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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十六章 暗君打倒
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暴走

 ギルは足を引き摺りながら階段を上る。ポタポタと振る手の指先から血を垂らしながらゆっくりと、しかし力強く最後の段を上り切る。

 上りきった瞬間、温かい風が肌を撫で、眩しい陽光が視界全てを真っ白に染めるが、徐々に白い世界は色を取り戻し、ありのままの姿を瞳に映し出した。

 木々は真っ青な葉を擦り合わせて音を奏で、それに流れる川がせせらぎを合わせる。草原が大自然にいると思わせる匂いを発しているが、遠くには統一感のない建物が並ぶ街。

 オーセブルクダンジョン一階層。ギルはようやくここに辿り着く。しかし、ここがゴールではないとギルの視線は出口に釘付けだった。

 目の前に、愛すべき大事な仲間がいるというのに。


 「ギル様?!」

 「お兄ちゃん!!」


 リディアとエル。二人は魔法都市を解放するためにダンジョンへ潜ろうとしていた。そこへ丁度ギルが一階へ来たのだ。

 だが、当然二人だけでは二十万の王国兵がいるダンジョン内へ行っても返り討ちにあうのは目に見えている。そのため、別に同行者が二人いた。


 「ギルくん!?良かった、無事だったんだね!!」


 一人は法国英雄、アーサー。一騎当千の武力と、数では怖気づかない精神力があるからと選ばれた。ちなみにアーサーの側近であるドハラーガは残ることになっていた。寝返った80万の王国兵をオーセブルクの街付近の野営地で見張っている。


 「………」


 もう一人は、一騎当千どころか一騎で殲滅できる帝国英雄、皇帝シリウス。同行するのは彼が一人いれば『問題ない』からだ。というより、選んだのは彼だが。

 シリウスは、友人であるギルの無事を確認できたというのに、厳しい視線をギルへ向けている。

 彼にはわかっていた。自分たちが目に入らないほど、ギルが理性を失っていることを。悲しみや恨み、怒りがギルの理性の限度を振り切らせ、感情のすべてを復讐で支配し、遥か遠くにいる誰かへ殺意を向けていること。そして、それを邪魔する者は敵と見做されることも。


 「ギル様、治られたんですね!!」

 「お兄ちゃん!!」

 「僕は心配なんてしてなかったんだからねっ!」


 だからこそシリウスは、リディアやエル、アーサーがギルの復活に喜び、駆け寄ろうとしたのを止める。いや、止めようとした。


 「待って!」

 「旦那に近づいちゃダメッス!!」


 しかし、シリウスが止める前に、2階層へ行く横穴から突然姿を現したエリーとシギルが三人を止める。


  ――――――――――――――――――――――――


 数時間前。

 シギルとエリーは兵士たちを引き連れ、ギルを追いかけていた。

 魔法都市の危機が去ったことも確認でき、休息を終えたスパールの指示で、殆どの兵士たちは生き残った王国兵の捕縛と救助をしている。それもあって、ギルを追いかける人数は多くない。しかし、それでも30階層を突破したエリート兵で編成されており、速度は異常に速い。

 その中にはタザールとクリークの姿もある。

 シギルたちは魔法都市を出てから僅か二時間で11階層まで辿り着いていた。だが、その速さでもギルには追いつけていない。


 「まだギルに追いつけねーのか。あいつは王国兵を相手しながらだぞ」


 クリークは進む先に点々とある息絶えている王国兵の死体を見ながら舌打ちする。目的はギルに追いつくことであっても、ここがダンジョンである以上は魔物と戦うことを想定していて、その際の戦闘で支障をきたさないように追いかけている。だがそれでも目一杯に走っているのに、王国兵を倒しながら進むギルには追いつけていないのだ。

 クリークが苛立つもの仕方がないだろう。


 「魔法都市とエルピスの安全確認もあって、遅れての出発だったからな。ギルの魔力が枯渇していると仮定しても、追いつくのはまだ先だろう」


 タザールが険しい表情で答える。


 「……本当に魔力がなくなっているのか?一瞬であれだけの敵を倒しちまう速度のまま進んでいるとしたら、もうダンジョンを抜けていてもおかしくないぞ」


 「無属性魔法を研究している俺が言うのだから間違いない。魔法都市で死んでいた王国兵の身体は、武器で傷ついたものではなかった。魔法の痕跡もなかったとなれば圧倒的な力による打撃だが、そんなことは無属性魔法で肉体を強化しなければ不可能だ。そして、その力を引き出すほどの無属性魔法となれば、莫大な魔力を消費しなければ釣り合わない」


