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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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英雄行進

 魔法都市はすぐに住民の避難を開始。兵士、衛兵の全てを動員したことで、円滑且つ迅速に避難は進む。しかし、速度重視の弊害もあった。

 エルピスとは違い、事前に住民の資産を保管することができなくなったのだ。人命を最優先した結果だった。

 それはつまり、王国に奪い取られることを意味する。加工済みのプールストーン、魔道具、食料、金品。それどころか、街さえも。

 だが、これすらもタザールの策であることは誰も知らない。もちろん、苦肉の策ではあったが。

 人は資産を取られることを何より嫌う。

 資産を残して避難するよう指示を出したのは国だ。その恨みがタザールへではなく、王国へ向かうようティリフスに扇動させた。実際に王国のせいなのだが国民は原因を見失いがちで、八つ当たりを近場で探してしまう。正確に敵を認識してもらうには、誰が悪いと教える必要があるのだ。

 その結果、民の中から敵国に抗う勇敢な者が立ち上がる。

 それが民兵だ。

 タザールは徴兵などせずに、兵士を補充したのだ。

 それにより避難誘導の速度が更に上がり、タザールは二日という短時間で避難を完了する偉業を達成したのだ。

 残り一日を城の強化に使い、王国を攻撃に備えていた。


 ちょうどその頃。

 法国軍がオーセブルクを少し北に行った場所まで近づいていた。

 英雄の部下であり副隊長でもあるドハラーガは、騎竜に跨り行軍の先頭を常歩(なみあし)で進んでいく。副隊長ではあるが今回の役割は副将であり、剣術大会に出場した頃は一兵士だったのだから大昇進と言っていいだろう。彼は彼なりにプレッシャーを感じていて、馬鹿にされないよう背筋を伸ばして騎乗姿にも気を配っている。

 そんなドハラーガだったが副将らしいのは見た目だけで、表情は違っていた。まるで呆れているような、胃痛を我慢していそうな、そんな微妙な顔だ。

 それもそのはず、ドハラーガがチラリと背後を見ると、軍がのろのろと付いてきている光景。

 軍靴を力強く大地に踏みつけるような音はなく、大行進には程遠い。言うなれば、店の行列に並んでいて、前が進んだから半歩進むような感覚だろう。

 先頭が遅いから、それに続く軍隊が詰まっているのだ。つまり、渋滞している。そしてそれは、明らかに先頭のせいなのだからそんな顔にもなる。だが、決してドハラーガが悪いわけではない。

 その元凶は、自分の隣にいる男だ。

 ドハラーガは隣にいる男を見下ろした。

 そこには馬に跨り、剣を持つ翼の生えた女神の刺繍があるマントを翻しながら、優雅に進むアーサーがいた。

 ただ、その馬の体高は騎竜の膝程度しかなく、アーサーが跨っていても足が地面についてしまうほど小さい。

 アーサーは英雄であり将軍として軍勢を率いている。

 だが、馬に跨がってはいるものの、アーサーも歩いているものだから歩行速度は遅くなり、軍の進行速度は非常に遅くなっていた。

 いじめや馬鹿にするために小さい馬を充てがわれたわけではない。指揮官の特権である騎竜を用意していた。しかし、騎乗して一分もしないうちに落竜してしまうのだ。仕方なく普通の馬に変えたが、それでも同じように落馬し、ただ騎乗するだけで傷が増えるのだ。

 しかし、将軍であるアーサーが騎乗しないのはあり得ない。苦肉の策として用意させたのが、この小さい馬だった。

 アーサーがただ一言「この馬は嫌だ」と言えば二人乗りの提案も出来たのだが、期待に反しアーサーはこの小さい馬を気に入り名前までつける始末。

 そうして、兵士たちに多大な迷惑をかけている。法国出発から今に至るまで。

 ドハラーガがまるでゴミを見ているような目でアーサーを見下ろしていると、アーサーが急に何かに気づきドハラーガに顔を向けた。


 「ドハラーガ君」


 ドハラーガは慌てて表情を戻し、仕えるべき英雄に力強い返事をする。


 「はっ!何でしょう、アーサー隊長!」


 「この馬を僕は知っていたよ。昔に図鑑でみたことがあるんだ」


 一瞬何を言っているのか理解出来なくて、ドハラーガは考え込んだ。だが、アーサーの発言に深い意味がないことや、意味不明な発言が多いことをを思い出し素直に聞くことをした。


