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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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皇帝謁見

 すぐに謁見を願い出るかを悩んだ結果、飛空艇のおかげで魔力はないけれど疲れはそれほどなく、急ぐ必要もあってそのままシリウス皇帝が居る城へと向かうことにした。

 魔法都市の使いであることを門番に伝え取り次いでもらうと、意外にもすんなりと通してもらえた。この街で数日は待たされる覚悟をしていたから、いつ謁見できるかを今日中に決めてもらえるのは都合がいい。

 大人数で入城するかも迷ったが、あのシリウス皇帝はそんなことを気にしないだろうと、全員で行くことにした。

 中は珍しい構造だった。城へ入ってすぐに広間があり、外壁と同じ素材の真っ白な長椅子がいくつも設置されている。ここが皇帝シリウスと謁見するための待合室なのだ。つまり、この広間を越えた先に謁見の間があるということだ。

 謁見の間とは本来、王が他国の者や臣下以外と、場合によって平民とも会う場所で、出来る限り安全な場所でなければならない。

 襲撃されにくいとか、兵士を呼びやすいなど、王にとって危険が少ない位置に設定されるはずなのだ。

 だが、ここは入ってすぐ。

 安全よりも、すぐ謁見が出来るように速度を重視しているのが分かる。

 誰にも負けない自信があるシリウス王だからこそか。

 私たち6人は待合室で長椅子に座った。だけど、私たちだけで他に待っている者はいない。


 「謁見者は私たちだけですか……」


 気が抜けていたのか、つい口から漏れる。

 しまった。これは失礼すぎた。もしかしたら既に謁見を終わらせたから誰もいないのかもしれないのに。今のを聞かれていたらこの城に勤めている兵士や、この国出身のエレナさんやテッドさんの気分も悪くさせてしまう。気をつけなければ。


 「私は謁見なんてする身分じゃないから分からないけれど、噂では恐れて直接会いたがらないらしいわ」


 私が反省していると、エレナさんはまるで気にした様子もなく謁見の待合室にヒトが居ない理由を教えてくれた。


 「あー、そんな噂あったな。書簡で済ますらしいぞ」


 テッドさんも同様に全く気にしていない口ぶりだ。というか、この閑散っぷりが普通らしい。

 どうやら、直接顔を見て何かを要求することなどできないほど恐れられているようだ。たしかに、目の前に不遜王と呼ばれる存在がいて、強さも英雄級であれば強く物を言うことが出来ないだろう。

 でも、それで国が成り立つのだろうか?

 いや、街を歩いてみた感じでは、住民に不満があるようには見えなかった。当然、どこかには不満を抱いている者はいるのだろうけれど、爆発するほどでもないと思う。

 それに……。


 「涼しい、です」


 「ですねー。外はあんなに暑いのに」


 エルとエミリーさん、そしてクルスさんが長椅子に一緒に座ってお喋りしている。どうやら三人が座っている席に涼しい風が当たるようだ。

 クルスさんが涼しい風の出どころを探り当てたのか、壁の上の方を指差した。


 「あれのおかげじゃないですか?」


 そこには見覚えがある物が設置されていた。シギル魔道具店で販売されている、室内温度を適温に出来る魔道具、『エアコンプールストーン』だ。

 涼しい風を送るプールストーンと温かい風を送るプールストーンの2つで1セットの魔道具。プールストーンを器具で挟んであり、そこからワイヤーが伸びていてヒトの手が届く位置の器具に繋がっている。低い位置にある器具には小さめのクランクが付いていて、それを回していくとプールストーンを挟む力が強くなり風量を調整できる。ちなみにクランクを回す方向で冷風か温風を変更できる仕組みだ。

