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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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破れた均衡

 シリウスは目的の人物に会うまで、戦場を歩いた。

 シリウスが一歩進む度、王国兵は無意味な死を避けるために騎士の矜持をかなぐり捨て、片膝を地面へ着ける。とはいえ、強気な者や反骨精神の溢れる者、剣に自信がある者など、帝国の英雄王に恐れず立ち向かおうとする蛮勇の持ち主も少なからずいた。

 そういう者たちは、シリウスが剣を振ったのも気づかず世を去ったが。

 シリウスがリディアと再開する直前にもまた一人、向こう見ずの勇気を振り絞る王国兵が現れる。

 跪いた格好で待っていた王国兵の一人は、シリウスが通り過ぎた瞬間に背後から奇襲する。


 「蒙昧は世にいらん」


 この世に空気を読めないヤツは存在するな。世界一空気を読まない王はそう言いながら振り返りもせず、無視して歩いた。

 王国の剣がついにシリウスに届くと、その瞬間を見ていた王国兵たちは微かな期待を抱く。

 だが、必然であるかのように剣がシリウスに届くことはなかった。

 剣がシリウスに触れる瞬間、王国兵の動きがビタッと止まる。直後、王国兵の鎧の隙間から溢れるように白い炎が漏れた。

 シリウスは聖剣の能力を使って、王国兵の鎧の中身だけを燃やしたのだ。

 炎が白くなるほどの火力は、王国兵の身体を骨すら残さず一瞬で燃やし尽くし、最後には融けかけの鎧とシリウスに触れそうだった剣だけが、ガシャンと音を立てて地面に落ちる。

 真正面から立ち向かっても、逃げ出すことも、そして卑怯な手を使っても、結果は死である。最悪の場合、今のようにその人物が戦死したことも、この場に存在していたかも判断できないような結末を迎える。

 微かな期待、僅かな希望さえも打ち砕く。戦場にいること敵として立つことは赦されない。ならばどうすべきかと王国兵たちは考える。結果、この場を戦場にしなければいいと行き着く。そして、この最善の考えを共有しなければならないと至る。

 それは不思議にも、帝国と王国の国境関所にて責任者が取った行動と同じだった。仲間にもひと目で分かるように教えるため、剣を捨てるのは当然として、自ら兜や鎧を脱ぎ去ったのだ。

 シリウスがリディアと再開した頃には、鎧を着た敵の姿は戦場から消え、下着姿の変人集団が野外がいるだけになっていた。

 この場は、戦場ではなくなったのだ。


 リディアは戦いの最中だというのに呆然として立ち止まってしまう。しかし、急に鎧を脱ぎ去った王国兵が跪き、その間からシリウスが一人で歩いてきたのであれば、呆然としても仕方のないことだろう。

 シリウスがリディアに気が付くと、いつものように「ふん」と鼻で笑った。


 「貴様もいたか、リディア」


 リディアは声を掛けられて我に返ると、キョロキョロと誰かを探すように辺りを見渡す。しかし、どれだけ目を凝らしてもその存在はこの場にない。


 「あ、あの、他の方々は……?」


 リディアが探していたのは帝国の『軍隊』だ。日数的にも間に合うはずがないと頭では理解しているが、いるに違いないと思わずにはいられない。王が一人で戦場にいることなんてあり得ないのだから。

 しかしシリウスの答えは、またも戦場で唖然としてしまうようなものだった。


 「真の王である我が大地に立てば、悉くが平伏するのだ。必要なかろう?」


 試合ではあったが剣を交え、少しはシリウスを理解できたとリディアは思っていた。しかし、一端どころか微塵すらも理解できていなかったのだと思い知る。

 あのギルでさえも数十万の敵に対し、一人で戦うことはできない。魔法で一掃することはできるかもしれないが、単独で軍勢の中へ飛び込むことは不可能だろう。その上、ほぼ全ての敵を寝返らせることなど絶対に出来ない。

 理解可能な範疇の外にある存在が、帝国皇帝の英雄シリウスなのだ。

 それでも、リディアに理解できることが一つ増えた。

 そんな見えている景色が違う存在には、『一人で数十万の敵には絶対に勝てない』という常識が通じないことを理解できたのだ。軍がいなければ危険だ、どうやってこんなに早く到着できたか、どうやって王国兵を寝返らせることが出来たのか。そんな一般人が抱く疑問を聞いた所で理解出来ないことを、理解した。

