覚悟の意味
刃を交えろという耳を疑う発言をシリウス皇帝がしてすぐ、私たちは城の裏にある兵士の訓練場へと案内された。
本当に戦わねばならないのかと気が気じゃない私の心境は別にして、シリウス皇帝の居城は素晴らしいものだった。
黄金の眩しさで目を塞ぎたくなるのは謁見の間だけで、他は神殿のように落ち着いた雰囲気で驚いた。
ただ、落ち着いていたのは見た目だけで、かなりお金をかけていそうだった。外壁とは違い、城内の材質は反射するほどの光沢がある石材で、これだけでも高価なものだと聞いたことがある。さらによく観察すると、柱や壁、天井の細部を彫っていたり、装飾も派手ではないものの拘りのある素材で作られていた。
素材がどんなものかは分からないけれど、シギルが言っていた高価な素材の特徴がいくつかあったから、恐らくそうなのだろう。
さらに、廊下に芸術品が無造作に飾ってあったりで、別の意味で緊張した。ただ、どれも息が漏れるほど美しい芸術品で、それがまた城の雰囲気と合っていた。
魔法都市の城より遥かに高い費用を投じているのがわかったし、財力の差を見せつけられた。でも、個人的には魔法都市の城の方が好きですが。
そんな何千何万の金貨の山の幻覚が見えそうな長い長い通路を進んで行き、ようやく兵士訓練場へと辿り着いたのだ。
訓練場には多くの兵士が訓練をしていて、さすが軍主要の帝国だと思わせた。訓練場の広さだけでも魔法都市の城がいくつも入りそうな広さがあり、そこで大勢の兵士たちが熱心に訓練に励んでいる。
海が一望できる場所で景色も良く、潮風が運動して熱くなった身体を冷やす良い環境だ。訓練器具も上等なものが揃っているし、夜にも訓練出来るように光で照らすプールストーンが設置されている。
設備がしっかりしていて、兵士のことをよく考えているのが伺えた。
そこへ私たちがシリウス皇帝と共にやってくると、兵士たちは一斉に訓練を止めて「陛下!」と言いながら跪いた。
宰相マーキスが訓練を指導している兵士に何やら話すと、兵士たちの顔がパッと明るくなり、訓練器具の片付けをし始める。
今日の彼らの訓練はこれで終了なのだろう。兵士たちがどこどこに飲みに行くと笑顔で話しながら訓練場を出ていく。
その姿を眺めている私たちは、彼らとは真逆でげっそりとしていた。
「あの、訓練場にまで付いて来てなんですけど、どうして私たちはここにいるのでしょう?」
クルスさんがヒソヒソとテッドさんに聞いている。
「いや、俺もどうしてこうなったと聞きたいぐらいだ」
「……帝国はテッドさんの母国ですよね」
「関係ねーだろ、それは」
テッドさんがそう言いながら、訓練装備を着ようとしているシリウス皇帝に視線を向ける。帝国が母国のテッドさんでも、シリウス皇帝の行動は予測不能らしい。
「シリウス皇帝自ら戦うのが、まずおかしいですよ。大陸最強って言われているんですよね?」
「それな。シリウス皇帝の剣を受けただけで、武器が破壊されるどころか腕が吹き飛ぶって噂だ」
「危なすぎじゃないですか!」
私がこれから戦うというのに、すぐ近くでそういう話はしないでほしい……。ギル様もルールありで戦ったそうだけれど、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。
生きた心地がしないとはこういう事を言うのかもしれない。王国兵に囲まれたオーセブルクダンジョンの脱出よりも余程だ。
二人の話が聞こえていたのか、エレナさんも近づいてきて会話に加わる。気遣いが出来る彼女がいれば、少しは落ち着けるはずだ。
「予定外はあちらも同じ様よ?」
エレナさんが宰相マーキスが居る方向へ顔を向ける。
宰相マーキスは不安そうに私とシリウス皇帝を交互に見ていた。
「あれは……、どう受け取れば良いんだ?シリウス陛下を心配しているんだろうか?」
「魔法都市の使者を無事に帰せるかどうかかもしれません」
余計に不安が増した。心臓が普段よりも早く脈打って平常心になれない。
それを察してかは分からないが、エルとエミリーさんが私に声を掛けてくれた。
「リディアお姉ちゃん、大丈夫です?」
「リディアさん、無理しないでください」
二人は最近よく一緒にいる。クルスさんと合わせて三人で行動しているが、エルは特にエミリーさんが気に入っているように見える。でも懐いているという感じではない。もしかしたら、エルはエミリーさんを護っているのかもしれない。エミリーさんの動きで戦闘経験が少ないのが分かるからだろうか。
それはともかく、二人が声をかけてくれたおかげで、少しだけホッとした。
「ありがとう。でも、これはチャンスかもしれません」
「チャンス、です?」