 待合室にまで気を配っているぐらいだから、住民の生活にはもっと気を使っているはずだ。

 ここまでしていて不満が爆発するはずもない。

 革命の国と言われているのに革命の気配がないのは、やはりシリウス王が有能だからなのだろう。

 私はエルたちから目を離し、エレナさんへと顔を向ける。


 「どうやらシリウス王は気遣いが出来る方みたいですね」


 「シリウス陛下が王になられてから住みやすくはなったわね。でも、恐れられているのも確かよ」


 エレナさんは、私たち以外誰も座っていない長椅子を見渡して肩をすくめる。

 やはりこの待合室の静かさは、シリウス王に対する恐怖心によるもののようだ。


 「なら、尚更革命なんて起きませんね」


 「起きたとしても、成功はあり得ないわ。シリウス陛下が王でいらっしゃる間は」


 エレナさんは帝国のいち国民であり、臣下や国のために働く職業でもない。そんな彼女にそう言わせることが出来る存在なのが、シリウス皇帝ということなのだろう。

 私も魔法都市の城ですれ違って挨拶をする程度。会話をするのはこれが初めてになる。少しだけ緊張する。

 とはいっても、今日すぐに会えるわけではない。王様に謁見するのだから、数日は待たされるはずだ。

 私としては緊張よりも、いつ会えるかの方が大事。魔法都市がいつまで無事かもわからないし、もしかしたら今も危ない状況かもしれない。できれば、少しだけでも早くお会いできるよう、優遇してほしい。……ギル様のご友人だからといって、図々しかったか。

 皇帝の居城の待合室で、あまりその王の事を話すわけにもいかず無言になった。

 しばらく無言の中で涼んでいると、謁見の間がある方の扉が重々しく開き、兵士の一人が待合室へと入ってきた。

 おそらく、謁見可能な日にちを伝えに来てくれたのだろう。


 「魔法都市の使いの方々」


 精悍な兵士は笑顔もなく近づいて来ると、心臓辺りを軽く叩く。王国式と似た敬礼だ。

 私たちが話を聞くために長椅子から立ち上がると、兵士は私たちの顔を見渡して一つ頷く。


 「陛下の準備が整いました。ご案内いたします」


 「「「え」」」


 全員がすぐに会えるとは思っていなかったからか、思わず声が出てしまった。


 「どうかなさいましたか?」


 兵士が怪訝な表情をしたから、私は慌てて説明する。


 「いえ、すぐにお会い出来るとは思っていなかったもので」


 「……私は帝国の一兵士なので、他国の王が謁見にどれほど時間をかけるのかは知りませんが、帝国では陛下がお会いになると決めた場合はすぐに謁見が出来ます」


 シリウス皇帝が、魔法都市にお一人でふらっと遊びに来るお方だというのを忘れていた。私が王族だった頃の常識だと思っていたことなど通用しないのに。

 失敗した。心の準備が全く出来ていない。

 それでも、時間を節約出来たのは良いことなのだろう。

 私は一つ深呼吸してから、意を決して頷きながら「お願いします」と言った。

 兵士は頷き返して謁見の間へ続く扉を開くとさっさと先に行ってしまう。

 その後を私たちも追って扉をくぐる。

 扉の先は小さな小部屋になっていて、甲冑を着た兵士が数人立っていた。さすがに待合室を出てすぐに謁見の間ではなかったようだ。

 しかし、それでもこの兵士の人数を見る限り、謁見の間は次の扉の先で間違いない。

 次の扉の前に私たちが立つと、今度は扉の前に立っていた甲冑を着た兵士が開けてくれた。


 「どうぞ」


 兵士が促してくれ、私たちは謁見の前へと入る。


 「わあ……」


 エルが感嘆の声を漏らす。

 謁見の間も城の建材と同じように砂岩よりも少しだけ白く見える。そこにこれでもかと黄金の装飾があり、黄金そのもので作った柱や燭台、壁も忘れずに金色で飾り、絨毯にも金の刺繍。

 この部屋だけでどれだけの価値があるのか、とにかく黄金だらけだ。しかし、目を細めたくなるほど眩しい光景ではあるが、不思議と不快感よりも美しいと思えてしまう趣味の良さがあった。

 これは設計者のおかげか、それともシリウス皇帝の指示か、どちらにしろ細心の注意を払って拘ったに違いない。

 だが、これだけではない。もっと目立つものが数段高くなっている頂上にあった。

 黄金の玉座。そして、そこに座る絶対的な存在が、全てを圧倒している。

 当然、玉座に座る人物は、帝国の皇帝にして絶対王者と言われるシリウス皇帝。彼は興味深そうに私たちを見ていた。

 シリウス皇帝の横に立つ男にも見覚えがある。

 一度魔法都市に訪れた事があり、私もすれ違い際に挨拶をした人物。帝国の宰相マーキスだ。

 宰相マーキスは、今にもニヤリと笑いそうなシリウス皇帝とは逆に、難しい顔をしている。もしかしたら、私が訪れた理由を何となく察しているのかもしれない。

 私たち全員が豪華な謁見の間に見惚れていたようで、かなり長い時間をぼーっと立ち尽くしていたようだ。我に返った時には、案内役だった兵士が不思議そうに私たちを見ていた。