 「えーっと……、図鑑がどういうものかは知りませんが、隊長の出身地にもこの種類がいたということですか?」


 「同じではないけど」


 「そうですか。法国でも非常に珍しい種だと聞いています」


 アーサーは自分の跨る馬が珍しい種類だと言われ、少し自慢げに頷く。


 「何ていう名前だったかな。フォ……ちがうな、フィ……いや、ああ、フェラベロだ!」


 「……………なんか、嫌な名前ですね。本当にそんな種類の名なのですか?」


 「確かそうだよ!」


 アーサーが言いたかったのは、『ファラベラ』である。

 地球、アルゼンチン原産の世界一小さい馬と呼ばれ、体高は約70から80cm程度。個体によっては40cm程しかないものもいる。そんな見た目だが強健で適応能力があり、時には大型馬よりも様々な環境に適応することが出来る。なつきやすさ、丈夫さ、見た目の愛くるしさからペットとしても人気の高い馬だ。

 ただし、あまりに小さすぎるため『乗用馬としては適さない』が。


 「そうですか。それで、そのフェ……んんっ!その品種名を知っていたと言いたかっただけですか?」


 「そうだよ!」


 「……他にはないのですか?気になると言うか、疑問を覚えたとか、……迷惑を掛けているとか」


 ドハラーガにこう言われても、アーサーに心当たりがないのか首を傾げている。

 ドハラーガは渋滞に対してアーサーが「迷惑を掛けている」と思っているわけではない。法国から魔法都市へは、のんびりな馬車の旅で約15日掛かる。なのに、その日数よりも早く魔法都市付近に到着しているのだ。

 渋滞しているからと言って、決して行軍速度が遅いわけではない。

 つまり、何らかの方法で行軍速度を上げ、帳尻を合わせているのだ。それが、アーサーが兵士たちに迷惑を掛けていると、ドハラーガが感じていることだった。

 そして、その『迷惑を掛ける』瞬間が来た。

 今も悩み続けているアーサーが突如その場で立ち止まる。正確には馬が動かなくなったのだ。アーサーの乗る馬は、荒い息をしながら足を前に出そうと懸命に動かしている。だが、進まない。

 馬は疲れていた。それもそのはず、『乗用馬としては適さない』小さな馬に、体重を全て預けていないとはいえ跨って進んでいたのだ。馬の限界も早くなる。

 この瞬間を見ていたドハラーガの顔色が、さっと青くなった。

 これは何度も繰り返されていて、この後の展開も毎回同じだ。


 「どうした、ジオ!?」


 ジオとはアーサーが名付けたこの小さい馬の名前である。


 「ジ、ジオ!なぜ動かん!!」


 「隊長が乗っているからです」


 これが言いたいがために名付けたとギルがいたならば理解し、もしかしたら「その名前だから動かないんだろ」と素っ気なくはあっても反応したかもしれないが、ネタを知らないドハラーガは理由を簡潔に教える。

 ドハラーガに至極真っ当な意見を言われ、アーサーは溜息を吐くと「ギル君、僕は寂しいよ」と呟いてから馬を降りた。


 「隊長、その馬を置いていかれてはどうですか?」


 「そんな!ジオを置いていくなんてとんでもない!!」


 このやり取りも毎回のことだ。しかし、何度助言したところでアーサーは首を横に振った。

 アーサーは疲れて動けなくなった小さい馬を抱き上げて、笑顔で背後にいる兵士たちに振り返る。兵士たちの顔は引き攣っていた。


 「僕が運ぶよ!さあ、気にせず付いて来て!」


 そして、アーサーは猛スピードで走り出す。


 「隊長!!馬に運んでもらうはずのヒトが、馬を運んでどうするんですか!!」


 ドハラーガが慌てて隊長の奇行を止めようとするが、アーサーは既に声の届かない遙か先にいる。ドハラーガは「ああっ、もう!」と項垂れるが、すぐに顔を上げると振り返って声を張り上げた。


