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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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追懐

 人間は思考に集中できない生き物である。

 そんなことはないと考える人もいるだろう。仕事や遊び、読書などを数時間集中し、没頭した経験があると。

 だがそれは、正確には思考に集中しているとは言えない。どんな時でも五感のサポートがあってこその集中力だ。

 目で追う。鼻で香る。触覚で、聴覚で、味覚で集中させている。しかし、それらもまた思考を邪魔する要因でもある。

 映画を見ていたら隣の席のおしゃべりが気になった。ゲームをしていると間違った操作をして苛ついた。小説で読む行を飛ばしてしまい意味がわからなくなる、などだ。

 パッと考えついたものでもこれだけある。五感があっても集中力を維持出来るとは限らないのだ。

 でも、五感がない場合、もっと酷いことになる。

 一つの事を考えていると、突然別の事を考えてしまうのだ。それが重要なことであっても、別のどうでも良い物事を思い浮かべてしまい中断する。「元の思考に戻そう」、そう考えた時点で集中力が途切れてしまったことにもなる。

 何より、文字に起こさないから、ただでさえ取り留めのない事なのに覚えていられない。

 さらに真っ暗闇の中、音はなく、空腹のような体調の変化もなく、眠くもない。そんな中、永遠の時を思考し続けなければならない。

 気が狂わないのが不思議だろう。

 ……また考えている最中に、こんな全く関係ないことを考えてしまったか。

 いつまでこんな事をしなければならないのかと、絶望で思考が途切れることが多くなってきたな。有名な漫画で同じような状況になったキャラクターがいたけれど、そいつは考えるのを止める選択をした。でも、思考を止めることなんて、普通の人間には出来ないだろう。

 本当に羨ましいと思う。

 ………これだけ色々な事を考えているからか、最近では過去を思い出すようになった。異世界に来る前、地球で過ごしていた時のことだ。

 会社勤務時代、フリーター時代、学生時代と徐々に遡って行って、今は子供の頃だ。

 俺は朱瓶夫婦の子として生を受け、桐という名を付けてもらった。両親が年老いてから生まれたこともあって、大事に大事に育てられたと思う。

 俺の両親は既に他界しているが、別に悲しいことじゃない。元々高齢出産で、俺が18歳になる頃に父が他界した。その数年後には母も後を追うように逝った。

 でも、病気でもなく過労でも事故でもない。寿命だった。

 泣くような別れじゃなく、二人は満足そうに息を引き取ったし、俺も笑顔で送った。不満もなく悲しみもない、幸せな家庭だった。

 それに祖父もいた。爺ちゃんは色々な知識を持っていて、もしかしたら両親と同じぐらい会話したかもしれない。

 それに、祖父はとんでもなく強かった。

 祖父は俺の家の隣に住んでいて、武術の道場を開いていた。幼い頃から興味があって、暇を見つけては遊びに行っていたのを覚えている。

 武術とはいっても、剣術や短剣術、投擲術や格闘術など幅広く教えていた。所謂、古武術というやつだ。

 なんでも創業者は元忍で、その後侍へとジョブチェンジしたから、これだけの色々な事を教えられるのだとか。何とも嘘くさい話だ。

 それはともかく、俺は遊びに行っては遠くから見て真似し、成長してからは祖父に教えてもらった。

 子供の頃の俺には模擬刀は非常に重く、それほど好きな鍛錬ではなかった。それでも刃のない刀を初めて振ったときには感動した。貯めたお年玉を握りしめて、刀鍛冶体験に行ったほどだ。

 特に好きだったのは格闘だ。

 殴りかかってきた相手に対して、カウンターで対抗するのが流派の特徴らしく、完璧に決まったカウンターは芸術と思えたぐらいだ。当然俺は、何度も何度も練習して体に覚えさせた。

 もちろん、カウンターだけじゃなく、先に手を出す戦い方もある。ただ、その時は拳ではなく、二本貫手や虎爪といった珍しい手の形を練習させられた。

 当時は意味がわからなかったけど、今はそれが一撃で戦闘不能にするためだと分かる。人間の弱点を突く戦い方だ。

 短剣術や投擲術、それらも殆どが弱点を狙った戦い方だった。短剣術なんて、背後から刺すのが目的だからって音を立てずに忍び寄る練習からさせられた。

 暗殺術っぽいけど、元忍だからあながち間違いではないかもしれない。

 正々堂々、正面から戦うのは剣術だけで、『真月流』なんて大層な名前もあった。

 剣術は苦手だったけど、奥義を教えてもらえるぐらいまでは頑張った。

 奥義なんて響きがカッコいいから、マスターしようと何ヶ月も練習したな。でもある日、会得は無理だと悟り、すっぱり練習するのはやめた。アレは練習したら出来るようになる類じゃない。