「シリウス皇帝に覚悟を見せることができれば、間違いなく軍を動かしてくれるはずですから」
「でも、あの宰相さんは駄目って言ってましたよ?」
「おそらく、宰相マーキスが諫言するのはいつものことなのでしょう。ですが、一度シリウス皇帝が決めたことは覆せないと彼は知っているのです。だから、あのように顔色が悪く、動揺しているのでしょうね」
宰相マーキスは頭を抱えすぎて髪が乱れていて、それを直そうとも思えないほど動揺している。これからシリウス皇帝と戦う私が心配してしまうほど顔色も悪い。
それはそうだろう。この手合わせの結果だけで、何千何万と死傷者が出る戦に参戦するかもしれないのだから。
二人は喜ぶべきか心配するべきか、微妙な顔で頷いた。
そうこうしていると、準備を整えたシリウス皇帝がこちらへと近づいて来た。鎧は帝国兵士が着用しているのと同じものだが、剣は違う。いつもシリウス皇帝が身につけている聖剣だろう。
シリウス皇帝は私を見ると、何故か「ほう?」と感心したように呟いた。
「この我と戦うというのに、怯えも見せないとはな。ギルが言っていただけある」
「ギル様が?」
「剣の腕だけならば、この我にも匹敵すると自慢していたのを覚えている」
……ギル様、なんでそんなことを教えてしまうのですか。普段から「油断してくれるなら大儲け」と仰ってたのに……。でも、ギル様がそう仰ってくれたことは素直に嬉しい。
「ギル様の言葉が嘘にならないようにします」
「ふん、言うではないか。さて、早速戦いたいが、その前にルールを決めようではないか。我が手加減せずに戦えば肉片になるからな」
「……有り難いです」
「真剣を使用した試合形式だ。勝敗は我の鎧に傷を付けたら貴様の勝利で良い」
それはちょっと手加減しすぎと思ったけれど、今は私のプライドよりも帝国に援軍を出す約束をしてもらう方が優先だ。
私は黙って頷く。
「悪いが武器は聖剣を使わせてもらう。当てる気はないが、これ以外だと振っただけで折れてしまうからな」
シリウス皇帝が鞘に収まったままの聖剣を軽く上げて言った。
ただの剣なら振っただけで使い物にならなくなってしまうという言葉に背筋が凍った。シリウス皇帝がさも当然のように言っているから事実なのだろう。
間違って当たったならどうなるか……。気を引き締めなければならない。
「時間は、ふむ、あの太陽が沈みきるまででよかろう。それまでに我の鎧に傷を付けられなければ、貴様の負けだ」
太陽はもうすぐ沈みきるほど傾いている。あと一刻ほどだろう。
つまり、私に与えられた時間は一刻。
「傷をつければ、援軍を出して頂けるのですね?」
私は苦い顔をしている宰相マーキスへ視線を向ける。これだけ私に有利な勝負なのだ。彼が納得しているはずがない。
私の言いたいことが分かったのか、シリウス皇帝がまた「ふん」と鼻で笑う。
「約束しよう。だが、無条件というわけにもいかない。そちらにも一つ言うことを聞いてもらおう。つまりは、交渉の席につけるということだ」
「それはいったい――」
どんな条件なのですか?そう聞こうとしたら、シリウス皇帝は首を横に振って私の言葉を遮った。
「勝ってから言え」
その通りだ。有利な勝負だとは言え、相手はシリウス皇帝。勝てるとは限らないのだ。
だけど、もし勝ったとしてもシリウス皇帝が言っていた『覚悟を示す』ことになるのだろうか?
ルールを聞くからに危険なのはシリウス皇帝だけだ。もしかして、初めから援軍を出してくれる気だったのかもしれない。
「理解したならば始めようではないか」
私が頷くと、シリウス皇帝はニヤリと笑い、訓練場の中心へと歩いて行く。私もシリウス皇帝に付いていった。
振り返ると、付いてこようとした5人を宰相マーキスが止めていた。どうやらエルやテッドさんたちは、場外で観戦するように言われたようだ。
訓練場の中心からだとかなり距離がある。これだけ遠いとエル以外はよく見えないのではないだろうか。
中心に着くと、シリウス皇帝がゆっくりと聖剣を鞘から抜く。
金属の鞘と刀身が擦れ合う音が、何故か嫌な音に聞こえた。
シリウス皇帝が聖剣を鞘から全て抜き切ると同時に、私の体中から汗が吹き出した。
別に戦意も殺意も、それどころか威圧すらない。ただ剣を抜いただけで、心身が怯える。
これが大陸最強の王……。でも、逃げ出すわけにはいかない。
私も刀を鞘に収めたまま構える。
それを見たシリウス皇帝は「ほーぅ?」と面白そうに目を細めた。見たことのない構えに興味が湧いたのだろう。
「では、始めるか」
そうシリウス皇帝が言った瞬間、私は居合抜きでシリウス皇帝の胸辺りを狙って刀を振り抜いた。
もらった!そう確信したが、刀は空を切る。
避けられた?!不意打ちギリギリのタイミングだったのに?!
