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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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指揮官の苦労

 魔法都市軍が後退し、王国はエルピスの街を占領した。

 王子エドワルドから指揮を任された将軍は、各隊長を引き連れて町の中を練歩く。その最後尾には、防壁破壊の立役者であるドワーフの男の姿もあった。

 散歩をしているわけでも、金目のものを奪うためでもない。兵士たちは今も魔法都市兵が潜伏している可能性を危惧して見回りをしているが、それが終わって安全を確保できたあと、兵士たちをどこに配置するかを指揮官たちは考えているのだ。

 どこに指揮所を置くか、どこを兵糧や装備を置く倉庫にするか、どこで兵士たちを休ませるか。指揮官が戦争中に考えることは、戦術よりもこういう事の方が多い。

 しかし、それが勝利した証拠でもある。

 隊長たちは自分の兵士を労うためにできるだけ良い場所を見つけようと街を真剣に見渡すが、その表情には笑顔が見えている。

 だが、総指揮官である将軍は、隊長たちと正反対に渋い表情だ。


 「何もないな」


 将軍はぼそりと呟いたが、その声は隊長たちの耳に届く。将軍の発言であるからか、ただの呟きであっても隊長たちは相槌を打つかのように反応する。


 「そうですな。何の面白みもない町並みは小国らしいです」

 「それに暑い。よくこんな場所に住めるものだ。こやつらは蛮族か?」

 「それ以前の話でしょう。まずダンジョンに街を作ろうと考えたことに驚きますよ。代表とやらは頭が悪いのでしょうな」

 「「「ははは」」」


 などと隊長たちは軽口を叩く。

 彼らの殆どは貴族で、エルピスを占領した勝者なのだから、気が大きくなっても仕方がない。

 だが、将軍は彼らの軽口に乗らず、溜息を吐くと首を横に振る。


 「そうではない。金品、武器や防具、食料どころか野菜の切れ端すら見つからんのだ」


 「言われてみればそうですなぁ。貧乏な小国らしいとも言えますが」


 「そういうことを言っているのではない」


 「と、言いますと?」


 「慌てた様子がないと言いたいのだ。この街を放棄することですら、奴らの策の一部だとな」


 勝利の余韻に浸っている隊長たちも、将軍の言葉でようやく正気を取り戻し、一様に「たしかに」と頷く。


 「つまり、この街の放棄は予定されていたということだ。……それに」


 将軍はエルピス最奥にある通路へ視線を向ける。


 「我らが足止めされたあの防壁と同じように、魔法都市本国へ繋がる通路も石の壁で塞がれた。明らかに時間稼ぎだろう」


 将軍は兜を取ると、心底面倒そうな表情で頭を掻いた。その様子を気にしてか、一人の隊長が前に出る。


 「情報によりますと魔法都市は2つ街で構成されているそうですから、あの通路さえ突破すれば今度こそこの戦は終わります。そして、我らにはあの壁を短時間で壊す方法があります」


 そう言いながら、この隊長が顔を向けた先には、爆破の技術を持つドワーフがいた。


 「そうですとも、将軍。所詮は時間稼ぎに過ぎません。すぐに突破し、さっさと魔法都市を占領して王都へと凱旋しましょう!」


 「……貴様らの目は節穴か?」


 「「は?」」


 「此度の戦で戦死者が出ているのは我らだけなのだぞ?それに対して何の疑問も抱かないのか?」


 「「?」」


 将軍がここまで言っても、隊長たちは「戦なのだから当然なのでは」と言いたげな表情だ。

 ここまで王国軍は無能なのかと、将軍は嘆息する。

 魔法都市側に打撃は与えておらず、王国側のみダメージがある。つまり魔法都市側としては、これが予想し、予定していた撤退戦だったこと。策の一部であること。時間稼ぎに意味があることだとわからないのだ。

 しかし、将軍はそれをわかりやすく説明することはなかった。

 王から撤退の命令が出ていないからだ。その上、将軍だけが危機感を感じているだけで、隊長たちは疑問すら抱いていない。この状況で軍を下げてしまえば、昇格を狙う隊長たちによって敵前逃亡だと証言されるのは目に見えている。

