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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十五章 反撃の狼煙 下
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爆破

 魔法都市防壁が崩れる二日前。

 王国第一王子であるエドワルドは、16階層入り口の広場で苛立っていた。

 食事をすれば料理に使われた食材の鮮度が悪いやら、味付けが悪いやらと文句を言い、水を飲めば温度が気に食わず、家具やテント、最後には自分の着ている服にまで「気に食わぬ!」と当たるほどだった。

 それを側で見ていた護衛の老戦士クラノスも、さすがに呆れて溜息を吐く。


 「坊っちゃん。何をそんなに苛立っておられる?」


 声をかけられる事にすら不満があるのか、エドワルドはクラノスを睨みながら舌打ちをした。


 「この程度の小国にいつまで足止めをされるのだ!」


 「敵の防壁をどうにか破らねば、街にすら入れませんからな。仕方ないでしょう」


 「石で出来た壁がたった一枚あるだけだろう?!」


 「兵士も苦労しております。ツルハシを振るにも場は狭く、人数は限られてしまうのです。その上、壁は魔法で作られていて、砕いた壁の一部は砂になる。その砂を通路外へ運ぶのも手間がかかっているようですな」


 「砂なのだから運び出さずにそのまま作業すればいいだろう!」


 「そうもいかんでしょう」


 土魔法で作られた壁は石だったとしても、そこからは切り離されたり崩れたりすると、魔法の効果がなくなり砂となってしまう。

 エドワルドは砂を運び出さずに無視して作業を続ければと不満を言うが、そう簡単ではない。足場が悪ければツルハシを振るにも力が入らず、結果的に長引いてしまう。運び出すのが正解なのだ。


 「さらに罠です。定期的に罠が発動し、その際内部にいれば焼け死ぬ事になるようです」


 「チッ」


 クラノスは仕方のない事だと説明するが、エドワルドは再び舌打ちし納得しない。


 「本当は時間がかかっている事に苛立っているのではありませんね?」


 エドワルドを子供の頃から知っているクラノスは、本当は別に不満があるのだと見抜く。好き勝手やる我儘王子だとしても、命がけの作業に不満を言う性格ではないと知っているのだ。

 問い詰めると、エドワルドはうんざりと言いたげに自分の服を限界まで引っ張る。


 「この暑さだ!食料は嫌な匂いを発し、飲料は生ぬるい!汗で常に体は汚れ、それに高級な服が張り付く!なんと最悪な階層か!こんなところに街を作る魔法都市の代表とやらは、狂っているのではないか?!」


 「兵士はその環境で動き回っているのですよ?坊っちゃんはつい先日この階層に降りてこられましたが、それまでも兵士たちはこの暑さの中、このテントを設営し、命がけで防壁を壊す作業を続けていたのです」


 エドワルドが16階層に来たのは、つい先日。リディアがエドワルドのいた6階層を突破し、挟み撃ちの可能性が出てきた辺りから、ゆっくりと16階層へ降りてきた。そして、到着したのはリディアが皇帝へ謁見をしていた頃。わずか数日の滞在で16階層の暑さに嫌気が差していたのだ。

 それに対し、クラノスはその最中にも兵士たちは動き回っていたのだと叱る。


 「そんな事は分かっている!分かっていても苛立つのだから仕方がないだろう!」


 「でしたら、兵士たちに聞こえないように我儘を言ってくだされば……」


 「ええい!ごちゃごちゃ言うな!余計に暑苦しい!どうせ防壁突破まで時間が掛かるのだろう?!ならば、少しでも快適に過ごさせろ!」


 「実はその事ですが、私に考えがありまして。勝手ながら坊っちゃんの名を借り、ある人物を呼び寄せました。それによって坊っちゃんがこの場から離れる時期が早まるかと」


 本来であれば「勝手に名を使っただと?!」と怒鳴り散らしていたエドワルドだが、この暑い場所から少しでも早く離れられると聞けば、怒鳴るどころか身を乗り出して続きを促す。


