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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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王威

 半日前。

 オーセブルクから南へ2()()()()()()()、街道の分かれ道に帝国軍はいた。

 当然、シリウスもこの中にいるが、あり得ないことに護られるべき皇帝は行軍の先頭だった。

 行軍中、シリウスは三頭立ての馬車に乗る。馬車の内部は巨大なベッドがおいてあり、寝ながら行軍するのだ。

 しかし現在、そのシリウスはこのベッドにいない。馬車の外に出て、分かれ道の看板を眺めている。

 看板にはこう書かれていた。北、オーセブルク方面。西、王都オーセリアンと。

 シリウスは時間を確認するように一度空を見上げたあと、側に控える兵士に命令した。


 「ガイアを呼べ」


 シリウスの命令を実行すべく兵士が走り出す。それからしばらくすると、大柄な老戦士がシリウスの前へやってきた。彼こそがガイアだ。

 ガイアは、シリウスが初めて魔法都市に訪れた時にも護衛役に任命されるほど信頼されている人物だった。シリウスが、政務ならば宰相マーキスに信頼を置くように、戦場ではガイアこそが唯一信頼する人物である。

 そのガイアは自分の大柄な体躯で乗っても問題なく走れるような巨大な馬に跨っている。


 「ガハハ!!何かようですかな?王よ」


 「行軍が予定より遅れている」


 「ふーむ。マーキスの計算通りに行軍できているように思えますが……」


 ガイアの言っているように、宰相マーキスが計算した通りだった。しかし、シリウスは首を横に振る。


 「貴様もわかっているはずだ。戦場では何が起きるかわからんことをな」


 「たしかにそうですな!」


 「マーキスは法国が戦い始めた頃、呼応するよう軍を到着させたかったようだが、そんなものは当然ズレる。帝国は法国到着予定より早く着いているべきなのだ。計算通り事が運ぶと考えるマーキスにはわからんだろうがな」


 ガイアは兜を脱ぎ、頭をガリガリと掻くとまた「ガハハ」と豪快に笑う。


 「それで王はどうしろと仰るのですかな?」


 そう言われたシリウスは、王都側を指差す。


 「ガイアは軍を率いて王都を目指せ」


 それはつまり軍を王国首都へ向けろと言っているのだ。


 「帝国は魔法都市を助けないと?」


 「帝国軍がだ。帝国は助けるために行動する」


 一瞬意味がわからず、ガイアは眉根を寄せた。

 帝国軍が王都へ向かうというのは、オーセブルクへ向かわないのと同義。なのに、帝国は魔法都市を助けるために行動するというのだ。

 法国軍は王国の大軍と戦い壊滅し、魔法都市は引き続き攻められる。帝国軍が王都を攻め、オーセブルクに展開する王国軍を退かせるとしても、それは何十日も後のことになる。その頃には魔法都市が滅んでいるかもしれない。

 どう考えても助けることにはならない。理解不能な言葉にガイアは混乱する。

 その姿を見たシリウスは「教えてやろう」と鼻で笑った。


 「帝国とは、我のことだ」


 俯きながら「うーむ」と唸っていたガイアは、これを聞いてばっと顔を上げる。


 「たしかに!!王こそが、帝国そのものですな!………ん?軍は王都へ向かい、帝国は助ける。帝国は王で……、つまり一人で行くと?!」


 「我だけならば、2日の距離など無いに等しい。貴様ならば、戦場で我に負けはないと知っていよう?」


 「さすがですな!!ならば、そうしましょう!!!」


 あり得ないことに、ガイアはシリウスの案に即賛成した。人が考えるのを止めた瞬間である。

 ガイアが賛成したのは、シリウスを見捨てたわけでも、何か良からぬことを考えたからでもない。シリウスの言葉が全て正しいと知っているからだ。

 軍で向かうよりシリウス単独のほうが早く到着することも、シリウスが戦場で負けないことも。

 正しいと確信していることに対し、間違っていると考えることはない。

 

 「やはり、貴様を連れてきて正解だったな。他の軍上層に言った所で理解できんからな」


 ガイアの理解の速さに、シリウスは満足そうに頷く。

 帝国の命令系統は特殊で、軍を派遣できるのは皇帝であるシリウスだけだ。しかし、戦場で軍に命令できるのは軍の上層と言われる将官のみとされている。もちろん、シリウスも戦場に立つのだから意見できる。だが、最終的に軍をどのように行動させるかは、何人かいる将官が決めるのだ。これは軍を皇帝が私物化していないと国民に証明するための仕組みで、考案者はシリウスだった。