 「……その、そろそろ進んでいただいてもよろしいですか?」


 「す、すみません」


 即座に謝罪し、軽く浮き出た汗を拭ってから一歩を踏み出そうとするが、兵士が小声で「少々、お待ちを」と私たちを呼び止める。

 顔が強張っていたのか、それとも不敬に当たる行為をしていたのか、何か問題があったのではと心臓がドキリと跳ねる。だがそうではなく、謁見の注意点を教えてくれるつもりだったらしい。


 「これからこの絨毯の上を進んでいただきますが、ある程度まで行くと金色の線が絨毯に刺繍してあります。何本かありますが、陛下の許しがない場合は一番目の線でお止まり下さい」


 一瞬、何の説明をされているのか分からなかったが、この注意はシリウス皇帝に近づくことが出来る距離のことらしい。

 どうやら私が乗っているこの絨毯上に線が何本か引いてあり、その一番手前で止まらなければならないようだ。

 私は了承の合図として頷き、一歩を踏み出した。

 進んでいくにつれ、不規則に威圧がのしかかってくる。これはシリウス王が視線を向けられた時に感じる威圧感だろうか?見るだけで威圧出来るだなんて規格外過ぎる。

 心胆を寒からしめ、適温のはずの空気が寒く感じ始めた頃、足元に一番目の金色の線が目に入った。

 そこで立ち止まると、一瞬だけ悩む。

 悩んでしまったのは、跪くべきかどうか。私は魔法都市でも一応は代表の護衛長という役職についているし、たとえシリウス皇帝の御前だとしても、謙るように跪くべきではないと考えたからだ。だが、今日は頼み事をしにきたのだと思い出し、片膝を地につけ跪いた。

 顔は伏せ、視線をシリウス皇帝に向けないように。


 「魔法都市からの来訪者たち。何用でこの帝国へと参ったのだ?」


 シリウス皇帝の声は聞いたことがあるから、これが別の人物が発したのだとすぐに分かった。

 宰相マーキスが王の代わりに聞いているのだ。

 さて、どうするか。ギル様の話だと、シリウス王は遠回しな言い方を嫌うらしい。挨拶を軽くして、単刀直入に理由を話した方が良いかもしれない。


 「まずは急な謁見の申し出に対し、素早い対応して頂き感謝します。私は、魔法都市代表ギルの護衛長をしているリディアと申します」


 ここで一度区切って小さく頭を下げ続ける。


 「単刀直入に言いますと、魔法都市へ助力を乞いに参りました」


 私の言葉に、シリウス皇帝が小さな声で「ほう?」と言ったのが聞こえた。声色から笑いながら言ったのが分かった。表情を見ていないからそれが嘲笑なのか、ただ単に面白がっているのかはわからないが、すぐに追い返されるわけではなさそうだ。

 一方で、マーキス宰相は歓迎していないのか、ため息を吐いている。

 参戦してほしいと言われているのだからその反応も理解できるが、少々あからさま過ぎないだろうか。


 「私も魔法都市代表様とお会いしたことはありますが、十分なお力をお持ちのようでした。帝国に助力を乞う必要もないのでは?それに我らは同盟でも何でもないのですし、ねえ?」


 「……ギル代表は、王国の未知の術により石化し敗北しました」


 石化したと言った途端、ドンッと上空から押しつぶされそうな威圧がのしかかるのを感じた。

 私だけではなくこの広い謁見の間全体が範囲なのか、兵士の着ている甲冑がガチャリと震え、私の後ろで控えている5人も「うぅ」と呻いていた。

 宰相マーキスも息を呑んでいるのを感じる。

 ギル様の殺意も向けた相手を萎縮させるが、シリウス王が発する威圧は段違いだ。自分がすでに跪いているのを忘れ、急いで跪かなければという気にさせる。

 これが英雄級の王……。玉座に座るシリウス皇帝の存在感か。

 しかし、このまま怖気づくわけにはいかない。私にだってギル様から託された願いがあるのだ。


 「ギル代表の最後の願いは、魔法都市を守れというものでした。これを叶えるため、現在同盟である法国へと助力を乞いましたが、どれほどの戦力を用意してくれるのか、それで王国を追い返すことが出来るのか定かではありません。しかし、帝国のシリウス皇帝のご助力があれば、確実になると判断して参った次第です」


 シリウス皇帝が助けてくれたら安心だと言ったつもりだ。

 なのに、威圧は増す一方。今では触れられていないのに、床へ顔を押し付けられそうな重みを感じる。

 ギル様が石化したと聞いたからだろうか?