 故に、シリウスの言葉に対してのリディアの答えは同意だった。


 「そう、ですね」


 「であろう?ふははは!」


 呵々大笑するシリウスに、リディアが「ええ、その通りです」と遠くを見るような目で頷き続ける。

 そんなやり取りをしていると笑い声を聞きつけたのか、ドハラーガとアーサーがこの場に姿を見せた。


 「赤髪の戦士殿!」


 なにも、二人は戦場に似合わない笑い声が聞こえたから駆けつけたのではない。ドハラーガやアーサーだけではなく、法国軍の全てがまだ状況を把握できておらず、突然鎧を脱いで跪いた王国兵を見ながら目を白黒させている。

 もしこの状況を作り出せるとするならば、それはリディア以外にいないと考えて探していたのだ。

 ようやくリディアを見つけたが、その隣に見覚えのない騎士風の男が立っていたことに、ドハラーガは眉根を寄せる。


 「えっと……、そちらは?」


 リディアは普通の会話ができる人物が来てくれたと笑顔になった。勝利を喜び合いたかったが、その前に帝国皇帝を紹介しなければならない。


 「はい、こちらは帝――」


 「貴様ぁ!!王国の王だなぁ!!」


 紹介しようとしたリディアの言葉を遮り、アーサーがまたやらかす。

 アーサーが『狂化スキル』による興奮状態であったことと、帝国皇帝の顔を忘れていたこと、そして普段回らない頭がこの時は回ってしまったことが原因だった。

 王国兵が跪いたのは、王国の王が現れたからに違いない。そうに違いない、じっちゃんの名にかけて。そう自信満々に見当違いな推理を導き出した結果、ビシィッと効果音が聞こえそうな勢いで、シリウスに向かって指差したのだ。

 戦闘で負傷し折れ曲がった人差し指がシリウスを指していなかったことだけは救いだったが、それでもリディアは戦慄した。

 皇帝と同じ目線の高さに立つことだけで光栄であるのに、あろうことか王国の王と間違えた上に指差す無礼。間違いでしたと謝罪するだけでは赦されない不敬。

 ここが再び戦場へ変わり、敵が法国軍になりかねない。

 リディアは慌ててシリウスの怒りを鎮めるために声をかけようとするが、恐怖で言葉が出ない。

 しかし、意外にもシリウスは冷静だった。いや、呆れていた。


 「また貴様か」


 記憶力が良いシリウスは、アーサーの顔を覚えていたのだ。呆れてしまうほどのことが、以前に帝国で起きたのだがそれは別の話。


 「む?!王国の王を見たこともないのに、オレを知っているだと?!もしや!忍者にオレを調べさせていたのか?!汚い、さすが忍者きたな……ぃ?ん?……あれ?」


 戦隊モノのヒーローのように派手なポーズで話し続けていたアーサーの声が、段々と小さくなっていく。

 知らないはずの顔に見覚えがあると気が付き、確かめるように目を細めてシリウスの顔を見た後、何十年も昔のことを思い出すかのように遠い目で中空を見る。

 それがしばらく続いたあと、突如アーサーがはっと目を見開いた。ついに思い出したのだ。アーサーが異世界に来て法国に拾われ、初めての任務で行った帝国の王を。その時の恐怖を。

 あまりの驚きに鼻の穴両方からブビャッと鼻水が飛び出すほどだった。だが、それでも確信はない。ならば確認するしかないだろう。


 「……まさか、こ う て い?」


 恐怖しながらも一ネタ入れてくるのは、さすがアーサーと言うべきだろう。しかし、それもシリウスの反応を見るまでだった。

 シリウスはニヤリと口の端を上げただけで、頷きも口に出して肯定もしなかった。

 しかし、それだけで十分だった。

 その不敵な笑みで、アーサーは確信した。


 「ひゃぁあああ!シリウス皇帝!!申し訳ありませんっ!!」


 アーサーは2メートル近く飛び退き、着地と同時に流れるような動きで土下座の格好へ。それでは終わらず、畳んでいた足を伸ばすと両手、両膝、額を地面に投げ伏した。アーサーは五体投地をしたのだ。

