祝・任務達成
俺達は街に戻るとその足で冒険者ギルドへと向かった。
夕方になる前に戻れたから報告して報酬を貰おうと考えたのだ。
冒険者ギルドに着き、いつもの受付嬢ミリアにギルドマスターを呼んでもらう。そしていつものように待たされると応接室に通された。
椅子に座ると同時にグレゴルが扉を勢いよく開け入ってきた。
「どうしたんじゃ?!何か問題でもあったのか?!」
グレゴルには今日森へ行くと伝えてあったから、問題が起き撤退してきたと勘違いしたみたいだ。
「いや、森の奥に高位アンデッドがいましたよ。俺達で討伐してきました」
「は?もう討伐し終わったのかの?」
俺はリッチの話をした。グレゴルはひどく驚きしばらく呆けてから、ようやく安堵の声を出した。
「そうか……。元凶を倒してくれたんじゃな。これで街は安泰じゃ。じきにアンデッド騒ぎも収まるじゃろう。そしてお前達も無事で良かったの。今の話では到底、Cランク冒険者の案件ではなかったわぃ」
おい、それを俺達に任せたのか。俺、今日砕骨パンチという技を覚えたんだ。お前の腰に放ってやろうか。
「まあそう怒るでない。報酬は多く出すし、色々と良い物を手に入れたんじゃろ?」
ちっ、心を読みやがったな。妖怪め。
「そういえば、リッチの日記を手に入れた。俺達の役目は終わったから後はそっちで国に報告するなりしてなんとかしてくれ」
日記をマジックバッグから出すとグレゴルに渡す。
俺の言葉に何かを感じるとグレゴルが質問してきた。
「良からぬ事でも書いてあったかの?」
「まあ、今回の件は計画の一部のような気がしてね」
俺はそれだけしか言わなかった。この件にこれ以上関わると、今の俺達では危険だからだ。多分だが、首を突っ込むとリッチ以上の強敵と戦うことになると感じていた。
それを理解させてくれた今回の依頼は、俺達にとって有り難いものだったのかも知れない。
「嫌な事言うのぅ。わかった。これは国のお偉いさんに届けることにする」
「その日記に書かれていることは既に終わっていることだが、考えれば違和感に気づくはずだ。この国のお偉いさんが馬鹿でないことを祈るよ」
俺がそう言うとグレゴルは苦笑いをした。
そして依頼達成の報酬を貰うと俺達は席を立つ。ちなみに報酬は金貨2枚だった。かなり奮発してくれたみたいだ。
部屋を出ようとしてグレゴルに聞こうとしていたことを思い出した。
「ところで、美味い飯屋を知ってるか?」
ギルドを出ると夕方になっていた。晩飯をそろそろ食べる頃だろう。今日は依頼達成祝いとして、宿屋の酒場ではない料理屋に行くことに決めていた。エルとリディアも心なしか嬉しそうだ。
俺達はグレゴルに聞いた飯屋に行く前にある場所へ寄った。
シギルの鍛冶屋だ。俺が顔を出すとシギルが笑顔で近寄ってきた。
「ようシギル。景気は?」
「ダメダメッス」
シギルは首を横に振り嘆息する。
俺は、苦笑いすると武器屋を見渡してみた。俺が教えた刀の製法で、新しい武器を作ってみると言っていたから、どんなものを作ったのか気になったのだ。
だが、新しい武器はなかった。
「新しい武器は作らなかったのか?」
「あれは時間がかかり過ぎッス。すぐに作れる物じゃないッスよ」
確かに一日がかりの仕事だ。そんなにしょっちゅう店を無人にするわけにはいかないのだろう。
「旦那の方はどうだったスか?今日森へ討伐しに行くって言ってたッスよね?」
「ああ、無事に依頼達成出来た」
「それはおめでとうッス!あたし達ががんばって作った武器は活躍したッスか?」