 「全軍前進!!」


 単独で先行したアーサーを追いかけるべく、兵士たちはこれから長距離ダッシュだ。

 これが予定より早く魔法都市へ近づいている理由で、『迷惑を掛けている』理由だった。

 ドハラーガは追いかけながら、法国に戻ったらアーサーを将軍にするのは止めるよう進言することを誓うのだった。

 法国軍が王国軍と接触するのは間もなくである。


 ――――――――――――――――――――――――


 同じ頃。帝国軍は、王国との国境に到着していた。

 王国の関所では帝国軍の姿を発見するとすぐに門を閉じ、兵を配置した。ただ、兵士たちは揃って顔色が悪い。

 関所に詰めている王国兵の全てが怯えていた。

 それもそのはず、視線の先には帝国皇帝シリウスがいたからだ。

 王国兵の知っているシリウスの力は噂でしかない。なのに怯えているのは、目の前の光景が異様であったからだ。

 シリウスは帝国軍から離れ、単独でいた。立っているわけではない。

 まるで玉座のような椅子に座り、肘掛けに乗せた腕で頬杖をついている。関所門のすぐ近くで。もう一方の肘掛けには聖剣が抜き身で立て掛けてある。

 弓を目一杯引かずとも矢の届く距離であるのに、涼しい顔で少し笑みを浮かべながら座る姿は、噂の不遜王である証明だった。

 そこから憶測と尾ひれの付いた実力の噂を連想させ、威嚇射撃もできずに怯えて睨み合うだけになっているのだ。

 関所の責任者も兵士と同様に怯えていたが、いつまでも睨み合っているわけにもいかず、勇気を振り絞って声を張り上げる。


 「て、帝国が軍隊を引き連れ、王国との国境に何用か!」


 吃りこそしたが声を上擦らずに話せたのは、流石は関所の責任者だろう。恐るべき帝国皇帝に対して聞いたことに、王国兵たちから尊敬の眼差しを向けられている。

 何の用かと聞かれたシリウスは、関所の責任者に視線をやるとゆっくり口を開いた。


 「この我より高い位置から物を言うとは、怖いもの知らずよな?」


 張り上げたわけでもなく呟きに近いシリウスの声は、不思議と関所にいる王国兵の全てに届いた。そして、その一言だけで関所にいる王国兵全てを震え上がらせた。

 自分の心臓を鷲掴みにされたような感覚になった関所の責任者は、咄嗟にやってはならないことを仕出かしてしまう。


 「や、奴を狙え!!一斉射撃!!」


 用件も聞かずに攻撃命令を下したのだ。

 兵士たちは「本当に良いのかな?」と顔を見交わして躊躇っている。


 「早く射て!」


 声を荒げて命令したことで、ようやく兵士たちは矢を射る。無数の矢が雨のようにシリウスへ降り注ぐ。

 シリウスは慌てもせず聖剣を握った。すると、一瞬でシリウスと関所の間に巨大な炎の壁が現れ、矢を全て跡形もなく燃やし尽くしていった。

 あり得てはならない光景に、王国兵は呆然とした。

 本来、矢が火の壁を通過してもその形はほぼ変化せず、場合によっては火の矢と化すこともある。たとえ粗悪品だとしても鏃は金属なのだ。なのに、シリウスの作り出した炎の壁は全てを燃やし尽くしたのだ。それだけ高温だったことを意味する。

 それだけでは終わらず、シリウスはゆっくりと手を上げてから拳の形にすると、炎の壁が収縮して集まっていく。オレンジ色から限りなく白に近い火の玉に変化していった。

 それからシリウスは軽く手を払うような仕草をする。すると白い火の玉は関所の門へ飛んでいき、何の抵抗もなく門に大穴を開けた。

 プスプスと立ち上がる煙が流され、門の向こう側が確認出来るとシリウスは聖剣から手を離し、またゆったりと頬杖をついた。

 もはや門は意味をなさず、関所はあってないようなものだった。

 しかし、それでも帝国軍と皇帝シリウスは動かず、全員が不敵な笑みを浮かべたまま関所にいる王国兵を見ていた。

 それだけで関所の責任者は理解する。いや、悟った。

 攻撃しても意味がないことを。戦っても勝てないことを。関所の通過に軍が必要ないことを。何もしなければ兵士の全てがたった一人に殺される結末を。

 関所の責任者は少しの間立ち尽くしたあと、突然走り出す。石造りの階段を数段飛ばしに降り、着地に失敗して転んでもすぐに立ち上がり門まで走った。門に空いた穴を通り過ぎ外へ出ると、剣を外して投げ捨て、鎧を脱ぐ。服さえも脱いで下着だけになり、シリウスの目の前まで行き跪いて頭を垂れた。


 「我々は降伏します」


 これは関所の責任者にとって英断だった。

 剣も鎧も捨てることでもう攻撃する意志が無いことを示し、服を脱ぎ跪くことで服従を表現した。

 それを見ていた王国兵も、責任者と同じようにその場で跪く。

 宣戦布告もせず、血も流さず、寝返らせた瞬間だった。

 そうしてシリウスは、一切の犠牲を出さず王国内へ軍を進めた。

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