 「それを早く言わんか!して、その人物はいつ到着するのだ?」


 「防壁で通路を塞がれたと報告をされてから、すぐに呼び出したのでそろそろ――」


 「失礼します!殿下!」


 全てを言い切る直前に、伝令の声で中断される。

 クラノスの機転を利かせた報告を聞いていた最中に邪魔されたからか、エドワルドの苛立ちは限界に達した。

 エドワルドが伝令に反応せずゆらりと立ち上がったことに、クラノスは眉を顰める。

 エドワルドは黙ったままテントの端まで行くと、立て掛けていた剣を手に取った。

 そこでクラノスは全てを察した。邪魔した腹いせに、伝令を斬るつもりだと。

 クラノスは慌てて伝令へ内容を聞く。


 「ど、どうしたのだ?!殿下は今お忙しいのだ!早く言え!」


 「?はぁ。えー、殿下が呼び出したとされる人物が到着しましたことを伝えに」


 「到着したか!よし、分かった!お前は下がれ!」


 「はっ!」


 「坊っちゃん!どうやら私が呼んだ人物が、到着したようですぞ!」


 伝令をすぐ遠くに離れさせ、エドワルドを宥める。

 そう言われ、ようやく正気を取り戻したエドワルドは、剣を抜く途中で止まっていた。思いの外ギリギリだったことに、クラノスの額から大量の汗が吹き出した。


 「この場から早く離れるための手助けか?」


 「そうです」


 「すぐに呼べ」


 「はっ!」


 クラノスは額の汗を拭うとテントから飛び出していき、すぐにその人物を連れて戻る。

 エドワルドのテントに連れて来られたのは男だった。

 しかし、手助けに駆けつけたと言った様子ではない。

 手足は鎖で繋がれ、何日も体を洗っていないのが分かる異臭を放っていた。その男は明らかに囚人だった。


 「こいつだと?」


 「は」


 「ドワーフ……。それも囚人?……クラノス、貴様は私を馬鹿にしているのか?」


 連れてこられた男はヒト種ではなく、ドワーフだった。

 王国では、ドワーフは亜人と蔑まれることはないが、どちらかと言えば好まれない種族である。背が小さいことと、いつも土やら煤で汚れているのが理由だ。

 エドワルドも自分の鼻を抑えて、ドワーフの男を汚い物のように見ている。こんな小汚い男が、本当に手助け出来るのかと疑問を浮かばせながら。

 だが、クラノスはその通りですと深く頷いた。


 「間違いありません。この人物です」


 「この……、老人がか?」


 ドワーフの男は少し縮れた髭を蓄え、それがまたエドワルドには汚く感じられた。だが、問題は老人が本当に役に立つのかということ。

 この場を早く離れられる手助けということは、魔法都市防壁に関することだとエドワルドもすぐ理解できた。

 だからこそ、尚更に老人で良いのだろうか疑問だったのだ。それが、喩え鉱物に詳しいドワーフであろうともだ。

 しかし、クラノスの答えは驚くべきものだった。


 「いえ、殿下。この者は老人ではありません。鉱物研究所で学ぶ、齢26の研究生です。いや、元研究ですな」


 「元学徒?!それも私より若いのか?!」


 ドワーフの女性は、シギルのようにほぼ死ぬまで子供のような姿で若々しすぎるが、ドワーフの男性の見た目は若い頃から老人のような姿だ。

 どう見ても老人しか見えない姿に、エドワルドも暑さを忘れて驚く。

 一方、ドワーフの男というと、目の前で色々言われているのに何も言わずに微笑むばかり。

 それがまたエドワルドには頼りなく感じる原因だった。


 「それで……、これが本当に役に立つのか?」


 「この者は見ての通り囚人です。しかし、それはある天才的な発想による事故を起こしたのが理由です」


 「天才的、だと?」


 「殿下は最近起きた金山の事故をご存知ですか?」


 エドワルドは眉根を寄せた。それはクラノスが何を言っているのか分からなかったからだが、すぐに思い当たる。

 エドワルドは最近まで法国にいたが、その事故の話は耳に入っていた。それだけの大事故だったのだ。


 「王国で唯一の大金山が落盤し、大勢の鉱夫が生き埋めになったという事故か!」


 金山は国にとって金貨を作るために重要で、その作業に遅れが出るというのは大事件だ。故に、遠い地で過ごしていたエドワルドにもその知らせが届いていた。