 それに、地球にいた頃にはどれも使う機会など訪れなかったからな。喧嘩すら巻き込まれたことがない。だから諦めるのは簡単だった。

 ああ、そう言えば爺ちゃんが亡くなったのはそのぐらいだったか。父の弟、叔父さんが引き継いで、俺もその時に習うのを辞めたんだった。

 でも、習っていて良かったと思った。特に異世界に来てからは。

 剣が現役の異世界で、対等に渡り合えるのは爺ちゃんのおかげと言っていい。まあ、魔法の方が使っているけど……。ごめんね、爺ちゃん。

 魔法と格闘術の融合が出来たら良いんだけど……。いや、考えても無意味か。俺の体はもう石になってしまったのだから……。

 ………。

 この何もない世界に、あとどれくらい居なければならないのだろうか。

 ここから開放された時、俺は天国と呼ばれている場所へ行くことができるのだろうか?そこには、両親や爺ちゃんが待っていてくれるのか?

 ……何を言っているんだか。俺が行くところは天国じゃない。それに、これからどうなろうと俺に後悔はない。

 爺ちゃんから教わった技は仲間に伝えた。リディアに剣術を指南し、シギルには鍛冶を手伝っている時に教えた。エルやエリー、ティリフスだって様々な知識を聞かせた。

 残せた物は十分にある。

 ただ、気がかりは奥底でふつふつと湧き出る怒り。石化して一度は鳴りを潜めたが、また吹き出し始めた。

 俺がこんな目にあっているのは、王国のせいだと……。

 楽しいことや面白かったことを考えて、ネガティブな思考をしないようにしなければ、いずれは限界に達してしまう。

 それでどうなるかもわからないし、動けないからどうもならないかもしれない。それでも抑えなければいけないような気がする。

 仲間たちとした会話でも思い出すとしよう。


 ――――――――――――――――――――――――


 【リディア】


 8日間を費やし、シリウス皇帝の居城がある帝都まで辿り着いた。おそらく、ギル様が飛空艇を運転するより早く到着できたと思う。けれどそれは、交代し続けて飛空艇を止めることなく進めたからだ。

