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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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戦闘開始

 魔法都市防壁爆破の報告と、直後に砂が通路を埋め尽くした報せがエドワルドに届く。いつもながらエドワルドは16階層から動かず、報告も自分のテントで聞いていた。

 報告をしにきたのは、爆破をした張本人であるドワーフの男と、囚人の彼を見張る兵士が一人。


 「……そうして壁を破壊しました。思いの外上手く行き、犠牲者も崩落もありませんでした。おそらく、あちら側も怪我人ぐらいはいるでしょうが、破壊による犠牲はないでしょう」


 全てを聞き終えたエドワルドは、ドワーフの男の報告が間違いではないかを確かめるため、見張りの兵士に視線を向ける。

 兵士は頷いて肯定した後、補足として今の状況を説明した。


 「おそらくこいつの言う通りです、殿下。しかしその後、混乱に乗じて侵入を試みたのですが、その最中に魔法都市の卑劣な罠により多くの兵士が砂に埋れ犠牲になりました。今は砂を掘り返しているところです。……残念ながら埋まった兵士の殆どは間に合わないでしょう」


 エドワルドの隣で立って聞いていたクラノスが代わりに答える。


 「あちらもまだ足止め出来る罠を隠し持っていたか。次から次へと厄介な……。しかし、砂であればそれほど時間は掛けずに取り除くことが出来るのだろう?」


 「は、すでに作業は開始しており、本日中、いえ、明日には全てを取り除くことができるはずです」


 「はず、ではない。必ずやれ」


 「はっ!そのように将軍へ伝えます」


 クラノスが他に伝えることはないか、エドワルドに顔を向ける。エドワルドは眉間を指でトントンと叩きながら口を開く。


 「つまり、あとは砂の罠を取り除けば街へ侵入可能なのだな?」


 「……おそらく」


 「まあ、わからんか。クラノス、どう思う?」


 「さて、どうでしょうな。しかし、砂で通路を埋めてしまうというのは、あちらも形振(なりふ)り構わずのように思えます。やはり恐らくとしか言えませんが、最終手段ではないかと推測できますが……」


 「唯一の逃げ道を自ら断ったのだから、私もそう予想した。ならば、あとは砂を取り除き、街を制圧するのみだな。……兵士、将軍へ伝えろ。私とクラノスは帰還命令が出た。後は将軍に任せるとな」


 「はっ!」


 「よし、すぐに行け」


 兵士が敬礼をし、ドワーフの男を連れて出ていこうとするが、エドワルドは呼び止める。


 「待て。そのドワーフの枷を外していけ」


 ドワーフの男は作業が終わった後、再び鎖で繋がれている。エドワルドはそれを外せと命令しているのだ。


 「よろしいので?こいつは囚人で危険ですが……」


 「構わん。怪しい行動を起こせば、クラノスが切り捨てる」


 「はっ!」


 兵士はドワーフの手足に繋がる鎖と、手枷足枷を外してからテントを出ていく。残ったのはエドワルドとクラノス、そしてドワーフの男の3人だ。

 ドワーフの男は手枷によってついた痣を撫でながら眉を顰める。


 「エドワルド殿下……、これはいったい?」


 「褒美だ」


 「わしは枷に繋がれることを望んでいるのですが……」


 「犠牲者を悼むことはどんな状態でも出来る。それこそ枷や鎖に繋がれてなくともな。その代わり、お前はまだここに残れ。まだ同じような防壁があるかもしれんからな」


 ドワーフは一瞬だけ躊躇うが、爆破をした時と同じように拒否する権利すらない彼は頷くしかない。


 「わかりました。念の為、材料を集めておきます」


 「うむ。兵士を一人つけるが、見張りではなく護衛だから気にするな。私とクラノスはダンジョンを去るから、後は任せたぞ」


 「はい」


 ドワーフの返事を聞くとエドワルドは兵士を一人呼び、今の内容を伝えて護衛するよう命令した。そして、ドワーフをテントから出て行かせると、大きな溜息を吐く。


 「くそっ!魔法都市め!まだ手を煩わすつもりか!」


 「あちらの王もやり手ですな」


 「死んだ奴を褒めるな!生きている者にしか栄光は訪れん!」


 エドワルドの言葉をクラノスは苦笑いし、すぐに真顔に戻る。


 「ですが、坊っちゃん。我々は帰還命令など出ていないのですが、どういうことですかな?」


 「ふん、戦いになれば私は役に立たん。援軍による挟み撃ちの危険がある今、司令官の役は放棄し、王族として脱出するべきだろう」


 「……たしかにそうですな」


 「壁の破壊は見届けた。砂を取り除くことなんぞ、兵士が交代でやればすぐ取り除ける。よって、私は必要ないと判断し、王都に戻ることにした。お前はその護衛だ。これは決定だからな」