 「そうです。それを引き起こしたのが此奴です」


 その落盤を引き起こしたのが目の前のドワーフだと聞かされ、エドワルドは目を見開いて老人のような小さい男を見る。


 「大罪人ではないか!死罪にも等しい行為だ。なぜまだ生きている!」


 「それはわざとではなかったからです」


 「それでも死罪だ!金山を落盤させ、犠牲者が出たのだぞ!」


 「この者は注意したのです。落盤の可能性がある、危険だから内部に鉱夫を残すなと。なのに、監督していた者が強行したのです」


 強行した理由はエドワルドにも察しが付いた。想定より金の採掘量が少なかったからだと。

 エドワルドが予想した通りで、原因は採掘量不足が理由だった。

 王国の採掘業、特に国から依頼されている金山での金採掘は、採れた量で給料が増える出来高制だった。

 監督していた者は、採掘量が少なく給料も増えない状態に悩んでいた。そこに、一度に多く掘り進めることが出来る技術を開発したドワーフの噂をどこかで聞きつけたのだ。

 そしてすぐに呼びつけ、それを実行するように頼んだ。

 ドワーフの男は首を横に振り、落盤の可能性があると拒否。さらに内部を無人にしなければ、実行できないことを伝えた。

 だが作業を続けたい監督は、国からの命令だと嘘をついて無理矢理やらせた。その結果が、大事故だったのだ。


 「では、その監督した者が犯人ではないか」


 「その通りです。が、その者は事故に巻き込まれて死亡しています」


 「間抜けめ。しかし、何故此奴が囚人なのだ?貴様がそこまで詳しい事情を知っているということは、証人がいて明らかになったからなのだろう?」


 「はい。ですが、この者自身が囚人になることを望んだそうです」


 「……なぜだ?」


 このエドワルドの質問はクラノスへではなく、初めてドワーフの男へ投げかけられた。

 ドワーフの男は微笑んだまま小さく頷くと、ゆっくり口を開いた。


 「わしがやったことは事実ですから。犠牲者のためにも、罪は罰してもらいたい」


 「牢で犠牲者たちに侘び続けるか。偽善だな」


 「殿下!!」


 「事実だ。侘びたところで死人は蘇らん。何より、此奴は悪いことなどしておらんではないか。なのに罰してもらいたいなど、偽善に他ならんな」


 クラノスが呆れて頭を抱えるが、エドワルドの話には続きがあった。


 「しかし、そう私が言った所で此奴は罪を感じ続けるだろう。ならば、私が罰してやろう。このダンジョン内でもう一度同じことをするのだ」


 ドワーフの男は一瞬ポカンとしたあと、悟りきったような顔を止めて焦る。


 「何を仰るので?!落盤の危険があり、犠牲も出る可能性が大いにあります!いえ、現に証明されました!なのにそれをもう一度?!」


 「当然、私の兵たちは安全な位置まで下がらせるが、敵国に犠牲が出た所でこれは戦だ。それに落盤で通路が塞がれたなら、それはそれで構わん。敵も外へ出られず、そのうち食料もなくなって全滅だ」


 さらに小さな声で「作業が出来ないならば、私も帰れる」と呟くが、それはドワーフの男に届かなかった。


 「わしは、わしは犠牲が出ることが許せんのです」


 「何度も言うが、これは戦だ。犠牲が出たとしてもそれは攻撃と見做され、褒美すら与えられる栄誉だ。それに、今回こそ全ての罪は私が変わりに背負う」


 「………」


 「そして、これは次期王の命令だ。従わなければならん。気が楽になったであろう?」


 国の頂点になる人物の命令は、絶大な効力を持っていた。王国民であるドワーフの男に、拒否という選択肢はなかった。

 ドワーフの男は仕方がないと嘆息しながら頷く。


 「して、どのような方法だ?」



 ドワーフの男は手足を繋がれていた鎖を外されると、すぐに準備に取り掛かった。

 その準備とは、コボルトの鍛冶場をダンジョンで探し出し、ある金属を手に入れること。

 金属を手に入れると17階層へと向かいエルピスへと繋がる通路に辿り着くと、マグマを利用して手に入れた金属を溶かし、ドロドロになった金属を器に入れて全ての準備は完了した。