 絶大な効果を発揮するには、それに伴う対価が必要。そうでなければ、魔法ではなく神の御業になってしまうからな、とタザールが付け加える。


 「そうか、お前が言うんならそうなんだろうな。ところで、随分と顔色が悪いが大丈夫か?」


 「心配ない。……とは言えんな。クリークやシギル、エリーにとっては余力を残して走っていても、俺たちには全速力だ」


 タザールがそう言いながら、背後をついてくる兵士たちに視線を送る。兵士たちも肩で息をしながら必死に追いかけてきていた。


 「俺もそうだ。シギルとエリーの嬢ちゃんたちの足を引っ張っているのはな。俺たちが立ち止まらず進めているのは、先行している嬢ちゃんたちが魔物を始末してくれているからだ。さらに言えば、俺たちから離れないように気を使って速度を抑えているしな」


 「やはりそうか。……となれば、我らはここまでか」


 「………そうだな」


 タザールとクリークは同時に大きな溜息を吐く。


 「嬢ちゃんたち!!」


 クリークが大声で呼ぶと、シギルとエリーが止まって振り返る。二人の表情は余裕そのもので、やはり自分たちが足を引っ張っていたとクリークは苦笑いする。


 「嬢ちゃんたちは先に行け!ここままじゃ追いつけねーからな!」


 シギルとエリーが顔を見合わせてから、クリークに何かを叫ぶ。当然、エリーの声は全く聞こえなかったが、かろうじてシギルの「ここに残して大丈夫ッスか?」というのは届いた。


 「ああ!王国兵に襲われることもないだろうしな!俺たちは魔法都市に引き返す!」


 そもそも兵士を引き連れてきたのは、王国兵の生き残りと戦闘の可能性があったからだ。しかし、どれだけ進んでも王国兵の生き残りはいない。それに生きている王国兵がいたとしても、点在する死体からそれほど多くはないとも予想できる。シギルとエリーの二人なら問題なく対処可能と判断でき、クリークやタザール、兵士たちは必要ない。

 シギルとエリーは頷くと、クリークたちに手を振ってから走り去り、あっという間に見えなくなった。


 「……さてと、じゃあ俺たちは戻るとするか。魔物はいるから気を抜かずにな」


 「ああ。だがその前に、少し休もう」


 「そうだな。くたびれた」


 そうして、クリークとタザール、魔法都市の精鋭兵たちは少しの休息後、引き返していった。


  ――――――――――――――――――――――――


 クリークたちと別れたシギルとエリーは、更に速度を上げて走った。彼女たちは無属性魔法を使えない。使えたとしても、魔法都市での戦闘で魔力は使い切っている。しかし、二人はかつてないほど速くダンジョンを駆けていた。

 だが、それでもまだギルの背中は見えない。


 「もうすぐ5階層。ギル、もしかしたらもうダンジョンから出たかも?」


 二人はクリークたちと別れてから二時間弱で6階層まで辿り着いていた。5階層のボスが復活しておらず4階層へ素通りできれば、1階層まではあっという間だ。ギルが既にダンジョンを抜けている確率は非常に高い。