 だが、地球の五体投地など知らないシリウスは、突然寝だしたことに珍しく困惑し、隣にいるドハラーガも頭を抱える。


 「貴様、何をやっている?」


 「た、隊長……」


 「やはり!やはり、これでも許してくださらないのですね!!では、これでっ!!」


 シリウスはただ純粋に質問しただけだが、五体投地のせいでシリウスの表情が見えないアーサーは、これでは赦されないのだと勘違いする。

 ならばと、アーサーは五体投地の姿勢から、ゴロンと転がって仰向けになった。


 「誠心誠意の謝罪が最初の土下座!次が偉い人に謝るための土下寝!それでも赦されないのならば、その更に上の謝罪を!これが土下仰寝です!僕の故郷にある三大謝罪の最高位です!どうかこれでお赦しを!!」


 嘘である。土下座までは良いとして、五体投地は仏教における最も丁寧な礼拝方法であり、土下仰寝という謝罪方法は存在せず、ただ皇帝シリウスの前で伸びをしながら仰向けに寝ているだけだ。

 しかし、シリウスはそれを知らない。


 「ならば、赦そう」


 最高位の謝罪と言われれば、王の器の大きさを知らしめるためにシリウスは謝罪を受け入れる。という気持ちは半分で、もう半分はどうでもよくなっていたからだが。

 シリウスが赦したことで、法国軍率いる英雄アーサーの情けない姿に今まで頭を抱えていたドハラーガも我に返る。

 ドハラーガは法国兵士たちへ向かって大声を上げた。


 「み、皆の者!帝国皇帝、シリウス陛下が援軍に来てくださった!感謝と敬意を!」


 「「「は、はっ!」」」


 混乱していたのもあり一斉にとは行かなかったが、次々と跪いていき頭を垂れる。戦場で、王国兵士と法国兵士の総勢約100万人が、帝国皇帝の前に跪いたのだ。

 これが、オーセブルク北で勃発した戦いの全容だった。


  ――――――――――――――――――――――――


 その後、シリウス率いる帝国軍(元王国軍)と法国軍合わせて約100万の合同軍は、即座にオーセブルクダンジョン内に進軍し、オーセブルクの街を開放した。

 当然、急遽100万人が街に入るわけにいかず、負傷や休息が必要な兵のみをオーセブルクの街で休ませることにした結果、オーセブルクダンジョン一階の草原には、約80万の下着姿の兵が野営する驚異のスペクタクルが広がった。その中に、何故か元王国兵士でもないのに半裸姿のアーサーがいたが、それはどうでもいい話。

 厄介者としてダンジョン1階で見張りをさせられていた、レッドランス軍と王国西でナカンと戦っていた将軍とその直属の兵士たちも、合同軍に降伏。戦うこともなく、オーセブルクダンジョン1階を完全占領した。

 リディアも、エルやテッドたちを引き連れ合同軍に合流を果たし、ダンジョン内進行の準備を着々と進め、魔法都市開放のために動き出そうとしていた。

 しかし、丁度その頃。魔法都市に危機が訪れていた。

 魔法都市城を強化して守りを固めて凌ぎ、時間稼ぎに成功していた。だが、城の正面側のみを守るだけとは言え、国民を民兵に仕立てても圧倒的に兵数が足らなかった。

 時を稼ぐ毎に負傷者は増え、比例して兵士たちは休息を取れなくなる。そして、兵士が減ったことで、王国軍が城壁を乗り越えることも増えたのだ。

 その度にタザールとクリークが対処し大事にはならなかったが、それでもこのまま続ければ、いずれは守りが完全に崩されることは誰の目から見ても明らかだった。

 その緊張感と恐怖心で動きが悪くなり始めた頃、王国側が仕掛ける。

 王国重装歩兵の十数人が固まって、上から降る矢を盾で防ぎながら城門へと近づいてきたのだ。

 

 「いったい何をしようってんだっ!!」


 クリークが城壁を登ってきた王国兵を蹴り落としながら、仲間に教えるために大声を上げる。

 気づいた魔法都市兵も慌てて矢を射るが、王国重装歩兵の強固な防御力を貫けない。

 クリークは舌打ちをしながら、同様に屋上へ登ってきた王国兵を魔法で倒すタザールを呼ぶ。


 「タザール!あいつらを魔法で蹴散らせ!」


 王国重装歩兵を倒すには、タザールの爆裂魔法しかない。しかし、そのタザールは顔色が悪く、肩で息をしている。


 「悪いが……、爆裂魔法を撃てるほどの魔力は、ない」


 城壁を登ってきた王国兵が一人二人ならまだしも、十数人がほぼ同時に乗り越えることがある。その十数人の王国兵は登ってきた梯子を守り、さらに登ってこさせようとする。もたもたしていると、あっという間に屋上が占領しかねない。

