 「ならば貴様はギルの仲間でも、あそこで戦う者たちの仲間でもないな」


 「そんなことない!……です」


 「もし我の所有物に手を出せばギルが死ぬとわかっているのに、必死で止めないのは仲間ではない。リディアたちもそうだ。ギルの攻撃は死ぬことはなくとも非常に危険だ。それを助けないのでは仲間とは呼べんだろう」


 「……」


 「貴様が臆病であるのは瞭然。が、場合によってはそれが裏切りになると心得よ」


 エルは悔しそうに目を落とす。だが直ぐにキッと顔を上げるとクロスボウをギルに向けて構えた。

 それを見たシリウスはフンと鼻で笑い、「無礼を赦そう」と呟くとまたリディアたちの戦いに集中した。


  ――――――――――――――――――――――――


 シリウスがエルに分かりづらい言葉で発破をかけている頃、シギルは自分が役に立たないのではと焦っていた。

 エリーはギルに攻撃を当てられるほどの速度はないが、足止めと反撃を止める防御力がある。リディアは攻撃を当て、反撃にもギリギリ反応することが出来た。初見で反応が遅れてしまい危険はあったが、次はきっちりと反応して避けることが可能だろう。

 しかし、シギルは攻撃を当てることが出来ても、ギルの捨て身の反撃を回避する自信がない。反撃を食らってしまえば気を失って戦闘不能なのだから、考えなしに攻撃することはできないのだ。

 そんな焦りを振り払うように軽く頭を振り、戦いに集中しようとするとどこからともなく自分を呼ぶ声が聞こえた。

 シギルは目だけで周りを見渡す。だが、リディアもエリーもシギルを呼びかけてなどおらず、距離が離れているエルやシリウスも呼んでいるようには見えない。

 気の所為かと再びギルに視線を戻すが、やっぱり自分を呼んでいる声は続いている。

 耳を澄ませてどこから聞こえるか探っていると、自分の腰辺りから聞こえてくるのだ。一瞬なんでかわからなかったが、その理由をすぐに思い出す。

 ティリフスだ。本体である宝石が傷つかないように、布で巻いてポケットに突っ込んだせいで声が聞こえづらかったのだ。


 「シギル、シギル」


 「なんスか?今すごい忙しいんスけど」


 「もしかしたらウチが手伝えるかもしれへんよ?」


 「鎧もないのにッスか?」


 「うん」


 「………一応聞くッス。時間がないから手短に」


 ティリフスの手伝えることとは、戦いに役立つことではなかった。しかし、ギルを正気に戻せるかも知れない方法だ。

 ギルを気絶させたとしても正気に戻るかはわからない。スキルによって理性を失わせているのだから、気を失ったとしてもスキルでその状態が続くかも知れないのだ。しかし、どちらにしろそれは精神的なことだ、とティリフスは話した。


 「……だから何スか?」


 「ウチ、精神だけの存在なんやけど……」


 「!」


 シギルはすぐにティリフスが何を言いたいか察した。だからこそ、ティリフスに続きを促した。

 すると、ティリフスは早口で、しかし丁寧に説明した。

 精神、つまり心。怒りや憎しみで狂気的になっていて、それが正気を失うや理性を失うという言葉で表現されていても、心の中から理性が消えたわけではない。ならばそれを表面まで上げてやればいいのだ。

 普通なら声や痛みで引き上げることも出来るが、それを狂化スキルが届かなくしているのが今のギルだ。だが、ティリフスのような精神だけの存在が、ギルの精神に話しかければどうなるか。

 ティリフスの声は、ギルの精神の奥底にある理性に届くかもしれない。そんな内容だった。

 荒唐無稽な話だったが、なぜかシギルはすっと納得した。


 「わかったッス。必ずティリフスの声を届けるから、もうちょっとだけ待っててほしいッス」


 「うん」


 そうしてまたシギルは戦いに集中する。そこには先程までの焦りはなかった。



 リディアが小さく頷くと、攻撃が再開された。

 さっきと同じようにエリーが攻撃したことで、ギルが反撃するがそれを盾で受け止めるところまで同じだった。

 しかし、ここからは違う。

 エリーはシールドバッシュをするように盾を押し出した。ギルの態勢を崩すためだ。だが、ギルも同じではなかった。

 ギルはエリーの盾を背中で巻き込むようにバックターンしながら避け、さらにその勢いのまま肩でエリーにタックルしたのだ。

 エリーにダメージこそなかったが、予想していなかった反撃で尻餅をつく。


 「ダメッス!!」


 最初の攻撃が失敗すれば連携など出来ない。シギルは慌てて攻撃を中止しようとした。

 しかし、エリーがギルの動きを止めることを想定していたリディアは刀を振ってしまっていたのだ。

 さっきと同様に避けにくい横薙ぎだったが、今回はギルの動きを封じていない。エリーが倒れてしまった方向に逃げ道があるのだ。

 ギルは軽くバックステップすることで簡単に避け、刀が通り過ぎたと同時にリディアとの距離を詰める。そして、リディアに向かって右ストレートを繰り出した。

 終わった。シギルはそう思いながら顔を青くした。

 速いリディアは攻撃の要だ。ここで失えばギルを止めることは不可能だ。

 しかし、リディアにギルの攻撃は届かなかった。

 風切り音がしたと思ったら、ギルの右腕が跳ね上がったのだ。

 ギルの手首に魔法で作られた鉄の棒が突き刺さっていた。エルの射撃だ。

 ギルの攻撃手段である両腕は全て封じた。ここがチャンスだと感じたシギルは、声を上げながらギルに体当たりし、そのまま押し倒す。


 「み、みんな!旦那の腕を押さえてほしいッス!!」


 ギルの腰に抱きつく格好で、シギルは指示を出す。

 エリーもリディアも意味がわからなかったが、慌てて武器を投げ捨てると指示通りに腕を押さえた。

 抑え込まれてもギルは激しく暴れていたが、シギルは「落ち着け、落ち着け」と言いながらティリフスの本体である宝石を取り出すと、ギルの耳に押し付ける。

 その瞬間、ギルの体から力が抜け、自分たちを睨みつけるような目はゆっくり閉じていった。


  ――――――――――――――――――――――――


 目を開けると、仲間たちがいた。

 俺は地面に倒れていて、シギルが馬乗り状態。両腕はリディアとエリーが押さえている。

 「何してんだ」と声を掛けようとした瞬間、今までに感じたことのない激痛が体中を巡った。

 あまりの痛さに、俺は意識を手放した。

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