シギルが聞くと、エルとリディアが笑顔で頷く。
「ほんとッスか!それは良かったッス!やっぱり、自分が関わった武器が活躍すると鍛冶屋としては嬉しいッスねぇ」
シギルが腕を組みながら頷いている。
「ああ。シギルが手伝ってくれたおかげだ。それで、今日はこれから打ち上げなんだ。一緒に来いよ」
俺はエルとリディアには前もって話していた。武器作成を手伝ってくれたシギルを打ち上げに呼ぶ事にしていたのだ。間接的ではあるが、シギルも討伐を手伝ってくれたのだ。二人も感謝しているから、快諾だった。
「え?あ、あたしも良いんスか?」
「どうせもうすぐ店仕舞いなんだろ?ほら、さっさと行こうぜ」
そう言うと俺達も手伝って店を閉めると、シギルを引きずるように料理屋に連れて行った。
グレゴルから紹介してもらった料理屋はかなり混んでいた。リディアも知ってはいたが、いつも混んでいるから入るのを躊躇っていたそうだ。俺達は運良く丁度席が空いて、すぐに入ることが出来た。
席に座ると早速注文だ。全然メニューが分からないが、適当に頼んだ。一番売れている料理とシェフのお薦め料理、今日はお祝いだからそれっぽい物と、全員分の飲み物を注文した。
そうして待っている間、皆で話をするがシギルがずっとモジモジしているから、どうしたのかと聞いてみた。
「普段は料理屋で食べないから、ちょっと緊張するッスね」
「そうなのか?ってことは自分で作って食べてるのか」
「まあ、一人暮らしッスからね。それに店の売上を考えると贅沢出来ないッス」
「シギルさん、苦労されているんですね」
「お姉ちゃん……」
シギルの言葉に少ししんみりしてしまった。
「あ、いや、自分は全然気にしてないんスけどね。好きな仕事やっているんス。我儘は言ってられないッスから」
シギルは笑顔だ。本当に鍛冶の仕事が好きなんだろうな。
それからはどうして俺達が三人でパーティを組んでいるのかとシギルに聞かれたから、今までの経緯を説明した。
「いやー。そうだったんスね。エルさんも苦労したッスねぇ」
「でも、そのおかげで、みんなと会えた、です」
エルはニコニコしている。エルは一々嬉しいことを言ってくれるな。こっちが恥ずかしくなりそうだ。
それにしても人見知りのエルがシギルには普通に話せてるな。やっぱり見た目が自分より年下に見えるからかな?いや、実際年下なんだけどさ。
「その気持ちはちょっと分かるッス。あたしもギルの旦那に出会えた事は幸運だったかもしれないッスからね」
「それはどうしてですか?」
シギルの言葉にリディアが疑問を持ったようだ。
リディアが聞くとシギルが小声で答える。周囲の人間に聞かせない為だろう。
「魔法剣なんて画期的ッスよ。費用はかかるけど、今のところ作ることが出来るのは旦那かあたしぐらいなもんッス」
「なるほど。確かに魔剣やマジックアイテム以外は聞いたことがないですね」
つまりは深いダンジョンに行かなければ手に入らないということだ。
その事について、俺には考えていることがある。俺達もちゃんとしたダンジョンの経験が必要なのではないかと思っているのだ。
今回の依頼でリッチと戦闘をして、俺達は力が足りないと感じたからだ。今回のアンデッド殲滅をもし第三者が見ていたら、余裕でクリアしたと思うだろう。だけど実は余裕がなかった。
もしエルを襲ったゾンビの上位種が3体以上いたら?もしリディアが相手していたレイスが囲むように魔法を使ってきてたら?俺の魔力が底を尽きていたら?
