リッチ
リッチは高位アンデッドである。
元々は王か、強力な魔法使いの成れの果てだ。肉体は骨とミイラの中間だが霊体でもあるために物理攻撃は効かないと言われている。リッチは強大な魔力を有しており、使う魔法は上位魔法だ。
俺が昔遊んだゲームでは、銀武器が特攻だったけど実際は物理無効なんだよな。それに実はこの世界の魔法は、下位魔法と上位魔法の魔法陣構築時間はほぼ同じ。魔法使い同士の戦いなら上位魔法が使える者が有利だ。
つまりは俺が不利なわけだ。魔法の発動時間が皆無以外はな。
俺は無数の魔法陣を背後に展開した。
「連続魔法『ファイアランス』」
火の槍がリッチへと飛んで行く。リッチは魔法陣を構築していない。これは勝ったかな?
だが、リッチは杖を床に叩くとその場所に魔法陣が構築された。そして土の壁が現れ、火の槍を防いでしまった。
火の槍を防いだ土の壁は床に崩れ落ちる。リッチは土の壁に守られていた間に次の魔法を構築していた。杖で魔法陣を描き、声は聞こえないがブツブツと何かを言っている。いや、聞こえないのではない。何を言っているか理解できないのだ。死者の言葉だから。
リッチの魔法陣が出来上がっているのを見ると俺は舌打ちしつつ回避行動を取る。魔法陣をもう一度背後に構築しながら、回り込むように走り出す。
俺が走り出すと同時に、先程入り口で使われた鉄砲水の魔法が、俺が居た場所に直撃した。そして、それだけでは終わらず、俺を追いかけるように薙ぎ払ってきたのだ。
俺は回り込みながらリッチに近づいていくのをやめ、薙ぎ払ってくる水に向かって方向転換し走る。そしてぶつかる寸前にスライディングして避けた。更に避けたと同時に『連続魔法ファイアランス』をリッチに向かって放った。
だが、リッチはまたもや杖を床に叩き、土の壁で防御した。
「なんだ?何かのマジックアイテムか?自分だけずるいじゃあないか!」
自分のチート魔法を棚に上げながら叫ぶと、リッチに向かって走り出した。
だが、またリッチは水魔法の魔法陣を構築し終わっていて、俺に鉄砲水を放つ。
俺は自分の足元に魔法陣を構築した。その場所から土の壁が何枚も飛び出し、鉄砲水を防ぐ。
「土の魔法もできるんだよ!」
そして次は『連続魔法ファイアランス』をするために魔法陣構築をしようとした。
だが、違和感に気付いた。リッチから感じる魔力が更に大きくなっていたからだ。上位魔法を発動しようとしているのだろうが、鉄砲水はまだ継続されている。
「何をしようとしてるんだ?」
土の壁でリッチの姿が見えないから、状況がつかめない。だから、少し立ち止まってしまった。
気付いた時には遅かった。床に魔法陣がふたつ、俺を挟むように構築されていたのだ。
その魔法陣から巨大な竜巻が現れ、俺を左右から潰すように挟んでいく。
「っくっそがぁあああ!」
すぐさま自分に向け風魔法を放ちながら、バックステップをする。強風に押してもらいながら後ろに飛んで距離を稼いだのだ。なんとか直撃は避けた。
しかし、左腕から血が流れ落ち、床を血で濡らす。
それを見たリッチがなんとも言えない音を発している。嗤っているのだ。
俺は自分の腕を流れる血を見つめている。
「っは。これがこの世界での痛みか。地球と変わんねーな?」
状況は劣勢。相手のほうが経験も魔力も上。なのに、どうしてだ?
