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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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滅びの一歩

 オーセリアン王国、王都オーセリアン。

 自己主張が激しい国名ではあるがそれもそのはず、大陸で最も広大な国土を持ち、長い歴史も持っていれば、国を興した初代オーセリアンの名を全面に出したくもなる。

 国土の殆どが肥えた土地で草原や森など自然が多く、その上高低差もさほど無い。人が住みやすい土地で、当然街の数も大陸で最多だ。

 貴族制であり、各地を貴族たちに与え収めさせることで、発展させてきた。

 非常に裕福な国であると言えるだろう。

 しかし、その王都オーセリアンの中心部にあるバザールに変化が起きていた。


 「ねえ、キャロってないの?」

 「はあ?!なんで野菜がこんなに高いんだよ!」

 「最近、品数がすくないわねぇ」


 王都名物であるバザールのあちこちから不満の声。

 露店の籠の中は野菜類がわずかに入っており、日よけから吊り下げられた金具に肉はない。


 「すいやせんね。迷宮都市産の食料が殆ど入らなくて」


 「ここ最近ずっとじゃない」


 「ええ、まあ。というより、戦で迷宮都市へ商人が行き来できないらしいんです」


 「あー、そう言えばそうだったわね。でも、敵は小国だって聞いたわよ?」


 「そうらしいですね。貴族様が今度の戦いはすぐ終わると言っていたらしいんですが、その前のナカンとの戦が長引いたからか、備蓄が底を尽きかけているんです。早く戦を終わらせてほしいものですよ。商品が入ってこなきゃ商売にならないんでね」


 このような商人の説明がそこら中でしている。

 王国は自由都市と共同で管理しているのもあって、食料関係の殆どを迷宮都市に頼っている。不思議な力で無限に食料が手に入るのだから、わざわざ土地を農地にする必要はないだろう。