 そんな時はタザールが爆裂魔法で一掃して対処していたのだが、それ以外にも今のように手が回っていない敵を魔法で助けていた。そんな事を一日中繰り返していれば、当然魔力の枯渇は速い。


 「くそっ、丸一日こんな事を続けてりゃそうなるか!」


 そうしているうちに、王国重装歩兵は城門にピッタリとくっついて何か作業をし始めていていた。


 「城門は念入りに強化した。それは王国も理解しているはずだが……」


 魔法都市城は、この世界の城に比べて小さいが、防衛機能は大差ない。特に城門は頻繁に開け閉めすることから木製ではあるが、門の他に落とし格子も備わっており、十分な強固だった。さらに重量のあるもので塞ぎ、下手すれば城壁よりも守りが堅い。

 木製の扉を火矢で射られても、水のプールストーンですぐに鎮火し燃えることはなく、破城槌のような攻城兵器も、ここがダンジョンであることと狭い通路のおかげで登場することはない。

 門の真上には、弓兵を重点的に配置もしている。

 城門や城壁に何かをするより、素直に城の屋上を目指す方が攻略は現実的と言えた。

 であるのに、王国は門に何かをしようとしているのだ。

 破れるはずがないと思いつつも、タザールは確かめるために屋上から身を乗り出して目を凝らす。

 王国重装歩兵の盾で何をしているかまではわからないが、その隙間に王国兵ではない男の姿を見つける。


 「タザール、弓兵に狙い撃ちされるから、あんま身を乗り出すな」


 同様に気になって確認しに来たクリークが、飛んできた矢を剣で叩き落としながら注意した。

 タザールはすぐ身を引っ込めるが、理解できないと言わんばかりに首を傾げている。


 「あれは……、ドワーフか?」


 「は?なんだって?」


 「王国重装歩兵が城門に何かをしているのではない。奴らは何かをしている人物を護っているのだ。その人物に心当たりはないが、あの姿はおそらくドワーフだった」


 「いくらドワーフが器用だからって、鍵穴もない城門に何をしようってんだ?」


 「それは、わからないが……。しかし、俺の魔力切れを見計らったようなタイミング。嫌な予感がするな」


 「勘か?そりゃ捨て置けとは言えねぇな。………仕方ねぇ。嬢ちゃんたちを呼ぶか」


 タザールの嫌な予感に、クリークは急いで伝令を走らせる。

 伝令を見送った直後、王国重装歩兵が動く。門が壊されたわけでもなく、のろのろと引き返していくのだ。


 「何もせずに帰っちまったな。門の頑丈さを確かめに来ただけか?」


 「わからん。が、警戒をした方がいいな」


 二人して「ふーむ」と悩んでいると、王国重装歩兵は弓兵の後ろへと下がっていって見えなくなる。


 「しっかし、重装歩兵ってのは歩くのが遅いな。矢を通さないからって、あの遅さはさすがに鎧が重すぎるんじゃねーか?」


 「いや、もう少し速く移動することはできるだろう。あの遅さは異常だ。疲労か、もしくは――……」


 「タザール?」


 「異常?遅すぎる?もし疲労ではなく、あれも作業中だったとしたら……。……まさか――」


 タザールが気づきかけた瞬間、城門に魔法陣が浮かび輝き出す。

 そしてその直後。眩い閃光が溢れ出し、耳を劈く轟音。

 激しい揺れが城全体を襲い、その衝撃に耐えられずタザールやクリーク、魔法都市兵士は床に突っ伏してしまう。

 キーンという耳鳴りがする中、爆裂魔法の練習でその経験を多くしていたタザールはいち早く立ち直る。

 急いで立ち上がると、再び屋上から身を乗り出して城門を確認する。

 モクモクと煙が立ち上がって視界は良くないが、その煙の奥を視認できたタザールは悔しそうに呟いた。


 「門が………、破られた」


 死力を尽くして保ってきた均衡が破れてしまったのだ。

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