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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
二章 術式付与
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次の為の準備

 依頼達成祝いの次の日の早朝。

 それは突然だった。『黄金の羊亭』の二階にある、俺が宿泊している部屋のドアが勢い良く開かれた。

 勢いよくなんて生ぬるい。当事者の俺からすれば爆発音に近かった。


 「ギルの旦那!」


 入り口には幼女が立っていた。いや、ドワーフの女性が立っていたのだ。そう、ドワーフの鍛冶屋、シギルだった。


 「はい!すみません!すぐに出社します!」


 俺は変な言葉を発しながら、飛び起きた。


 「旦那?何を言っているんスか?いや、どこ行くんスか?」


 俺が意味不明な行動を取っているのだから、このシギルの反応は当然だろう。

 その俺はというと、タンクトップにボクサーパンツのまま、スーツを持ち自分の宿泊している部屋を出ようとしていた。

 そして、眠気眼のまま辺りを見渡し、シギルを見てようやくここが地球ではないことを思い出した。

 なんで異世界に来てまで遅刻してしまった感覚を思い出さねばならんのだ。

 普通なら怒る所だが、妙な安堵感のせいで怒りが静まってしまった。


 「え……っと。シギル?なにしてんの?」


 「ギルの旦那!目覚めたッスね!話があるッス!」


 「はあ……」


 「なんスか、その反応は。まあ、良いッス。あたしはギルの旦那達に着いていくことに決めたッス」


 まだ完全に目が覚めていない俺は、シギルの言葉を頭の中で何度も反芻し、ようやく昨日の件だと思いだした。


 「え……、あ、うん。よろしくね」


 「それは了解してくれたって事ッスね!やったッスお二人共!」


 そう言うとシギルは俺の部屋を出ていき隣の部屋、エルとリディアの部屋へと戻って行った。

 シギルは昨夜食事を終えてから、二人の部屋に泊まったらしい。色々と二人に相談したのだろう。

 俺達の旅に着いていくことは一大決心だったと思うし、徹夜で悩み、三人で話し合ってようやく結論が出たのだろう。急だったが新しい仲間を歓迎もしよう。

 だけどね、まだ日が上がってない時間帯に、夜中まで飲んでた俺の、それも鍵がかかっていた部屋のドアを蹴破るのはどうなんでしょうか?


 「鍵壊れちゃったよ。どうすんのこれ」


 蹴破られたドアを見ながら俺は嘆息した。

 遅刻した危機感と共に目覚めてしまったから、もう寝れそうにない。起きようか……。

 そして自分の下半身を見る。


 「お前、こんな時でも元気だね」


 そう言ってからスーツを着て、まずはトイレに行くのだった。



 朝の突撃の後、寝れなくなってしまい宿屋の1階の食堂へ降りてきて、果実水を飲みながら昨日のヴァジとの会話を思い出していた。

 ヴァジの話によると、このオーセリアン王国で異世界から英雄が召喚された。正確には異世界から召喚された者の事を『神児(しんじ)』と呼ぶそうだ。確かに英雄とは人と神の間に生まれた子の物語が多いからそう呼ぶのは正しいと思うが、ヴァジは英雄と言っていた。

 それには理由がある。このオーセリアン王国は現在、この国の南西に位置する国、ナカン共和国と戦争をしているらしいのだが、その最前線で召喚された『神児』が一人で大量の敵兵を殺し、大戦果を上げたそうだ。そしてそれを讃え既に英雄と呼ばれているみたいだ。

 召喚された時期については不明だが、ここ最近と言っていたから俺と同じ時期に間違いないだろう。

 それにしても、あちらさんは俺とは違いチートな能力を持ってこの世界へと来たようだ。


 「………この国が元凶か」


 俺が握る木のコップが、みしりと音を立てる。

 いけない、力を入れすぎた。だけど、腹が立つのだから仕方がない。他国の人間と戦争させる為だけに召喚したのかと思うと怒りが込み上げてくる。

 この国のお偉いさんは俺が嫌いなタイプに違いない。この街を見る限りではあるが、国内は平和そのものだ。恐らくは、王国が仕掛けたんだろう。国力も兵力も余裕があるとヴァジも言っていた。やはり戦争で利用する為だけに召喚したのは間違いないだろう。

 ヴァジの話にはまだ続きがあった。歴史を見ると召喚される『神児』は一人ではなかったらしい。だけど、今回は一人で召喚された。召喚自体が失敗したか、その英雄の力が強すぎて一人だけが召喚されたのだろうと言っていた。

 いえ、多分俺もその一人ですよ?召喚失敗してバラバラに出現しただけなんすよ。ざまぁありません!

