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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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再臨

 予想通りではあったが、ティリフスが足止めに点けた火は大した時間稼ぎにはならなかった。それでも、シギルが「やるなぁ」と思わず感心したのは、王国魔法士が水を使わなかったことだ。

 王国軍は魔法士を多く動員し、火属性と風属性を使用したのだ。水を使えば素早く鎮火できるが、燃えていた物は残ってしまい突入の邪魔になる。一斉突入のために、王国軍は燃やし尽くす事を選択したのだ。

 結果、家財だった物はあっという間に灰になった。

 すると間もなくして、城の外では地鳴りのような行進が聞こえ、直後に鬨の声が上がる。突入が始まったのだと理解できた。

 しかし、シギルとエリーに怯えはない。逆に今か今かと待ち遠しく感じていた。

 宣戦布告もなく攻め込まれ、ギルを石化されただけでもやり返したくて仕方がなかったのに、街を蹂躙され、城を壊され、兵士を殺され、自分の作り出してきたものを悉く踏みにじられ、シギルの我慢は限界だった。

 エリーもダンジョン攻略を果たし、さらには父親との再開も出来た。それはギルのおかげだと思っている。その恩人のように感じている人を石化させた王国を赦せないのだ。

 二人は静かに闘志を燃やしている。

 ティリフスも普段とは少し違う。怯えてはいるものの逃げようとはしていない。それだけでも、彼女の覚悟が伝わってくるだろう。

 王国軍は、怒声のような叫び声を上げ、城内へ突入を開始した。

 王国兵の一人が姿を見せると、シギルは躊躇いもなくミスリル製魔法武器の篭手を王国兵へ向け、魔力を込める。

 時速7000キロ以上の速度で連射される鉄杭は、次々と侵入してきた王国兵を貫通し、その直線上にいた敵を文字通り蜂の巣にした。

 鎧を、兜を、盾を、尊厳や矜持、戦意までもを、物ともせずに貫く武器に、王国軍は恐怖した。

 だが、突入は止まらなかった。いや、止められなかった。後続による人の波で押されてしまうからだ。

 武勲を上げようと目をギラギラさせていた王国兵はいなくなり、怯えた表情で次々と押し込まれてきている。

 シギルはその悉くを蹂躙した。

 しかし、当然それは長く続かない。

 破壊力、殲滅力は圧倒的であるシギルの魔法武器。電磁加速を利用し、鉄の杭を連続生成して打ち出す。限りなく現代兵器のレールガンに酷似したそれが、たとえ魔法の力であってしても長時間の発射には耐えられない。

 10秒。それだけの時間しか撃てないのだ。

 それだけの時間で砲身は使い物にならなくなり、ボロリと崩れ去った。

 シギルの魔法武器を再度使用するには、再び魔力を込めて新しい砲身を作り出さなくてはならない。

 その間にも王国兵は止めどなく侵入してきている。あっという間にシギルたちの目の前の通路は王国兵が埋め尽くしていた。

 普通ならこのあと雪崩のように押しつぶして詰みだが、彼女たちは普通ではない。

 シギルが新しい砲身を作り出す時間は、エリーとティリフスが稼ぐ。

 エリーはショートスピアを前に突き出すと魔力を流した。一瞬、眩い光が溢れ、パンッと銃声がなるような乾いた音が響くと、通路を埋め尽くしていた王国兵全てが痙攣していた。

