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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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目指すは桜の木

 法国軍は歩兵の陣形を整えるのもそこそこに、騎馬隊を先頭に集めることを急いだ。

 美しく並ぶ兵士は敵を圧倒させる。しかし、そのメリットを捨ててスピードを重視したのもあって、僅かな時間で突撃の体制は整う。

 ドハラーガは副将という立場ではあるが将軍のように命令を下す。


 「全軍、突撃」


 軽く手を挙げ振り下ろす仕草で騎馬隊が一斉に駆け出す。その後を歩兵が追いかけ、突撃は開始された。

 本物の将軍であるアーサーはというと、騎馬隊の更に先。つまり、先頭を走っていた。一番槍である。


 「騎馬隊、遅れずに付いて来て!!」


 だがしかし、英雄アーサーは馬に乗っていない。

 馬で駆けている騎馬隊よりも先頭を走るアーサーは、揺れる度に『ヒヒッ、ヒヒンッ』と悲鳴のように嘶く小さい馬のジオを抱っこしたままである。

 その変態性と意外性に、追いかける法国兵士たちの表情は苦笑いだ。

 悪い意味で緊張を解していると言える。だが、王国軍は逆だった。理解不能過ぎて、唖然としている。

 思いがけない戦いが勃発して多少の混乱があったとはいえ、彼らの兵数は圧倒的だ。有り体に言えば、余裕があった。

 しかし、王国軍が陣形を整えている最中であったこと。法国軍は陣形が整っていないのに攻撃を開始したこと。そして、一番槍を仕掛ける騎馬隊の先頭が馬に乗っていないこと。それどころか、馬を抱えているのに騎馬より速いこと。

 それらは王国軍をさらなる混乱に陥らせた。

 とはいえ、王国兵士はナカンとの激戦から生き残った者たちだ。咄嗟に槍を構えることだけは出来た。

 そうして慌てながらも突撃に備える王国軍と、馬を抱っこしながら先頭を走るアーサーが接触する。

 しかしまたも意外なことが起こる。意外なことをアーサーが仕出かす。

 接触の瞬間、アーサーは愛馬ジオを前方の空高くへ放り投げたのだ。『ヒヒーーン!』と絶叫しながら空を飛ぶ小さい馬に、またも王国軍は度肝を抜かれてしまう。つまり、さらに深く混乱する。一瞬、戦をしているのを忘れ、天馬に目を奪われたのだ。

 その一瞬が命取りだった。

 アーサーはその隙きを突き、馬の着地点までの王国兵を文字通りの一瞬で倒したのだ。殴り、蹴り、打ち、突き、叩き、押し、気絶させた。

 既に馬の落下地点の真下に陣取ったアーサーは、「親方ぁ!空からお馬さんが!」と叫びながら呆然とする王国兵を尻目に悠々と馬をキャッチする。

 法国軍はというと、アーサーが開けた隙間に滑り込むように突貫。アーサーのいる位置まで、人の壁を切り開きながら進む。

 そうして、小さい馬が何度も空を舞う法国軍対王国軍の戦争は、アーサーの思惑通りに進んでいった。


 結果から言えば、法国軍の突撃は敵指揮官まで到達することはなかった。法国軍の突撃は途中で止まってしまったのだ。

 魔法都市を攻める王国軍は、ナカンとの絶望的な戦争から生還した者たちである。一時の大混乱程度で打ち倒せるほど甘くはない。正確を期するならば、王国軍の軍師は混乱していなかったのだ。

 この軍師こそ、王国西の戦でギルたちと会話した人物だ。

 撤退すべきと総大将に進言し続けていた彼は、あっという間に逆転勝利したギルの虐殺魔法に驚き慄いた。

 それが切っ掛けで彼は生まれ変わる。有り得ないことはないと精神的な成長を遂げたのだ。

 故に、軍師は冷静に戦場を眺めていた。そして、逆に法国軍の突撃を利用する策を思い付く。

 法国軍の突撃が、王国陣形の半ば進んだところで軍師が動く。手旗信号による意思伝達手段で、法国軍が突入した穴を塞ぐよう兵士たちを動かしたのだ。それはつまり、法国軍を取り囲んだことになる。