 しかし、それが品薄の原因となっていた。もちろん、原因は魔法都市との戦争。

 百戦錬磨の旅商人であっても、軍が取り囲む迷宮都市オーセブルクに入国するのは困難で、貴族と通じている商人だけがなんとか食料を手に入れられる状況だ。

 ナカンとの戦争が長引き、食料の多くが戦に使われてしまったが、国力を回復する間もなく魔法都市との戦になったせいで、王国の民は困窮の兆しが現れていた。


 「王様はいったい何を考えているのかしらね」


 「ええ、本当にそうですね。国民が飢えつつあるのに、また戦なんて。土地が増えても食料が無けりゃ、ヒトは生きられないって知らないんですかね?」


 「ほんとにねぇ」


 王国の人々が溜息を吐きながら見つめる先には、国王のいる王城がそびえ立っていた。


 ――――――――――――――――――――――――


 王城の一室に何十人も座れる長いテーブルがある。

 床には赤い絨毯が敷かれ、名職人に作らせたであろう椅子が何脚も置いてあり、テーブルの上には汚れ一つない真っ白なテーブルクロスに、金の燭台が均等に配置されていた。

 そのテーブルの上座に座るのは、当然王であるオーセリアン。

 オーセリアン王の目の前には、飢えつつある国民には見せられないほどの豪勢な食事が出されている。

 パン、肉、野菜、スープ、それにフルーツまで。

 この部屋は王族専用の食卓だった。

 オーセリアン王はその料理を口に運び、舌鼓を打ちながら「ふむ」と満足気に頷き、飲み下す。口元をナプキンで拭いた後、静かに口を開いた。


 「中々に上手い。そなたは食わんのか?冷めてしまうぞ」


 「……」


 王族専用の食卓ではあるが、今日は他にもう一人座っている。

 室内であるのにローブ姿で、フードを被ったままの女性。

 オーセリアン王に食べるよう促されても女性は料理に手を付けず、じっと王を見続けていた。


 「どうした?肉に野菜、そして果物。残念ながら魚は無いが、これだけあれば好き嫌いが多くとも食べられるものが一つはあろう?のう、召喚士」


 再度促されても召喚士と呼ばれる女は料理を食べる気配を見せない。

 オーセリアン王は「まあ、良い」と肩をすくめ、再び料理を口に運ぶ。しかし、口に料理を入れる直前に、まるで嫌がらせのように召喚士が口を開いた。


 「いったいいつまで続けるのです」


 構わずオーセリアン王は料理を口に放り込む。味わうような長い咀嚼のあと、ゴクリと一気に飲み下す。

 そして、またナプキンで上品に、優雅に口元を拭いて、ようやく答える。


 「平らげるまでだが?」


 「違います。戦をです」


 召喚士が言っていたのはこの戦争をいつまで続けるのかという意味だった。

 呆れているような、そして叱るような口調だったが、オーセリアン王はニヤリと口角を上げる。


 「満腹になるまでよ」


 「国は、民は困窮し始めているのはご存知のはず」


 「この私がだ。この私が満腹になるまでよ」


 「それでは約束と違います」


 「はて、約束とな?」


 オーセリアン王は「うーむ」と唸りながら腕を組む。

 これがシラを切っているだけだと、召喚士にだって分かる。怒りをぶつけてもいい場面だが、相手は国王。召喚士は気持ちを抑えるために深呼吸をする。


 「戦が終われば、私と英雄様を自由にするという約束です」


 「戦はまだ続いておるぞ」


 「ナカンとの戦は終わりました」


 「ナカンを打ち倒せば、と言ったか?」


 「それは……。ですが、約束は約束です。ナカンとの戦は終わったのですから、私たちを自由にしてください」


 召喚士はそう言いながら、自分の首にある宝石の付いた首輪を掴む。

 それは王国の英雄がつけている物と全く一緒だった。


 「この支配の首輪を外してください」


 支配の首輪とは着用したものを従わせることができるマジックアイテム。命令者は一人のみ登録可能であり、オーセリアン王が設定されていた。

 つまり、召喚士と呼ばれる女はオーセリアン王の命令に従わざるを得ない。


 「街一つが買えるほど高級な品であるのにか?」


 人間を一人自由にすることができる物が多く存在するわけがない。当然、その価値は高く、今も青空天井だ。

 高価なアクセサリーを贈ったのに不満があるのか、とオーセリアン王は冗談を言っているのだ。


 「真面目に話しているのです」


 高価な物とはいえ、着用すれば絶対服従なのだから、召喚士からしたら堪ったものではない。召喚士は叫びこそしないが、語気は強く怒りを感じさせるものだった。


 「ふむ。本来であれば私も約束を守り、それを外さなければならん。が、外せばそなたらはどうする?出ていく気であろう?戦時だというのに、王国の民を見捨てて」


 「それは……」


 「それに、そなたも約束を破ったではないか。3人召喚するという約束だったはずだが、蓋を開けてみれば一人だけ。であれば、私が一度約束を破ることに文句すら出んはずだが」