 将軍には進む以外の選択肢はないのだ。

 ならば、説明してわざわざ恐怖心を抱かせるのは愚行だろう。どうせ進むしか道はないのなら、どのように進むのかを相談したほうが良い。

 将軍はそう考えて『撤退』の言葉を飲み込む。その代わりに、ドワーフの男に対して口を開いた。


 「ドワーフ、壁の破壊にはどの程度の時間が必要だ?」


 ドワーフに聞くと、隊長たちは一斉に振り返る。ドワーフは考えることはせず、質問に即答した。


 「前の通路と同じなら壁は二枚ですから、一枚につき一日頂ければ」


 「二日か。火の罠や氷の罠もあると考えられるが、それでも二日か?」


 「はい。一枚目を破壊するのに障害はありませんから」


 「なるほど。……済まないが、すぐ取り掛かってくれ」


 「わかりました」


 ドワーフは頷くと壁の方へ向かって去っていく。

 もしかしたらこの隊長たちより、兵士でもないあのドワーフの方が優秀なのかもしれないと、将軍は苦笑いする。

 その苦笑いは僅かな時間でなくなり、隊長たちに顔を向ける時にはいつもの真面目な顔に戻っていた。

 そして、各隊に命令を下す。


 「壁の破壊はドワーフに任せ、兵士たちは休ませろ。ただし、見回りは交代だ。まだ潜んでいる可能性はあるからな。……とりあえず、よくやった。今日は休め」


 「「「はっ!」」」


 笑いながら自分の隊へ帰っていく隊長たち。その後ろ姿を見る将軍の表情は、再び曇っていた。


 ――――――――――――――――――――――――


 その日の夜。

 魔法都市国民の姿がなくなったエルピスの街に、王国兵ではない影が2つあった。

 その影はエルピス住民ですら通らないような、裏路地ばかりを進んでいた。

 先頭にある影が手を握ると、もう一つの影はピタリと止まる。手を広げチョップをするように二度振るともう一つの影は進む。

 進めと止まれのハンドサインだ。

 止まれのハンドサインが出たある時、後ろにいる影が口を開いた。


 「これが噂の『潜入』の正体か」


 その声は王国第二王位継承権を持つ、アレクサンドル王子だった。

 先頭でハンドサインを出している影は応えず、代わりにギロリとアレクサンドルを睨む。

 アレクサンドルは肩をすくめた。


 「そんなに睨まないでください。王国兵の足音も聞こえませんし、この呟く程度の声量なら気づかれませんよ」


 先頭の影は溜息を吐くが、その溜息ですら音が一切ない。


 「声を出せば俺のスキルが意味をなさない。息を殺し、声を発しなければ見つからない。だから、黙れ」


 先頭の男はヴァジだった。声量は出来る限り小さくしているが語気は強めて注意する。


 「もちろん貴殿の指示に従いますけど、その前に予定だけでも教えておいてほしいのですが。『一言も口を開かずついてこい』では意味がわかりません」


 彼らはエルピスから脱出しようとしていた。

 ヴァジの予想通りにエルピスは放棄され予定通りに出発したのだが、ヴァジはアレクサンドルに一切の説明をしていないのだ。

 黙れと言われても納得できなければ従えない。アレクサンドルに、自分は雇い主だという気持ちがどこかにあったのか、ヴァジの注意を無視して説明を求める。

 そんな時……。


 「誰だ?」

 「どうした?」

 「今、こっちで声が聞こえた」

 「俺には何も……」

 「いや、確かだ」


 王国兵がアレクサンドルの声に気がついた。アレクサンドルは慌てて自分の口を手で塞ぐが既に遅い。王国兵が確実にアレクサンドルとヴァジがいる方向に近づきながら話しているのが聞こえている。

 ヴァジはまた溜息を吐くと、今度は声を潜めずにアレクサンドルへ注意する。


 「だから、黙れと言っただろう」


 「俺にも聞こえたぞ」

 「こっちだ!」

 

