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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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赤髪の戦士

 数時間前、リディアたちはオーセブルク上空にいた。

 帝国軍の到着はまだ先で、法国軍ですらもう少し時間が掛かると予想していたのもあって急ぐ必要はなかった。だが、飛空艇の操縦に慣れたからか、法国軍と王国軍が戦う一日前には既に上空に着いていた。

 魔力回復のために一日掛けて休息したところで、監視していたエルが異変に気が付く。


 「お姉ちゃん、地上がおかしい、です」


 「王国軍に動きがあった?」


 リディアの視力では、地上で何が起こっているのか見えないが推測なら出来る。

 予定通りならば帝国軍が関所を突破した連絡がオーセブルクに届く頃で、それによって王国軍が行動を起こしてもおかしくない。そう考えてリディアはエルにこう聞いたのだ。

 しかし、エルは首を横に振る。


 「鎧を着たヒトたちがいっぱい来た、です。色が違うから、たぶん、王国じゃない、です」


 「王国軍とは別の軍隊……?でも、領地によっては鎧に色をつけることもあるから、それも王国軍の兵士かもしれない」


 「銀色だらけ、です」


 「銀……?まさか、いやでも早すぎる。エル、その銀の鎧を着たヒトたちは、どっちから来たかわかる?」


 銀色の鎧と聞けば、リディアにもどの国の軍隊か想像がつく。しかし、リディアの言ったように早すぎるのだ。

 軍隊の多くは歩兵で、行軍は当然歩きだ。甲冑や武器を持って歩くとなれば速度は出ないし、逆に疲労は溜まる。強行軍だった可能性もあるが、早く到着するという時間的なメリットはあっても、無理した分疲労はさらに溜まり、それによって士気低下につながってしまう。デメリットが多すぎて自軍の救出ならまだしも、他国の救出のためににするとは思えない。

 だからか、リディアはどの国の軍隊なのか予想できずにいた。

 あとはどの方向から来たかを判断材料にするしかないのだが、「あっち、です」とエルが指差した方向は北だったことで、リディアは眉根を寄せることになった。


 「うわっ、そんな渋い顔してどうしたんですか?リディアさん」


 リディアとエルは飛空艇の談話室にいて、そこにはテッドたちもいた。リディアが戦闘以外で怖い顔をしないからか、たまたま見たエミリーが驚いてしまう。それによってテッドたちも何か予定外の事が起きたのだと察した。


 「リディアの嬢ちゃん、王国に何か動きがあったのか?」


 王国がまた余計なことをしたに違いないと、テッドは溜息を吐きながら聞く。


 「おそらく、法国軍が到着しました」


 答えにテッドとエレナもリディア同様に難しい顔になる。まだ理解していないエミリーは別意味で難しい顔をして首をかしげる。


 「援軍じゃないですか。なのに喜ばないんですか?」


 「援軍は喜ばしいわ。けれど、早ければ良いってものじゃないの」


 「でも、帝国ではあれだけ早く援軍を望んでいたのに……」


 帝国滞在中、リディアが帝国軍が動き出すのを今か今かと待ち、眠れない日々を過ごしていたのをエミリーも知っている。だからこそ法国軍が早く到着するのが悪いこととは思えなかった。

 理解できないエミリーを納得させたのは、意外にもクルスだった。


 「帝国のあの宰相が頭を悩ませて計算して法国軍の到着はまだ先と予想した、と言えばエミリーも納得できる?」


 「あー……、マーキス宰相様ですかー……。私たちには詳しく教えて頂けませんでしたけど、最も効果的なタイミングで帝国軍が到着するのが好ましいって言ってましたね」


 エルとエミリー、そしてクルスはマーキスとよく会話していて、ここまで情報を引き出すことができて知っていた。緻密な計算で法国軍の到着を予測し、それに合わせて帝国軍が動くことはエミリーにも容易に想像できる。

 当然ながら法国軍の早すぎる到着は予定になく、それはつまり帝国軍も効果的なタイミングで到着は出来ないということだ。

 さらにリディアが補足する。


 「宰相マーキスが考えたのならば、帝国軍の被害を最小限にする方法を取るはずです。予想ですが、挟み撃ちと皇帝シリウスという2つのカードを使い、戦うこともなく王国を撤退させるつもりだったのかもしれません」