 さすがに個人の強さに自信がある法国兵も、全方位からの攻撃には突撃を続けられなくなり、王国軍の中央で立ち止まることになった。

 法国軍としては、この状況から脱するには前後左右からの攻撃を無視し、王国軍指揮官まで突撃し続けるしかない。だが、頼みの綱である英雄アーサーは、いつもの鎧の上からだろうと構わず攻撃する悪癖のせいで両拳を壊し、当初の突破力は完全に失われてしまったのだ。

 その上、軍師は盾として多くの兵を王国軍指揮官の前方に配置し直していた。法国軍を取り囲んだ同数の兵士が、アーサーと王国軍指揮官の間にいる。兵数が圧倒的であるから取れる対処法だろう。

 後はじわじわと王国兵士の壁を押しつぶすように閉じていけば、いずれは法国軍を殲滅できる。

 法国軍は絶望的な状況になってしまったのだ。

 歩兵隊の突撃を引っ張っていたドハラーガは、軍の動きが止まってしまったことに危機感を覚え、先頭にいるであろうアーサーを単独で探していた。

 アーサーの名を叫びつつ、王国兵士を騎竜の上から倒しながら前へ前へと進む。


 「隊長!隊長ー!」


 戦場を見渡しても空飛ぶ馬の目印はなく、居場所が特定できないことに焦る。

 戦場での英雄の死は、王の死と同等である。士気は底辺にまで落ち、全兵士が武器を捨てて降伏してしまうほどだからこそ、ドハラーガは心配する。


 「まさか、討たれてしまったのでは……」

 