笑いが止まらない。
初めて傷を負った。左腕が痺れて動かない。傷は深くないが血が止まらない。かなりまずい状況だ。
でも、おかしくて仕方がない。
顔を触ってみる。口の端を上げていて、悪そうな笑みを浮かべていた。
俺は戦闘狂だったのか?強い相手と戦えて嬉しい!みたいな。
色々考えていたが、どうでもよくなった。あいつの残り少ない肉を全てミンチにして、ただのスケルトンにし、骨さえも砕き、その骨粉を肥料にしてやる。さぞかし綺麗な花が咲くだろうよ。たまらねぇ。笑いがこらえきれない。
俺は走り出す。
一直線にリッチへと向かう。リッチは次の魔法陣を完成させていた。
「はっはっ!知ってるよ!そんなこたぁ!」
走りながら目の前に水の壁を俺の斜め後ろに流れるように出す。同時にリッチから鉄砲水が放たれるが、俺の壁に流されていく。まるで俺を避けるかのように曲がったのだ。
俺はそのままリッチに近づいた。もう目の前だ。手に魔法陣を展開するとそこから石の剣が出来上がりそれを掴むと更にもう一つ魔法陣を構築した。
石の剣が炎に包まれ、その剣をリッチに叩きつける。
リッチは肩に燃える石の剣を受け片腕が落ちる。だが石の剣も砕けてしまった。
別に構わない。俺は魔力を足に込め、リッチの上半身に向かって回し蹴りをする。
リッチは吹っ飛んで壁にぶつかり倒れ込んだ。カタカタと音を鳴らしと立ち上がろうとするがさせるわけがない。
俺はリッチに馬乗りになり、右手に2つ魔法陣を構築した。拳を包むように石が覆い、そして燃え上がった。
その燃える石の拳でリッチの顔面を殴り続けた。
殴っている間ずっと笑っていたと思う。
どれだけの長い時間殴っていたのか分からない。そして、ふと我に返った。
リッチを見てみると、顔が粉々に砕け、動く気配がない。
いつの間にかリッチはその活動を停止していたのだ。
「あれ?終わった?あー、疲れた」
完全に停止しているのを確認し、馬乗り状態から降りて、地べたに座った。
魔力の使いすぎだろう。疲労感が半端ない。
リッチとの戦いが終わると、入り口から慌ただしい足音が聞こえた。
エルとリディアが建物に入ってきたみたいだ。
「ギルおにいちゃん!」
「ギルさま!」
二人が心配して来てくれたみたいだ。外の敵を殲滅したのだろう。
「二人共お疲れ様。こっちも終わったよ」
二人は俺の無事な姿を見てほっとするが、左腕の傷を見ると駆け寄ってきた。
エルは俺に抱きつくと顔を胸に押し付けグリグリしている。こんな表現だけど心配してるんだろう。そして、色々柔らかくて嬉しい。エルも無事で良かった。
そしてリディアは、俺の腕を止血してくれた。だから、頭を撫でてお礼を言った。
「二人共ありがとう。んで、お疲れ様。よくがんばったね」
俺は微笑んで二人にそう言った。
二人は一瞬呆けてから、顔を真赤にしている。照れてるのだろうか?
しばらくすると二人は落ち着き、ようやく今回の話をすることが出来た。
「で、新武器はどうだった?」
そう言うと二人は興奮したように感想を言ってくれた。
「エルのは、すごかった!です!何本も矢、当たっても倒れなかった魔物が、一発だった!です!」
エルは両手を上下に振り、体中で凄さを表現していた。
作るのに苦労したからなぁ、ショットガン。特にシギルが。
中身の機構もそうだし、形の良い鉄パイプを作るのに四苦八苦してたもんなぁ。
でも、強力な近接武器が作れてよかった。エルも喜んでくれてるしね。
「ギルさま。私は魔法を使うことが出来ました。本当に本当に感謝しています。改めて、素晴らしい武器を作っていただきありがとうございます」
リディアに作った刀『劫火焦熱』は、ほとんど俺が作っている。効果も色々と考えて魔法陣を描いたのだ。魔法を使えないと諦めかけていたリディアには、必要な武器となるはずだ。
だが、ひとつリディアに聞かなくてはならないことがある。
「リディア。その魔法剣があれば、魔法を使えると言っていいだろう。リディアの目的は達した。俺から魔法を教えてもらうという目的がな。これからどうするんだ?」
俺とエルのパーティを離れて行くのか?俺はそう聞いている。
リディアは寂しそうにしながら答えた。
「そんな悲しいこと言わないで下さい。着いてこいと言って下さい。一生、お側におります」
凄い嬉しいこと言われた。俺の答えは決まっている。
「着いてこい」
俺がそう言うとリディアは笑顔になり「はい」と答えてくれた。
「エルも、エルもずっと、です!」
エルも言ってくれたから頭を撫でてやった。気持ちよさそうに目を細めてニコニコしている。可愛いなぁ。癒やされるなぁ。