 当然、ヴァジの声に反応して王国兵が二人の潜んでいる場所に当たりをつけた。

 そして、二人の王国兵が路地裏を覗き込み、呆気なくアレクサンドルを見つける。


 「貴様、何者だ!こんなところに()()で何している?!」


 アレクサンドルは一人で路地裏にいた。

 たった一人でこんな場所に隠れていたことに、王国兵たちは眉を顰めた。


 「逃げ遅れたか?」

 「いや、どうだろうな?そう見せかけているだけやもしれん」

 「どちらにしろ本部へ連れて行く」


 王国兵二人は見つけたアレクサンドルを捕まえるために剣を抜く。


 「そういうことだ。大人しくついてこい」

 「怪しい動きを見せれば、即座に斬る」


 王国兵がそう言いながら、じりじりとアレクサンドルに近づいていく。

 だが、彼らは気が付かなかった。すぐ背後にもう一つ影があることに。

 その影は素早い動きで兵士の一人の首をナイフで切り裂くと、もうひとりの兵士の首を掴んで勢いよく回した。ボキリという音が鳴り、二人の王国兵は同時に崩れ落ちた。

 影はあっという間に王国兵二人を排除したのだ。

 もちろん、その影はヴァジである。


 「意味はわかったな。黙れと俺が言ったら、黙れ。生き残りたいならな」


 アレクサンドルは今度こそ一言も発せずに頷いた。

 そうして、2つの影はまた裏路地へと消えていった。


 ――――――――――――――――――――――――


 時間はタザールとクリークが、エリーに護衛されながら魔法都市へ逃げ切った直後まで遡る。

 タザールは魔法都市とエルピスを繋ぐ通路を石壁で封鎖した後、クリークとエリーを連れて城へ戻った。


 「おい、入り口は封鎖したんだからもう少しゆっくりしろよ」


 タザールは魔力をほぼ全てつかっており、まともに歩くことすらできない。なのに、休むこともせず作戦指揮室へと直行し、仕事をし始めたのだ。

 あまり気遣いが出来ないクリークですら心配して声を掛けてしまうほど、タザールの顔色は悪い。


 「そうも言ってられん。状況は切迫しているのだ」


 「通路の罠で敵は足止め出来たんだから、今日ぐらい休めよ。魔力使い切ってんだろ?」


 「休む暇などない。余裕はせいぜい三日なのだからな」


 「三日?!なんでそんな短いんだ?!」


 クリークは、エルピスの時と同様に10日以上は足止めできると考えていた。なぜ三日しか余裕がないのか理解ができない。


 「俺が爆裂属性を使えるからというのもあるが、エルピスの壁が突破された時の報告を聞いてわかった。おそらく爆裂属性に似た方法で壁を破壊したのだろう」


 「お前の使った魔法を、相手も使えるということか?」


 「確実なことは言えん。だが、音や衝撃、その後に砂煙が舞ったという報告で、爆裂属性魔法かそれに近いものだと判断した」


 「……そうだとして、なぜ三日なんだ?」


 「壁を壊すのに1日。氷と火の罠が止まるのを待って二日。計三日だ」


 壁を壊すことが出来るドワーフの計算とは違うが、不思議と壁が突破される予定日は合っていた。


 「……そういうことか。ちょっと待て。じゃあ、あと三日で魔法都市にいる全員を避難させなければならないのか?!」


 「そういうことだ。だから時間に余裕がないのだ。寝ている暇どころか、食事を摂る時間すらないな」


 「たった三日……」


 「帳尻を合わせなければならないが……、エリー」


 今まで黙って地図を見ていたエリーは、わかっていると言わんばかりに「ん」と頷く。


 「避難誘導すればいい?」


 「ああ、度々すまないがまたしてもらう」


 「わかった」


 「クリークの隊は……、いや、クリークも避難誘導をしてほしい」


 「防衛の準備はいいのか?」


 クリークの言う防衛の準備とは、エルピスの時のように陣地構築することだ。魔法都市はまだ出来たての国で兵科が多くなく、敵の突撃に対して真正面から防ぐ、または迎え撃つことが困難だ。簡易な柵を作って突撃を防がなければ、あっという間に町へ雪崩込まれてしまうとクリークは懸念していた。


