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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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撤退

 タザールが前線に到着してから戦況は優勢に傾いた。彼の使う爆裂属性魔法は、王国重装歩兵の盾を吹き飛ばし、鎧の防御力を無視する。

 重装歩兵を排除し、残るは軽装備の歩兵のみ。軽装歩兵に爆裂属性魔法は必要なく、弓だけで押し返すことに成功した。

 現在、王国側は無闇な突撃などはせず、さらにタザールが時々入り口へ爆裂魔法を使い牽制しているのもあって、睨み合う膠着状態になっていた。

 クリークは数の暴力でいつ蹂躙されるかもしれない緊張から開放されたのもあり、ほっと胸をなでおろした。


 「やるじゃねーか、大臣」


 クリークは、今も気を緩めず入り口を睨みつけているタザールへ顔を向ける。


 「その呼び方はやめてくれ。それに、戦闘経験は少ないからこれ以上の期待はしてくれるな」


 「そうかい。だが、良いタイミングだったぜ」


 「……いや、時間を掛けすぎてしまった。もう少し早くここへ来るはずだったんだが」


 伝令から報告を受け、タザールが部屋を飛び出し向かった先は、この最前線である防衛陣地だった。しかし、魔法都市からエルピスへ入った途端、タザールを大臣だと知っている住人に囲まれ質問攻め。大臣として対応しないわけにもいかず、それなりの時間を費やすことになった。

 さらに、魔法都市側へ逃げようとするエルピス住人の渋滞に巻き込まれてしまった魔人たちにも説明をし、近くにいたエリーにも追加の指示。

 それだけでは終わらず、次から次へと問題が発生し足止めされてしまったのだ。


 「ここが最優先なのはわかっていたが……、とにかく、遅くなって悪かった」


 「いや、かまわねーよ。こっちに被害はないからな。それに、これならいくらでも時間稼ぎできそうじゃねーか。タザールが来てくれてよかったぜ」


 がははと笑うクリークだが、タザールの表情は暗い。


 「どうした?」


 「残念だが、そう長く時間は稼げそうにない」


 「どういうことだ?」


 「王国の重装歩兵があの程度の数しかいないわけがない」


 「それはそうだが……、タザールの魔法ならいくらいても蹴散らせるじゃねーか」


 「問題は重装歩兵の数ではない。俺の魔力残量が問題なのだ」


 タザールの使う爆裂属性は合成魔法であり単一属性より消費魔力が多く、通常の3倍から5倍の魔力を消費する。もちろん合わせた属性の数にもよるが、爆裂魔法は最も多い。その分、高威力ではあるが。

 何度も使うには燃費が悪すぎる、とタザールは説明する。

 聞いていたクリークも、魔剣を長時間振り回せないことを思い出して「そうだったな」と納得する。


 「ならどうする?」


 質問されたタザールはこめかみを指でトントンと二度叩き、ふーと息を吐く。


 「この陣地にいる兵士を、王国に悟られないように退かせられるか?」


 「まあ、出来なくはないが……、そんなことをしたらただ突撃されただけで、あっという間に突破されるぞ。混乱は収まり、あの魔法のおかげで士気も上がった。タザールが魔力を回復している間は兵士たちで守ったほうが時間を稼げるんじゃねーか?」


 「それも一つの手ではある。が、この人数を一斉に下げるには魔法都市へ繋がる通路は狭すぎる」


 「そうか……。我先にと焦った結果、味方に対して武器が抜かれるかもしれないか」


 砂煙の混乱時に同士討ちを見てしまったからか、クリークの考えは殺伐としたものになっていた。もちろんその可能性は当然ある。だが、タザールの心配は別のことだ。


 「それはあくまで最悪な場合だがな。スムーズに通り抜けるには、人数は少ないほうが良いと言いたかったのだ」


 「そういうことか。……ん?住民の避難が終わって、エリーの嬢ちゃんが来るのを待たずにか?それこそ兵士が増えたせいで、魔法都市の通路がさらに混雑するんじゃねーか?」


 通路が混雑し、住民の全てが通り抜けるのに時間がかかるからこの場で耐えているのは、クリークも知っている。そこへ兵士もとなれば、さらに混雑することは簡単に予想できる。

 しかし、タザールは首を横に振った。


 「住民の避難はほぼ完了している」


 「じゃあ、なんで俺たちはここで耐えているんだ……」


 「お前たちがここで耐えてくれたから、俺が避難誘導をできたんだ。まあ、あっちでも色々あったが、それは済んだことだ。そして、俺が到着してからさらに時間を稼いだことで、おそらく避難は済んでいるだろう。とにかく、兵士を下げて良い頃合いだ」