ずっとこの癒やし空間で和んでいたいが、そうも言っていられない。
ここを探索し、早々に戻らないと夜になってしまう。
俺達は手分けして、建物内の価値ある物を集めていた。
何だか墓荒らしっぽくて気が進まないが、気分で腹が膨れるわけではないので換金できる物を探しているというわけだ。
殆どは、建物と同じで古すぎて役に立たなくなっていたが、中には希少な物もあった。
まずは、リッチの装備品のマジックアイテムの杖。身につけていた宝石類。建物内からは、錬金術の本や魔石が手に入った。残念ながら薬品類は年月が経ちすぎて、効果はなくなっていたようだ。
リッチという高位アンデッドを倒したのだから、体の一部を持って帰ればゴブリンのように報酬が手に入るのではと思い、リディアに確認してみた。だが、死者の体の一部を持って帰るなんていうのは冒涜的だし、冒険者ギルドとしても報酬を設定すらしていないそうだ。それも含め、アンデッドの討伐自体人気がない。ただ今回のように、倒した敵が身につけている物によっては、良い稼ぎになるそうだ。
そして、たくさんの本の中に日記があった。多分だが、リッチの元になった人間の物だろう。軽く読んでみて分かったが、悲惨な最後だったと思う。
リッチ、いや、彼の名前はルドルフと言うらしい。
彼は王族でそれなりの名声と実力を兼ね備えていた人物であった。そのまま順調であったならば、王となっていただろう。もちろんこんな場所でリッチとなっているのだから順調ではなかったのだが。
魔法も剣術を国の中で右に出るものはなく、英雄として民から信頼を得ていた。
ここまで言えば分かると思うが、民から信頼を得ている人物というのは、他の王族や貴族に疎まれているのが世の常だ。
ある日、王から盗賊の討伐を依頼された。この依頼もルドルフに嫉妬していた他の王族や貴族の罠だったのだが、当時の王の考えが足りないばかりに次期後継者と考えていたルドルフをこの場所へ自ら送ってしまったようだ。
確かにこの場所は盗賊の根城だった。ルドルフと彼が率いて来た騎士団は、盗賊を討伐するためにここで戦闘を開始。だが、錬金術師や魔法使いが盗賊の中にいて苦戦を強いられていた。
騎士団はこの戦闘でかなり死傷者が出たらしい。情報ではただの盗賊と聞いていたからだ。そして、ルドルフという英雄的存在も騎士団の油断につながっていたのだろう。
だが結果的にはその英雄の力でここを根城にしていた盗賊達は全滅させられた。
ルドルフと騎士団は疲弊していた。そこへ森の中からこの建物を囲むように騎士達が現れたのだ。自分の部下ではない。自分たちに殺意のある騎士達だ。
その騎士達は同じ国の象徴である紋章を盾につけていた。それを見た瞬間に罠だったと察したようだ。
それからはただの殺戮だったそうだ。ルドルフのもっとも信頼していた騎士達がひとり、またひとりと力尽きていく。ルドルフ自身もこの戦闘で重症を負ってしまい満足に戦えなくなっていた。
そしてもう残り少なくなってきた部下達と共にこの建物に籠城することになる。
この日記はその時に書かれた物だ。
それからは、ルドルフの国で王族しか知らないとされる禁術を使い、敵を倒す決断をした。それが自分をリッチという魔物に存在を変える魔法だとは知らずに。
ここから先の日記は白紙だった。ここでリッチになってしまったのだろう。だが、想像は出来る。部下達を自分の手で殺したか、敵に殺されたかはわからないが、アンデッドととして蘇らせ敵を倒した。それ以来ずっとここにいて、迷い込んだ冒険者が近づけば殺していた。
だが、謎は残る。アンデッドとして復活する魔法なんてないはずだ。魔法は基本的に6属性の顕現がメインだからだ。俺は魔法を使った錬金術だと予想している。そして、錬金術ということは何か薬品を使ったということだ。そんな薬品をルドルフは持ち歩くだろうか?この場所にも薬品は数多くあるが、そこにあったのか?それも考えにくいだろう。
そして最後に、どうして最近になってアンデッドが増え、平原や森に出没していたかも理由はわからなかった。
俺は変なことに巻き込まれてしまった可能性がある。
だが、ここで日記を読み返し、考えていても仕方がないだろう。この世界の問題はこの世界のお偉方に解決してもらおう。
ちなみにこの日記の国とはどこなのか、リディアに聞いてみたら今はシリウス帝国だという話だ。やっぱりこういう問題が起きるのは帝国かぁ。近づきたくないものだ。
手に入れた物を俺のマジックバッグにしまうと、急ぐようにこの建物を後にした。
こうして俺達は建物の探索を終え、無事に街に戻ることが出来たのだった。