最終兵器三人娘
「城門は破壊したか?!」
王国の将軍は、派手な爆発を見て興奮した兵士たちの歓声の中でも相手に聞こえるように、魔法都市城門から立ち上がる煙を見ながら大声を上げる。
「はい、間違いなく。加減も適切で、あの城が倒壊することはないでしょう」
答えたのは城門爆破の功労者であるドワーフ。
彼は王国重装歩兵に護られながら魔法都市の城門に魔法陣を描いた。王国重装歩兵の撤収速度が遅かったのは、導線を王国陣地まで引っ張ってきたからだ。
2つの通路で防壁を爆破し、さらには城門まで同技術で破壊した。まさに立役者である。
「そうか!!貴殿には助けられてばかりだな!」
「いえ、私の罪を王国民の幸福でもって償うためですから」
「それもこの功績で償ったと言っていいだろう。最後の砦が開かれた魔法都市は、抗う術など残されていない。圧倒的戦力であっという間に占領できる。貴殿の力で、この戦が終わったのだ!」
「有り難いお言葉です」
「それに……法国と帝国にちょっかいを出される前に間に合う」
将軍のこの言葉は呟きであったからか、兵士たちの歓声に掻き消されてドワーフの耳には届かなかった。
将軍は焦っていた。兵士でもないドワーフに危険な作業までさせて爆破を選択したのは、法国の軍隊がオーセブルクに来たとついさっき報告が届いたからだった。兵士の中にも信者はいて、この情報が広まってしまえば、いつ反旗を翻すか。
さらに帝国軍の噂もある。もしそれが真実だったとしても、ダンジョン外にいる王国軍が敗れるとは思っていないが、帝国皇帝の伝説と異名は恐怖の象徴だ。帝国皇帝がいるかもしれないという考えが頭に過ぎれば、怯えて兵士としての役割を果たせない者も出てくる。
それを回避するには、噂が広まる前に急いで魔法都市を倒すしかない。魔法都市民の安全と引き換えに、従属すると言質を取れば一旦は戦争が終わる。王国の魔法都市になるのだから、他国にとやかく言われたとしても、どうということはない。他国との関係がこれを切っ掛けに悪化し、戦争に発展するとしても今ではなく、いずれだ。
とにかく、陛下の命を達成するには速度が重要だと、将軍は頭を振って恐怖心を振り払う。
「歩兵隊に準備させろ!あの城を制圧する!」
そうして、既に王国軍残党であると知らない将軍は、命令を下した。
――――――――――――――――――――――――
魔法都市城屋上では、爆破による直接的な被害が出なかったとはいえ混乱していた。
「野郎ども、落ち着け!」
クリークも状況は把握できていなかったが、兵士たちを落ち着かせるのを優先。「何が起きたから調べろ!被害を報告させろ!」と、仕事を与えることで考えるのを止めさせていた。
「タザール!何が起こった?!」
今も王国弓兵による矢が飛んできているというのに、タザールは屋上から身を乗り出して城門の様子を確かめて、何かを呟いている。
「――が、――れた」
クリークの呼びかけにタザールは反応せず、いつも以上に表情を渋くさせる。
「はあ?!なんだって?!」
クリークもまだ耳鳴りが治っておらず、互いの会話が成り立たない。クリークは「くそっ!」と悪態をつき、タザールに駆け寄って肩を掴む。振り向かせると、声が聞こえる距離まで顔を近づけてタザールの名前を呼ぶ。
「タザール!」
ようやくタザールにもクリークの声が聞こえたのか、「クリークか」と反応を見せた。
「何があった?!」
「城門が破られた」
「なにぃ?!門だけじゃなく、落とし格子までか?!あれだけ強化してあったのに、どうやって……」
「どうやったかまではわからないが、おそらく、俺の爆裂魔法と同様の原理だろう。広範囲ではなく、一点に威力を集中させて門を爆破したのだ」
「王国の糞どもが!やってくれたな!」
「俺もお前と同じで怒鳴り散らしたいが、それどころではない。アレを見ろ」
タザールが王国軍陣地を指差す。まだ土煙が舞ってはっきりとは見えないが、慌ただしく動いているのだけは分かる。
「何してんだ、奴らは?」
「城へ押し入るため兵を集めているのだろう。門は既にないからな」
「そうだった。どうやら、俺はまだ門があると思い込みたいようだ。で、どうする?」
「門が壊された以上、籠城はもうできない。屋上だけならまだしも、門も同時に守ることなど兵数的に不可能だ。……『裏』に隠れるしかないな」