 タザールが防衛陣地にすぐ来ることが出来なかったのは、この避難誘導が思いの外時間が掛かったことが原因だ。

 問題は住民ではなく、魔法都市に訪れていた他国の貴族や商人、旅行者だった。しかし、それは当然のことだろう。

 旅行や買付で来ただけなのに運悪く戦争に巻き込まれれば、誰でも不満の声を上げる。その上、中には貴族や豪商と呼ばれる自分たちを王様のように錯覚している者たちもいるのだ。権力がこの国でも通用すると勘違いし、優先的に避難させろと我儘を言って混乱させていたのが、避難の遅れの原因だった。

 タザールは元賢者の称号や魔法都市大臣の肩書を最大限利用し、彼らを説得、時には叱りつけて従わせた。だが、10人、20人ではなく、何百人という数だ。結果的に一日という時間を無駄にしてしまったのだった。

 クリークは、タザールの心底面倒くさそうな表情でなんとなく察し、『色々あった』事を詳しく聞かないことにした。


 「そ、そうか……。じゃあ、もうすぐエリーの嬢ちゃんがこっちへ来るんだな?」


 住民の避難が完全に住めば、その避難誘導を任されていたエリーが防衛陣地に来る。そういう予定だ。しかし、タザールは首を横に振る。


 「いや、エリーは来ない」


 「なに?それはどういうことだ?まさか、俺たちを犠牲に――」


 「違う。彼女とその部下には大事な役目があるからだ。説明したいが……、この会話で少々時間を使い過ぎた。悪いが信じてくれと言うしかない」


 クリークからしたら納得出来ることではない。この防衛陣地にはクリークの迷賊時代からの部下が殆どいて、エルピスの街を放棄しようとしているのだから。

 さらに兵士を少しずつ下げろと、現在の指揮官は言っている。兵士を下げ、最後に残った兵士を犠牲に大勢の命を救うのだとクリークが考えても仕方のないことだろう。

 クリークは少しだけ考える。そして、出した答えは頷くことだった。


 「わかった。お前がここに残っているしな」


 指揮官であるタザールが命をかけてこの場に残っている。それが決め手になった。


 「よし、ならば早速始めてくれ」


 「ああ」


 クリークは近くの兵士を呼びつけ、伝令に走らせた。



 命令を受けた隊長は眉を顰めながらも、部下の兵士を連れて下がっていく。

 それを何度も繰り返し、少しずつ兵士たちを下げていった。

 その間もタザールは入り口付近に爆裂魔法を撃ち、兵士に弓を射させて牽制。

 そして、最後には防衛陣地に50人程度が残った。


 「そろそろか」


 タザールがぼそりと呟いたが、クリークはそれをしっかり聞いていた。


 「この人数なら撤退出来るのか?」


 「これぐらいなら魔法都市への通路を時間を掛けずに通れるだろう。……それに敵が俺たちの動きを察知する頃だ」


 「……本当に上手く事が運んだな」


 「予想は出来ていた。王国だって兵士を無駄死にさせたくはない。ならば、どうするか?俺の魔力を枯渇させるしかない。奴らの動きがそれを物語っていた」


 クリークが兵士を下げている間、王国側の動きは入り口から兵士が姿見せるだけで攻撃はしてこなかった。こちらが魔法や弓で牽制すると、その王国兵はすぐに引っ込んでしまう。当然、王国側の犠牲はない。

 この動きで魔力の枯渇か矢の消耗を狙っているのは簡単に予想できた。


 「ふーむ、さすがは賢人だな。それにタザールの魔力も尽きなかったな」


 「……いや、もう少ない。『火花』はあと5回程度しか使えんだろうな」


 「なら、無駄話している暇はねーか。俺たちも撤退して良いんだろ?」


 「ああ。残っている魔力を使って派手な牽制をする。それを合図に全員で撤退だ」


 「その言葉を待ってたぜ!」


 クリークはすぐに伝令を走らせた。そして、伝令が戻ってくると魔剣を担ぐ。


 「よし、準備は出来たぞ」


 「ああ」


 タザールは頷くと、ギルのように魔法陣を一瞬で展開した。それはこの魔法を何度も何度も繰り返し練習した証拠だった。

 クリークは驚くが、称賛する間もなくその魔法は発動する。


 「合成魔法、爆裂属性二の陣『灰燼』」

 