 しかし、ガイアはその軍上層部において元帥というトップで、将官も元帥には逆らえない。そして、ガイアはシリウスに従う。ガイアが戦争に参加していることが条件ではあるが、今回の戦争では事実上、帝国軍は皇帝シリウスが支配しているのだ。


 「とにかく後はおまかせを。王も久々に発散するとよろしい」


 「ふん、貴様が王の目がない戦場で発散したいのであろうが。まあ、良い。軍を頼むぞ」


 シリウスはそう言いながら聖剣を抜く。


 「ああ、一応言っておかなければ……。王よ、ご無事――」


 ガイアが全て言い切る前に、目の前からシリウスの姿は消えていた。残っていたのは、シリウスが踏み込んだ足跡だけ。そして、その足跡には炎が残っていた。

 無事を祈るのも許されないことに、ガイアはまた豪快に笑うのだった。


 シリウスは走る。

 と言っても、一歩目と二歩目の距離が百メートル以上開いているから、走っているという表現は正しくない。

 正しく表現するならば、『跳ぶ』だろう。

 実際、シリウスの移動する姿は人のそれではない。両足は炎に包まれ、背中からは2つの火が噴き出している。

 シリウスが足を地面につき踏み込むと何百キロの体重があるかのような深い足跡が残り、飛び出すと同時に足の裏から火が噴き出す。残った足跡にはその時の火が残っていた。

 それだけでも数十メートルの距離を進むが、シリウスはその滞空中に両肩甲骨からも火を噴き出して加速し、一歩の距離を稼いでいる。

 背中から出す2つの火で、シリウスの姿は巨大な炎の翼が生えているようにも見える。

 足に纏う炎や背中で噴出する炎も、普通であれば火傷では済まないほどの火力がある。しかし、シリウスに火傷はない。

 それを可能にするのは、シリウスが右手に持つ剣。聖剣イフリタの能力だった。

 聖剣イフリタは、装備者の思考通りに火を操る事ができ、さらに装備者は聖剣の発する火に影響されないというものだった。

 シリウスはそれを利用し、体から噴射させて加速していく。

 そうして、2日の距離をたった半日で移動したのだ。

 シリウスはオーセブルク付近に到着すると、目を細めてオーセブルクダンジョンの方向を眺める。そして、異変に眉を顰めた。もちろん、英雄シリウスであっても状況を把握できる距離ではない。