「ほほう、中々の速さよな」
何度確かめても、シリウス皇帝の鎧には傷一つ付いていない。完全に避けれられたようだ。
見切られているかどうかはわからないけれど、居合抜きは見られてしまった。もう使えないか?いや、後の先を狙えばまだ行けるか?
私はもう一度刀を鞘に収めて、構えを取る。
そのまましばらく睨み合う。
「ふむ、手を出させるのが狙いか」
読まれた!もう居合抜きは無理か?
そう思っていると、シリウス皇帝は頷いて「良かろう」と呟く。
「誘いに乗ってやろう」
そう言った途端、私の顔を強い風が撫でる。
そして、ハラリと目の前に何かが落ちてきた。
思わず視線を何かが落ちた地面へ向けると、私の赤い髪が目に入った。短い髪が束で。
一瞬どうしてかわからなかったが、視線を上げると違和感に気がついた。私の前髪が短くなっているのだ。
そして、シリウス皇帝は剣を薙いでいる姿勢になっていることにも、やっと気がつく。
私は知らぬ間に斬られていたのだ。
「貴様は今死んだぞ?」
たしかに戦場ならば、今の一撃で頭を斬られて死んでいた。そして、これが実戦でないことに感謝した。
圧倒的な実力差だと実感した。だけど、今ので弱点も分かった。
シリウス皇帝はまだまだ余裕がある。いや、全力を出す気が全くない。これは明らかに油断し慢心している。これで十分だと。
だとすれば、今がチャンスだ。
シリウス皇帝の弱点はその油断と、攻撃し終わった後の残身。その隙に最速の居合抜きで決める。
私は構えを変えず、シリウス皇帝の動きを注視するように更に睨む。同じように後の先を狙っていることをわかりやすく示す。
シリウス皇帝ならば、誘いに乗ってくるはずだ。
予想通り、先程と同じように私の顔を風が撫で、また髪の毛が落ちていくのがわかった。
また、いつの間にか斬られていたようだ。
シリウス皇帝は剣を振り切った姿勢のまま動きを止めている。とても美しい残身だった。
私は短く息を吐くと刀を抜き、残身しているシリウス皇帝の鎧に斬りつけようと振り抜いた。
しかし、高い金属音が響き、私の手に痺れるような衝撃が伝わる。受け止められたのだ。
シリウス皇帝は剣を持っているのとは逆の手で鞘を持ち上げ、私の剣を受けていた。
鞘?!いや、それよりもこれも読まれていた?!
「驚いているようだが、当然対策は済んでいる。ギルにしてやられたからな」
ギル様っ!いや、私が思いつくことなど、ギル様が試していないわけがない。ただ私が浅はかだっただけだ。
この作戦は通用しない。居合抜きもシリウス皇帝には見切られている。刀を抜いて戦う方が良い。
私は刀を抜いて下ろし、切っ先を背後へと向けた。ブルートにも通用した脇構えだ。
剣筋を変幻自在に操るこの構えならば、受け止めるのも苦労するだろう。
構えが変わったことで、シリウス皇帝から攻撃する気配がなくなる。私の剣技を受けることにしたようだ。
私は上段斬りすべく、刀を振り上げる。
それを瞬時に見極めたシリウス皇帝は剣を横にして防御しながら、同時に避けるために身体を斜めに傾けた。
この動きは上段斬りの対処ならば完璧だろう。避けることに成功すれば、横に倒した剣をそのまま振り抜いて反撃も可能だ。避けきれなくとも、剣で防ぐこともできる。
けれど、この攻撃が上段斬りならばだ。
私は上段斬りの動作を途中で突きに変えた。シリウス皇帝の腕の鎧部分を狙った突きが伸びていく。