 ドワーフの男は通路を覗き込む。

 直後、魔法都市の罠である火が通路を埋め尽くし、慌てて通路から離れた。

 通路の罠は定期的に発動と停止を繰り返しており、その情報もドワーフには伝えられていた。

 つまり、内部で作業をするには、火の罠が停止している間にしなければならない。

 ドワーフの男はじっと待ち、火が止まると躊躇なく通路へと飛び込んだ。

 防壁まで全速力で走り、辿り着くと防壁を工具で彫る。

 ある程度で戻り、また火の罠が発動するのを待って、止まってから通路内へ飛び込むのを繰り返した。

 何十回とその行動を繰り返してドワーフが防壁にしたことは、魔法陣を描くことだった。

 防壁の中心に大きな魔法陣。さらに脇に小さな魔法陣を2つ。その全ては一筆書きのように繋がっていた。

 さらに、魔法陣から伸ばすように、通路の地面へ一本の線を彫っていく。それを通路外まで続けた。

 それが終わると、今度は彫った場所に溶かした金属を流し込んでいく。

 防壁の魔法陣は丁寧に、魔法陣に伸びる通路内の線は大雑把に流し込んでいった。

 それは奇しくも、ギルが空エリアで作った浮遊石の乗り物と同じ仕組みだった。

 ドワーフの男がしようとしているのは、遠隔爆破。

 魔法陣とそれに魔力を流し込む線を、金属で埋めたのだ。

 丸一日掛かり、作業は終了した。ドワーフの男は汗を拭いながら、指揮官である将軍に準備が済んだことを告げる。


 「これであの防壁を壊せるのか?」


 「はい。この枝分かれした先に、数人の魔法士を立たせて下さい」


 魔法陣から伸びた線の先、通路の外にある線の執着点は何本も枝分かれしている。金属に魔力を流す場合、大量に必要だとドワーフの男は知っているのだ。


 「魔法士……。つまり魔力が必要ということか」


 「はい、金属に流すのと、さらに距離があるから一人の魔法士では魔力が足りませんから」


 「その知識をどこで……、いや、聞くまい。で、魔力を流すことで何が起きるのだ」


 「破砕です。局部的な爆発を起こし、壁を破壊します」


 この世界でも火薬は作れるが、地球で1866年に発明されるダイナマイトの知識はない。なのに爆破という発想に至れたのは、彼がドワーフで、さらに鉱物研究所の研究生だからだった。

 この現象を発見できたのも、手軽に、そして多く鉱山を掘ることが出来ないかと考えたからだ。

 爆薬は作れずとも、限りなく類似した効果の魔法を、このドワーフの男は作り出したのだ。当然、それには魔法知識と、開発のために膨大な時間を費やしたが。

 しかし、未完成ながらも形にはなった。あとは突き詰めて完成させるだけだったが、そこで金山事故が起る。

 研究はストップしたかに思えたが、ドワーフの男は牢の中で研究を続け、理論を完成させていたのだ。


 「なんとも奇天烈なことを考えたな。しかし、これで無駄に兵士を死なせずに済む。よし、早速やってみよう」


 将軍は魔法士を呼ぶと、枝分かれした金属の線の先に立たせ、魔力を流し込むよう命令した。

 数十秒間何も起きず、将軍がどういうことだとドワーフを見た直後、通路内に変化が起きた。

 光が通路内で発したかと思ったら、遅れて轟音。

 砂煙を乗せた爆風が通路から外へと吐き出され、魔法士たちが衝撃で仰け反る。

 舞い上がった砂煙で何も見えなくなったことに、将軍は目を白黒させる。


 「なんだ?!失敗か?」


 「いえ、これが爆発の衝撃です」


 「これが?!では、敵国の防壁は?!」


 「少々お待ちを。危ないので専門家であるわしが確認します」


 将軍の隣で地面に伏せていたドワーフの男が立ち上がり、ひょこひょこと通路に近づいていくと中を覗き込む。

 砂煙で何も見えないが、あるものだけは確認できたことにドワーフの男は満足げに頷いた。

 それはエルピスから漏れる光だった。

 ドワーフの男は将軍へと振り返り、再度頷く。


 「成功です。壁は崩れ去りました」


 こうして、魔法都市の防壁は破られた。

 ドワーフの男が到着し、わずか二日間の出来事だった。

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