 私は言いたいことを全て話した。後は答えを聞くだけだ。

 そう考えていた時、宰相マーキスが何かを話そうと口を開きかけた。が、声を出すことはなかった。

 どうやらシリウス皇帝が止めたようだ。


 「リディアと言ったな。顔をあげよ」


 聞き覚えのある声。シリウス皇帝だ。

 こう言われたが、視線をシリウス皇帝に向けたくない。この威圧を発する王の顔を見るのが怖いのだ。

 でも、そういうわけにはいかない。シリウス王のお顔を見ることを()()()()のだ。

 私は勇気を振り絞って顔を上げ、シリウス皇帝を見た。

 シリウス皇帝は無表情だった。いや、無表情なんて生ぬるい。感情の一切が見えないほどだ。

 私は溜まった唾液を飲み下すが、その音がこの謁見の間に響き渡ったのではないかと思えるほど大きく感じた。


 「王国が魔法都市へ軍を進行させたという報せは届いた。が、(おれ)はそれを聞いても不安はおろか、心配すらしていなかった。なのに、ギルが敗北しただと?話が見えん。一部始終、詳しく話せ」


 ギル様は危なくなったら逃げると常日頃から言っている。それを知っているならば、敗北したと言われても信じられないだろう。

 逃げる選択肢があるギル様に、敗北はないからだ。

 どうしてこういう状況になったかを細かく話す必要がある。助力を乞うならば尚更だ。

 私はお腹に力を入れて、声が震えないように気をつけながら説明した。テッドさんたちにも話した内容だ。

 説明している間、シリウス皇帝は相槌すら打たずに私を射抜くように見ていた。

 冷や汗を浮かせながらようやく話し終えると、シリウス皇帝は「ふん」と鼻で笑う。


 「やってくれるではないか、王国め。宣戦布告の報せがやってきた時には、既に戦を始めていたとはな。奴らが重んじる騎士道など、高尚なものではなかったと言うことか。程度の低さに怒りが込み上げるが、それ以上に腹ただしいことがある。わかるか?リディア」


 なんだろうか?王国の所業は腹ただしく、怒りも込み上げる。だが、シリウス皇帝が言っているのは王国のことではないのだろう。別のことだ。

 私が軽く首を横に振って、分からないことを伝える。


 「それはな、貴様が法国よりも先に、我へ助力を求めなかったことだ」


 法国より早く帝国へ書簡を送ることは、物理的に不可能だ。それだけ法国のみが持つ連絡手段の『伝書竜』が早いからだ。だが、シリウス皇帝が言っているのはそういうことではない。

 帝国に、シリウス皇帝に助けを求めるだけで事は済むと言いたいのだ。要はプライドの問題なのだろう。

 しかし、私たちからすれば、助けは多いほうが良い。他国のプライドに気を配るほどのんびりできる状況ではなかったのもある。だから、わざわざ足を運ぶことで敬意を示したのだが……。

 それにギル様の最後の指示と予想もあった。私たちの都合はともかく、シリウス皇帝の機嫌をこれ以上損ねないためにも、ギル様の指示だけは教えておくべきだろうか。


 「ギル様が最後にそう指示されたので……。それに、シリウス皇帝は助けてくれないだろうと予想もされておりました」


 「ほーう?この我が友を見捨てると?甘く見られたものよな」


 シリウス皇帝がこう言いながら口角を上げるが、好感度が上がる爽やかさはなく、心臓が跳ね上がるような怒りが見え隠れしている。尊厳を傷つけたようで、ピーンと張り詰めた空気が辺りを支配した。