 タザールがボソリと魔法名を呟き、当然魔法は成功した。しかし、その魔法にクリークはおろか、魔法都市の兵士たちまでが唖然とする。驚きではなく、拍子抜けで。

 その魔法は通路内部へ砂煙を送るという効果だけだったからだ。

 今、通路内は一日前の自分たちのように混乱しているのが予想できる。でも、それだけだ。敵にダメージを与えることもなければ、派手な爆発もない。

 「なんの冗談だ?」とクリークは口を開いた直後、消えずに残っていた魔法陣から火の玉が通路内へ飛んでいく。

 すると、まばゆい光が通路内で発し、火炎がゴウッとガスバーナーのように通路から吹き出した。

 王国兵の叫び声や呻き声、咳き込む音が通路内から聞こえて来て、クリークも火の玉を放り込まないとこの魔法は完成ではないと理解した。だが、それでも拍子抜けだと感じていた。

 タザールがしたのは、粉塵爆発だった。

 3つの魔法陣を連続で発動していて、正確には合成魔法ではない。

 粉のような金属を土属性で作り出し、風属性でそれを砂煙のように舞わせる。最後に火の玉でその金属の粉に着火。

 地球でも製粉工場や炭鉱などで事故が数多く起きていて、建物の倒壊と少なくない死傷者が出ている。それを魔法で小規模にだが再現したのだ。もちろん、これをタザールに教えたのはギルである。

 この魔法の恐ろしいところは魔力さえあれば規模は無限大であるという点。街一つぐらいならば、一瞬で消し飛ばせてしまうのだが、それを知らないクリークには、タザールが今まで使っていた王国重装歩兵の防御力を無視してダメージ与える『火花』の方が派手に感じてしまったのだ。

 それをなんとなく察したタザールは、苦笑いを浮かべる。


 「少々期待はずれだったか?」


 「ん?ああ……、まあな」


 「悪かったな。思いの外、魔力残量が少なかったようだ」


 その言葉でクリークも思い出す。この魔法に使った魔力は『火花』五発分程度であることを。それなのに通路内の兵士の全てを虐殺できるような大爆発だと自分が思い込んでいたのだから、申し訳ない気持ちになる。


 「いや、敵を混乱させただけでも十分だ。今のうちに下がろうじゃねーか」


 「ああ」


 「ようし!野郎ども!!撤退だ!!」


 兵士たちがクリークの大声でビクリして一斉に動き出す。

 それを確認してからクリークも移動しようとする。だが、タザールが動こうとしないことに眉を顰める。


 「何やってんだ?」


 タザールは珍しく困ったと言わんばかりの表情で溜息を吐く。


 「ふむ……、足に全く力が入らない」


 クリークはそれに身に覚えがある。魔力が底をついた時の感覚だ。


 「ば……、馬鹿野郎!動けるだけの魔力を残しておかないでどうする!!」


 クリークは慌てて戻り、タザールに駆け寄ると肩を貸す。

 だが、タザールに肩を貸しながら、自分の身長ほどある魔剣は邪魔すぎて持ち運べない。

 クリークは魔剣を放り投げると、普通の剣を掴んだ。


 「よし、これでいい。いくぞ」


 「待て、あの魔剣は大事な物だろう?俺は自分で何とかする」


 「一歩も動けない足で何言ってやがる。魔剣より指揮官であるお前の方が価値は高い。黙ってろ」


 「……すまない、恩に着る」


 「当たり前だ。その恩はエルピスを取り戻すことで返してくれよ」


 「ああ、約束する」


 そうして、エルピス防衛陣地から人がいなくなった。



 防衛陣地から撤退したクリークとタザールは、エルピスの街中を二人でゆっくりと進んでいた。二人なのは、もちろん移動速度が遅いからだ。タザールを兵士に手伝ってもらって運べば移動速度は上がるのだが、急いで撤退していたのもあってそれを頼む前に離されてしまっていた。

 それからさらに状況は悪化する。

 自分たちの背後から兵士の鎧が鳴る音が迫ってきているのだ。もちろんそれは味方ではなく王国兵の鎧の音で、尋常ではない数だと感じる。

 タザールの魔法『灰燼』によって入り口通路内の兵士には多大な被害が出ているが、当然その程度の被害では攻めるのに影響が出ない。それだけ兵数が充実しているのが王国である。さらに魔法都市側の動きを探らせていたのもあって、爆発が起きてもすぐに突入を開始出来ていた。

