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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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終わりは突然に

 「――というわけです」


 アーサーの言動に対して苦笑い気味のリディアは、王国兵士たちと戦いながら大雑把ではあるが状況を説明した。

 ドハラーガはリディアの話を聞くにつれ、自分たちが躁急だったことに青褪めていく。


 「では、私たちの心逸りな行動で無駄な犠牲を……」


 「いえ、状況が伝わっていませんでしたから仕方ないかと」


 リディアはドハラーガの言葉を即座に否定。状況を知らない法国が、帝国の動きに合わせることなど不可能であるし、現在の危機的状況下にこの会話が原因で指揮官クラスのモチベーションを下げたくなかったからだ。


 「そうだよ、気にすんなよ、ドハラーガ君」


 変な方向へ折れ曲がった指で鼻をほじりながら全く反省の色を見せないアーサーに、ドラハーガは白い目を向ける。

 リディアも少し困った表情で、アーサーが今も抱きかかえる小さい馬をチラチラと気にしている。


 「何も言わないでください。ツッコむとつけ上がりますから」


 「は、はい」


 「それで我々はどうすべきでしょうか?」


 「私が魔法剣……、魔法で先程と同じ現象を起こしますので、法国軍の方々はそこを目指して突撃を続けて頂けたらと。もはや、生き残るには王国軍指揮官をなんとしても討ち取るしかありません」


 魔法剣の存在は、魔法都市で機密ではなくなっているが、説明する時間がないことから魔法と言い換える。それをアーサーとドハラーガは気にした様子はない。

 元々、敵指揮官まで一直線に突破して討ち取る『斬首戦術』を提案していたアーサーは、続行という言葉に対して満足気に頷いている。

 逆にドハラーガは表情を少し曇らせた。突撃続行に対してではなく、あの美しくも残酷な魔法が行使されることにだ。


 「あれを……ですか」


 戦っているからかリディアがドハラーガの表情の変化に気付くことはなかった。


 「消費魔力が多すぎるので、あと二回が限界です。その後は法国軍の方々に頑張ってもらうしか……」


 リディアが心底申し訳無さそうに話すと、ドハラーガは慌てて表情を戻し「十分です」と首を横に振る。もちろんこの反応もリディアが見ているわけではない。

 リディアが自分の国を救いたいから必死だと、ドハラーガもわかっている。それでも、一人で大軍の中、法国軍の手助けをするために参戦する勇気に対してする表情ではない。

 それに、法国兵は一人で10人力だと自信を持っているが、リディアは一騎当千だ。敬意を表するならまだしも、悍ましいという気持ちを表情に出して、最高戦力のモチベーションを下げるのは失礼だろう。

 ドハラーガはそう考えてころころと表情を変えていた。


 「その後は我らにおまかせを。必ずや魔法都市を救いましょう」


 「……感謝を。では、会話が長引いた分だけ状況は不利になりますので!」


 リディアはそれだけ言うと敵軍勢の中へと飛び込んでいく。それを見送るとドハラーガは「どうせ行使されるなら、利用させてもらいましょう」と呟き、法国兵士に向かって声を張り上げる。


