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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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豪商の策

 ある王国兵の二人が、6階層から5階層へ戻る階段前で行き来を見張る兵士に敬礼を受けていた。

 その二人は目立つ兜を被っており、ひと目見ただけで隊長だと分かる。隊長職は貴族の嫡男ではなくとも貴族家系であり、隊長という上司でなくとも敬礼を受ける。


 「ご苦労さまです!」


 隊長の一人が頷きながら、軽く胸当てを叩き答礼する。


 「うむ。問題はないか?」


 「……はっ」


 返事に少し間があったことでなにか問題があると察し、隊長の二人は密かに視線を交わす。


 「何かあったのか?」


 「あ、いえ、少し不安になってしまっただけです。法国と帝国が攻めてきたなんて噂が広まっているもので」


 「なに?!それはまことか!」


 今まで黙っていたもう片方の隊長が突然声を張り上げたことに、兵士は驚く。声を張り上げた隊長は、もうひとりの隊長に睨みつけられ気まずそうに顔を背けた。

 その様子を見ていた兵士は、なぜかホッとしたような表情をする。


 「隊長のお二人が知らないのでしたら、やはり噂なのですね」


 兵士は安心したのだ。隊長が知らないのならば、根も葉もない噂であると勝手に解釈したからだった。


 「ああ、我らは何も聞いていない」


 「そ、そうですか!」


 「貴様らも疲れているだろうがしばらく頑張ってくれ。我らは急ぎオーセブルクへ行かねばならん」


 「はっ、ありがとうございます!引き止めてしまい、申し訳ありませんでした!」


 「気にするな」


 また敬礼をし合い、隊長の二人は階段を上がっていった。

 二人はさっさと1階へと上り、オーセブルクの街の入り口に辿り着く。しかし、街に入らず通り過ぎると外へ繋がる通路へ入っていった。

 二人は間もなくしてダンジョンの外へ出ると、そこらにいた王国の馬を適当に選び西へ走らせる。

 しばらく走らせ、周りに王国兵の姿がなくなると馬を止めて兜を脱ぎ捨てた。


 「ぷはっ!やっと兜を脱げた!」


 隊長の一人はアレクサンドル王子だった。

 もうひとりの隊長はヴァジだ。兜のせいでズレた眼帯を直しながら、アレクサンドルを睨んでいる。


 「なぜ指示したことを守れない?黙れと言ったら黙れ」


 「す、すみません」


 「……まあ、気持ちはわからんでもない。だが、次に指示を無視すれば、俺は躊躇いなく見捨てる。わかったな?」


 「はい……」


 王子が旅商人に叱られるというあり得てはならない光景だが、それは仕方がないだろう。アレクサンドルは雇い主ではあるが、ヴァジとて自分の命を危険にさせたくない。指示さえ無視しなければ冷や汗を掻くことなどなかったと、アレクサンドルもわかっているからこそ素直に反省しているのだ。

 アレクサンドルは落ち込んでいく気持ちを振り払うように首を振る。


 「しかし、まさか本当に包囲網を突破できてしまうとは思いませんでした。隊長職の鎧を来て脱出するなんて考えもしなかった。噂の潜入を体験したのは僕だけでしょうね」


 「利用できる物はなんでも利用する。敵兵だろうと、肥溜めだろうとな」


 見つかっていれば肥溜めの中に隠れていたかもしれない『もしの可能性』を想像し、アレクサンドルは頬をひくつかせる。その想像を振り払うかのように、再び頭振って考えを追い出すと、真面目な表情へ戻し逆にヴァジへ鋭い視線を向ける。


 「でも、エルピスの通路にいた見張り4人を殺す必要はあったのですか?王国王子としては、民を意味もなく殺したくはないのですが」


 王族でなくとも、同国の人々が死ぬ様は見たくない。たとえそれが兵士だろうとだ。


 「魔法都市を攻めているのだから、罪はあるだろう。それに意味はある。指揮官は見張りの4人を殺されたことで、俺たちは強引に突破したと思うだろう。隊長職二人の死体が見つからない限り、王国の鎧を着て脱出したと気づかない」


 ヴァジとアレクサンドルは、今魔法都市で行方不明になっている隊長二人を始末していた。着ている鎧はその隊長二人の物だ。


 「さっきみたいに素通りできたのでは?」


 アレクサンドルが食い下がるのは、エルピスとダンジョンの外を繋ぐ通路を守る見張りを殺害した時には既に隊長職の鎧は着ていて、その鎧さえあれば殺さなくとも素通り出来たはずだからだ。