 しかしだ、これで王都から離れる理由が出来たな。今、力がない俺が行っても捕まって利用されるだけだ。王を一発殴ってやりたいが我慢して力を蓄えよう。


 「まったく、やべー国に呼ばれちまったな。やはり今は秘密にしておかないとな」


 そうして俺は木のコップに残っていた果実水を飲み干して部屋へ戻った。



 エル、リディア、シギルが目を覚まし、俺へ挨拶に来たのは昼過ぎだった。


 「その、朝は失礼したッス」


 「ギルさま、すみませんでした。眠りを妨げてしまって……」


 「いろいろ、興奮して、わからなくなった、です」


 三人はテンションが上がってしまい、俺の部屋へシギルを突撃させてしまったと言っていた。

 ん?テンションが上がると突撃するもんなの?意外とやべー奴らをくっつけてしまったかも知れない。


 「ま、いいよ。それでシギル、本当にいいのか?」


 「はいッス。興奮していたとはいえ、しっかりと考えて決めたッス。今のまま、ここで鍛冶屋を続けてもいつかは店を潰してしまう事になるッスから」


 シギルはこの街で続けても未来は決まっていると言っていた。だったら、一緒に旅をし鍛冶の勉強をしながら、俺達の武器を作って有名になる方が鍛冶屋を残せる可能性があると考えたみたいだ。

 シギルの腕は悪くない。それもドワーフの作る武器だ。いつかは日の目を見るだろうが、その時には武器屋は潰れた後になるかもしれない。シギルの言っている事には一理ある。


 「そうか。朝寝ぼけていたが、俺の答えは変わらない。一緒に旅をしようか」


 「はいッス!」


 「よかったですね!シギルさん」


 「うん、よかった、です」


 「ありがとうッス!リディア、エル」


 三人で手を握り合って喜んでいる。はあ、何かいいよね、こういうの。



 それから一階へ降り俺達は食事を済ますと三人に話し出す。行き先が決まったと。


 「迷宮都市オーセブルクですか?」


 「そうだ。俺達には足りない物が3つある。わかるか?」


 「まずは金ッス」


 シギルが答えた。どうやら昨日の女子会で色々話して、理解しているようだった。


 「正解。後は?」


 「ちから、です」


 エルはそれを求めて旅をしている。最初から頭に浮かんでいたのだろう。


 「そうだな。最後は?」


 「最後は、なんでしょう?」


 リディアも二人の答えと一緒だったみたいで、残りの一つが分からなく首を傾げている。


 「経験だ。何にしても最後にモノを言うのは経験だよ」


 これは俺の持論になる。力や金を持っていても、経験がなければ強者には勝てない。だが、経験だけでは駄目だ。力、金、経験の3つを手に入れて初めて、実力だと思っていた。

 3つが揃っていれば、おいそれと他の奴らからちょっかいは出されないと思う。名誉だとか名声は、その過程でついてくるとも考えていた。

 もちろんどれか一つ飛び抜けていても良いだろう。だけど、俺達に無いのは既に分かっている。


 「さすがは賢者と呼ばれているだけあるッス。色々考えているんスね」


 おい。誰が話した。いや、分かっている。リディアだな?

 俺がリディアを見ると、リディアは顔を赤くして照れている。

 ちがうよ?褒めているんじゃないよ?

 はあ、まあいいや。可愛いから許そう!その美貌に感謝するんだな!


 「まあ、そういうことだ。早速で悪いが状況が変わった。この国は戦争をしているのは知ってるか?」


 俺が聞くと、リディアは真面目な顔つきに戻った。


 「はい。一応この街を拠点にしていますから、知ってはいました」


 「あたしも、ここが故郷だから知ってるッス」


 エルは腕を組みながら首を傾げている。リディアとシギルだけは知っていたみたいだな。

 あとね、エル。腕、組めてないから。それだと、ただ自分の体抱きしめているだけだよ?

