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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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再侵攻

 リディアが帝国へ援軍の約束を取り付けた頃、エルピスの入り口から不吉な音が響いた。

 入り口を塞ぐ石壁の向こうから、カツンカツンと叩く音が見張りの兵の耳に届いたのだ。

 その知らせは、すぐに入り口付近に設営した迷賊流防衛陣地に詰めているクリークへと伝えられた。


 「来たか。おい、すぐに魔法都市城の賢人に伝えろ。ああ、それと、こっちで勝手に時間を稼いでおくとも言っておいてくれ」


 報告に来た部下を、そのまま魔法都市の城で指揮を執るタザールに送る。

 伝令を見送ったクリークは、心底面倒そうに入り口の防壁まで近づくと、周りの兵士たちを黙らせて耳を澄ませた。

 報告通りに壁を叩く音が微かに聞こえてきて、クリークは思わず嘆息する。


 「ツルハシの音だな。……ったく、好き勝手やってくれるじゃねぇか。ここまで音が聞こえるってことは、二枚壁のうち一つは突破されて、通路には王国兵がわんさかいるってことか」


 ギルが作り出した防衛装置のプールストーンによる魔法防壁は、通路の入り口と出口であるエルピス側とダンジョン側に出現する。

 壁一枚の厚さは3メートル近く、エルピスから通路内の音は殆ど聞こえない。しかし、壁を叩かれれば別だ。

 エルピスにいるクリークに聞こえるということは、既にダンジョン側の壁は破られていて、残る壁はエルピス側だけになる。

 クリークはバランス良く筋肉がついた肩を一度ぐるりと回すと、ボソリと呟いた。


 「これは戦だ。悪いが街を守るために、俺はてめぇらを殺すぜ……」


 防壁を一睨みした後、すぐ横に設置されたレバーに手をかけ、なんの躊躇いもなく二段階下げた。

 途端に壁をツルハシで叩く規則的な音がピタリと止み、代わりに不規則な音が聞こえ、それも間もなくして止んだ。

 クリークがしたのは、3段階目と4段階目の防衛システムの起動だ。

 3段階目は、氷魔法『アイスフィールド』で行動を阻害する。氷が靴と床をくっつけさせ、移動が困難になる。

 4段階目は、火の魔法で通路内部を焼き尽くす機能だった。

 つまり、逃げられないように足止めし、その上で通路内を焼却するのだ。

 不規則な音が聞こえたのは、通路内の兵士が熱さから逃れるために暴れまわり、その際に壁にぶつかった音だった。

 音が聞こえなくなると、クリークはすぐにレバーを二段階上げて戻す。


 「これでしばらくはビビって通路に入ってこれねぇだろ。対策を練られるのに数日って所だが、まあ、時間は稼げる」


 この防衛システムも万能ではない。

 起動にはプールストーンに魔力が満たされていることが前提で、再補充は直接触れなければならない。それに実は通路に入らなくとも、遠距離から壁を攻撃できるというのもある。

 プールストーンの魔力が切れるか、または遠距離からの破壊を思いつくか、どちらにせよエルピスに王国兵が雪崩込んで来るまで時間はない。


 「よし、こっちも準備進めるぞ!王国共とやり合うのはまだ先になるから、今のうちにしっかり働いて、ゆっくり寝ておけ!」


 クリークは周囲にいる兵士に叫ぶと、自分も忙しく動き回るのだった。


 ――――――――――――――――――――――――


 「ついに来たか」


 報せはすぐにタザールへ届いた。

 攻めてきているというのにタザールは慌てもせず、魔法都市、エルピス両方の地図が置かれた机へ視線を移す。

 落ち着いているのは、なにも彼が賢者と呼ばれているからではない。もちろん、タザールにも戦闘の経験はあるし、元々焦らない性格の持ち主なのもある。

 しかし、何よりギルたちが王国兵を押し返して稼いだ時間こそが、彼を冷静にさせるのに大きな助けになっていて、その上、クリークが防衛システムを起動させ更に時間を稼いでいる。