 白目をむき、口の端から泡を噴き出し、ブルブルと震えている。が、生きていた。王国兵が着ている鉄鎧が、奇跡的に電撃から彼らの身を守ったのだ。

 エリーの攻撃は結果的に、足止めにしかならなかった。

 だが、それすらも計算していたかのように、ティリフスが短剣に魔力を込める。

 火炎が彼らに覆いかぶさり、魔力を止めたときには敵は息絶えていた。

 そして、シギルの魔法武器が発射可能になる。

 彼女たちはこれを繰り返し、押し寄せる王国軍勢に対抗した。


 繰り返すこと8度。

 三人だけで1万以上の敵兵を打ち倒しているが、それでも20分の1程度。敵の突入が止まるほどではない。

 その上、シギルの魔力が底をつく。


 「もう限界ッス!少しずつ後退!」


 シギルの合図でエリーとティリフスは下がりながらも、エリーは電撃で、ティリフスは火炎を放ち続けて足止めする。

 やがて。


 「魔力切れ」


 エリーの魔力が尽きる。残るはティリフスのみ。

 ティリフスに魔力切れはなく無限に火炎を放射できるが、ストッピングパワーは乏しい。さらに通路の全てはカバーできず、王国兵が突破することが起き始める。

 ティリフスへの攻撃はエリーが盾で防ぎ、シギルが殴り倒す戦い方へ即座にシフト。だが、それでも徐々に押し込まれ、想定していたよりも後退させられていた。


 「ヤ、ヤバいんとちゃう?」


 「ヤベェッスね」


 「ん」


 ティリフスが振り返ると、裏庭はもうすぐそこだった。

 屋上や各階からの撤収は終わっているが、裏庭にはまだ『裏』へ運び込む怪我人が残っている。クリークとタザールの指示する声が三人に届くほど近いのだ。

 さらに。


 「おい!こっちに逃げ道があるぞ!!」


 王国兵が避難場所を目ざとく見つけてしまう。

 この声で城の他の部屋を捜索していた王国兵も駆けつけ、シギルたちは増した圧力に抗えず、とうとう裏庭まで押し込まれてしまったのだ。 

 決して、三人が手を抜いたわけではない。クリークやタザール、魔法都市兵士たちも全力だった。それでも隠さなければならない『裏』の存在が露見したのだ。

 籠城で援軍を待つことが最善。『裏』で抵抗するのは最終手段だった。『裏』を知られなければ、捜索で一日か二日は稼げたかもしれない。防壁を壊すのに数日費やしてくれたかもしれない。狭い通路で通行を制限させれば、一週間抵抗できたかもしれない。