 「神はあと二度神敵に対し罰を与え、我らにはあと二度導きをくださる!我らはそれを目指し突き進むぞ!!」


 「「「おおっ!!!」」」


 リディアを兵士への鼓舞に利用する。そして、次はアーサーへと声をかける。


 「隊長!」


 「うん?」


 「さっさと魔法都市を助け、法国へ戻って風呂でも入りましょう!」


 英雄のテンションを上げるのも忘れない。これがアーサーの好きなネタを知らないドハラーガの精一杯だった。

 だが、アーサーの反応は薄い。間抜けそうな顔で中空に視線をやって意味を考えている。

 ドハラーガがテンションを上げるには少し弱い言葉だったかと困っていると、突然アーサーは何かに気づいたかのようにハッとし、ニカリと笑う。


 「わかったよ、ドハラーガ君!!法国に帰ったら一緒にケツ湯に入ろう!!」


 アーサーは勝手に勘違いし、テンションを上げる。


 「いや、普通に入りまし――」


 「よし!!!オレに付いてこい!!!全軍、再突撃!!」


 ドハラーガの言葉を遮って突撃の命令を下すとアーサーは飛び出し、突撃は再開された。

 こうして、若干一名のテンションだけ下がるが、法国軍は勢いを取り戻した。


  ――――――――――――――――――――――――


 王国の軍勢にひとりで突っ込んだリディアは、凄まじい勢いで進んでいった。襲いかかる王国兵を次々と斬り倒し、その表情には余裕すらあった。

 数十万の敵に対してその余裕は慢心のように見えるが、そうではなく実際に余裕なのだ。

 それは手加減されていたとはいえ、皇帝シリウスに勝ったという自信によるものだった。

 王国兵の発する殺意はシリウスに比べればそよ風のようで、王国兵の振る剣はシリウスに比べれば止まっているようにリディアは感じる。

 リディアは王国兵の誰よりも速く刀を振り、冷静な一撃で確実に急所突く。

 さらに上空から仲間の援護もあった。

 王国弓兵の矢が届かない高さから、エルの長距離射撃、エレナやエミリー、クルスの魔法でリディアの進む先の敵を減らしているのも勢いに拍車を掛けていた。

 ちなみにテッドは箱の運転手として貢献している。

 リディアは敵を斬り倒し進みながらも、上空を気にしていた。心配をしているわけではなく、合図を待っているのだ。

 リディアからすれば周りは王国兵だらけで状況がわからない。法国軍と自分の距離はおろか、王国軍のどの辺りまで進んだかさえ把握できない。

 しかし、上空からならばそれは盤面のように丸見えだ。

 回数が限られている魔法剣を、最も重要な場面で使うためである。

 そうして合図を待ちながら進んでいると、空の箱がある辺りに光が灯る。エルの合図だ。

 リディアは即座に止まると周囲の敵をなぎ倒し、魔力を剣に込める。

 満開の桜が咲き乱れると、背後の方から勝ち鬨のような声が戦場に響く。法国軍が神の導きを目にして士気を上げたのだ。

 上空のエルは、法国軍の突撃が弱まった時を狙って合図を出していた。もちろん、魔法によって作られた大木が神の導きになっているのだとエルは知らない。リディアの魔法剣によって焼き尽くされ、敵軍勢にぽっかり空いた空間で、法国軍を少しでも休ませようとしているだけだ。

 リディアは魔法効果が終わっても魔力を流し続け、大木を出し続けながら生き残った敵を倒す。この空間を確保し、法国軍が追ってくるのを待つために。

 リディアが数度使える魔法剣を、たった三度しか使えないのは魔法効果を残して無駄に魔力を使っているからだった。

 法国軍を少しでも休ませ、少しでも突撃の勢いを保つため必要なことなのだ。

 しばらくすると、王国兵を切り開いて法国軍の先頭であるアーサーが空間に現れる。

 リディアはほっと息を吐くと、剣に魔力を込めるのを止めてまた敵軍勢へと単身突っ込んでいった。


  ――――――――――――――――――――――――


 上空でエルは合図を送る。次の瞬間、地上で三度目の桜が吹き乱れ、大地を焼け野原にした。

 エルはリディアを援護するため、すぐ光のプールストーンからクロスボウに持ち替えると狙い撃つ。クロスボウから放たれたボルトは、急所こそ外していたものの武器を持てなくしたり、歩けなくしたりと確実に王国兵を行動不能にしていた。


 「テッド、もう少し箱を移動させて」


 エレナの一言で箱がゆっくりとリディアを追っていく。


 「テッドさん、行き過ぎです。戻ってください!」


 「テッドさん、戻り過ぎちゃいました」


 クルスとエミリーが立て続けに指示を出す。すると、テッドは悔しそうに声を上げる。


 「くそっ!!俺は御者しかできねーのか!」


 戦士であるテッドは、リディアほどの強さがないことから運転手を任命されていた。年下にまで指示を出されていたことに苛立っていたのではなく、何の役にも立てないことを悔しがっている。


 「箱の御者も立派な仕事よ。私たちは全員魔力がなくなるまで使ってしまうから助かっているわ」


 「「そうです」」


 エレナのフォローに、エミリーとクルスが即座に乗っかる。

 地上で魔法剣を使っているリディアはもちろん、エルは土属性でボルト変えに、エレナは石を落とし、エミリーとクルスは火の魔法を撃ちまくり魔力を使っている。

 この援護も魔力を使い切るまでなのだ。だが、テッドが温存しているおかげで、箱だけは自由に移動できる。


 「それなら良いんだけどよ……。しかし、とんでもねぇ戦法だな、こりゃあ」


 安全な場所から一方的な攻撃を続ける兵士でも冒険者でもない、一般人であるエミリーとクルスをみながらテッドは溜息を吐く。

 航空戦力がないこの世界では、航空優勢の獲得など躍起になる必要はなく、この小さい物置小屋程度の箱だけで制空権を握る。それは、ただ物を落とすだけでも敵を倒すことができるということだ。

 もちろん、これを教えたのはギルであり、しっかりと聞き覚えていたリディアのお手柄だろう。


 「お兄ちゃんは、ヒトがゴミのようになるって言ってた、です」


 「酷い言い草だが、間違ってはねーな。それに残酷だ」


 テッドは王国兵を憐れんでいるわけではなく、視線はエミリーとクルスに向けられている。

 一般人である二人が戦に参加できているのは、安全な場所から攻撃できるからだ。それに遥か上空からでは、相手の顔も被弾したかも見えないからこそ、戦っているという自覚もなく攻撃できる。