 砂を取り除くのが簡単ということ以外は、エドワルドの言い分は正しい。本来であれば、挟撃の可能性が出てきた時点で脱出するべきなのだ。王族ならば尚更。

 元戦士であるクラノスとしてはこのまま戦の経験を積んでほしいと考えていたが、今は護衛である。渋々ではあったが、エドワルドの判断に従った。


 「わかりました。では準備を始めましょう」


 「ああ。……手伝ってくれるか?」


 「……わかりました」


 その日のうちに準備を済ませ、エドワルドとクラノスは16階層を後にした。

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 エルピス入り口は、緊張感が高まっていた。

 防衛装置の4段階目を発動してから二日が経ち、通路内の砂の殆どが取り除かれているのか、王国兵の作業する音や、話し声まで防衛陣地に聞こえている。

 クリークは防衛陣地の最後方に設置された台の上で腕を組みながら、兵士たちを見渡していた。


 「チッ、やべえ。時間をおいて砂煙はなくなったが、万全には程遠いな」


 兵士たちは砂煙で視界ゼロの中、いつ攻撃が来るかわからない状況で精神は擦り減らしながら作業をし、砂煙が収まってからも通路から度々聞こえる王国兵の声で、禄に寝ることすら出来ずに疲れ切っていた。

 さらに時間が経つ毎に王国兵が発する音が大きくなっていくのだから堪ったものではない。

 兵士たちの体調は最悪だった。

 クリークは頭をボリボリと掻いてから振り返る。そこには静かになったエルピスの街が広がっている。


 「住民の避難はほぼ終わっている。が、エリーの嬢ちゃんは間に合わないだろうな……」


 魔法都市側への住人の避難はエリーに任せた、という報告はクリークにも届いていた。

 クリークの見ている範囲に一般人が出歩いている姿は一切ない。だが、避難が完了したという報せはまだ届かず、それはつまりエリーはまだ避難誘導しているということ。

 戦闘が開始してもエリーの援軍は期待できない。

 

 「まずったな。交代で兵士共を安全な場所で休ませるべきだったか……」


 最前線から離れて後方で休息するのは、磨り減った精神を大きく回復するのだが、クリークはそれを兵士たちにさせることが出来なかった。

 しかし、それは仕方のないことだろう。

 まず、魔法都市にとってもクリークにとっても戦は未体験だったこと。さらに、砂の罠がいつ突破されるか予想出来なかったことが原因である。

 そしてもう一つ。兵士たちの精神力が自分と同じで強いと勘違いしてしまったこと。

 それらの要素が合わさり、防衛陣地はその機能を十全に発揮出来ない状態になっていた。


 「王国兵の声がはっきりと聞こえる。もうすぐ戦闘が始まっちまう」


 すぐに兵士を下げたいが、避難完了の報告がなければ出来ない。

 クリークに戦闘の恐怖はないが、自分の判断ミスで何も出来ずに防衛陣地を突破される恐怖心はある。豪胆である彼も不安を覚え始めていた。

 その時、入り口を見張る兵士が手を挙げたのが目の端に映る。

 それは入り口の砂が動いたという合図。つまり、もう間もなく砂が取り除かれるのだ。


 「来たか……。やるしかねぇな」


 合図をした兵士が後ろへ下がると、今度はクリークが黙ったまま手を挙げる。すると弓兵が一斉に弓を構えた。

 雪崩込ませないよう、砂が完全に取り除かれた瞬間に弓で牽制するためだ。

 そして、その時は来た。

 砂がボロリと崩れ、隙間から王国兵が顔を覗かせる。


 「撃てぇ!!」


 クリークの声で一斉に矢が放たれ、風切り音と共に入り口へ降り注ぐ。


 「うわぁ!一人やられた!!弓で狙ってるぞ!」

 「下がれ下がれ!!」


 クリークいる位置からは距離が離れているため、矢が敵に命中したのか判断出来ないが、王国兵の混乱する声は届いた。

 王国兵が防衛陣地から離れるのが聞こえたはずなのに、クリークの浮かない表情だ。というのも、普段クリークは最前線どころか先頭で戦うのが得意であり、一歩離れた位置から眺めることがない。

 いまいち状況を把握できないのだ。


 「先頭で空気を感じてないから、状況がわかんねぇな。とりあえず、威嚇射撃をさせて時間を稼ぐか」


 矢を温存するために少しずつ撃たせて牽制すると命令。兵士はそれに従い、弾幕は薄くとも絶え間なく矢を射る。入り口は無数の矢が突き刺さり、ハリネズミようになっていったが、通路の先からはなんの反応もない。