 であるのに今では、10分保つかどうか。

 怪我人を見捨てるかどうか、ギルを見捨てるかどうか。もはやそれを考えている余裕もない。

 裏庭に多くの王国兵が侵入し、この場にいる全員が戦わなければならない状況に陥っていた。それも一対多を強いられる戦いに。

 そんな中でもエリーは何とか盾で攻撃を捌きつつ、ギルの像まで移動することに成功。最後の最後までギルを護ろうとしている。

 シギルは王国兵の攻撃を篭手で弾き、避け、隙きを突いて反撃。周りを巻き込んで吹き飛ばしたあと、怪我人の所まで移動。

 クリークは『裏』への通路の前に立ち塞がる。タザールはクリークに護られながら、僅かな魔力で援護。

 ティリフスは裏庭にこれ以上の王国兵を入れさせないために、火炎放射で道を塞ぐ。

 打開する可能性を信じて、魔法都市の全員は懸命に戦っていた。

 王国側からすれば、最も厄介なのはティリフスだろう。火の魔法を止めるため、多くの王国兵が飛びかかる。

 ティリフスは短剣以外の装備はない。後方から魔法で援護することが役目であるティリフスは、前衛がいなければ戦闘能力は皆無だ。

 王国兵は燃やされながらも死にものぐるいで襲いかかる。

 そして、その凶刃がティリフスを捉える。ギィンッと王国兵の剣が当たり、ティリフスはよろめいた。


 「うぅっ……」


 ティリフスは呻きながらも、魔力を流し続けていた。

 少しでも長く裏庭へ侵入させなければ、仲間たちが敵を倒してくれる。そうすれば立て直せる。それを信じて魔法剣を発動し続ける。

 王国兵に囲まれ、剣撃を受けながらも。

 そうしている内に、ティリフスは少しずつ壊される。留め金が折れ、肩当ては飛ばされ、胸当てはへこみ、傷ついていった。

 そして、王国兵の渾身の一撃が胴に入った瞬間、ティリフスだった鎧はバラバラにされてしまったのだ。


 「「ティリフス!!」」


 その瞬間をシギルとエリーは見ていた。傍観していたわけではなく、何度も助けようと試みた。だが、敵に囲まれているのは彼女たちも同じだった。

 ティリフスが壊れた時、彼女たちは動揺した。

 それが油断となり、隙になった。

 シギルは王国兵の剣を何とか篭手で防ぐが、強烈な蹴りを腹に受けて吹き飛ばされてしまう。エリーは集中が乱れ、受けた攻撃でバランスを崩して尻もちをついてしまったのだ。


 「くそっ!!よくも俺たちの仲間を大勢やってくれたな!」


 「ドワーフのチビが!手こずらせやがって!」


 トドメを刺そうと、王国兵たちは二人に跨って剣を振り上げる。それは奇しくも同時だった。

 二人は死を覚悟した。


 だがその時、エリーが今まで護っていた石像にピシリとヒビが入る。

 激しい戦闘の中、燃えるような興奮の中、トドメ刺す直前の優越感の中、そんな小さな音が聞こえるはずはない。

 なのに、その音はこの場にいた全てに届く。

 ピシッ、パキッと自然にヒビが入っていくのを、剣を振り上げたまま呆然と眺めていた。

 石像はボロボロと崩れいき、いつの間にか黒い外套を着た人間に変わっていたのだ。

 石の像が人へと変化する不思議な現象を目の当たりにしたとしても、今は戦いの最中なのだ。であるのに、時間が停止したかのように動かないのは、黒い外套の男が発する濃厚な殺意が原因だった。

 その黒い外套の男は、肩こりをほぐすように軽く首を回したあと、状況を把握するために視線を動かす。

 視線はゆっくりと動き、ある場所でピタリと止まる。

 そこは、ティリフスだった鎧がバラバラに散らばっている所だった。

 黒い外套の男は目を見開き、濃厚な殺意は一瞬だけ霧散する。だがその直後、今まで以上の殺気が溢れ出し、爆発するのをこの場の全員が感じた。

 そして、黒い外套の男は哭く。


 「❚❚■❙❚❚■❙ーー!!!!!」


 言葉にならない叫び。

 王国兵士たちは震えた。怯えた。恐怖した。

 それでも彼らは幸運だった。

 その恐怖は一瞬だったから。

 一瞬で、裏庭にいた王国兵たちは、全て息絶えた。

 殴殺し、撲殺し、鏖殺だった。圧倒的で絶対的な暴力は、厚さ数十ミリの鎧などお構いなしで、頭部を吹き飛ばし、内臓を引きずり出し、心臓を貫いた。

 そうして、ギルは再臨したのだ。



 気がつけば、ギルの姿は裏庭にいなかった。気がつけば、自分たちは血の海にいた。


 「ギル!!」


 エリーが慌てて起き上がる。跨っていた王国兵の姿形はなく、そうだったであろう剣を握っている腕だけが近くの血溜まりに沈んでいる。

 それを切っ掛けに生き残りが「ぷはぁっ」と息を吐いた。声を掛けるどころか、呼吸をすることすら憚られたのだ。

 タザールが疲れ切った顔でへたり込む。


 「話には聞いていたが……、あれが狂化スキルか」


 「ああ、とんでもねぇ。俺はヤツの恐ろしさを知っているつもりだったが、一端だったようだ。ギルが復活して喜ぶはずが、呼吸を躊躇うとは思わなかったぜ」


 クリークもまだ恐怖から立ち直れておらず、どうにか剣で支えてへたり込むのを拒否するのが精一杯だった。


 「ギルは……、どこへ?」


 エリーが自分のではない血を拭いながら見渡す。凡そ瞬く間に何十人もの王国兵を、赤い液体と肉体の一部のみに変えたギルが、この血の海に沈んでいるとは思っていない。純粋にどこへ向かったのかを疑問に持ったのだ。

 その答えを教えてくれたのは、タザールだった。


 「あっちだ」


 立つのも億劫だと座り込んだまま、力なく城門のある方角を指差す。

 冷静になって少し考えれば分かることだった。押し寄せる大波のように城門から迫ってきているはずの軍勢。その声が聞こえないのだから、ついさっきの自分たちのように息を潜めているか、または既に声が出せない状況なのだ。

 ギルが向かったのは間違いなく城門側だと推測出来る。


 「……静か。王国軍を倒しに行った?」


 「間違いなくそうだろう」


 「俺たちは救われたってことか?」


 「どうだろうな」


 タザールの希望的観測ではない意見は好ましいが、それでも少しは希望の持てる言葉を聞きたかったとクリークは嘆息する。

 

 「なんでだ?どう見ても圧倒的だろ。ギルの力は」


 こんな事ができるんだぞと、クリークは血の海に視線を向ける。


 「ギルは今、激怒し頭に血が上っている。魔法を使わず、格闘戦をしてしまうほどに」


 「これだけのことを魔法を使わずにやったってのか?」


 「正確には使っている、と思う。ギルのステータスはどれも高い数値だが、さすがに鎧を着たヒトを格闘でバラバラに出来るほど化物じみたものでもない。だとすれば、無意識的に無属性魔法を使って肉体強化をしたのだろう。……と予想している」