 僅かな沈黙の後、「良いだろう」とシリウス皇帝が続けた。


 「我が自ら、魔法都市へと駆けつけよ――」


 「陛下、なりません!」


 おそらく、魔法都市へ援軍を出す約束をしてくれようとしたのだろう。だが、それを言い切る前に、宰相マーキスに遮られてしまった。

 シリウス皇帝も不快だったのか、宰相マーキスへ睨むように視線を移す。


 「宰相、我の判断を否定する気か?」


 威圧どころか、殺意さえ含まれていそうな眼力に、宰相マーキスも「うっ」と言葉をつまらせる。

 ギル様からは、シリウス皇帝と宰相マーキスは付き合いも長く、仲が良いと聞いていただけに驚いた。このような公の場では、完全に公私を分けているようだ。


 「あ、あくまで陛下と魔法都市代表は個人的な友好関係に過ぎません。だというのに、国や兵士を巻き込むのですか?」


 「軍は戦うためにあり、戦うからには命を賭けるものだ。発端など関係はない。我の命が全てであろう?」


 「かかる費用だって、陛下が遊びに出かけるのとは段違いなのです。それはどうするおつもりですか?」


 「そんなものは王国からいくらでも回収出来る」


 「だとしても、二つ返事で軍を動かすことなど認められません!」


 「認めない、だと?貴様が我をか?」


 今までとは全く別の威圧が、謁見の間全体に広がる。

 のしかかるような威圧ではなく、突き刺すような怒りが含まれた威圧だ。


 「あ、その、いえ……」


 宰相マーキスがはっきりとした物言いが出来なくなった。それでも私は凄いと思ってしまった。

 これほどの威圧を真正面から受けても、後退さったり逃げ出さなかったからだ。もしかしたら付き合いが長いから手出しされないと確信があったのかもしれないが、これはそう簡単なことではない。

 本能が逃げ出せと体を動かしてしまうのだ。

 だが言葉はつまらせてしまったけれど、宰相マーキスは逃げ出さなかった。それは国を想っているからなのだろう。

 それを分かっているのか、ふとシリウス皇帝が発する威圧が緩まった。


 「なるほどな。ギルが言っていたことはあながち間違いではないということか。我が動こうにも、国が動かないと予想してのことか」


 シリウス皇帝は感心したと顎を撫で、そのまま肘掛けに肘を乗せて頬杖をついた。


 「しかし、我が決断したのだ。異論はないな?宰相」


 「そういうわけには……」


 強く否定出来ないのか、宰相マーキスは私へチラチラと視線を送る。

 おそらく、私から引いてほしいのだろう。だが、そういうわけには行かない。魔法都市の命運がかかっているのだ。

 その様子を目ざとく見ていたのか、シリウス皇帝が私と宰相マーキスへ交互に見る。そして、何を理解したのか、「そういうことか」と頷いた。


 「貴様の言いたいことはわかった。リディアの覚悟を疑ったのであろう?我は帝国が魔法都市を確実に助け、そのまま王国を打ち倒す確信があるが、貴様にはそれがない。勝敗に確信がない現状で、損得を考える立場の貴様には決断できるはずもない。魔法都市は現在、王国の進行を壁で塞ぎ止めている。つまり、消耗の殆どは魔力だ。故に貴様は、援軍を出す帝国が損を被るばかりではないかと考えた。それに対して、助力を乞いに来たこやつらは、帝国が魔法都市を救うまで安全な場所で眺めているだけで良い。それは不公平だと言いたいのだろう?」


 途中まではおそらく宰相マーキスの言いたかったことだろう。だが、最後の方には流れが別の方向へ行っている。

 宰相マーキスも小声で「え、違……」と小声で呟いている。私も話の流れに不穏な気配を感じ、何故か汗が吹き出した。

 当然、シリウス皇帝は宰相マーキスの呟きを聞いてもなければ、私の状態を気にすることもなく話を続けた。


 「ならば、確かめようではないか。リディアの覚悟を」


 何となく、何を言い出すのか予想できた私は、自分で顔が青ざめていくのがわかった。それはエルやテッドさんたちも同じで、シリウス皇帝の赦しもなく顔上げてしまったようだ。私に視線を送っているのを背中に感じる。

 シリウス皇帝と長い付き合いである宰相マーキスも当然分かっているのか、ため息を吐きながら項垂れている。

 そして間もなく、私の覚悟を確かめる方法が告げられた。


 「我と刃を交え、その覚悟を示せ」

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