 微塵も焦る必要はないのだ。いや、迅速に手順を進めるには、焦ってはいけないのだ。


 「よし、ギルの緊急事態マニュアルの通りに実行するぞ」


 報告に来たクリークの部下にそう言うと、エルピスがある地図を指で指す。彼にそのまま伝令を頼むのだ。

 王国兵を押し返し、また17階層へと戻ってくる間に、タザールはギルが残したマニュアルを読み耽っていた。それこそ諳んじることができるほどに。

 頭の中で『敵が攻めてきた場合の対処』のページを開く。


 「まずはエルピスの住人を全て魔法都市へと移す。ティル姉やんに不満が出ないよう説得を頼むと伝えてくれ」


 伝令が覚えられないことを知っているのか、羊皮紙を乱暴に引っ張り出し、それに書いていく。


 「次に、魔法都市にいるエリーに、避難が開始される前に兵士たちをエルピスへ移動させるよう伝えてくれ。そうだな……、ここに待機させておけば避難の邪魔にならんだろ」


 地図の一部をトントンと叩いて、伝令が理解できているか顔を見る。

 もちろん、伝令役である彼はクリークの迷賊時代からの部下であり、街が出来上がる前からこの17階層に住んでいて知らない場所はない。

 伝令役は「へい、あそこですね」と頷いた。


 「良し、理解したなら伝えてくれ」


 伝令役がすぐに走り出して行く。出ていくのを見届けた後、タザールは目を閉じてもう一度頭の中でマニュアルを読み返し、パタリと閉じると目を開いた。


 「後は俺が直接行くしかないな」


 そして、タザールは急ぎ足で部屋を後にした。



 タザールがまず向かったのは、シギルの鍛冶場だった。


 「シギル」


 シギルは槌を叩いておらず、床に座って作業をしていた。槌の音がないからか、タザールの声にすぐ気づく。


 「どうしたんスか?」


 「王国兵が入り口まで来たぞ」


 シギルはタザールが来ても作業を続けていたが、その手がピタリと止まる。


 「ついにッスか」


 「ああ。そっちはどうだ?」


 「ぼちぼちッスね。他はどうスか?」


 「今から伝えに行く所だ。……シギルはここでの作業を止めて、『裏』で作業をしてほしい」


 「了解ッス」


 シギルは返事をし、もう話は済んだと言わんばかり散らかった鍛冶場を片付けていく。

 タザールも邪魔をしないように、静かに鍛冶場を出ていった。



 次に向かったのはティムがいるシギル魔道具店だ。


 「ティム」


 タザールは入店してすぐに呼びかけるが、ティムは店先にいなかった。

 シギル魔道具店はすでに休業しており客が来ることはない。だからティムが店先にいなくともなんら不思議ではない。

 だが毎朝、魔法都市の主要メンバーは予定表を書くことになっていて、この時間にティムはシギル魔道具店にいることになっている。

 だからこそ、ティムがいないことにタザールは眉を顰めた。ティムに不満だったからではなく、何か問題が起きたのかと心配してだ。

 それはティムが魔人種だからだ。最近は慣れてきたとはいえ、今だに魔法都市へ初めて訪れ、魔人たちを見た者は驚いてしまうのだ。魔物と勘違いして戦闘になる可能性だってあり得る。