 無駄に死人を増やさなくともよかったのではないかと、ヴァジを責めたいのだ。


 「確かに出来た。が、これも魔法都市のためになる」


 「ど、どっちの味方ですか!」


 「無論、魔法都市に決まっているだろう。しかし、依頼主のお前を助けるためでもある」


 「どういうことですか?」


 「少しは自分で考えてほしいのだがな。……お前は魔法都市と王国の仲を取り持つことになるが、そのためには誠意を魔法都市に見せる必要がある。見張りの4人を殺して混乱させたことは、少なからず影響を与える。魔法都市の連中は知り得ないことではあるが、こんな事をして陰ながら手助けしていたと後々話せるだろう?」


 「な、なるほど!」


 さっきまでの言葉責めは何処へ行ったのか、素晴らしいと言わんばかりに目を輝かせる。アレクサンドルも王族らしく、兵士数人の命と王国の未来を天秤にかけた結果、それならば仕方ないと納得する。


 「信じるかは知らんがな」


 「なるほど……」


 ヴァジの余計な一言でアレクサンドルの納得に水を差したところで会話は一旦終わり、無言のまま馬を歩かせる。しばらくして、アレクサンドルがボソリと呟いた。


 「法国と帝国が攻めて来ている噂は……」


 アレクサンドルとしては質問したつもりはなかったが、しっかりと聞こえていたヴァジは顎髭を軽く撫でると「あり得る」と頷く。


 「小国を潰すには過剰な兵数をオーセブルクに集めているから、現在王都は手薄だ。そこを狙っても不思議ではない。それに、王国は汚い手を使いすぎた。それはお前もわかっているだろう?」


 「わかっています。他国に大義名分を与えすぎたということは。それを正すのが僕の役目です。……ですが、もし法国と帝国が漁夫の利で王都を狙っているのなら、どうしたら上手く収められるのかわかりません」


 「法国と帝国が攻めて来なかったらどう収めたのだ?」


 「父を説得するつもりでした。兵を引くようにと」


 答えを聞いたヴァジが鼻で笑う。明らかに馬鹿にしたよう笑いだった。

 真剣に答えたのに笑われ、アレクサンドルは思わずヴァジを睨む。


 「何がおかしいのですか!」


 「説得して矛を収めるのなら、始めから戦などしない。それにお前の覚悟のなさが可笑しくて仕方ない」


 「覚悟はあります!覚悟を決めたからこそ、父を説得する決断をしたのです!それを――」


 「兵を引けば魔法都市が怒りを鎮めると?お前は自分の家のドアを蹴破られ、家族に危害を与えられた上に家具や金品も盗まれて許すのか?」


 「……」


 「現国王を引きずり落とし、自分が王になって魔法都市に盗んだものを全て返し、更に謝罪して賠償するぐらいのことをしろ。覚悟を決めたとは、誠意を見せるとはそういうことだ」


 あくまで法国と帝国が攻めて来ていない前提の話だが、とヴァジが付け加える。


 「魔法都市だけでなく、法国と帝国が兵を出したとなれば敗北は濃厚だ。王国は3ヶ国の不利益を補う必要がある。もちろん法国と帝国参戦は噂で今のも仮定の話だが、その場合のことも考えるべきだ」


 「……はい」


 どれだけの損害になるか予想できず、アレクサンドルは顔を真っ青にしながら頷く。だが、ヴァジは少しだけアレクサンドルを評価した。

 アレクサンドルが顔色を悪くしながらもすぐに頷いたからだ。父でも兄妹でもなく、自分が背負うことを覚悟していなければこの顔色にはならない。

 これならば見込みはあると、ヴァジは顎を撫でた。


 「さて、俺の役目はここまでだ」


 「え?!」


 「依頼は、オーセブルクダンジョンから無事に脱出させることだからな」


 「た、たしかにそうですが……」


 アレクサンドルにはやらなければならないことが山のようにあり、不安もまた山のようにある。まず、既に王国内ではあるが、王子の一人旅は危険なこと。次に、無事王都に辿り着けたとしても、一人では何もできないこと。不名誉や不利益を自分が背負う覚悟はあるが、そこに持っていくまでの方法が思いつかない。経験が、手段が、伝手が、何もかもが無い。

 もはや死人と見分けがつかない血色になっているのを見て、ヴァジは商人の顔になる。


 「なら、追加で依頼するか?」


 「………厚意で、というわけではないですね?」


 「当然だ。今までの報酬である『王国との友好は』自由都市にくれてやる。これからは俺への報酬を要求する。どうだ?」


 既に混乱しきっている頭と藁にも縋りたい気持ちで、アレキサンドルは僅かな時間で考えるのを止めて首を立てに振った。


 「そうして頂けると助かります。僕には貴方のような経験豊かなヒトが必要なのです」


 ヴァジの強力を得ることができれば、法国と帝国が攻めて来ているのが事実であろうと何とかなる。そう期待し依頼を決断した。


 「だったら、レッドランスとヴォーデモンの領地を報酬としてもらう」


 「な?!2つとも他国から国を守る大領地です!王国の4分の1を報酬として要求するなんて馬鹿げている!!」


 レッドランスは法国と自由都市、そして帝国と接していて、ヴォーデモンも帝国と接している。両領地も王国にとって重要な領地であり、その分土地も広い。王国全体のほぼ4分の1の土地を寄越せと要求されれば、アレクサンドルも憤慨するだろう。

