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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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リディアの悩み

 援軍の要請がトントン拍子で進んだのはシリウス皇帝との口約束までで、やはりと言うべきか当然と言うべきか、軍備には時間を要するようだ。

 私がどんなに焦っていようと、どんなに懇願しようと、軍の準備は早くならない。仕方がないのだけど、どうしようもなく焦れてしまう。

 あのテラスで食事という名の交渉をしてから、もう3日が経っている。この期間、恐れ多くも私たちはシリウス皇帝の城で寝泊まりさせてもらっている。

 食事も美味しく、景色も素晴らしい。城内全ての部屋で完璧な室温調整に、体が沈み込んでまるで包まれているかのように眠れるベッド。大変、居心地が良い。

 でも、そろそろ限界だった。魔法都市が心配で居ても立っても居られないのだ。

 私たちだけでも、魔法都市に戻るべきなのではないだろうか?

 もちろん、私も闇雲に行動するのが良いとは思わない。魔法都市に戻ると言っても、王国兵がいるオーセブルクダンジョンを突破しなければならないし、だからといって、ダンジョン逆側から『裏』へ向かうには宇宙エリアが危険過ぎる。もしも時を遅くする魔物に捕まってしまったらと考えると、さすがに今は使う気になれない。

 さて、どうするべきかと悩んでいるが、いくら一人で考えても答えはでない。

 だとすれば誰かに相談したほうが良い。そう考え、私は部屋から廊下へ出る。

 部屋を出てみたものの、誰がどこにいるかはわからない。シリウス皇帝の城が広大なのもあるけれど、ある程度の自由行動が許可されているからか、日中は各部屋にほぼ居ない。せいぜい、悶々と悩み続けている私ぐらいだ。

 でも、高確率で私の知っている顔に出会える場所ならば心当たりがある。そこへ行ってみよう。

 廊下を少し進むと、ソファが何脚も置いてあるラウンジへと出た。

 ここで食後などに何度かエルが誰かとおしゃべりしているのを見た。今日はどうだろうか?

 当たりだ。エルとエミリーさん、そしてクルスさんがソファに座っておしゃべりしている。それと他にもいるようだけど。


 「あ、リディアお姉ちゃん!」


 エルが私に気づいて呼ぶ。その声にエミリーさんとクルスさんが気づき、私を見て会釈した。そして、もうひとり座っていた人物も反応して振り返った。


 「おや?リディアさんがここに来るとは珍しい」


 その人物は宰相マーキスだった。どうやら、エルたちと打ち解けて談笑していたようだ。


 「それほど珍しくは……」


 「そうですか?食事が終わると、一人さっさと部屋へ戻っているようですが」


 「それは……」


 「良いのです。国が滅亡の危機とあっては、このように笑って話すことも出来ないでしょう。ですが、どうせ時間が掛かるのですから、エルさんたちのように開き直ることも大切ですよ」


 謁見の時と口調が違うのは、今がプライベートな時間だからだろう。

 でも、口調が優しくとも、この宰相は苦手だ。頭が良く、合理的なことしか言わないからだ。

 それが正しいのかもしれない。でも、そう簡単に割り切れるならば、まず部屋に閉じこもって悩んでいない。この宰相には、出来ないからこういう状況なのだという概念がないのだ。


 「……宰相は暇なのですか?」


 言ってから、しまったと思った。この言い方では嫌味にしか聞こえない。私はただ、「宰相という地位の忙しい方でも、のんびりする時間はあるのですね」と言いたかっただけなのに。……こっちでも失礼なのは変わらないか。


 「リディアさん、暇は作るものですよ。昼までには仕事を終わらせるように努力して、あとはのんびりする。そうしなければ、宰相などやってられません」


 宰相マーキスは、私の嫌味を気にした様子もなく首を横に振って笑っている。逆に「幸い、自国民はおろか、他国が謁見に来て忙しくなることはないですしね。ほぼ」と私に嫌味を返すぐらいだ。