 衛兵に探させるべきかと悩んでいると、店の裏から物音がした。

 タザールは念の為警戒して、腰から杖を出す。魔法陣をすぐに描けるように。

 そして、物音がした店裏へと物音を立てないように移動する。

 そこにはティムが大きな木箱に上半身を入れて、何やらゴソゴソとしている姿があった。

 タザールは安堵の息を吐くと、杖をしまってからティムに声をかける。


 「……ティム」


 「わわっ!びっくりした!」


 ティムが慌てて箱から上半身を上げて、タザールから距離を取り腰を落として攻撃に備えた。


 「俺だ」


 「あ、タザールさんだったんですか」


 ティムは知り合いだと分かり、ほっと息を吐くと姿勢を正す。

 その様子を見ていたタザールは、やるせない気持ちになった。

 ティムに限らず、魔人たちは常に襲われる危険がある。珍しい種族の誘拐や、単純に怖いもの見たさの肝試しで。

 幸いにも、今までそんな事件は魔法都市で起きていないが、それでもその可能性があるだけでティムは怯えてしまうのは仕方のないことだった。

 タザールには、半分魔物の姿へ変えられなければ、そんな心配をしなくて良いのにと思わずにはいられなかったのだ。


 「……そんな警戒しなくとも、魔法都市は安全だと思うが……」


 「………だと思いますが、それはギルさんが居たからと思えてなりません。僕は店番もあって、街によくいますから噂を聞くことが多いんです。ギルさんたちは知りませんが、かなり恐れられているんですよ」