 そう思わず口から漏らしてしまうほど。

 しかしそんな時、遠く方で自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がし、もう一度辺りを見渡す。

 副将である自分の名前を呼ぶのは、上官であるアーサーしかあり得ない。だが、目印の馬は空を飛んでいない。


 「気のせいか?」


 心配しすぎて幻聴でも聞こえたかと首を傾げていると――。


 「ドハラーガ君!」


 再び自分を呼ぶ声が耳に入る。


 「今度ははっきりと聞こえた!あっちだ!騎竜!敵を踏み潰し、噛み殺しながら進め!」


 ドハラーガは跨る騎竜にそう命令しながら、足で腹を蹴る。すると、騎竜は理解したかのように一度唸ってから猛突進する。

 騎竜は命令通りに王国兵を踏み潰し、兜の上から頭部を噛み砕きながら進む。ドハラーガは騎竜に敵を近づけさせないように援護するだけだ。

 しばらく行くと、血まみれの手で馬を大事そうに抱えているアーサーの姿を発見し、ドハラーガはほっと胸をなでおろす。


 「隊長!!」


 「ドハラーガ君!僕の赤色十文字の光をトレースして追ってきたのかぃ?」


 「そんな光はなかったですし意味不明ですが、ご無事で何よりです!」


 アーサーは馬を抱えながらも器用に蹴りだけで王国兵を倒していた。

 ドハラーガは、そこでようやくアーサーが手を怪我したから馬が空を飛ばなかったのだと理解した。


 「歩兵を指揮していたドハラーガ君が、どうしてこんな前に?」


 敵を蹴り倒しながらアーサーは会話を続ける。


 「突進が止まったのでどうしたのかと」


 「ジオが邪魔で……」


 「だから置いていくように言ったでしょう!」


 「だって」


 「だってじゃありません!」


 子供を叱るような会話が戦場に響く。

 そう、ここは戦場である。敵軍勢のど真ん中だというのを思い出し、ドハラーガは「まったく」と言って叱るのを止める。


 「それでどうしますか?進むにもまだまだ敵はいるようですが」


 ドハラーガは目を細めて敵指揮官までの道のりを見る。進む先には何十万もの王国兵が無傷のまま残っていた。

 突進の勢いが完全に止まったとなれば、突破はどう足掻いても出来ないのだ。


 「戻ることは……」


 「それも到底できそうにありません。敵に包み込まれた形になっていますから」


 「なら仕方ないね!全員で敵全部倒そう!」


 「我々が全て隊長だったら可能かもしれませんがそうではありませんし、なによりなりたくありませんし」


 「え」


 「とにかく、全滅の危機です」


 「あ、うん」


 二人で敵を倒しながら「うーん」と唸る。

 こんな会話をしている間にも、法国の兵士は一人、また一人で倒れていく。

 法国兵士は一人で十人を倒す力があると言っても、それはあくまで一対一という状況でだ。四方八方から同時に襲われれば、せいぜい二、三人が限度だろう。

 それでも十倍近い戦力差があるにもかかわらず、敵軍勢の中間まで到達できたことは快挙である。法国兵士の屈強さと、アーサーの直感で弱い場所を突いたからこそだ。

 しかし、ここまでだった。

 法国軍はここで全滅し、アーサー一人が生き残り戦い続けたとしても、敵指揮官の首を取ることは不可能。

 つまり法国軍は既に敗れたのだと、ドハラーガは判断した。あとは死を覚悟して戦い続けるか、降伏して命だけは助けてもらうかのどちらかしかない。

 ドハラーガは「仕方ないか」と溜息を吐く。

 だが、そんな絶望的な状況が覆る出来事が起きる。

 アーサーと王国軍指揮官の間、まだ半分近い無傷の王国兵がいるど真ん中の位置で、桜を模した氷の花びらが舞ったのだ。

 それだけではなく、いつの間にか巨木は戦場のど真ん中に生えていた。

 次の瞬間、王国兵が一斉に燃え上がる。


 「な、なんですか、アレは!」


 ドハラーガが大きく目を見開き、つい叫んでしまう。

 戦場でそんな事をすれば大きな隙になるが、この時だけは隙にならなかった。

 なぜなら、戦場のほぼ全てがその巨木を見て呆けていたからだ。

 ただ一人だけは、別の意味だが。


 「……桜」


 アーサーだけは郷愁を感じていた。


 「隊長?」


 「ドハラーガ君!あれは僕たちの戦いを援護するものだよ!あの木に向かって進むよ!」


 「何を言って――」


 「説明の時間はない!!()()について来い!!」


 故郷の花を見てテンションが上り、アーサーの狂化スキルが発動して一人称まで変わる。

 異世界から来た事情を知らないドハラーガは、アーサーの変貌に眉を顰めるがそれどころではない。将軍の命令が下されたのだ。


 「全軍!英雄に従い進め!!!あの花舞う木こそ神の導きぞ!!!」


 「「「おお!!」」」


 「背後に迫る敵など無視し、前だけを見て進め!!」


 「「「おお!!!」」」


 ドハラーガの鼓舞により、法国軍の士気は最高潮に達する。目の前に神の導きが現れたと言われれば、信徒ならば当然だろう。

 法国軍は再び勢いを取り戻し、木に向かってじわじわと進みだす。

 もちろん、それを引っ張っているのは先頭で狂ったように敵をなぎ倒すアーサーだ。

 再び愛馬ジオを天高く舞わせ、落ちてくる間に周りにいる王国兵を気絶させる。

 蹴りだけではなく、負傷した手も使って構わず殴り倒す。肘で、膝で、頭で、全身のあらゆる部位を使って押し進んでいく。

 すると、王国兵が全くいない場所へと出た。正確には王国兵が焼死し、その部分だけがぽっかり空いたような場所へ。

 その中心に女性が一人で立っていた。

 リディアだった。

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