 そのおかげで、全員が魔力を完全に回復出来ていない。ギル様が規格外だと再認識した航行だった。

 それと地上に降りる時、箱の中でもう一騒動起きたけど、それは別に良いでしょう。


 「ここが……、ゲホッ、帝都だ」


 ゲッソリとしたテッドさんが、叫びすぎてかすれた声で話す。


 「一度体験したのに怖がりすぎよ、テッド」


 「仕方ないだろ!ゲホッゲホッ、怖いもんは怖い……」


 テッドさん以外は慣れたらしく、叫んだりはしなかった。もしかしたらギル様と同じく、テッドさんは『高所恐怖症』という病かもしれない。


 「石づくりの、家、です?」


 8日間も一緒に行動したからかエルもテッドさんたちに慣れ、帝都に建つ家を指しながらエミリーさんに聞いていた。


 「どうなんでしょう?クルスちゃんは知ってます?」


 「いえ、でも、石とは色が違うみたいですね」


 三人が「うーん」と首を傾げていて可愛らしい。

 エルもギル様復活の可能性と、時間が経ったことでいつもの調子が戻り始めている。


 「あれは砂岩よ」


 そんな三人にエレナさんが近づいていき、建築物の材質を教えた。だが、知っていたのはクルスさんだけらしく、エルとエミリーさんは同時に逆側へ首を傾けた。


 「「さがん?」」


 「ええ。空の上から見てたから分かったとは思うけど、帝国は荒れた地が多いでしょう?」


 私も上空から見ていた。帝国の領地へ入ると、すぐに緑はなくなって砂漠や岩石地帯が目立つようになった。

 それでも所々に街があるというのだから、帝国の人々は逞しいと思う。

 よく地上を眺めていた二人も気がついていたのか、コクリと頷いた。


 「砂岩は砂が長い時間を掛けて固まった岩のことを言うのよ。帝国の建造物の殆どは、その砂岩を切り出して利用しているの」


 「そうだな。それに帝国は、王国や自由都市と比べて背の高い建物は少ないが、その代わり地下に広げていく文化になった。日中と夜の気温差が激しいからな」


 なるほど、法国とは逆の発想だったのか。あちらは限られた土地で多くの住民を住まわせる為に、上へ上へと伸ばしていったと、クレストさんとルカさんから聞いた。

 帝国の場合、土地は広いから一人一人が広々と住めるように、そして外気温に影響されないように下へと広げていく文化ということか。

 ギル様が聞いたらさぞ喜ばれたことでしょう。復活なさったら話して、また皆で来たいな。


 「それに、大陸でもっとも攻めにくい国であると言われているわね」


 「攻めにくい国、ですか?」


 気になったからつい聞いてしまった。他国の者がここで反応したら、攻めるために計画を立てていると思われそうだ。

 でも、エレナさんは気にした様子もなく、微笑んでから教えてくれた。


 「帝都周辺を空から見て分かっているとは思うけど、地形が複雑なのよ。自由都市側には深い渓谷と高い山脈、王国側には行軍が難しい砂漠が広がっていて、回り込んで攻めようとしても、背後には海と登ることが非常に困難な断崖絶壁。行軍途中で死者が多く出るわ」


 確かに、自由都市と王国の間には雲を貫く高さの山と、底が全く見えない深さの峡谷がある。さらに山は王国との国境まで続いていて、峡谷も一日以上歩かないと迂回出来ない。迂回して王国側から攻めようとしても、今度は広大な砂漠がある。交戦する頃には疲れ切っているだろう。

 そして、その後に待っているのは、文字通り一騎当千の皇帝シリウス。被害を予想するだけでも頭が痛くなるはずだ。


 「攻めて万が一勝てたとして、旨味はあるのですか?」


 「おいおい、リディアの嬢ちゃん。攻める気か?」


 「いえ、ギル様のご友人の国にそんな事をするつもりは一切ありません。ですが、あのシリウス皇帝に挑んでなお、釣り合いの取れる利益はあるのか気になったので」


 「んー、まあ、あるにはある。勝てたらだけどな。帝国には金山が多いんだ。他国とそれほど交流がなくともやっていけるのは、大量に金貨をばらまけるからだ」


 ああ、だからシリウス皇帝は、魔人種に金の延べ棒を世話料として払っていたのか。ギル様が「帝国は金持ちの国だな。うちとは大違いだ」と項垂れながら出費関係の書類を片付けていたのを覚えている。

 犠牲者は多く出るけど、利益も出るということですか。それでも攻めたいとは思えないけど……。


 「だけど、魔法都市にはどんな地形も関係なさそうね」


 エレナさんがそう言いながら空を指差す。飛空艇で攻め込まれたら、地形など意味をなさないと言いたいようだ。

 一隻作るだけでもギル様は資金難に頭を抱えていたぐらいだから、軍を運ぶほどの船を用意するのは厳しそう。

 こんな事情を皆に話すわけにはいかないけど。


 「そうですね。……でも、帝国も攻めるのは難しいですよね?」


 私は振り返って、今入ってきた街の外を見る。そこにはどこまでも続く砂漠の景色。

 帝国だって攻める際には、この砂漠を通り抜けなければならない。この地に住んでいるとは言っても、疲労は同じだ。


 「そんなことはない。帝国には砂船があるからな。お、ちょうど見えるぞ」


 テッドさんが指差したのは、やっぱり今通ってきた壁門の向こう側。遠くから帆を張っていない船がすーっと近づいてきているのが見える。

 あれが砂船?普通の船とは形が全く違う。底がソリのように平らだ。


 「面白い形の船ですね。風を受ける帆もないのに、どうやって動かしているのでしょう?」


 「魔物さ。サンド・デスワームって種類のな。餌付けして命令を聞くようにするらしいが、何を餌にするのかは機密らしくて、俺も知らねーな」


 「デスワームですか。危険そうな名前ですね」


 「まあ、年に何回かは調教に失敗したデスワームに襲われるって聞いたことはあるが、国で管理しているやつは安全だ。そんな失敗をするのは国から許可が出ていない奴らだけだからな。ああ、ちなみにデスワームを見るのは止めたほうが良い。男女ともに不評だ。なんせ、ワームだしな」