 だが、シリウスは経験でわかるのだ。

 ピリつく空気や張り詰める緊張感。それが開戦前の空気だと。

 シリウスはそれを感じて呆れるように息を吐く。


 「マーキスの予想は一日半のズレか。帝国で最も賢い男の計算が外れたことを嘆くべきか、法国兵の屈強さを褒めるべきか」


 シリウスはそう独り言ちて、「いや」と口角を上げる。


 「やはり我は正しいと誇るべきであろうな」


 ふんと鼻で笑いながら、オーセブルクへ再び走り出した。



 シリウスがオーセブルクダンジョン入り口に到着する頃には、既に戦いは始まっていた。戦場に二本目の巨木が生え、花が舞い散っているところだった。

 シリウスは戦場を一瞥しただけで、法国軍が突撃の勢いで敵大将を狙っていることを見抜く。さらにそれは叶わず、途中で勢いが死んでしまうことも。

 だからこそ、シリウスは嗤う。


 「ふはは!我に美味しい所を献上するか」


 シリウスの視線は、王国軍最後方に向けられていた。

 それはシリウスから見れば、最前線である。そして、全てが戦場を注視していて、背後は無警戒であった。

 目前に大将首があり、優位だからか馬にすら乗っていない。まさに美味しい所だろう。

 シリウスは自然に近づいていく。まるで散歩するかのように。それは王国軍指揮官のすぐ後ろに近づくまで続いた。

 背後に立たれてようやく指揮官が気づき振り返る。これでも早く気がついた方だろう。指揮官以外はシリウスに気がついてすらいないのだから。

 指揮官が気づいたのも、帝国の存在を気にしていたおかげだった。いや、気にしていたせいとも言える。

 故に、シリウスと目が合ってしまった。

 これが彼が最後に見た光景になる。

 指揮官も違和感は感じていた。背後に立つ若い男の鎧が、自分の鎧と比べてもあまりに高価なものだったこと。高圧的な雰囲気や不敵な笑み。それでも警戒はしなかった。

 もしシリウス一人ではなく、帝国軍が背後にいたならばこれほど無警戒ではなかっただろう。慌てながらも指揮官は移動し、もう少しだけ生き長らえたはずだ。

 指揮官の死因は、帝国皇帝の顔を知らなかったこと。

 シリウスは王国指揮官の質問に答えず聖剣を薙いだ。

 剣は何事もなく指揮官の胴へと吸い込まれていく。

 胴に触れた瞬間、指揮官は物凄い勢いで吹き飛ばされ、その間に四肢と頭部がバラバラになって散らばった。

 猛スピードの馬車に轢かれても、こんな死に方はしない。だからか、その様子を軍師やその周りの兵士たちは呆然と眺めていた。指揮官が討ち取られたというのを理解できなかったのだ。

 指揮官の証とも言える目立つ兜が地面をゴロゴロと転がるのを目で追い、ゴロンと止まって兜の中身と目が合ってようやく我に返る。

 軍師と王国兵たちの視線が、元指揮官だった首から討ち取った者へと動く。だが彼らも、討ち取った者の顔を見ても誰だかわからなかったのだ。

 故に、軍師は質問する。


 「な、何者だ?」


 ギルであったならば、こんな間抜けな質問より攻撃していたことだろう。しかし、彼らはまだ混乱から立ち直っておらず、当然ながらギルでもない。

 さらにギルならば、質問されても答えず追撃すらしていただろう。

 だが質問された男は、不遜王。質問に快く答える。


 「帝国皇帝シリウス」


 答えを聞いても理解できないのか、「え?」「こうてい?」と兵士たちは顔を見合わせて首をかしげるばかり。

 その様子をシリウスは鼻で笑い、指揮官だった首に剣を向ける。


 「どうした?帝国の王、シリウスが覇を唱えに来たのだぞ?」


 いち早く理解したのは軍師だった。シリウスから距離を取ると、兵士たちに命令した。


 「皇帝シリウス!!帝国の王だ!兵士、奴を仕留めろ!!」


 まだ理解が追いつかなくとも、兵士は命令で動く。10人ほどが一斉に剣を抜き、シリウスへと襲いかかる。

 しかし、シリウスに襲いかかった兵士たちは剣を振り上げることもできず、全員が同時に上半身と下半身が別れ、地面へと転がった。

 王国兵10人が、瞬く間に絶命したのだ。


 「え?」


 またも理解できない出来事が起こり、軍師は再び混乱する。

 剣を薙いだ格好のまま、シリウスは軍師を睨む。


 「我は名を告げた。であるのに、我と同じ目線に立つか」


 シリウスがそう言うと、濃厚な殺意が辺りに漂う。そして、残身を止めて一歩踏み出した。

 すると、王国兵の何人かがあることを思い出し剣を捨てて逃げ出す。

 その思い出したこととは、シリウスの異名。『会敵確定死』。

 戦場で会えば、死は確定している。

 故に逃げ出したのだが、その兵士たちは炎に包まれてしまう。


 「戦場で、皇帝シリウスに背を見せる?無礼者め」


 当然、これもシリウスの攻撃だった。聖剣イフリタによる炎で逃げることはできない。

 シリウスはもう一歩進む。

 立ち向かうことも、戦うことも許されない。軍師は震えながら仰け反ることしかできなかった。

 シリウスがさらにもう一歩。

 軍師だけではなく、シリウスに向かい合う者全てが、何かに押されるように尻もちをつく。

 そして、最後の一歩をシリウスが進む。

 シリウスを認識する者全ては選ぶ。跪くことを。

 帝国皇帝に王国兵が跪き降伏することで、死ぬことを免れるのだ。

 シリウスは敵が従順に跪く光景を見て嗤う。


 「ギルであっても、これはまだ真似できん芸当だろう」


 ギルは敵軍勢を魔法の一撃で仕留め、恐怖を植え付けて逃げ惑わせる事はできる。しかし、シリウスは少し実力を見せ、歩くだけで従わせる。

 シリウスの言葉通り、これはシリウスだけにしかできない。


 「これが真の王たる威よ。ふはは!」


 シリウスは歩き続け、王国兵は次々と跪いていった。それはリディアと再開するまで続き、呆気なく戦は終わったのだった。

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