 テッドはリディアの予想が正しいと頷く。


 「だな。こういう時のためにシリウス陛下の異名を好き勝手言わせてきたんだろう。ついでに剣を一振りさせれば嘘じゃないと示せるしな」


 「はい。オーセブルク外の王国兵さえいなければ、ダンジョン内はどうとでもなりますから」


 「でも、すぐ開戦するとは思えませんし、帝国軍が遅く到着するだけなのでは?」


 クルスがこう言うと、エミリーも同じことを思っていたのか隣で「うんうん」と頷く。

 この質問にはエレナが「ちがうわ」と答える。


 「敵が攻めてきて、その数が自分たちより圧倒的に少なかった場合はどうするかしら?さっさと戦って追い返さない?」


 「あ」


 「え、え、どういうことですか?」


 クルスは理解したがエミリーはまだわかっておらず、エレナとクルスを交互に見ていた。


 「つまりだ、エミリー。すぐに戦闘は始まり、圧倒的に兵数が少ない法国軍は敗走する可能性が高いってことだ。そのあとに帝国軍が到着しても、効果的なタイミングってやつじゃなくなる。まあ、シリウス陛下がいれば帝国軍の負けはないと断言出来るが、それでもまた『どうして帝国軍が王国の領土にいる』って言い合いから開戦までの流れをすることになる。時間がないのに二度手間ってやつだろ?」


 テッドがわかりやすく教えて、ようやくエミリーも理解し「そういうことだったんですね」と頷いた。


 「帝国が軍を出す約束をしてくれたあと、すぐ法国にも書簡を送りましたが、これだけ早く到着したとなるとその連絡は届いてなさそうですね。私が出向いて開戦を遅らせるように伝えるしか……」


 こうなれば開戦を遅らせ、帝国の到着に合わすよう調整するしかない。それを伝えるには上空で待機している自分が適役だけど、どうするか。

 そうリディアが悩んでいると、突然エルが「あ!」と大きな声を上げた。

 何事かと全員がエルへと顔を向けると、エルは地上を凝視しながら続きを話した。


 「銀の鎧のヒトたち、突撃した、です」


 「「「え?」」」


 これは驚いたのではなく、耳を疑ったから出た言葉だった。エルが法国軍の接近に気がついてから、あれこれと悩みながら会話して一時間ほど過ぎている。

 たった一時間。その間に陣形を整えるならまだしも、突撃はあり得ない。

 だが、聞き直してもエルの答えは「突撃、です」だった。

 それからはエルの実況を聞きながら大急ぎで戦闘の準備を始め、作戦も決まらないまま地上へ降りる箱へと乗り込む。

 地上へ降りている間で突撃の勢いがなくなり、法国軍が王国軍に囲まれたことをエルから聞くことになる。

 その状況になってようやくリディアの作戦が決まる。いや、そうせざるを得なくなった。


 「私が王国軍のど真ん中で魔法剣を発動し、法国軍の突撃を助けます。こうなったら王国軍指揮官を排除して敗走に追い込むしかない」


 それは奇しくも、法国英雄アーサーと同じ考えだった。

 こうして、空飛ぶ箱を王国兵の大勢に目撃されながらすぐ真上まで下降し、リディアは戦場に降り立った。


  ――――――――――――――――――――――――


 戦場を眺める王国軍地上部隊指揮官(副将)は五度驚愕した。

 1つ目は、法国軍が王国に現れたこと。

 2つ目は、その法国軍が陣形も整えずに突撃してきたこと。

 3つ目は、空に馬が飛んだこと。

 4つ目は、さらに箱が空を飛んでいたこと。

 5つ目は、突如戦場に木が生え、花が舞い散り、あっという間に多くの兵士が焼死したこと。

 これだけ驚けば、副将であっても目眩を覚えるだろう。

 しかし、彼以外は戦場で花が舞い散る光景に驚いたものはいなかった。隣で冷静に戦場を眺める軍師に至っては、馬と箱が空を飛ぶぐらいしか驚いていなかったのだ。

 だからか、兵士が戦っているというのに思わず副将は聞いてしまう。


 「そなたはあれを見てなぜ驚かぬのだ?」


 「驚きましたとも」


 「それは馬と箱が空を飛んだことだけであろう?突如現れたあの恐ろしくも美しい木は、誰でも驚くはずだが」


 軍師はわずかに考えると「ああ」と何かを思い出し納得した。


 「そう言えば、副将殿はナカンとの戦には参戦しませんでしたね。我々はあれを一度見ておりますから」


 副将は王国の西での激戦にはいなかった。正確には参戦させてもらえなかったのだ。貴族の参加は王によって制限されていたのもあり、貴族では将軍のみが戦場に赴くことを許されていた。

 であれば仕方ないと軍師は頷いてから続ける。


 「魔法都市と戦うと聞いた時から、あれが我々に行使されると覚悟しておりました。それに赤い髪の女性が包囲を抜けて脱出したという報告もありましたから」


 「凄まじい破壊力だが、あんなものが魔法都市にはまだあるのか?」


 「ええ、いくつもあるようです。特に、魔法都市の王が使う虐殺魔法は我々を一瞬で肉塊にします。かの王を地上に出てくる前に討ち取れたこと、そして重要人物を魔法都市内に釘付けにできていることは幸運ですよ」


 「なるほどな。何故陛下は低下した国力でこんな小国を潰そうとするのかと疑問だったが、英断やもしれんな」


 軍師はこの副将の言葉には頷かなかった。

 魔法都市を警戒し、牽制するなら賛成だった。軍師からすれば、戦略も戦術も意味がなくなってしまうギルの魔法は厄介極まりないからだ。しかし、英断かどうかと言われれば首を傾げてしまう。もっと賢い方法で動きを封じる事ができたのではないかと。