自分で言うのもなんだけど、完璧なタイミングだと思った。
しかし、シリウス皇帝はこれすらも読んでいたのか、さらに身体を傾けると聖剣を下向きに構えた。突きを聖剣で滑らせながら躱し、そのまま私に接近して体当たりをした。
トンと軽く押すような体当たりだ。
それだけで私はバランスを崩す。たたらを踏んだけど、なんとか踏ん張って耐えた。
尻もちをつく醜態だけはさらさずに済んだけれど、この体たらくっぷりは情けなさ過ぎる。
今さっき私の考えは浅いと再理解したはずなのに、また同じことを繰り返してしまったようだ。
シリウス皇帝は私よりも歳を重ねてその分だけ戦闘経験があるし、私よりも多くの戦場を経験している。経験値が違うのだ。
今の攻撃だって、シリウス皇帝は既に受けている可能性が高かった。だとすれば、この無敵の皇帝ならば完璧に避けるだろう。
単発の技を何度繰り出したところで、戦闘経験が豊富なシリウス皇帝には効果がない。体当たりされてバランスを崩されたけど、このまま反撃してみようか。
そう思った。けれど、身体は動かなかった。
別に体当たりでダメージがあったわけでも、バランスが悪すぎて踏み込めなかったわけでもない。
シリウス皇帝が剣を横に薙ぎ払おうと、振りかぶっていたのが目に入っただけ。
それだけなのに身体が強張って動けなかった。
結果からすれば、動かなくて正解だった。
なぜなら、目の前を当たれば頭部が弾け飛んでしまいそうな勢いの横薙ぎが、ものすごい音を出しながら通り過ぎたからだ。
その直後に暴風が吹き荒れ、訓練場の石畳の隙間に挟まっていた砂が巻き上がった。
今回は私の前髪は斬られなかった。あれがシリウス皇帝の剣技。……その一端。なんという剛剣なのだろうか。全力ならばどうなってしまうのか。
今の横薙ぎに当たれば、生物は間違いなく生存できないだろう。
考えてみれば、おかしかったのだ。
シリウス皇帝は目に映らない速度で剣を振ることができるのに、今のは振りかぶるのを見ることができた。力を込めれば速度が減少する?
……見えるなら反撃できるかもしれない。
構えを見ることができるなら、ある程度のどこを攻撃するかは読める。それに合わせて……。
そこまで考えて、私はゾッとした。
中途半端な攻撃はシリウス皇帝に効果がない。シリウス皇帝が攻撃する前や攻撃後を狙っても意味がないのだ。
シリウス皇帝がバランスを崩すのを待つか、または攻撃している最中に相打ち覚悟で私も攻撃しなければならない。
つまり、間合いの中へと踏み込まなければならない。あの剛剣が振られている中へ。
シリウス皇帝は私を殺さないように手加減してくれているけれど、もし私がバランスを崩したり、万が一にもシリウス皇帝が予測出来ない行動をしてしまった場合、事故が起こる可能性があるということ。
あの剛剣を事故でも受けてしまえば、間違いなく死ぬ。
ああ……、『覚悟』の意味がわかった。シリウス皇帝と、試合でも剣を交えるというのは、覚悟がいることだったのだ。
剣で防ぐことは武器が破壊されてしまい出来ない。中途半端な攻撃はすべて防がれる。それだけならまだ良い。
無闇に突っ込めば死ぬ。予測不可能な攻撃をしても死ぬ。相打ちでも剣を受けてしまえば死ぬ。なのに、勝利条件はシリウス皇帝の鎧に傷をつける?あの剛剣の中へ飛び込むことが唯一の光明なのに?……無理難題過ぎる。
でも、魔法都市を助けるためには逃げられない。
だけどどうすればいい?