 テッドさんは砂船について色々教えてくれた。

 デスワームは自分で体温調節が出来ないらしく、砂の熱い部分と冷えている部分の境で生息するらしく、それが船を運ぶのに丁度良いらしい。

 砂漠は砂地がずっと広がっているわけではなく砂丘も多く存在していて、以外にも上り下りすることが多い。

 それでもデスワームは丁度いい温度の部分を進むから、船は砂丘を滑るように進行可能だとか。

 確かにこれは帝国だけの技術で、他国には真似出来ない。帝国から攻める分には、砂漠を延々と歩いて行軍しなくて済みそう。

 国民としても、街を行き来するのが楽だろう。


 「帝国はしっかりと国民の事も考えているのですね。意外と住みやすそうですし」


 周りを見てみると、歩きやすいように石畳で舗装され、道の端には用水路があって街全体に張り巡らせている。井戸も存在しているが、殆どの住民は用水路から水を引き上げて手に入れる仕組みのようだ。

 この仕組みならば、魔法都市からトイレを買いたいと思うだろう。汚水を用水路に捨ててしまう事もなくなるだろうし。


 「ここ最近だけどな。シリウス様が皇帝になってからガラッと変化したんだ」


 やはり、あの方の考えですか。シリウス皇帝が王座に着いてから、反乱の兆しがないというのは本当のことのようだ。たしかにこれだけ民のことを考えているなら頷ける。


 「でも、私が帝都に来た頃より、景色が全く違うわね」


 エレナさんが町並みを見渡しながらこんな事を呟いた。


 「そうだな。所々に地面から突き出ている石の柱はなかった」


 石の柱は四角柱で、私の腰ぐらいの高さしかない。天辺は東屋のように四本の柱があって、それに屋根を乗せたようなものだ。柱の太さは両手で包むことが出来るぐらしかない。それが均等に設置されている。

 ただ、東屋のような部分に見覚えのあるものが固定されていた。


 「プールストーンですね。もしかしたら、これは街灯ではないでしょうか?」


 「あー、なるほど。魔法都市にあった道を照らす魔道具か」


 「へぇ、こんな物を設置したのね。夜道は真っ暗になるから、便利になったわね」


 三人で「良いですね」と唸っていると、エルが進む先を指差した。


 「ちょっと先に、すごくいっぱい水がある、です」


 「ああ、そりゃあ、この帝都の中心部だ。オアシスに出来た街だからな。エルの嬢ちゃんが見ているのはそのオアシスだ」


 そう説明されながら歩いていると、私の視力でも見えてくる。

 オアシスは一見海かと勘違いするほど、途轍もない規模だった。オーセブルクダンジョンの11階層にある湖より広いかもしれない。

 どうやら、このオアシスから用水路を引いているようだ。

 オアシスが中心部と言うだけあって、周囲は店が立ち並び、帝国民の全てが集まっているのではと思えるほど、大勢が行き交っていた。

 所々に建物がない広場があり、そこには露天商が集まっていて、商品を地べたに並べ大声を上げて客を呼んでいる。

 食べ物を売っている店もあるが、暑い気候だからか飲み物を売る店の方が多いみたいだ。人気の飲み物屋では、魔法都市からプールストーンを買ったのか、料金を高くして氷を飲み物に入れるサービスをしていた。

 その飲み物は果実を絞ったものから、香りの少ないお茶まで多くの種類があった。当然、エールやワインもあるが、それらはガラスの瓶に入れ、それを瓶ごと氷で冷やして味を変化させずに提供するやり方だった。

 エレナさんが言うには、昔はぬるい飲み物をそのまま出していたようで、こんな所にも魔法都市の影響が出ているらしい。

 そして、何より目立つのはオアシスの向こう側。対岸の更に奥へ進んだ場所だ。

 巨大な建造物がそこにはあった。

 まるで神殿のような見た目だが、王国でよく見られる尖塔は少なく、突き出た屋根は丸みがある。

 その屋根は金箔を貼り付けてあるのか、それともそのまま金を使っているのか、とにかく強い日差しで輝いていた。

 それなのに芸術かと思えるような気品がある。

 今まで見てきた建物とは違い壁が真っ白で、それが波のないオアシスに映し出され幻想的でさえあった。

 ただ、その建造物の入り口と思われる場所には、重装備の兵士が数人立っていた。


 「いつ見ても美しい建物ね」


 エレナさんがホッと息を漏らす。


 「あれが?」


 これは「あれが美しいですか?」という意味ではない。あれが私たちの目的地かどうかを訪ねたのだ。

 エレナさんが深く頷く。


 「そう、あれこそがシリウス皇帝の居城。シリウス城よ」

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