『裏』に引きこもればまた2、3日の時間稼ぎができ、防壁を破られたとしても狭い通路で守りやすい。しかし、それには一つ問題がある。
「それしかなさそうだが……、でもよ、ギルはどうするんだ?あの通路は狭すぎて、人ひとりが通るのもやっとなんだぞ?」
そう、ギルを運び入れるのが難しいほど狭い通路なこと。魔法都市の住民に資産を諦めさせたのも、運び入れるには時間が掛かるからだった。
人が通れるのだからギルを運べないことはないが、ギルの像がどこかにぶつかり壊れる可能性がある。解除薬を使ったのもあって石化が脆くなり、運んでいる最中に首がボキッと折れるかもしれないと考えると無闇に運べないのだ。
そうなると、国を守るためには――。
「あそこに置いておくしか無い」
自分らでギルを殺すぐらいなら、放って置かれる奇跡を信じるしかない。
それを聞いてクリークは目を見開く。
「馬鹿野郎!!占領した国の指導者の像なんざ壊されるのがオチだ!そうでなくとも、王国どもはギルが石化したってことを知っているかもしれないんだぞ」
「悪いが、議論する猶予すらないのだ」
タザールはそう言いながら、下を見ろと目で促す。
そこには、屋上を登ろうとしていた王国兵たちは梯子を投げ捨て、次々と城門へ向かっている光景があった。
門が開いているのなら、わざわざ狙い撃ちされる屋上よりそちらを目指すのは当然だろう。
今は爆破で散らばった瓦礫などをどかしていて侵入されてはいないが、タザールの言う通り、猶予はほぼない。行動をすぐ起こさなければ、『裏』に隠れる前に王国兵が城内から屋上へ上がってきてしまう状況だった。
「くそっ!ここでグダグダ言っている時間がねぇってことか!とにかく、一階へ行く!ギルのことはそれから考える!」
「ああ」
「野郎ども!!屋上は放棄だ!裏庭へ移動!怪我人を見捨てたりすんじゃねーぞ!!」
そうして屋上からの撤収が始まったが、迅速にとはいかなかった。各階にも兵士は残っていて、大勢の怪我人もいる。もう少しだけ時間を稼ぐ必要があった。
クリークとタザールは、屋上を石壁のプールストーンで塞ぐと一足先に一階へと降りる。もちろん、いの一番に逃げるためでなく、城門から侵入してくる王国兵の足止めが目的だ。
一階は酷い状態だった。街中の埃がここに吸い込まれたのではと思いたくなるほど、真っ白で何も見えない。城壁の一部が爆破で削られて、それが砂煙として舞っているのだ。
門を見張っていた兵士たちは全滅だった。キレイなまま残っている遺体は一つもなく、床や壁、天井に肉片と血の華が残っているだけ。
爆風と衝撃で飛ばされてきた物にぶつかって怪我をした兵士もそこら中に倒れている。
重傷者の治療に、瓦礫の下敷きになっている者の救助。それらを同時こなしながら、無事な兵を集めて撤退戦。もうすぐ王国兵が城内に雪崩込んでくるが、明らかに時間が足りない。
クリークとタザールは急がなければならないのに、呆然と立ち尽くしてしまう。
「タザール、クリーク」
だが、二人は呼ばれてすぐ我に返ることができた。頼もしい援軍が『裏』から出てきていたのだ。
「!エリーの嬢ちゃん。それと他の嬢ちゃんたちも」
二人に声を掛けたのはエリー。そしてシギルとティリフスもいた。
「けほっけほっ、なんスかこれは!」
「ひぃっ、血がそこら中に!」
三人はクリークに呼ばれ、『裏』から出た途端に爆発が起き、巻き込まれはしなかったが状況は全く把握出来ていなかった。
「三人を温存などと言っていられなくなった。城門は壊され、直に王国兵の制圧が開始される。もはや籠城できる状況ではなくなり、兵を引く決断をした」
タザールが簡単に状況を説明すると、シギルが「あー、そういうことッスか」と溜息を吐く。
「もう『裏』で守るしか手がないんスね」
シギルがそう言うと、エリーも理解したと無表情で頷く。
「みんなが『裏』に逃げる間、王国兵を止めれば良い?」
「そうしてもらえると有り難い。こちらも出来る限り、急ぐ」
「撤退戦で殿するようなものッスね。経験ないけど旦那からどんなものかは聞いているッス」
「屋上は?」
「そっちは石壁で塞いできた。しばらくは問題ねーだろう。俺とタザールも手伝いたいが、体力と魔力がねぇ。大人しく救助とその指揮にまわる」