 しかし、豪商ヴァジは交渉の見せ所と言わんばかりにニヤッと笑う。


 「もちろん個人の報酬としてあり得ない。だが、それで俺が王国滅亡を止めてやると言ったらどうする?」


 「……滅亡?」


 「魔法都市に法国と帝国が加われば大戦になる。王国は兵数に自身があるようだが分が悪い。さっき話したように負けは濃厚だ。それにお前ではどう足掻いても止めることは出来ない。魔法都市の恨みは深いからな」


 「ちょっと待って下さい。つまり、貴方は法国と帝国の参戦は噂ではないと考えているのですか?」


 「そうだ。少し考えればわかることだがな」


 ヴァジは詳しく説明していった。

 魔法都市があの手この手を使って時間稼ぎをしているのを、ヴァジはエルピスで見て知っている。ただ籠城していたとも考えられるが、前線を下げて街すら躊躇いもなく放棄して引いたことと、予定していたかのように手際が良かったことで、籠城しか手の打ちようがないという可能性を捨てていた。

 他に目的があるのだと簡単に予想でき、法国と帝国が王国に攻めてきたという噂を聞いて確信に至った。

 魔法都市が時間を掛けて待っていたものは、援軍だったのだと。


 「間違いなく法国と帝国は援軍として王国に来ている」


 「そ、そんな……」


 「それに戦の始まり方があまりに突然過ぎる。戦ってのは予兆があるものなんだ。魔法都市の民と王国民が互いを嫌い合っているとか、国のトップ同士の仲が悪いとかだ。理由は無数にあるが、じわじわと燻って行き戦に発展する。だが、今回に限ってはそれがない。一方的に戦を始めたと見るのが妥当だろう。それは軍を密かに送ってきた王国で間違いない。魔法都市からすれば、意味不明で理不尽だと感じたことだろうな。その恨みは王国を滅ぼすまで続くほどだと、俺は思うね」


 「僕は切っ掛けは知りません。もちろん、国民だって。民たちに罪はないのですから、滅すというのは大げさなのでは……」


 「それを魔法都市が気にすると思うのか?残酷なことを平気でするような奴なら、遺恨を残さないため王国に住む全てを滅殺する。魔法都市のトップはその残酷なことを平気でするぞ。虐殺魔法なんて代物で証明はしているしな」


 アレクサンドルのように世間を知らない王子でも、ギルがしたことは耳に入っている。オーセブルクで、ヴィシュメールで、王国の西で大規模な魔法を三度も使えば、噂はあっという間に広がる。

 オーセブルクで王国兵5万を一発の魔法で蹴散らしたというのが眉唾ものの噂でも、それだけの実績があれば信じるに足る。

 アレクサンドルもまた虐殺魔法を信じる一人だった。アレクサンドルは、王都にその魔法が直撃するのを想像してブルリと震える。


 「それは……、避けたいですね」


 「まあ、魔法でなくとも3ヶ国の兵士たちが手を下すかもしれないが、結果は同じだ。それを俺が止めてやると言っているんだ。どうだ?安い報酬だろ?」


 「で、でも、個人に出す報酬としては高すぎますよ」


 「何も俺がその土地を貰うってわけじゃない。その土地で法国と帝国に満足してもらう。それ以上の土地は奪われないで済むぞ?まあ、魔法都市には追加で金銭が発生すると思うが……」


 滅ぼされれば王国の名はこの大陸から消え、王国が今領土にしている場所は3カ国で分けることになる。それを4分の1で手打ちにさせるのだ。王国からしたらそれでも安いぐらいだと言える。

 アレクサンドルもしばらく黙って考え、ようやく決心したのか力強く頷いた。


 「わかりました、お願いします。……あ、でも、それでは貴方の報酬がなくなってしまうのでは?あとで自分にもと要求されても困りますよ」


 「俺はもう十分に資産を持っているし、報酬は金や土地だけとは限らない。成功すれば俺の名は広がり、信頼も得る事ができる。今以上に商売は安定するだろう」


 商人として信頼を得るのは、これ以上にない褒美だろう。大陸全体ともなれば、安定どころか途轍もない利益に繋がる。ヴァジほどの実力者ならば不可能ではない。

 商売人ではないアレクサンドルは全てを理解することができず、「そんなものですか」と首をかしげた。


 「まあ、とにかく契約は成立だな」


 「では、すぐに王都へ向かいましょう」


 「いや、まだ王都に行く時ではない。その前にするべきことがある。次はそこに向かうぞ」


 「わ、わかりました」


 そうして二人は、目的地へ向かい馬を走らせていく。

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