 「火と氷の罠と、壁破壊直後に砂の罠を発動すれば確実に三日足止め出来るが、防衛陣地を築くほどの時間はない。ならばいっそ、避難誘導に総動員したほうが良い」


 タザールの作戦は、魔法都市の防衛は捨てて避難を優先するというものだ。

 すでにエルピスを放棄したクリークは、不満に眉根を寄せる。


 「やられっぱなしじゃねーか」


 「悔しいのはわかる。だが、俺としても想定外なのだ。あれほど早く壁を突破する技術が、王国にあるとは思っていなかった。もちろん、ギルもそうだ」


 援軍が来るまでの時間稼ぎは、ギルが知恵を絞って捻り出している。だが、そのほぼ全てが通路の罠と防壁が二週間程度保つことを想定した上での策だ。前提条件が崩れれば、全てが台無しになってしまう。


 「お手上げってことか」


 時間稼ぎが出来ない。防衛陣地が築けない。魔法都市を何の抵抗もせずに王国へ渡すこと。避難がなんとか間に合ったとしても、『裏』に侵入されるのは時間の問題であること。

 クリークの言葉通り『お手上げ』状態なのだ。

 しかし、タザールは「いや」と首を横に振る。

 

 「あのギルだ。念の為の策も用意してある」


 「あるのか?!」


 「ああ。俺たち魔法都市が勝利するにはどうすればいいと思う?」


 「?王国をダンジョンから追い出すことだろ?」


 「それは勝利した結果だ。勝利条件は王国を打ち倒すことで、勝利する方法は時間を稼ぐことだ」


 王国を倒すことが勝利条件なのは当然として、時間を稼ぐことが勝利するための方法なのにはクリークも首を傾げるが、タザールは構わず続ける。


 「魔法都市が勝つには、どうしても援軍が必要だ。他人任せかと思うだろうが、兵士の数が少ない我らにはそれしかない。援軍がオーセブルクダンジョン付近まで到着すれば、ダンジョン内部の王国兵たちも慌て、運が良ければ撤退の可能性だってある。撤退しなくとも背後から攻められれば足並みも乱れる。その時に攻撃に転じれば挟撃できる」


 「なるほどな。ダンジョン内だと逃げ場がないから、なおさら挟み撃ちは強力だろうな」


 「そうだ」


 「それで、話を戻すと時間稼ぎの方法はまだあって、勝利の目もまだあるってことだろ?どんな方法だ?」


 「この城がその方法だ」


 「は?」


 「我らの敗北条件は『裏』の存在が露呈し、敵兵に侵入されることだ。幸いこの城が『裏』への入り口を塞いでいて、城内を通らなければ侵入できない。だからこそ、この城を砦にして敵の攻撃を防ぐ」


 王国からしたら、ダンジョン内だから攻城兵器が持ち込めない状態での攻城戦になる。その上、自分たちとしては準備に時間はかからない。城門を閉め、強化するだけだとタザールは説明する。


 「なるほどな。文字通り、最後の砦にするわけだ」


 「この城に魔法都市とエルピスの住人全てが入らないのは一目瞭然だから、『裏』の存在を教えてしまうことになるがな」


 「つまり、足止めしろってことか」


 「そういうことだ。だから、クリークもエリーと一緒に避難誘導してくれ。避難が間に合わなければ意味がない」


 「わかったぜ」


 「ならば早速で悪いが、部下たちに指示を出してきてほしい。エリーも頼むぞ」


 「ああ」


 「ん」


 クリークとエリーが出ていくのを見送ってから、タザールは近くにあった椅子にドカリと座る。そして、大きく溜息を吐くと頭をボリボリと掻いた。整っていた髪をぐちゃぐちゃしたまま、背もたれにより掛かると「どれだけ時間稼ぎが出来るかはわからないがな」と呟く。


 「俺も手伝いたいが……、少しだけ休むと、しよう……」


 タザールは目を閉じ、そして、すぐに寝息を立てた。

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