 ギルの大虐殺魔法の噂はオーセブルクや魔法都市に、かなりの規模で広がっている。目撃者が多いことで、既に伝説になっていた。

 魔法都市内での犯罪が少ないのは、それが理由の一つだ。

 そして、魔人たちもそのギルの庇護下だ。ゆえに安全なのだ。

 しかし、今はそのギルが不在だ。

 代表が不在だと公言していないが、どんな噂をされるかわからないし、石像と化したギルの姿を見た者もいる。

 ギルが街で姿を見せない日々が続いていて、じわじわと疑念が生まれつつあった。

 魔法都市の王が戦死したのではと。

 魔人たちの安全は確実なものとは言えないのだ。


 「今は警戒態勢で、衛兵も多く出歩いている。大きな声を出せばすぐに駆けつけるはずだが」


 魔法都市の保安は優秀だ。人員の募集を常にしていて、日々増え続けている。衛兵もまた、他国の街とは比べ物にならないくらい見回りをしているし、その人数も多い。

 だから安全だと、ティムを安心させる。


 「そう、ですね……。ああ、それでどうしたんですか?」


 不安を払拭できていないことは一目瞭然だったが、タザールはそれに触れないことにした。今は他にも大事なことがある。


 「王国が17階層に来た」


 「入り口に?」


 「ああ」


 「では、僕は兄上や姉さんたちと、『裏』へ荷物を運び入れますね。まだ魔法都市からは『裏』へ避難させなくて良いのですよね?」


 指示を出す前に、ティムが「食料、備品……」と、指折り数えながら口に出していく。それはタザールが言おうとしていたことだった。


 「素晴らしいな。俺の代わりに指揮を執るか?」


 「勘弁して下さい。僕はシギル魔道具店の代理店長で満足ですよ。いざという時に家族全員が困らないぐらい稼いでおかなくてはいけませんから」


 「そうか、それは残念だ。では、魔人たちに伝えておいてくれ」


 「はい」


 「頼んだぞ。俺は行く」


 タザールが踵を返して出ていこうとして、「ああ、そうだ」と伝え忘れたことに気がつき途中で止まる。


 「?なんでしょう?」


 「衛兵へお前の邪魔にならないよう護衛するように言っておく」


 「……ありがとうございます」


 既に振り返っていてティムの表情はわからなかったが、声で喜んでいるのがわかった。

 タザールは「気にするな」と言って、店を後にした。



 最後に訪れたのは、スパールの所だ。

 現在、スパールがいるのは魔法学院の院長室ではなく、タザールの研究室が殆どだった。それはギルの石化解除薬を作るためである。

 タザールがドアを開け中に入ると、スパールは髭を撫でながら慎重に薬品を器へ入れている所だった。


 「………」


 タザールが入ってきた事がわかっていたのか、スパールは作業の手は止めず、黙ったままチラリと一度だけ見て視線を薬品に戻す。

 タザールも今は声をかけるべきではないと判断し、そのまま待つことにした。

 スパールが薬品を移し終わり、髭からゆっくり手を離して代わりに額の汗を拭った所で、タザールは声をかける。


 「スパール老、もう話しても構いませんか?」


 「何かあったかのう?」


 「はい、王国兵が入り口に」


 「来たか……」


 スパールは薬品を見て溜息する。それだけでタザールは、攻め込んでくるまでに石化解除薬が間に合わない事を理解する。


 「どれくらいかかりますか?」


 「さてな……。解除薬自体は出来上がったが、量を増やすのが手間でのぅ」


 石化解除薬を完成させたとしても、その量を増やさなければギルの全身には使えない。スパールの作業はその量を増やす段階だった。


 「どうしますか?まだ魔法都市内に王国兵が攻め入ってくるまで時間がありますし、『裏』に簡易な研究室を用意しますか?」


 「ふむ………、いや、避難場所は広いほうが良いじゃろう。簡易な研究施設とは言え、場所を占有して狭くするのは避けたいのぅ」


 「では?」


 「わしはギリギリまでここで調合をする」


 「わかりました」


 「して、わしがするはずだった住民の説得は問題ないかのう?」


 スパールは石化解除薬を作る前は、避難時に吹き出た不満を解消する仕事を割り振られていた。今はその代役はティリフスだ。


 「ティル姉やんに指示は出しましたから、見事不満を抑え込んでくれるでしょう。スパール老は心配せずに作業を続けて下さい」


 「そうじゃったな。ならば、任せるとするかのう」


 スパールは腰を伸ばした後、薬品調合を再開する。

 ギルの復活は最優先だ。タザールもそれが分かっているからか、スパールの気が散らないよう静かに研究室を後にした。



 これで他人に任せられない伝言は、全てタザールが回ったことになる。しかしこれでタザールの仕事が終わったわけでない。今度は自分の仕事をするために、再び魔法都市城へ戻る。