 「どうッスかね。あれを見てほしいッス」


 そう言ってシギルが指差したのは、倒れている王国兵だった。


 「……違和感はないけど。今までと同じ」


 「いや、同じじゃないッスよ。だって、あれ死んでないッスもん」


 「え……。走っているのにどうしてわかるの?」


 二人は猛スピードで走っていて、脈を測ったり息をしているか確かめたりはしていない。倒れている王国兵を通り過ぎたときに、一瞬視界に入るだけだ。


 「いや、下層で転がっていた王国兵の死因は、明らかに魔物に襲われたからッスよね。噛まれたり、粗末な鈍器で殴られたり、切れ味の悪い武器だったり」


 「確信はないけど……。死体に寄ってきた魔物が傷つけただけかも」


 「それもあり得るッスね。でも、洞窟エリアに入ってから、あたしは確信したッスよ」


 シギルたちは、10階層のボス部屋から6階層までは洞窟エリアと呼称している。だが、だから何だとエリーは首をかしげる。


 「ここらの魔物はアンデッドッスよ。9階層辺りでは、王国兵にアンデッドが群がっていた事もちょいちょいあって、倒すのが面倒だったッスよね」


 そこまで言われて、エリーもようやくわかったのか「なるほど」と頷く。


 「アンデッドは生者に寄り付くから?」


 アンデッド系の魔物は生体エネルギーを感知して寄ってくる。それはつまり、生きていなければ寄ってこないということでもある。

 6階層で倒れている王国兵にアンデッドは群がっていない。


 「そうッス」


 「でも、もう死んでいても寄ってこない」


 「まあ、そうッスけど、血も傷もないんスよね。倒れている王国兵には」


 シギルは外傷がないのだから、気絶しているだけと判断していた。もちろんそれだけでこの結論は、無理矢理な推理でこじつけにも等しい。しかし、魔法都市での惨殺に比べて、ダンジョンでの死体は比較的に綺麗なままであることと、6階層ではさらに外傷がないことで確信に変わっていた。


 「魔力がなくなって無属性魔法は使っていないというタザールの推測が正しければ、今の打撃しか戦闘手段がない旦那には殺すことは無理ッス。これだけの進行速度だったら尚更ッスよ。立ち止まって殴り殺していたら、もう既に追いついてるッスからね」


 「じゃあ、この王国兵はまだ……」


 今まさに通り過ぎた倒れている王国兵に視線を送りながら、エリーは「生きている」と続ける。

 その言葉にシギルは、走る速度を緩めずに頷いた。


 「冷たいッスかね?」


 当然、放っておけば間もなく魔物によって命を落とすことになる。立ち止まることもせず、振り返ることもしない自分は冷酷だよねと、シギルが困ったように笑う。

 しかし、エリーは「んーん」と即答し、首を横に振った。


 「襲ってきたのはあっち。自業自得」


 「ッスよね。同情はするッスけど」


 「うん。……でも、それがどうしてギルがダンジョンを抜けていないことになるの?」


 元々はギルが既にダンジョンの脱出を果たしてしまったかどうかで、王国兵の生き死にを聞いていたわけではない。だからと、エリーは話を戻す。


 「いや、生者に即反応するアンデッドが、まだ寄ってきてないんスよ?」


 ゆっくりと行動するアンデッドだとしても、倒れている王国兵の近くにたまたまいることもある。であるのに、アンデッドと遭遇していない。

 シギルの答えに等しい言葉で、エリーもようやく理解した。


 「ギルとの距離が近いから」


 「そうッス。それもかなり」


 「ということは、まだダンジョン内」


 「うん。でも、問題は1階層までに追いつけるか、ッスね」


 「ん。急がないと」


 二人がどうしてここまで急いで追いつこうとしているのか。

 それは、ギルが正気ではないとわかっているからだ。

 シギルとエリーは、魔法都市とエルピスの惨劇を実際に見ている。狂化スキルによって暴走しているのもわかっているが、山のように積まれた王国兵の死体はそれだけを殺害したという証だ。それだけの人数を倒しても、溜飲は下がらず正気を取り戻していない。

 どれだけ周りが見えているか、そして誰を敵と認識しているかにもよるが、1階層には王国の兵士以外もいて、もしも彼らに手を出してしまえば王国以外の国とも事を荒立てることになる。それは魔法都市のためにも絶対に阻止しなければならない。

 さらに、オーセブルクダンジョンの外にいる王国軍が降伏していると、二人が知らないというのもある。

 ギルの強さを信頼していたとしても、無属性魔法も使えない現在のギルでは、軍隊相手にはどうにもならない。

 正気を取り戻したギルがダンジョンを脱出できれば、外にいる王国軍を壊滅することも可能だ。

 そのためにも、外に出る前にギルを捕まえる必要があるのだ。

 焦る気持ちもあって、二人は限界を超えて走った。


 そして、ついに彼女たちは、オーセブルクダンジョン1階でギルに追いつく。

 そこにはギルが狂化していると知らない、懐かしき仲間のリディアとエルもいて、今まさに声を掛けながらギルに近寄ろうとしていた。

 リディアとエルの声を聞いても、ギルに反応はない。

 二人は直感で危険だと判断し、同時にリディアたちを止めた。


 「待って!」

 「旦那に近づいちゃダメッス!!」


 そうして今に至る。

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