新たな法国の英雄
【ギル】
――つまり光属性は色々な性質に変化可能ってことかな?エリーのアンデッド浄化がそれを証明しているし、間違いではないと思う。だとすると、闇属性も別の性質に変化可能なのか?
うーん、やっぱり考えるだけでは限界があるな。実際に試すことが出来ないのは歯がゆい。
新魔法を作るのもこれが限界か。色々思いつきはしたけど、魔法を使うことが出来ないから未完成のままだ。
まあ、仕方ないか。……さて、どれくらいの時が経ったのだろう?数日?1年?10年?これだけ色んな事を考え続けて、数時間ってことはないだろうけど……、もしそうだったら……。
いや、考えることはまだまだある。不安になっている場合じゃない。
そういえば、法国には連絡出来たのだろうか?
聖王の少女ルカと、大司祭のクレストは元気にしているだろうか?
始めは王子だと思っていたルカだったが実際は王女で、性別を偽っていたのは前聖王に始末されるかもと怯えていたからだったな。
俺が討伐依頼で向かった陥没穴についてきて、色々と面倒事に巻き込まれた。
前聖王と戦うことになったり、女神(笑)を誘拐したりして、その結果、ルカを聖王にすることが出来たんだっけ。
それに、その陥没穴へ俺の監視役として同行した執行者クレストも、棚ぼたで大司祭へと昇格した。
そのおかげと言って良いのかはわからないが、魔法都市は国と認められただけではなく、法国と同盟を組んで後ろ盾を得ることができた。
あれからそれなりの時間が経ったが、あいつらはどんな国を作っているのだろうか?ルカから手紙は届くが、直接見ていないから想像するしかない。実際に見てみたかったな。
…………。
ああ、法国と言えばあいつもか。最後はオーセブルクで別れたっけ。
あいつには大事なことを聞くの忘れてた。
下半身だけ裸になって寝るのはどうし……、大事ではなかったわ。どうせ、洋画とかみてスッポンポンで寝るのがカッコいいとかで、試してみたら冷えてお腹壊したから上だけ着るようになったとかだろ。
普段、下半身を丸出しにしない限り、寝る時ぐらいは問題ないはず。逮捕とかされてないだろう、たぶん。
身体も感覚もなく、真っ暗闇で考えることしか出来ないと、あんなのでも近くに居たらマシだと思えてきたな。
元気にしているだろうか?あのバカは。
――――――――――――――――――――――――
オーセブルクで羽ばたいた小さき竜は、それほど時間を要せず法国の聖なる城へと降りた。首には鎖が巻かれ、筒状の物をぶら下げている。
それはリディアからルカに宛てた書簡だった。
聖王の書斎では、机に向かってガリガリと羊皮紙に何かを書いているルカと、大司祭となったクレストが忙しくしていた。
「聖王様、次はこの書類にサインをお願いします」
クレストが丁寧に追加の書類を机に置くと、それをチラリと見たルカがため息を吐く。
「クレスト……、前聖王がこんなに忙しくしていた姿を、余は見たことがないぞ」
「そうでしょうね。ホーライは紛うことなき悪でしたが、仕事は出来たということでしょう」
「……それは自分がホーライより無能だと言っているのか?」
ルカなりの嫌味ではあったが、クレストは気にした様子もなくペラペラと書類をめくっていく。
「聖王のサインを勝手に書くことが有能ということであれば、ふむ、私は無能なのでしょうな」
「はぁ、悪かった」
書類へ王の名で勝手に署名することは大罪である。そんなことをさせてまで楽になりたいのかと諌められ、たしかに責任感のない考えだったとルカは反省し謝罪する。
ルカの素直さに、クレストは小さく微笑むと「構いません」言いながら、首を横に振る。
「これまで聖王様は戦力を増強し、前聖王の悪事に加担していた者たちを罰し、さらにそれらの役職を入れ替えて国を立て直してきました。それをしている間に政務は滞ってしまいましたが、それもようやく終りが見えてきました。これも聖王様が毎日ように書斎に籠もって書類仕事に励んだ成果ですから、不満発散の八つ当たりぐらいは、私が喜んで受けます」