 作戦室へ向かうために城内を早足で歩いていると、タザールは躓き倒れそうになって慌てて壁に寄り掛かる。

 タザールは自分が躓いた何もない廊下を忌々しげに見る。


 「まったく、何だというのだ。……床が歪んでいるのか?」


 タザールの目には、通路の床がぐにゃりと歪んでいるように見える。だが、これはタザールにしか見えず、実際は歪んでなどいない。疲労による目眩だった。

 タザールもすぐそれに気づき、自分がなんの問題もない床に対して愚痴をこぼしていたことに、思わず吹き出してしまう。


 「ふっ、そう言えばもう何日も寝ていないか。……それに食事をしたのはいつだったか」


 睡眠も食事も取っていないことを思い出し、それがいつからだったかを考えていると外から鐘が鳴るのが耳に入る。


 「鐘か……。鐘?これは、いつの鐘だ?」


 魔法都市に空がなく、眠っていないのもあってタザールの時間の感覚は狂っていた。

 朝、昼、夕の三度鐘が鳴るが、今鳴っている鐘はそのどれかわからないのだ。

 慌ててクリークから贈られた時計が飾ってある通路まで引き返す。

 時計を見ると、針は『5』を差していた。つまり、夕方の5時である。


 「もう夕時!?時間がいくらあっても足りんな……。だからと言って、指揮する者が時間を忘れて働いたという理由で倒れたとあっては笑われる。仕事の前に少し休むとするか」


 タザールは現在、学院の研究室ではなく城で生活している。部屋も用意してあり、寝る時はそこを使うことになっていた。

 しかし、向かう途中で何かを忘れていることに気づき、ピタリと立ち止まる。

 そして、それが何かを思い出す。


 「夕方の5時!()の作業員を家へ返す時間ではないか!」


 またも踵を返し、今度は城の裏庭へと急いで向かう。

 裏庭の様子も変わっていた。以前はリディアの訓練場ではあったが、ゆったりと休憩出来るようにわざわざ芝生の生えた土を敷き詰め、テーブルやベンチが置かれていた。

 だが今それらは撤去され、代わりに裏庭の中央には禍々しい石像があった。

 憤怒の像、ギルだ。裏庭に入る者全て見張るように睨み続けている。

 ギルの像のすぐ後ろには、ぽっかりと空いた穴。そこがタザールの目的地だ。

 タザールは石像に一瞬だけ視線を向け、軽くギルの肩を叩いてから穴へと入っていった。

 暗い通路を通って行き、広間へと抜ける。

 広間もまた様変わりしていていた。多くのテントが設置され、屋台のような小屋や倉庫も建てられていた。何人もの作業員が忙しく動き、職人の怒号が飛び交う。

 これが『裏』と呼ばれる魔法都市の避難場所である。

 端っこの方では、シギルが次々とテントを組み立てている姿もあった。

 タザールは広間を一度見渡してから、準備が着々と進んでいることにホッと息を吐く。そして、働いている作業員と職人に向かって大声を上げた。


 「夕方の5時だ!作業を止めて家に帰れ!」


 すると、作業員たちがぱあっと表情を明るくし、さっさと片付けをし始めていく。

 タザールが、これで今日自分がやるべきことは全て終わったと考えていると、作業を監督する男がタザールへと近づいてくる。


 「タザールの旦那、いや、大臣?」


 この男はクリークの部下で、迷賊時代には建築を担当していた。タザールとは何度も会っているが、今だに大臣と呼び慣れずにいる。


 「ツバイか。呼び方は何でも良いが、どうした?お前も帰って休め」


 「いやぁ、それは有り難いんですが――」


  ツバイと呼ばれた男は、ポリポリと頬を掻きながら一旦会話を止めて、トーンを少し落とす。


 「――よろしいんですか?シギルの姉さんから、本格的に攻めてきているって聞きやしたぜ」


 「ああ、その通りだ」


 「だったら、もっと奴らを働かせた方が良いんじゃ?金さえ積めば、文句なく働きますぜ」


 作業員や職人たちは、このツバイが雇っていた。

 秘密裏に作業をしなければならない『裏』の準備は、ぺらぺらと情報を漏らす作業員では困る。そこでクリークに相談した所、ツバイを紹介されたのだ。

 彼にもエルピスで家を与えられていたが、住むことはせずに売り払って建築会社を創設。当時、魔法都市で建築を担当し、会社を成長させたとタザールは聞いていた。今では魔法都市やエルピスの建築の全てを任せている。

 口が固く、魔法都市の内情に詳しいのもあって、『裏』の作業をこの男の会社に任せることにしたのだ。

 ツバイが元迷賊というだけあって、作業員たちも何かしら人に言えない『訳あり』が多い。王国が本格的に攻めてきている今こそ、金さえ払えば残業はいくらでもすると言っているのだが、タザールは首を横に振る。


 「だからこそ、今は休め。もうすぐ休む間もなくなるからな」


 「そいつぁ………、稼げますな」


 ツバイはニヤリと笑う。タザールはこの男のこういう所を気に入っていた。

 戦争で命の危険があったとしても、怯えずに稼げると笑い飛ばして作業を続ける人材は非常に貴重だ。


 「進捗はどうだ?」


 「まあ、6割って所でさぁ」


 「6割か……。少々厳しいな」


 「これでも料金以上の働きはしてるつもりなんですがね」


 「わかっている。が、それでも焦るのだ」


 目頭を抑えて溜息を吐いていると、ツバイがタザールの顔を覗き込んで首を横に振る。


 「焦るってのは、疲れているからですぜ。大臣は顔色が悪い。美味い飯食って、あったかいベッドで眠れば焦ることもない。自分は忙しい時にはそうしますぜ。大臣もそうすることを勧めますよ」


 ツバイは、タザールこそ休んで戦に備えるべきだと言っているのだ。

 タザールはそう言われて呆気にとられる。ツバイのような、人に言えないことをしてきた男に言われるとはと考えたからではない。

 賢人と呼ばれた自分よりも、仕事の仕方が分かっていたからだ。


 「そうする。そうだな、エルピスまで足を運び、トンカツでも食べてから今日はぐっすり寝ることにしよう」


 「お、良いですな。ついでにビールを一杯やるといいですぜ。どれ、自分も付き合いましょう」


 「断る。お前と一緒では仕事の話をしてしまうだろう」


 「はっは、それもそうですな」


 そう言い合いながら、『裏』の広間を後にした。

 その日、タザールは助言に従うことにし、5日ぶりの食事と睡眠を取ることができたのだった。

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