 しばらく弓で牽制していると、一本の矢が上手く通路の先へと飛んでいく。すると、金属同士が打つかる高い音が響いた。

 その音はクリークにも届き、表情はますます曇った。


 「……まあ、そう来るわな」


 通路の陰からニュッと出てきたのは金属の壁。いや、王国重装歩兵が持つタワーシールド。

 先程の金属音は、盾に矢が当たった音だった。

 王国重装歩兵は矢を気にした様子もなくある程度進むと、ドンと盾を地面に立てた。そのすぐ後に、同じような重装歩兵が続き、同じように盾を立てていく。

 そして、あっという間に盾の壁が出来上がった。

 その後は当然、王国兵が安全に侵入し陣形を整えていく。

 徐々に完成していく敵の陣形に焦り、矢を射る速度も上がっていく。だが、盾に阻まれ意味がない。

 中には冷静な兵士もいて、直線ではなく山なりに矢を射る者もいたが、残念ながら天井があることと、距離が近いことで頭上から降り注ぐような攻撃が出来ず、やっぱり盾で防がれていた。

 そうして、魔法都市兵が焦る中、王国の陣形は完成した。

 その一部始終を見ていたクリークは、今日何度目かわからない舌打ちを打つ。


 「くそっ、王国共は冷静だな。アホみてぇに突撃して来ないから矢が意味ねぇ。……仕方ない。野郎ども!!盾を構えろ!」


 牽制だろうと本格的だろうと、大型の盾と隙間のない鎧を着込む重装歩兵に矢は役に立たない。ゆえにクリークは接近戦で押し返すことを決断。

 だが、魔法都市兵の動きが鈍い。

 突然の防壁破壊、長時間舞う砂煙、最悪の視界、短時間での砂の罠排除、そして弓矢を完全に防御する重装歩兵。

 様々なことが、それも魔法都市側の士気が著しく低下することばかりが立て続けに起こり、兵士たちは及び腰になっていたのだ。詰まるところ、魔法都市の兵士たちは怯えていた。クリークの指示も耳に入らないほどに。

 そうこうしているうちに、王国重装歩兵が盾を持ち上げて一斉に進み出す。


 「(まず)い!!士気が低すぎる!このままじゃ逃げ出す奴が出て、あっという間に瓦解すんぞ!」


 士気を急速に高める方法は、クリーク自信が前線に出ていき、英雄の如く活躍するしかない。だがそれは、危険な賭けでもある。

 クリークは戦闘経験も多く、対人相手でも罪悪感を抱かず攻撃出来る。それはこの戦争でも強みだ。しかし、決して無双出来る強さではない。

 もしクリークが敗北することにでもなれば、それこそ味方が敗走し、王国を手助けすることになってしまう。

 指揮官が戦死するとはそういうことなのだ。

 クリークが迷っている間にも、王国重装歩兵は歩を進めている。一歩踏み出す毎に、死へのカウントが減っていくような感覚がし、魔法都市兵の精神力がゴリゴリと削られていく。

 敵が迫り、恐怖心を振り払うように鼓舞する声は、魔法都市兵にはない。

 あと数歩、いや、もしかしたらあと一歩で誰かが逃走するかもしれない状況だった。


 「……仕方ねぇな」


 クリークは近くに立て掛けてあった剣を見る。自分の体を隠せるほど巨大な剣だ。

 その剣はギルと戦った時に使っていた魔剣だった。


 「この剣を使うと負ける気しかしねぇのは、ギルのせいだろうな。まあ、今回の相手はギルじゃねぇ。雑魚敵をぱぱっと殺って、急いで後退すれば良いだけだ」


 魔剣は魔力を吸ってしまい、継戦能力が低くなる。魔力が枯渇し、ギルに負けたのを思い出して躊躇してしまう。

 だが、状況はそうも言っていられないところまで来ている。


 「……ま、俺にしちゃあ、長生きした方だったな」


 最後に溢した言葉は、死ぬ覚悟だった。その言葉を最後にクリークは口を結ぶと、意を決して剣を握る。

 魔力が吸われていく不快感に眉根を寄せながら、魔剣を勢いよく持ち上げ肩に乗せたあと、いつものようにニヤリと笑っている()()()()

 余裕の笑みは味方には心強く、敵には恐怖心を植え付ける。そのための不敵な笑み。

 そして、歩き出した。いや、歩き出そうとした。

 その瞬間。

 耳を劈く爆裂音がし、真っ赤な華が咲いた。

 爆発が起こったのだ。

 爆発に巻き込まれた王国重装歩兵の盾は吹き飛ばされ、その歩兵自身も腕が消えていた。

 直撃を食らった重装歩兵の悲鳴を上げるが、周りは何が起こったのかわからず静まり返っている。それは魔法都市側の兵士も、そしてクリークも同じだった。

 たった一人の叫び声で、静まり返っている中、クリークの背後で男が呟いた。


 「合成魔法、爆裂属性一の陣『火花』」


 その声に驚きクリークが振り返ると、そこにはタザールが立っていた。

 タザールは白いローブを翻しながら進み、クリークの横に立つ。


 「おまえ……」


 「火力が欲しいと判断してな。いらぬ世話だったか?」


 「いや、良いタイミングだぜ」


 二人はニヤッと笑う。

 クリークは剣を再び置き、タザールは魔法陣を描いた。

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