せめてギル様やエルのように遠距離攻撃手段があれば、色々と組み立てることができるけれど……。私も投擲の練習はしてるが、皇帝に通用するとは思えない。
八方塞がりだ。
……いや、まだ試していないことが3つある。
1つ目はさっき考えた、常に死の危険がある相打ち覚悟の攻撃。でも、これは本当に最終手段だ。
2つ目は連続攻撃だ。無事に生きて交渉の席に着くためには、相打ちはできない。シリウス皇帝が攻撃に出る前、もしくは攻撃後の隙に連続で攻撃をする。
最後の3つ目は……、成功の可能性が低すぎる。
まずは2つ目の連続攻撃を試す。まだ見せたことがないからだ。
シリウス皇帝を見ると、既にいつもの体勢へ戻っていた。剣を構えもしない自然体だ。
やるなら今だ。
私は刀を正眼に構えると大きく息を吸い、半分ほど吐いて止める。
強く踏み込み、三連撃。
精霊銀が落ちる陽光で輝き、白い閃光が同時に三つシリウス皇帝へと伸びた。
シリウス皇帝は眉をピクリと動かすと、飛び退いて攻撃を避けた。
逃さない。さらに追撃する。
もう一歩踏み込んで、シリウス皇帝を追う。
その直後にもう一度三連撃。三本の白い閃光がシリウス皇帝を襲う。
悪くないタイミングだ。だが、それをシリウス皇帝は事も無げにすべてを弾いた。
刀が弾かれた音が重なって一つの音になって訓練場に響く。
驚いたのは僅かな時間だった。シリウス皇帝ならばこれぐらいやってのける。一々驚いても、落ち込んでもいられない。
そんな暇があるなら、もっと攻撃を仕掛けろ。
刀が弾かれた音がまだ響いているうちに、更に三連撃。
しかし、今度はミスリルの刀が放つ光が一本だけしか伸びなかった。
一撃目でシリウス皇帝に防がれてしまったのだ。
強い衝撃が手に伝わり、同時に金属同士が打ち合う音が大きく響いた。
シリウス皇帝は弾くことはせずガッチリと受け止め、それが連撃を止めさせたのだ。
つい刃こぼれを気にしてしまい、刀を引いてしまった……。
チラリと刀に視線を移して確認すると、奇跡的に刃こぼれしていなかった。だけど、シリウス皇帝も無茶をする。ミスリル素材と、鍛えてくれたシギルとギル様に感謝しかない。
今回、シリウス皇帝は聖剣で戦ってくれていて、もしそれが刃こぼれしたら大損害ではないか。いや、刃こぼれしないことがわかっているからこそ、あえて受け止めた?
現にシリウス皇帝が刃こぼれしているか気にしている様子はない。もしかして聖剣はミスリルよりも硬い素材で、刃こぼれなどしないのかもしれない。
だとすれば、また一つ敗北する要因が増えてしまったことになる。
……でも、連続攻撃は今までで最も手応えがあった。やめるわけにはいかない。
それからは三連撃を繰り返した。それが甘い考えだとは知らずに。
長い時間を掛けて、何回、何十回と繰り返した攻撃は、全て避けられ、弾かれ、受け止められた。
シリウス皇帝が受け止めた時、既に見切られていたのだ。それを予想出来ずに、時間を無駄にしてしまったのだ。
私は肩で息をしながら、もうすぐ沈む太陽を見ていた。
「ふん、こんなものか。確かに剣技は見るものがあった。この大陸中で勝てる者は少ないだろう。が、我には無意味だ」
私は息を整えながら耳を傾ける。
悔しさはない。最強の王と手合わせできたのだから。
「ギルの部下ならば、我に傷ぐらいはつけるくらいはと思っていたが……、ふむ。まあ、命をかける戦いではないからこんなものだろう」
真剣でいつ事故が起こるかわからないのに、彼にとっては命を賭ける戦いではなかったようだ。シリウス皇帝には戯れ程度のことだったのだろう。
それが私とシリウス皇帝の実力の差。今の私の戦い方では、絶対に傷一つつけられない。
シリウス皇帝が弱まりつつある西日に顔を向ける。
「もう間もなく日が沈む。もうそろそろ終いだがどうする?もう手はないか?だとすれば、帝国が魔法都市の手助けをすることはないが……」
連続攻撃は見切られた。それに動き続けた結果、もう相打ちをするほどの強い踏み込みができない。もっと早いうちに連続攻撃をやめていれば、相打ち覚悟の攻撃ができたのに。判断を間違えた。
動き続けて疲労した今の攻撃力と速度では、相打ちですら成功するとは思えない。
そして、残り時間は僅か。
シリウス皇帝の鎧に傷を付けられるとしたら、それはもう奇跡が起こるしかない。
そう、奇跡しか。
私にはギル様から教わった最後の剣技がある。あのギル様ですら成功したことがなく諦めた技。
偶然に偶然を重ねなければ成功しない奇跡の剣技。
それを今ここで成功させるしかない。
私は薙ぐため、刀を横にして振りかぶる。
それを見たシリウス皇帝は「ほう?」と息を漏らした。
「まだ、諦めぬか。それでこそ、ギルの配下……、いや、仲間よな」
汗一つないシリウス皇帝は、変わらず自然体のまま。ゆっくりと瞬きをして、呼吸も穏やか。完璧な自然体だ。
私もシリウス皇帝と呼吸を合わすように瞬きし、息を吐く。
そのまま打ち合うこともせずに睨み合い、時間が過ぎていった。
それでも睨み合いは止めない。
夕日の頭は西の地平線に隠れ、夜の帳が下りる。その瞬間、風が吹いた。
同時に、私は刀を横に薙ぐ。