 テッドは無自覚な戦闘が出来るこの戦法を残酷だと言ったのだ。

 当然、リディアも二人に強制していないし、頼むことすらしていない。彼女たちの意志で戦っているのだが、テッドにとってはやるせない気持ちになる。

 その考えが頭を支配し始めた時、全ては王国が悪いと頭を振って考えを追い出すことを何度もしていた。


 「はぁ……、それで戦況はどうだ?」


 「芳しくないわ。リディアさんも度重なる魔法剣の行使で、魔力が底をつきかけているのか動きが良くない」


 三度目の魔法剣を使用した直後から、リディアの動きが悪くなっていた。一撃で敵を仕留めることが出来なくなり、手数が増え始めて進みが遅くなっているのだ。明らかに魔力枯渇の影響だろう。


 「チッ、拙ぃな。エルの嬢ちゃん、リディアの嬢ちゃんを優先的に援護してやってくれ」


 「あい」


 エルが返事をすると、クロスボウについているクランクを高速で回す。魔法で作り出したボルトが、ガトリングガンのような音を立てて飛んでいく。

 これならしばらくは大丈夫だと、テッドは再びエレナに顔を向ける。


 「それで法国軍の方は?」


 「そちらの動きもあまり……。当初の突貫力はなく、じりじりと進んでいると言った具合よ。相変わらず、馬は空を飛んでいるけど」


 「あの馬はいったい何なんだ……。しかし……、旗色は悪いか」


 「ええ、このままではもうじき突撃は完全に止るわ。リディアさんは法国軍と合流できたけど、もう回収を考えたほうが良いかもしれない」


 魔法剣が使えないリディアは、法国軍と合流して戦っていた。しかし、死力を尽くし続けて戦っている法国軍に、魔力切れで精彩を欠くリディアが加わったところで突撃に勢いを増すことはない。

 その上、エレナは言っていないが、突撃で進めた距離も短かったのだ。現在はようやく3分の2を進んだ辺りで、残りを突破するのは到底無理だと上空から見ていればわかる。

 だからこそエレナは、リディアだけでも法国軍に紛れている今のうちに回収すべきではと提案したのだ。


 「そこまでか……」


 エレナは出来る限り普通に話しているが、長い付き合いのテッドは焦っていることを見抜く。回収を考えたほうが良いと言ったが、その回収すら出来るかわからないと。

 さらに、それは法国軍を見捨てることでもある。

 法国軍はすぐ全滅するが、そのうち奇跡的に何名かは必ず生き残る。その何名かが法国へ帰り、事の顛末を伝える。突撃の勢いが止まった途端、魔法都市のリディアが早々に撤退して法国軍を見捨てたことが知れ渡るだろう。

 決断しそう動けば、ここまで手助けしている四人も無関係ではいられない。法国から永遠に恨まれるのだ。

 故に、テッドは悩む。しかし、悩んだのは僅かだった。


 「仕方ない。ここでリディアの嬢ちゃんを失うわけにはいかない。箱を地上に寄せる」


 その後、小さな声で「汚名は俺が着る」と言いながら、箱を動かす為に操縦桿である燭台を握る。

 だが、それにエルが待ったをかけた。


 「待つ、です!」


 「ん、どうした?エルの嬢ちゃん」


 エルは目を細めて戦場を見ている。王国軍総指揮官がいる方向を。

 テッドは今更王国の指揮官を見て意味があるのかと首を傾げるが、エルがもっと先を見ていることにハッとする。

 エルが見ている方向は王国軍指揮官がいる方向であり、帝国軍が来る方向でもある。


 「まさか!!帝国軍が来ているのか?!」


 一縷の望み。帝国軍が間に合えば挟み撃ちは成立し、皇帝シリウスが戦場に立てば戦況をひっくり返せる。

 あり得ない妄想が実現したのかとテッドは聞くが、エルは首を横に振る。それは帝国軍は到着していないことを意味する。

 一度希望が生まれ、絶望に落とされたテッドは、目に見えて落胆した。


 「それは……そうか。帝国軍が今到着するなんてことは不可能だよな」


 帝国軍の到着予定は、法国軍がオーセブルクに到着する可能性のあった2日後だ。どう急いでも、2日の距離を縮める事はできない。

 一人を除いて。


 「なんで………、どうやって……シリウス皇帝が?」


 エルが普段のですます口調を止めて、驚きを顕にしながら名を出す。

 そう、()は来ていない。


 「「「「え」」」」


 その名でテッドたち四人も攻撃の手を止めて、エルの見ている方向へ顔を向ける。

 四人には見えないが、間違いなくシリウス皇帝が既に戦場にいるのだ。それも一人で。

 これ以上驚きはないだろう。しかし、驚くことはまだあった。

 その言葉がエルの口から知らされた。


 「王国の兵士たちが、膝をついている、……です」


 王国陣地最後方にて、()()()()()()()()()()に跪き頭を垂れていた。

 最前線で戦うリディアとアーサー、ドハラーガや王国兵は気づいていない。既に戦いが終わっていることに。

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