どれでも可能性はあった。どれか一つでもあったら、この場には俺達はいなかったかもしれない。ただ、幸運だっただけだ。
のんびりこの世界を見て回りたいし、知識も増やしていきたい。だが、それをするにはある程度の強さも必ず必要になってくる。
このままでも、俺の魔法や皆の力でどうにかなる事は多いと思う。だけど、そのうち彼女達を守れなくなるはずだ。
「エル、リディア。俺達はそろそろ本格的に力をつけなければならないんじゃないか?」
「ギルさま……」
「ギルお兄ちゃん?」
「えっと、深刻な話ッスか?」
俺は二人が一緒に着いてきてくれると言ってくれたから、二人を守る為の力を手に入れなければならない。
「近い内にこの街を出る事になるかもしれない」
「えっ?!急過ぎじゃないッスか?!」
俺の言葉にシギルが驚く。シギルだけはなく、二人もまた驚いた表情だ。
「この街にいても強くなれないぞ。二人はそれでいいのか?」
「「……」」
俺が聞くとエルとリディアは何も言わない。だけど、表情で分かる。
エルは亜人達を守る力を欲し村を出て、俺に着いてきた。リディアも、まだ詳しくは聞いていないが、魔法を覚えたいと思える切っ掛けは、倒せない敵に出会ったからだと知っている。
二人共強くなりたいのだ。
シギルは二人の表情を見て少し戸惑う。
「そんな……。旦那にはまだ色々教わりたい事があるのに……」
「今日シギルを誘ったのは世話になったから、挨拶もなしに出ていくのを躊躇ったというのもある。短い付き合いだけど、朝から晩まで一緒に武器を作った仲だしな」
シギルとは出会って間もない。だけど、何だか気が合うのだ。シギルが同じ気持ちか分からないが、刀の製法と魔法剣の製法を教えてくれた俺を、特別視していることは確かだ。
シギルもいつかは俺達がこの街からいなくなることも考えていただろう。だが、すぐだとは思っていなかったはずだ。
シギルが黙り込む。ショックだったのだろう。
俺は悪いとは思うが少し安心していた。シギルが俺達のことを少しでも良く思っていなかったら、こんなにショックを受けてくれなかったはずだしね。
「悪いな、急に変な話をして。シギルがこの街に店を構えていなければ、俺達の専属鍛冶師として連れ回したんだがな」
「専属鍛冶師?」
「ああ。まあ、俺も鍛冶は出来るが、エルの武器を作った時に思ったよ。専門家には勝てないなって。だから、俺達のパーティにもサポートしてくれるのが一人は欲しいと思ったってだけだ。気にしないでくれ」
「……専属鍛冶師。少し考えてみるッス」
いやいや、何言ってんの?店あるでしょう?
もしかして俺、重大な決断をさせるような事言っちゃった?
「ギルお兄ちゃん、また女の子誘っているです……」
「ギルさまは、近づく女性は全て身近に置いておかないと安心できないのです」
なんか二人でコソコソと話してるな。何を話しているか聞こえないが俺にとって良くない事のような気がする。
「ま、まあ、今の話は情報が集まったらもう一度話すよ。とりあえず今日はお祝いだ。飲んで食ってくれ」
こうして俺達の依頼達成祝いは、少しギスギスした空気の中で始まった。しかし料理が届く頃にはみんな元に戻っていて、楽しく食べる事ができた。ちなみに料理は中々に旨かった。みんなは満足しただろう。だけど、日本で暮らしていた俺には少々物足りない物となったが、それを求めてもどうにもならないので、諦めることにした。あー、〆にラーメン食いてぇ。
席を立ち表に出ようと思った所で隣に座っていた、見た目が少し怖いおっさんに話しかけられた。
「よぉ兄さん。俺は旅商人やってるもんだが、ちょっと話聞いちまってね。酒奢ってくれるなら、情報教えるよ?」
声をかけられた時は詐欺か何かか?と思ったが、どうやら勘違いだろう。そのおっさんは一人で酒を飲んでいて、それなりに飲み食いしている様子だった。酒を奢ってほしいというより話し相手が欲しかったのだろう。
旅商人なら色々話が聞けるかもしれない。情報は欲しいと思っていた所だ。
俺は女性陣に先に帰るように伝えて、そのおっさんと一杯やることにした。
三人が店を出るのを見送ってから、そのおっさんの向かい側に座る。
「それで?情報っていうのは?」
「おいおい、まずはお互いに自己紹介しようや。俺は旅商人のヴァジってもんだ。そっちは?」
「……ギルだ」
「そんな警戒すんなって。ただ酒の肴に話し相手が欲しかったんだよ」
なんとなく分かっていたが、やっぱりそんな理由か。
「そういう時は女を誘うもんじゃないのか?」
「女ねぇ。それも良いが、今日は野郎と気を使わない話をしたいって気分だったんだ。わかるだろ?」
分かる気がする。たまに男友達と騒ぎながら飲みたくなるな。だけど、なんで俺なんだ?他の席にも一人で飲んでるのがいるだろうが。
「あーなるほどね。兄さんを誘ったのは理由がある。兄さんが面白い服装だからだ」
いえ?ごく普通のスーツですよ?馬鹿にしてんの?