 少しでも魔法都市兵の数を減らすために追撃し、今クリークとタザールすぐ後ろまで迫ってきているのだ。

 そんな中、自分が足を引っ張っているタザールは苦々しい表情をしながらも、力の入らない足を懸命に前に出す。

 肩を貸しているクリークはというと、厳しい状況に珍しく焦っていて額に汗を浮かべながらも、無言で歩いていた。

 住人のいなくなったエルピスを、魔法都市に向かってただただ真っ直ぐ進んでいく。

 歩行速度が遅い二人がまだ捕まっていないのは、単に運が良いだけだ。王国兵は、魔法都市兵がエルピスの街に隠れ潜んでいる可能性も考え、慎重に進んでいるからに過ぎない。

 そして、幸運はいつまでも続かない。

 二人が歩いている目と鼻の先と言っていい距離に、二人とは別の足音がした。

 自分たちより後ろに味方はいない。

 二人は視線を交わしてから振り返ると、無論そこにいるのは王国兵だった。

 王国兵は一瞬だけ呆然と立ち尽くし、思い出したかのように大声を上げる。


 「ここにいたぞぉお!!」


 その声で周りから聞こえる鎧の音が一斉に向かってくる気配がする。クリークは「くそっ!」と悪態づき歩速を早めた。

 だが、肩を貸していてはそう早くならない。背後からは自分たちを追ってくる鎧の音がどんどんと近づいてくるのを感じる。

 そんな状況に陥いると、隣で肩を貸すタザールは悟りきったような表情に変わり、クリークはなんとも心配になる。


 「おい!お前、まさか諦めたんじゃないだろうな?!」


 そう言うと、タザールは鼻で笑い首を横に振った。


 「そんなわけないだろう」


 「……ならなんでそんな顔してんだ!」


 この会話中にも王国兵は追いかけてきていて、弓兵も到着したのか自分たちに向かって矢を射られ、その矢がすぐ近くの地面に突き刺さる。

 状況としては最悪だ。追いつかれるか、はたまた矢で身体のどこかを射抜かれるか、それがいつ起こっても不思議ではない。

 魔法都市へ繋がる通路はまだまだ距離があり、どう急いでも追いつかれるのは目に見えている。

 なのに、タザールは焦っていないのだ。

 もしや諦めではなく、犠牲になって敵兵を足止めするつもりだからこう答えたのかという考えがクリークの脳裏に浮かぶ。

 クリークは、気になってもう一度生き残る気はあるのかを聞こうとしたが、その前にとうとう一人の王国兵に追いつかれてしまう。

 王国兵は剣を既に振りかぶっていて、大声を上げながら振り下ろした。


 「やぁあああああ!!」


 「うるせぇ!!」


 クリークは、王国兵が斬るために踏み込んだ足の膝辺りを自分の剣で突き刺してから、胴を思いっきり蹴る。

 王国兵は悲鳴を上げながら吹き飛び、その後を追ってきていた他の兵士たちに踏まれていた。

 「ざまあみろ!」とクリークが得意げに笑うが、すぐに苦笑いに変わる。今蹴り飛ばした王国兵のすぐ後ろに、10人以上の王国兵が追ってきていたからだ。


 「追いつかれちまう!」


 「いや、もう安全だ」


 「なに?」


 どういうことだ?そう聞こうとすると、背後で金属が打つかった音が響いた。

 何事かとクリークが振り返ると、そこにはエリーが盾で数人の王国兵を抑え込んでいる姿があった。


 「エリーの嬢ちゃん?!ってことは……」


 「ああ、エリーと兵士たちが待機している場所に辿り着いたのだ」


 エリーが王国兵の攻撃を防いでいると、家と家の間から次々と魔法都市兵が出てきて、王国兵を斬り伏せていく。

 タザールがエリーを防衛陣地に来させなかったのは、この場所で罠を張るためだったのだ。

 この策には2つの思惑があった。

 1つ目は罠にはめ、王国兵の数を少しでも減らすこと。

 2つ目は他にもエリーのような伏兵がいると思わせること。そうすることで王国兵の進行速度を遅らせようとしたのだ。


 「つまり、俺たちは助かったのか」


 「まだ逃げ切ってはいないが……、エリーに護衛されながらであれば、そうなるだろう」


 「そうか……。このことを黙っていたのは許せんけどな。見捨てるべきだったか」


 タザールは肩をすくめて「今の言葉でクリークの評価は下がったな」と言って笑った。

 こうして二人は、エリーと兵士たちに護られながら無事に魔法都市へ逃げ延びたのだった。

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