 彼を苦手な理由がもう一つある。宰相マーキスがいると、決まってあの試合の話題になることだ。


 「それはさておき、あの試合は見事なものでした。リディアさん」


 ほら、やっぱり。それは何度も聞いたし、何度も説明した。シリウス皇帝がわざと負けたのではないと分かってから、宰相マーキスは会う度に私を褒め称える。

 実力では全く手も足も出ず、奇跡と偶然と運で勝っただけなのに、褒められるのが私は嫌なのだ。


 「私は運が良かっただけですから……。シリウス皇帝は段違いだと身にしみました」


 こう答えるのもお約束だ。この後、宰相マーキスが「うんうん」と頷き、「なんせ、帝国の王ですから」と宰相マーキスが答えるまでがテンプレートだ。自国の王を自慢するのが楽しくて仕方ないらしい。

 しかし、今日は少しだけ違っていた。エルたちと楽しく話していて、気分が良くなっていたのかもしれない。


 「シリウスさんも努力や苦労はしているのですよ」


 テンプレートの会話で終わらせて、私の相談事をエルたちに話そうと思っていたのもあって面食らってしまった。

 だが、予想と違うからと言って、いつまでもまごついて返事をしないわけにもいかない。


 「えっと……、シリウス皇帝のようなお方でも、努力や苦労は当然だとは思いますが、強さに関してはそうではないのでしょう?」


 あの強さを手に入れるまでは努力もしただろう。だけど、あの域に達してからは苦労など皆無のはずだ。あの強さの前では苦労する相手はいないのだから。


 「リディアさん、まさかあの力がなんの制約もなく発揮されていると思っているのですか?」


 意味がわからなかった。特別なスキルを所持しているか、ステータスの力や速さが異常な数値なのだと思っていたから。


 「制約ですか?何かを代償にして手に入れた強さだと?スキルやステータスが特別なのではなく?」


 「陛下がお持ちのスキルは特別ですよ。いや、特殊過ぎると言い換えましょう」


 「ユニークスキルですか?私も発現した時は嬉しかったのを覚えています」


 「嬉しい、ですか?たとえ、魔力が0になるスキルだとしても?」


 え……。魔力の数値が0?


 「それって魔法が……」


 「その通りです。陛下は魔法が一切使えません。戦士にも魔法が苦手な方はいますが、魔力はあります。魔力が0と言うのは、魔剣ですら扱うことが出来ないのです。それがどういうことなのかわかりますか?」


 それは苦労したことだろう。魔剣を持つというのは、剣士にとってひとつの夢のようなものだ。私のように魔法が苦手で発動できなかろうと、魔剣は魔力を勝手に吸い取って魔法効果を発動できる。

 だが、魔力が0だと魔剣も魔法を発動出来ない。

 いつか必ず、物理攻撃が効かない魔物に負けるということだ。

 それはつまり、魔法士にも剣士にも向かない。戦いから離れるべき人物ということ。

 もし魔力を持たない子供が戦う仕事がしたいと言い出したら、笑われるか慰められるかされるだろう。シリウス皇帝も幼少の頃はそうだったのかもしれない。

 あれ?でも、シリウス皇帝が持っている剣は魔法効果があると、ギル様から聞いたような……。


 「まあ、陛下は幼い頃から化け物じみた力を有していましたが……」


 苦労してなかった。もしかして、子供の頃からあの強さ?今の同情を返してほしい。

 私が呆れた顔をしていたからか、宰相マーキスはすぐに訂正した。


 「それでも馬鹿にされてはいましたよ。聖剣を手に入れ、前王を打倒するまでは」


 聖剣がどんなものかはっきりとわからないけれど、どうやら魔力が皆無であろうとも魔法効果を発揮できるようだ。なるほど、たしかに『魔剣』と別物扱いされ、『聖剣』と言われるわけだ。

 それはさておき、今更だけど宰相マーキスの口ぶりから、シリウス皇帝とは子供の頃からの付き合いだとわかる。最も近い位置で見て、サポートし続けて来たのだろうな。

 帝国の王は代々、魔力の強い者がなっているのは知っている。通例と言っても良い。しかし、シリウス皇帝に魔力はない。帝国の王になるのは、困難な道だっただろう。

 私には全く想像できないけれど、シリウス皇帝の苦労や躓きも一緒に体験してきたのかもしれない。

 この話を聞いてようやくわかった。シリウス皇帝の強さの秘密は、魔力を代償にした力だったのか。もちろん、剣術や戦術を磨くために血の滲む努力をしてきたはず。

 その話をされて、場がしんみりとしてしまった。あのエルでさえも静かにしている。

 そこへ突如、話題の人物が声を掛けてきた。


 「貴様はペラペラと口が軽い」


 「シリウスさん?!」


 まさかこのラウンジには現れないと思っていたのか、宰相マーキスが飛び上がって立ち上がる。『陛下』と言わなかったのは、子供の頃を思い出していたからか、それともあまりに突然の登場だったからか。とにかく、この宰相が驚き慌てるのは初めて見た。それだけこの話題はまずかったのだろう。