クリークは話し方こそ元気だが体中傷だらけで、タザールは壁に寄りかからないと立っていられないほどだった。誰が見ても限界だと分かる。
だからか、シギルはにへらと笑う。
「ここまで休ませてもらったッスからね。あとは任せてほしいッス」
これは大嘘だ。シギルは休みなくテントの設営を手伝い、エリーは『裏』へ避難した中に王国の工作員が残っている可能性を危惧してずっと見張り、ティリフスも住民の不満や不安を取り除くために声をかけ続けていた。
戦っていないからと言って、休めていたわけではない。
それはタザールがよく知っている。だがしかし、もはや普通の兵士ではどうにか出来る段階でもない。無茶とわかっていても三人に頼むほかはない。
タザールは少しだけ目を伏せ「頼む」と言うと、エリーとシギルは頷いて、逃げ出そうとするティリフスの両腕をガシりと掴み引きずりながら城門の方へと向かっていった。
それを見送ったクリークは我慢できずに吹き出す。
「ははっ、あいつらが来た途端、もうダメだって空気をどっかに行っちまった」
「彼女たちでもずっとは耐えられない。我らも急ごう」
「ああ」
タザールは撤退の誘導を指揮し、クリークは救助にあたるのだった。
――――――――――――――――――――――――
城門に着いた三人は、酷い惨状に表情を曇らせる。
「この付近に……、生存者はいない」
エリーが確認ではなく言い切るが、気配察知で随分と前からわかっていたティリフスが小さく「うん」と答える。
門は蝶番ごと吹き飛ばされ、落とし格子も門の形に折れ、中央がぽっかりと開いていた。侵入の邪魔をするために山のように積まれていた椅子や机、本棚は大半が飛ばされて原型をとどめいない。当然、人間もその原型はなかった。
「王国にはきっちりと弁償させるッス」
「でもどうするん?この調子やと、もうじき入って来るんとちゃう?」
砂煙は収まりつつ合って、王国兵士たちの動きが見えていた。兵士たちは歩兵が突入しやすくするために、残っていた瓦礫などを退かす作業をしている。
シギルが小さな手を顎にやって「うーん」と唸る。すぐ何か思い付いたのか、顎にやっていた手の人差し指をピンと立てた。
「そうッスね、あの瓦礫は殆どが木材だから、燃やすッス」
「誰が?」
「ティリフスが」
「え」
「旦那に用意してもらった短剣は、料理を切り分ける以外にも使えるんスよ?」
使い方はもらった者が決めることだが、ミスリル製の魔法武器をエリーとエルの料理を切り分けることしかしてこなかったことに、作成者の一人であるシギルが多少の不満を持っても仕方のないことだろう。だからか、少しばかり語気を強める。
「あ、はい」
天性のビビリであるティリフスに、頷く以外の道は残されていなかった。
ティリフスがおずおずと短剣を取り出して魔力を込める。嵌め込まれた魔石が光り、剣先に魔法陣が浮かび上がると、魔法陣の中心から火の玉が飛び出した。
ティリフスの短剣に込められた魔法は、火の玉が飛び出す単純なもの。しかし、これをティリフスが使うと強力なものになる。
魔力を流し続けると、短剣を向けた方向へマシンガンのように火の玉が飛んでいく。その繋がっているように見える火の玉は、長距離発射可能な火炎放射のようになっていった。
ティリフスは魔力を外気から取り込むことが可能であるため、魔力が枯渇することはない。無限長距離火炎放射である。
それで火を瓦礫のあちこちに着けると、燃え移って盛大な大火炎と化した。
「これでしばらくは瓦礫を退かす作業もできないッスね。少しだけ時間を稼げたッス」
シギルは短い腕を組んで、うんうんと頷く。
「でも、あっちにも魔法士はおるから、すぐに鎮火してまうやろ?」
あれだけの兵数がいれば、水属性を使える魔法士もいる。水で鎮火されれば、再び火で邪魔はできない。直ぐに対処されると思うけど、その後はどうするの?作戦は?
ティリフスがそういう意味を込めて聞くと、シギルは「もちろん」と言いながら、ちっちゃい手を持ち上げてグッと握る。
「力で押し返すッス」
「ん、わかった」
「作戦なんて、なかったんや」
こうして、仁王立ちする二人と、怯える鎧一個は、王国兵が入ってくるのを今か今かと待つのだった。