 タザールがはっきりと言い切らないのは、実際に見ていないからだ。刹那の出来事など記憶に残るはずもない。現場と死因を見て、推理したに過ぎない。

 木属性を含む7属性でも、合成魔法でもなく、武器を使った様子もない。こぶし大の物が、途轍もない強大な力で打つかった。信じられないが殴打だろうと。


 「でもよ、これだけのことを一瞬でやっちまうんだから、表にいる奴らだって……」


 「ギルの真骨頂は、高い知能とそれによって選択された的確な魔法行使だ。暴走し、力任せの格闘で、何十万もの王国兵士にいつまで戦えると?」


 「……そうか。だったら、追いかけるしかねーな」


 「ああ、ギルの魔力が底をつく前に理性を取り戻させないと、今度は石化ではなく剣で確実に仕留められる。治癒ポーションで回復し次第、全戦力を投入して追いかけよう」


 そう決めるとタザールとクリークはポーションを取りに『裏』へ行く通路に入っていった。

 同時に、血の海からむくりと小さな影が咳き込みながら起き上がる。

 腹部を蹴られて今まで気を失っていたシギルだった。


 「シギル!?大丈夫?」


 エリーが慌てて駆け寄ると、腕を掴んで立ち上がらせる。


 「けほっ、あー、意識飛んでたッス」


 「今、タザールとクリークがポーション取りに行ってるから」


 「けほっけほっ、それよりも、けほっ、ティリフスは?」


 「ティリフス……。鎧がバラバラにされてた」


 「あー……、夢じゃなかったんスね。最後まで敵をここに入れさせないために体を張って……。もう、二度と話せないんスね……」


 鎧に精神のみを移され、想像もつかないほど長い間暗い牢に閉じ込められていた。それはどれほどの苦しみだったか。どれほどの孤独だったか。ようやく開放されたのに、最後をこんな形で迎えるとは。

 そう考えると、シギルの大きな瞳から自然と涙が溢れる。


 「いや、死んでへんわ!」


 突然、誰も居ない方向から声がする。だがそれは、間違いなくティリフスの声だった。


 「「え?」」


 二人は顔を見合わすと、慌てて声のする方向へ駆け出す。ティリフスの鎧がバラバラになった場所へ。


 「ティリフス、どこッスか?!」


 「ここ、ここ!」


 床に散らばっていた鎧の一部。胸当ての部分から声が再び聞こえ、それを持ち上げる。

 胸当ての裏。そこには虹色に輝く宝石が埋め込まれていた。


 「いやん。ウチ、裸見られてもうた」


 「これが……ティリフス?」


 「あたしよりちっちゃいッスね」


 「うっさいわ」


 「でも、なんで?」


 ホワイトドラゴンから「憑依物が壊されない限り問題ない」と聞いていた。それに対し、ギルは鎧が壊されなければ大丈夫だと思い込んだ。しかし、憑依物は鎧ではなく、この宝石だったのだ。

 故に、ティリフスの精神は壊されずに済んだ。だが、その事実は当事者であるティリフス自身も知らない。


 「さあ?」


 「「ああ……、そう……」」


 シギルとエリーは呆れたような声で返事した。でも、口元は微笑んでいた。

 裏庭での攻防戦は、奇跡的に魔法都市側の犠牲者はいなかった。



 すぐにクリークとタザールが戻ってきた。シギルは胸当てからティリフスの本体である宝石を外すと、それを何重にも布で巻いて大事にしまう。

 それからポーションで回復すると、動ける魔法都市兵引き連れてギルを追いかける。

 裏庭から城門へつながる通路に、王国兵はいなかった。正確には生きていなかった。悉くが屍だったのだ。

 城門から恐る恐る外を確認すると、そこは凄まじい光景だった。

 地面や建物は血で真っ赤に染まり、ポタポタと血の雨が降っていた。血煙が匂い立ち、赤い霧が今だに舞っている。

 20万近い王国兵は、ほぼ全滅だった。

 ギルの復活と同時に、魔法都市から危機は去ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦後処理が大変そう。 ギル「降りかかった火の粉を払っただけだし」 不遜王「一瞬で二十万の労働力を失った国? イラネ」 ゲオルグ「俺? それなんて罰ゲーム?」
[一言] 物理最高や!極大魔法なんていらんかったんや!
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