 「ふん、いつまでも戻って来ないと思っていたら、こんな所で熱心に我の秘密を漏らしていたか。この機密漏洩は反逆か?この場で手ずから処刑してほしいようだ」


 シリウス皇帝は今来たのではなく、少し前から話を聞いていたようだ。これは逃げられない。


 「いえいえいえいえ!つい話題がそれてしまっただけです!なんでも、リディアさんが思い悩んで相談したいそうで!」


 逃れたいがために私を出しにつかった……。私はやっぱりこの宰相が苦手だ。おそらく、これでシリウス皇帝は私に興味を持ってしまうだろう。

 何か粗相をしてしまったらその場で斬り伏せられてしまう状況は以前と変わらない。それを回避するには、出来る限り礼儀正しく大人しくし、話題にならないことなのに。

 やはりと言うべきか、シリウス皇帝は私に興味を持ったようだ。


 「ほう?相談か?」


 「あ、いえ……、その」


 「大方、居ても立っても居られないと言ったところか。が、それは何故だ?」


 「?」


 相も変わらず読心術のような推察力に脱帽状態だが、私は意味がわからず首を傾げる。

 それはそうだろう。誰だって多少なりとも、自国が滅亡の危機とあらば悩む。なんとかして力になれないものだろうかと考える。


 「この我が、帝国が援軍を出すと言っているのだ。勝利は約束されている」


 心強い!けれど、私が言いたいのはそうじゃない。


 「軍の支度には時を要します。その間に、魔法都市が持ち堪えられないかもと考えてしまうのです」


 帝国と法国は援軍に駆けつけ、見事王国を打倒した。けれど、魔法都市は滅亡していた、なんて結末は勘弁してほしい所。

 軍の支度もだが、行軍の期間だってある。その考えになってしまう私は、決して心配性というわけではないはずだ。


 「ふん、あのギルが考えた防衛策があるのだろう?いらぬ心配だ。と言いたいが、たしかに間に合わない可能性もある」


 「え?」


 「王国がまだ隠し玉を持っているかもしれん。それがギルの予想を超えたものならば、壁が少々早く崩れることになる」


 相談をして心配が解消されるどころか、さらに増してしまった。

 そうだ、王国はどんな手も使う。ギル様だってご自分が石化してしまうとは全く考えていなかった。あの時のように予想を超える何かをまだ隠し持っているかもしれないのだ。


 「私はすぐに戻るべきでしょうか?」


 「戻ってどうなる?たった数人で、王国兵がひしめくダンジョン内を突破出来るか?仮に成したとして、背後から追われる最中に壁の向こうへ帰還をどう伝える?伝えたとして、壁は開くのか?」


 その通りだった。もしテッドさんたちの力を借りれたとしても、この人数ではダンジョン内の殲滅は無理だ。突破できたとしても、追われる形で魔法都市の防壁に辿り着いてしまう。その状況で壁を開くことは出来ない。