 なんせ、魔法を使われたら大軍であろうとも壊滅だったのだ。王都に使われたらと考えると身震いさえする。もしギルが生存していて地上への脱出に成功していれば、王国に勝ち目はなかったのだ。

 英断ではなく、一か八かの賭けに勝ったとしか思えずにいた。

 しかし、この考えを貴族である副将に話すことはできない。だから軍師は話題を変える。


 「魔法都市の戦士が一人現れたからと言って、我々は驚きませんよ」


 「ふむ。あの戦士の狙いは何だと思う?」


 「赤髪の戦士の狙いは、法国軍の突撃を手助けして副将殿を討ち取ること、でしょうな」


 「恐ろしいな。だが、策を講じて私を助けてくれるのだろう?」


 「策は必要ありません」


 「なに?」


 「数こそ最高の策だからです。疲れない敵でなければ、いずれ討ち取ることができましょう。もちろん、ここに辿り着くことはありません」


 軍師には自信があった。リディアの魔法剣は絶大な威力があるが、それには大量の魔力が引き換えになっていると予想もしていた。何度も使える魔法ではないと。

 それは正しく、リディアが万全の状態でも何度も使えないのだ。

 そして、数度の魔法剣行使ではこの大軍を全て焼き払うことなど出来ない。

 副将は軍師の答えに対し満足げに頷く。


 「ならば問題ないな」


 笑顔さえ見せる副将の言葉に、軍師はまたも頷かない。彼にも懸念はあるのだ。

 帝国軍の関所突破報告が引っかかっているのだ。

 日数を計算してこの戦が終わるまでに間に合うはずがないとは思いつつも、警戒せざるを得ない。

 だからこそ軍師は、副将に聞こえないように小声で「法国軍には」と呟きながら背後を気にするのだった。


  ――――――――――――――――――――――――


 「まさかあの奇跡を為したのは、中央に立つ赤い髪の女性でしょうか?」


 焼き焦げた大地と死体の中心に立つリディアを見て、ドハラーガそう結論づけた。結論づけたが、それを信じられずにいた。

 自分と同様に知るはずもない上司に思わず聞いてしまう。

 だが、意外にも上司は首肯した。


 「見覚えがある。あの人はギルくんの仲間だよ。ギルくんの仲間ならこれぐらいは出来るかもね」


 「では魔法都市の……。彼の国の戦士は、こんな……ことが出来るのですね」


 ドハラーガは『悍ましい』という言葉だけは飲み込んだ。窮地を助けられた立場であることと、神の導きと言ってしまった手前、悍ましいと兵士たちの前で言うのが憚られたからだ。

 今は味方だと自分に言い聞かせ、今も焼き焦げた大地の中心で自分たちの到着を待つリディアに合流しようと一歩を踏み出す。

 その時、リディアの背後に生き残っていた王国兵三人の姿が目に入る。王国兵たちはリディアに斬りかかろうとしている。


 「危ない!!」


 ドハラーガは咄嗟に危険を知らせる。それと同時に反省した。

 悍ましさに怖気づき、さっさと合流しなかったことを。今は戦闘中で、これは戦争だ。あれだけの魔法を使えるならば、それが友軍ならば諸手を挙げて歓迎すべきなのだ。

 だが、今その強力な戦力が失われようとしている。

 王国兵は既に剣を振り下ろそうとしていて、助けが間に合うかわからない。せめてもと、危機を知らせるための大声だ。

 だが、それは杞憂だった。

 目の前に立つ赤い髪の女性は、振り返ることもなく剣を抜いた。白い閃光が三本伸びたと認識した頃には、背後の王国兵三人をほぼ同時に斬り伏せていた。

 それだけで終わらず、斬り伏せた王国兵の傷口から火が吹き出す。王国兵は燃えながら死んでいったのだ。

 ドハラーガはまたも足を止めてしまった。だが、今度は怖気づいたのではない。芸術的な剣技に感動したのだ。

 しかし、二度も足を止めてしまい、なんと声を掛けていいかわからなくなってしまっていた。今も自分の背後では状況がわからない自軍の兵士と、敵兵士が戦っているというのにだ。

 故に、ドハラーガはその役目を自分の上司に丸投げすることにした。アーサーならば顔見知りであるし、どんな相手であろうと気兼ねせず話すことを知っている。

 それを証拠に、アーサーは遠慮もなく赤い髪の女性へと近づいていく。

 これなら大丈夫だとドハラーガは胸を撫で下ろし、アーサーのあとを付いていく。

 そして、ついに声が届く距離に。


 「派手にやるじゃねぇか!これから毎日人を焼こうぜ!」


 「怖いです、隊長」


 アーサーが期待通りに、期待はずれなことを仕出かすのを思い出し、ドハラーガは猛省するのだった。

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