「だっはっは!冗談だ。その武器に興味を持っただけだ。金の匂いがしてね」
「なるほどね。そういうことか」
ヴァジは商人らしく、俺の武器が珍しい物と判断したらしい。顔は怖いおっさんだけどそれなりに商人魂はあるみたいだ。
武器は自分で作り、手探りだから変なのが出来たと言い訳しておいた。クズ鉄で作成したと言ったら、興味を無くしたみたいだ。
本題に入る前にヴァジと世間話をしたが、中々に面白い男だった。顔は怖いけど。
何度も何度も顔が怖いと言っているが、外見は傭兵そのものだ。片目には眼帯をしていて、ひげを生やしている。体格もかなりガッチリしていて、地球で有名なゲームの主人公の蛇さんを彷彿させる。
商人と言うより、歴戦の兵士と言われた方がしっくりくる程、顔が怖い。
「やっぱり、俺の顔は商人向きではないか?」
「こえーよ。本当に商人か?」
世間話をしている間にお互い気を使った言葉遣いはなくなっていた。俺もヴァジも気にしていない。
「旅商人ってーのはな、それなりに危険な目にあってんだ。もしかしたら、ギルより修羅場はくぐってるかもしれねーな」
この世界での移動は主に馬車だ。街から街へ移動するのにも数日かけ、夜には魔物が出る中で野営をする。まぁ、これに関しては俺達も経験済みだな。
だが、ヴァジは何度も襲われたことがあるそうだ。雇った傭兵や冒険者が全滅したこともあって、馬車を残して走って逃げたこともあると話していた。
そんな危険な仕事では大損が多いのでは?と聞けば、無事に街に辿り着いた時の儲けはでかいからやめられないと笑いながら言っていた。
色々な街へ行き、その街の酒場で現地の人と話をするのが何よりも楽しみだと言っていた。それで今日は俺がお相手なのだそうだ。
「それで、さっきの話なんだがな。強さを求めてるって?」
ようやく本題に入るみたいだ。ヴァジはワインを一口飲んでから話しだした。
「そう。何かいい話あるのか?」
「そりゃあ冒険者の腕試しは迷宮都市だろ?」
この世界にも迷宮都市があるみたいだ。俺が見たアニメや小説では当たり前となっているが、こういう世界なら考えることは同じってことか。
詳しく聞けば、このオーセリアン王国の北東にブレンブルク自由都市と言われる国がある。小さな国だが、商業が盛んで世界中の物が集まると言われている。このオーセリアン王国とも有効な関係を築いていて、旅行や商人の行き来が激しいみたいだ。
そのブレンブルク自由都市との国境に一つダンジョンが存在している。名前を迷宮都市オーセブルク。
2つの国の国境にあるから、国の名前を少しずつ取って名付けたらしい。両国が管理していて、この世界で一番税が安い街と言われているそうだ。税が安いから色々な種族、商人、冒険者、犯罪者、物が集まっているとヴァジは話していた。
「で、そのダンジョンはどうなんだ?」
「かなり深い階層まであるみたいだ。弱い魔物から強い魔物までいるから、各国から冒険者がそこに集まるって話だ。腕試しに持ってこいってわけだな。それに、一攫千金を狙えるダンジョンだ」
「そこんところ詳しく」
「だっはっは!金と聞いて目の色が変わったな?そうだな、俺も噂で聞いた話だが、毎年それなりの数の冒険者が足を洗っているって話だ」
つまり、高価な物を売り大金を手に入れて、冒険者をやめる者が数多くいるってことか。これは尚更行くべきかもしれない。力も金も両方俺達には足りないのだから。
俺はダンジョンについて、ヴァジに詳しく聞いた。聞けば聞くほど魅力的に感じる。
「だが、それでもダンジョンだ。死傷者の数もそれなりに多いぞ」
当然だろう。その覚悟もなく行くのはただの間抜けだ。よし、決めた。迷宮都市オーセブルクに行こう。
「確かに面白い話だったよ。ありがとうヴァジ」
聞くべき話は聞いた。かなり飲んで遅くなってしまった。そろそろ帰るかな。
「おう。お、そーいえば、この国に英雄が召喚されたって話知ってるか?」
俺は酒をもう一杯注文した。まだ帰れないみたいだ……。