 「ギル様のように一時的に防壁付近の敵を排除できれば……」


 「それを貴様が出来るのか?」


 魔法剣『百花繚乱』ならば広域で排除できるけれど、ダンジョン内では使用出来ない。広さが足りないのだ。

 エルは直線に並ぶ敵なら矢を貫通させて数人ならば排除できるけど、それぐらいでは意味がない。

 テッドさんたちの戦闘を見たことはないけど、おそらく『百花繚乱』ほどの広域殲滅は無理だろう。魔法剣を見て驚いていたぐらいだし。


 「……出来ません」


 「だろうな。ふむ、なら我が出向いてやろう」


 「「「え?!」」」


 今まで会話に混ざるのを避けていたエルやエミリーさん、そしてクルスさんまでも驚きの声を上げる。

 確かにシリウス皇帝ならば、ダンジョン内の王国兵を片っ端から排除し、魔法都市防壁に着く頃には全滅させていそう。

 一緒に来てくれるなら、確実に魔法都市を救える。


 「空を飛ぶ船とやらも乗ってみたいしな。ふむ、そうするか」


 良い考えだと満足げに頷くシリウス皇帝だったが、宰相マーキスは嘆息して首を横に振った。


 「駄目です。帝国軍の進行先には王国との国境があるのですよ?関所を突破するのに、陛下が一番槍をしてくれないと犠牲が増えるじゃないですか」


 王を先駆けさせるのか……。実力を知った今なら理解できるけど、知らないヒトが聞けば忙殺を企んでいると疑われる物言いだ。


 「そのぐらい帝国軍ならばどうとでも出来るだろう」


 「突破ぐらいできますとも。ただ、関所を攻略するにはそれなりに時を要します。すると、糧食もその分消費します。出費が増えて採算が取れなくなると、この戦に参戦する価値がなくなります」


 国としては正しい。所詮、戦をするのは自国の利益のためだ。採算が取れなければ、戦をする意味がない。

 それだけ行軍にはお金がかかるということか。これはどんな説得をしても、シリウス皇帝をお借りすることは出来そうにない。

 シリウス皇帝も納得したのか、それとも元々その気がなかったのか、すんなりと頷いた。


 「リディア、そういうことだ。焦った所で援軍は早く到着しない。貴様らでは何もできん。このまま待つのが賢いと諦めろ。ギルが復活した時、貴様が戦死していては意味がなかろう」


 たしかに私が無理を押して魔法都市に戻り、もし戦死してしまったら意味がない。仲間やギル様のために命を賭けるのは怖くない。けど、できれば生きて皆ともう一度会いたい。エルもそうだろう。

 強引な私にエルも間違いなく付いて来てしまう。巻き込むことはしたくない。

 これは我儘だったと反省しなければならない。


 「わかり、ました」


 「ふん、そんな顔をするな。我が王国の関所を襲撃すれば、奴らも慌てふためくだろう。その上、法国軍出陣の報せもじきに届く。浮足立って、魔法都市を攻めるどころではないぞ」


 そうだ。法国と帝国の軍が向かっているのだ。もしかしたら、魔法都市を包囲する兵士を撤収させるかもしれない。いや、王国は今、多くの兵を魔法都市に集中させている状態だ。二方向から軍が迫った状況になれば引くのが正しい判断だ。


 「宰相マーキス殿。軍備にはあとどれほど掛かる予定でしょうか?」


 「そうですね……。2日。それぐらいで最低限の支度を済ませ、行軍を開始出来ます」


 2日?!どうやら私が思っていた以上に努力してくれていたらしい。ただ、そんなに急いで不備はないのだろうか?

 糧食不足で返り討ちにならなければいいが……。皇帝がいるから敗北はないだろうけど、空腹には勝てないだろう。


 「早くしていただくのは嬉しいですが……」


 私の心配など、既に想定し対策済みなのか、宰相マーキスは「心配ありません」と軽く手を挙げる。


 「なにも全てを用意する必要はないのです。最低限を持って行軍させ、残りは砂船で運び屋を生業にしている者たちに運ばせます。その交渉も既に済みました」


 なるほど、元々補給をすぐ後から送る予定だったのか。どうせ関所で足止めを食うのだから、その間に補給を届ける。これならば、行軍時期を前倒し出来る。

 シリウス皇帝が先陣を切り、関所突破は確実だからこそ取れる策だ。

 帝国軍も砂船で国境近くまで移動するようだし、私の予想以上に王国へ圧力をかけることが出来るかもしれない。


 「ありがとうございます」


 「そういうことだ。少しは心配事が解消されたか」


 「はい。……ですが、私たちは本当にやることがなくなってしまいました」


 魔法都市に戻っても役に立てることはなく、帝国軍が出陣するまでまだ少しある。行軍に同行するにせよ、私たちは飛空艇だ。軍の進行よりもずっと早く着いてしまう。

 早めに出発して空で待機することも考えたけど、何もない上空でただただ帝国軍の到着を待っていると、私のことだから様子を見にオーセブルクへと降りようとするはずだ。

 既に全員の顔は見られているのだから、それは危険過ぎる。

 何かをしたくとも、何もしないのが一番良い。だから本当にやることがない。


 「でしたら、気晴らしに帝都を見て回るのがいいでしょう。テッド殿は戦の高揚を鎮めるために街へ出かけ、エレナ殿も戦に必要なポーション類などを買いに出かけてます。さすがは冒険者と言った所ですね」