 ギルとアーサーが召喚した者たちと知らないオーセリアン王は、召喚が失敗したと勘違いしていた。もちろん、同位置に3人が召喚されなかったのだから失敗は失敗なのだが。

 だからか、オーセリアン王は馬鹿にしたように鼻で笑う。


 「三人分の魔力を消費して召喚したのがたった一人。その上、会話も禄にできない者をだ。召喚は大量に土地の魔力を消費し、再び召喚をする魔力は王国に残っておらん」


 異世界から強力な存在を召喚する。それがなんの代償もなく可能なはずはない。

 代償は自然に発生する魔力を大量に使うこと。欲張って自然の魔力を使えば、しばらくの間は土地が使い物にならなくなる。

 全ての物にマナがあるこの世界では、土地の魔力がない状態は土地が死んでいるのと同義であり、雑草でさえ枯れていく。

 強力だからと何度も召喚することはできないのだ。


 「……」


 「そなたは約束を違えたのだ。であれば、今一度協力してくれてもよかろう?」


 「それためにこの食事を用意したのですか」


 「交渉は食事の席でするのが良いと聞く。そなたは手をつける気はないようだが」


 「……あと何をすれば良いのですか」


 「さて、どうするか。当然、英雄と呼ばれる存在を役立てるには、戦場に立ってもらわねばならんが、此度の戦はどうやら楽に勝てるようだしな」


 息子一人と娘が戦死したのに楽とは?と、召喚士は内心思うが、口には出さず黙って続きを聞く。


 「敵は出入り口を閉じ、去らぬ嵐から隠れるのみと報せを受けた。此度の戦に英雄の出番はないな」


 遠回しな言い方だが、これは魔法都市の現状を言っている。魔法都市は通路を石壁で塞ぎ守りを固めていると。

 現在は既に壁を破っているが、最新の情報でないのは遅延があるからだ。鳩や小型の竜を使っているこの世界では仕方のないことだ。


 「この戦が終われば、しばらくは静かにするつもりだ」


 「それでは次の戦が始まるまで私と英雄様を飼うおつもりですか?!」


 「仕方なかろう。エドワルドと兵だけで勝てる戦に、英雄は不要だ」


 人としては間違っているが、王としては正しいことを言っている。温存できる兵力は温存すべきなのだ。これから先に不都合が生じないとは断言できないのだから。

 しかし、その不都合が今生じる。

 突然、二人だけの食事会に招かれていない人物が現れたのだ。


 「陛下!!」


 扉を開けるや否や叫ぶ年老いた男。

 その男は大臣だった。大臣は大量の汗を額に浮かべながら、小さな羊皮紙を握りしめていた。


 「無礼であるぞ、大臣。今日は召喚士と内密な話があると伝えていたはずだが……、ふむ、その焦りようはただ事ではないな?申してみよ」


 「も、申し訳ありません、陛下!最新の報せが戦場から届きまして!」


 大臣の握りしめていた羊皮紙はエドワルドからの報告だった。オーセリアン王は、大臣の焦りようから良い報告ではないことを察する。


 「悪い報せか?」


 「はっ、その、どうやら魔法都市の者数人に突破され、援軍を呼ばれる可能性があるらしく……」


 「何をやっておるか、エドワルドは……。宣戦布告せずに行軍させた意味がないではないか。しかし、援軍だと?魔法都市に手を貸す国があったか?」


 「それは書簡にも書かれておりませんし、情報もありませんが……」


 「ならば、エドワルドが臆病になっただけであろう」


 戦に巻き込まれないように、魔法都市の住人が逃げ出した可能性も少なからずある。突破されたからと言って、それが全て援軍を呼ぶためだとは限らない。

 もちろん軍隊が包囲する中を突破するのは、決死の覚悟でなければ成し遂げられないし、その決死の覚悟で突破した理由が戦争に巻き込まれないためというのも無理がある。しかし、個が多を凌駕できる世界だからこそ、そういう事はままある。

 オーセリアン王は、周到に魔法都市の情報を集めてさせ同盟の有無やギルの行動を探らせていた。そして、同盟国は無いと判断して戦争を仕掛けた。

 ただし、ギルが法国と同盟関係になったと周囲に言い忘れていたのが理由で、その情報は欠落しているが。

 だがオーセリアン王には、ギルと接触した人物に心当たりがあった。故に、エドワルドが臆病になったと言ったばかりの自分の言葉をすぐに否定した。


 「いや……、可能性はあるな」


 「陛下?ま、まさか、援軍の可能性があるのですか?!」


 「限りなく低いが、一応はな。魔法都市の王は、帝国の不遜王と一度接触があったな」


 シリウス王が何度も魔法都市に訪れているのに一度だけしか知らないのは、レッドランスが一度だけその場にいたからだ。レッドランスには、というより王国貴族のほぼ全てに、オーセリアン王の密偵を潜入させていて、ギル、レッドランス、シリウスの3人が同時に接触したという情報を得ている。


 「まさか!あのシリウス皇帝が、小国のために重い腰を上げると?」


 「言ったであろう?限りなく低い可能性と」


 「し、しかし、可能性はあると……」


 「その通りだ。魔法都市への援軍に限らず、王国兵の多くが魔法都市に投入されている隙を突き、ここを狙う可能性があるからな」


 「も、も、もし、帝国が動くならば、非常に厳しい状況になりますぞ!」


 「落ち着け、大臣」


 「ですが!……低い可能性だとしても、何かしらの手を打たねばなりませんぞ」


 「手を打つか……、ふむ」


 オーセリアン王が顎に手をやって思案する。そして、食事の同席者に視線を向け、ニヤリと笑ってから「案ずるな」と言い放った。


 「我らには召喚士と英雄がおる」


 その言葉で、大臣と召喚士の二人は全てを察する。しかし、反応は全く別だった。


 「なるほど!王国にも英雄がおりますからな!」

 「英雄様を剣闘士のように扱うおつもりですか!!」


 大臣は納得し、召喚士は激怒した。

 オーセリアン王は、とうとう感情を顕にした召喚士に対して嘆息する。


 「それが英雄の仕事であろう?それに、帝国が動くとも限らんのだ」


 「ですが!」


 「そなたらは自由になりたいのであろう?」


 「……」


 「それに多くの兵が魔法都市攻略に投入されているとは言え、それでもまだ帝国より王国の残存兵力の方が多い。英雄が不遜王を抑えてくれさえすれば、後は兵が帝国を落とすだろう」


 召喚士と英雄は、いわば奴隷と同じである。命令に逆らうという選択肢はないが。故に、召喚士は頷いた。


 「わかりました」


 「うむ。それに何度も言うが、帝国が攻めて来るとも限らん」


 「……」


 オーセリアン王は満足気に笑うと、大臣へと視線を向ける。


 「そういうことだ、大臣。万が一の場合でも恐れることはない」


 「陛下がそう仰るのであれば……」


 「うむ、どんな苦境にも立ち向かう。それこそが王国の姿よ!ふはは!!」


 オーセリアン王は肉にフォークを突き刺し、それを口へ放り込みながら狂人のように笑う。

 召喚士は迷いながらも自由に期待し、大臣は王の自信に安堵した。

 だが、彼らは知らなかった。帝国の英雄の実力を。

細かい誤字報告を数多くしていただきまして、非常に助かりました。

ようやく全てに目を通すことができ、修正も完了しました。

一部、キャラクターの個性で間違った日本語を使っている部分はそのままにしてありますが、それはご了承頂ければと思います。

この話数から新章突入です。楽しんでもらえたら幸いです。

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