 突っ込みそうになったが、今はやめておこう。後で密かに腕の組み方を教えよう。うん。


 「それでこの街を今まで見ていたけど、全く戦争の影響はないみたいだな」


 「今は優勢らしいからじゃないッスか?詳しい情報は国の南東に位置するこの街にはあまり入ってこないッスね」


 「私も冒険者達から話を聞いたことありますが、それほど話題になっていませんね」


 どうやら英雄の話はこの国全部が知っているわけではないみたいだ。しかし、国力が弱ることがない程、召喚された奴は一人で戦果を上げているのか?だとしたら、どれだけの化物が召喚されたんだ?

 その英雄には悪いが、今は助けることも、様子を見に行くことも出来ない。出来る限り王都からは離れなければならない。その事を三人に隠しつつ戦争に巻き込まれないように急いでこの国から離れるべきだと話した。

 迷宮都市オーセブルクは、この国とブレンブルク自由都市との国境にある。何かあっても、すぐにブレンブルク自由都市に入れるのならば好都合だ。


 「そういうわけで、この街をすぐにでも出たいと俺は考えている」


 「マジッスか、なら急がないといけないッスね」


 「店の事か?何か考えがあるのか?」


 「考えって程じゃないッスけど、一応昨日お二人と相談しながら決めたッス」


 シギルは今持っている全財産を全て税金に払ってしまおうと考えていた。税金さえ払えば、店を休みにしてこの街を離れても安心だそうだ。

 そういうことなら、冒険者ギルドのギルドマスターにも助けてもらおう。後で話に行ってみるか。


 まずは、シギルの店を休みにする準備をしなければならない。休む準備というのも変だが、要は埃がかぶらないようにするとか、高価な武器は奥にしまうとかそういう事だ。

 その準備を手伝うために全員でシギルの鍛冶屋に向かうことになった。



 その後4人でシギルの店の休業準備を手伝うと、思ったよりも早く終わった。

 それからはシギルしか出来ないことだから俺達は引き上げ、冒険者ギルドに来ていた。

 グレゴルにシギルの店の件をお願いしようと思っての事だったが、グレゴルも俺達に用事があったようだ。


 「おお。ギル、呼びに行く手間が省けたわい」


 ギルドに着くといつもの応接室に通され、椅子に座り待っていたらグレゴルが入ってきた。


 「ギルドマスターにお願いがありましてね。そちらも俺達に?」


 「そうじゃ。これじゃ」


 グレゴルが机の上に青と緑のドッグタグが置いた。青色のCランクドッグタグは俺とエル、緑色のBランクドッグタグはリディアにだ。

 そういえばそんな話だったな。どうでも良かったからすっかり忘れてた。


 「ありがとうございます」


 俺が言うとエルとリディアも頭を下げる。


 「いや、こっちこそ森のアンデッドの件では世話になったわい。それから平原の方もアンデッドの数が少なくなっているようじゃ」


 「この一日で分かるものなのですか?」


 リディアが言うのも分かる。たった一日で変化があるものなんだろうか?


 「わしらも不思議なんじゃ。ここ一週間程アンデッドを発見し討伐してきたが、今日の数は以前の数とは段違いに減少している。たまたまかもしれんが、冒険者達の報告では、今日は全然見つからなかったと言っておったそうじゃ」


 ということは、毎日あのリッチがスケルトンを平原へ送っていたのか?だとしたら、倒した意味はあったと思うが……。

 どうも何か変だ。だが、今の所はこれで満足するしかないな。考えても分からないものは分からない。


 「さて、それでギル達の要件とはなんじゃ?」


 「ああ、そうだった。それが……」


 俺はシギルの件をグレゴルに相談してみたら、気にかけてくれるそうだ。グレゴルは長いことこの街でギルドマスターをしている。それなりに人脈もあるのだろう。

 あとは俺達は迷宮都市へ行き、力をつけてくると話した。グレゴルはせっかく新しいBランクがこの街から生まれたのに出ていってしまうことを残念がってくれたが、理由を説明したら分かってくれた。


 「強くなったらまた顔を出すんじゃぞ?」


 「もちろんだ。世話になったな」


 俺はそう言うと握手を交わした。そして、冒険者ギルドを後にした。

 その足でシギルの店へ戻ってくると、シギルも帰ってきていた。

 シギルにギルドマスターの件を話すとすごく喜んでくれた。

 そして今日はこの家でゆっくりすると言っていたから、俺達は宿に帰ることにしたが、明日鍛冶場を使いたいとお願いしておいた。シギルにも手伝ってもらおう。


 明日はすごく忙しくなる。旅をするための準備をしなければならない。

 俺達は宿に帰るとさっさと寝ることにしたのだった。

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