 さすがは長く冒険者をしてきた二人だ。感情のコントロールも慣れている。ちょっとだけ、テッドさんは本当に高揚を鎮めるために出かけたのか疑問を持ったけれど、多分そうなのだろう。

 さて、私はどうするべきか。激しい戦いになることは間違いない。エレナさんのように必要なものを補充しに行くのが良いかもしれない。

 そこでふと、会話に参加せず黙って私たちの話を聞いている三人が目に入った。

 そう言えば、この三人がどうしたいのか私は知らない。私ばかりが決めて、彼女たちの意見を聞くことがなかった。

 ギル様のように私たちがしたいことを察して行動を起こす事は、私には真似出来ない。だから、私は彼女たちがどうすれば良いと考えているかを聞くことにしよう。


 「エルや、エミリーさんとクルスさんはどうしたいですか?」


 「私たちですか?!」


 まさか尋ねられるとは思わなかったのか、エミリーさんは驚いてからエルとクルスさん二人と顔を見交わす。


 「私は戻るべきだと思います」


 この中で最も物怖じしないクルスさんが考えを話す。いや、実は私たちの中で一番の行動派だからかもしれない。


 「決して何も出来なくとも、近くにいれば行動を起こしたい時にすぐ実行できますから」


 「んー、クルスちゃん、それはどうだろう」


 素晴らしい考えですと相づちを打とうとしたら、その前にエミリーさんが反対だと口を開いた。


 「どうして?」


 「空の上で待っているだけって耐えられる?私は我慢できなくなって地上へ降りちゃうよ。だったら街で気晴らしして、その時が来たら急いで向かうほうが間違いが起きなくて良いと思う」


 どうやら私はエミリーさんと性格が似ているようだ。でも、私の方が堪え性がないかもしれない。私は街で気晴らしする事は考えないから。


 「エルは……。半々、です」


 人見知りが激しいエルは、シリウス皇帝と宰相マーキスをチラチラ見ながらおずおずと口を開く。


 「半々?」


 「一日まってから、出たい、です」


 エルが話し終わると、シリウス皇帝が突然「ふはは!」と笑いだし、エルがビクリとする。


 「折衷案か。良いではないか。魔法都市はどうやら堪え性のない連中の集まりのようだし、明日は英気を養い、明後日出発すれば我慢の限界も訪れんだろう」


 それが良いかもしれない。どうせ街でウロウロしていても、魔法都市のことか、帝国軍の行軍開始のことばかり考えていそうだし、だったら出発の期限を決めたほうが我慢できそうだ。

 そう考えたら決断は早かった。テッドさんとエレナさんに相談せずに決めるのは申し訳ないけれど、それが良いように思えたのだ。


 「エルの案にしましょう。明日はゆっくりして、明後日に魔法都市へ戻りましょう」


 「はい、です」


 エルがいつものような笑顔で頷く。

 思い出して見れば、この笑顔を見るのは久しぶりだ。いや、今の今まで見ていなかった。もしかしてエルは魔法都市へ戻りたかったのかもしれない。

 だとしたら、意見を聞けてよかった。私もエルも魔法都市を助けることしか考えていないってことだから。


 「今夜、テッドさんとエレナさんに相談してみます」


 相談と言っても、2日後に魔法都市へ向けて出発すると伝えるだけだ。

 二人が帝国に残る可能性だってある。彼らはまだ魔法都市国民になったわけではないし、そうなったとしても恨むことはしない。

 でも、私とエルが決めたことは優先される。少し自分勝手なことは謝ろう。ただ、エミリーさんとクルスさんは付いて来てくれるらしい。少し安心した。


 「ならば、私たちは2日後に出発します」


 私はここで一旦言葉を止め、皇帝シリウスに跪く。リディアではなく、魔法都市の使者として帝国の王へ敬意を払うべきだからだ。


 「皇帝シリウス、そして帝国にはお世話になりました。ご助力、感謝します」


 「ふん、気にするな。魔法都市の城へ行った時は、また世話になるからな」


 「喜んで」


 こうして私たちの予定は決まった。

 その日の夜、テッドさんとエレナさんに相談した所、二人共快諾してくれた。やっぱり彼らは良い人たちだ。

 期限が決まり、私の手持ち無沙汰が収まって久しぶりぐっすり眠る事ができた。


 だが、この日。

 魔法都市の防壁が破られた。

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