クレストが持っている書類の束に視線を移し「これが処理できれば楽になるはずです。もうしばらくの辛抱ですよ」と言いながら、トンと手で叩く。
「なら良いのだがな」
ルカがもう一度ため息を吐くと机へ視線を向け、またしばらく書類をめくる音と、サインを書く音だけになる。
無言の書類仕事を再開してから半刻が経った頃、扉がコンコンとノックされた。二人が扉へ視線を向けると同時に、「ディーナです」と扉の向こうから声が聞こえた。
「聖騎士長か。入れ」
ルカが入室許可を出すと、ディーナが扉を開け一礼してから入室した。ディーナはミスリル製の鎧と赤いマントという姿だった。
ディーナもまた、騎士長という役職から聖騎士長へと昇格していた。聖騎士長は、他国では近衛騎士とほぼ同じ役割で、ディーナはその隊長だ。
「ディーナ、何か問題か?」
クレストは再び書類へと視線を戻しながらディーナから要件を聞く。
「はい、これを」
ディーナがクレストの視界に入るように書簡を出す。たとえ聖騎士長であっても、聖王であるルカへ直接手渡すことは出来ない。一度、大司祭であるクレストが読み、安全を確認してからルカに渡す決まりなのだ。
だからか、クレストは面倒そうに顔を顰めて受け取る。そして書簡を開き、流し読みすると眉根を寄せる。
「聖王様、魔法都市からです」
「なに?」
差出人を聞くと、ルカは奪うように書簡を取り、急いで内容を読んだ。
読み進めていくうちに、ルカの顔色はみるみる青ざめていった。
「あのギルが石化?クレスト、これは……」
「王国による攻撃です」
「何を冷静にしているのだ!すぐに全軍で向かうぞ!それと王国内にいる信徒にも知らせろ!王国の内側から崩す!」
ルカは机に羽ペンを叩きつけると、勢いよく席を立つ。命を下すために、玉座へと向かおうとしているのだ。
だが、クレストはそれを止める。
「お待ち下さい、聖王様」
「何故、止める!」
「他国内の信徒を蜂起させるのは、法国の切り札です。それに、それをした場合、他国にいる信徒たちは犠牲になってしまいます。全軍もお止めください」
「ギルのおかげで、余は命を救われたのだぞ?!それに、クレストもギルのおかげで大司祭になったことを忘れたのか!」
「忘れていません。ですが、全軍で向かうわけには行きません。ここを守るのに兵が必要ですから」
「ならばどうすると言うのだ!」
ルカがドンと机を叩く。
クレストは顎に手をやり、しばらく考えると「気は進みませんが……」と言って息を吐く。
「英雄を向かわせましょう」
クレストがこう言うと、ルカは先程の焦りはどこに行ったのか、一瞬で不安そうな表情へと変化した。
「……正気か?」
「こういう時の英雄でしょう。奴なら死にそうにないですし」
「そ、そうか。だが、兵はどうするのだ。さすがに単独は残酷だぞ」
「個人的には一人で向かわせたいですが、わかりました。防衛に必要な兵数を計算し、余った分を奴につけましょう」
ルカが「酷い言い草だが、良いだろう」と言うと、机の引き出しから『命令書』の紙を出し書き込んでいく。
書き終わると、『命令書』をディーナに渡した。
「ディーナ、英雄へこれを渡してくれるか?」
「はっ、近くに彼の部下がいますので、急いで渡してきます」
「頼む」
ディーナは丁寧に礼をしてから駆け出した。
勢いよく閉まった扉を眺めながら、ルカは「大丈夫だろうか」と呟いたのだった。
――――――――――――――――――――――――
男が深呼吸をし、目の前にある扉をじっと見つめている。オールバックにした茶色い髪が乱れていないかを確かめるため、右手で軽く掻き上げるとまた深呼吸して扉を見つめる。
かれこれ5分近く同じことを繰り返していて、周囲からそろそろ変人扱いされそうになっているが、彼はこれでも英雄の部下である。
彼がこんなことをしているのは、緊張しているからだった。
英雄とは国が認めた重要人物であり、戦時では全ての兵を鼓舞する存在でもある。その部下に選ばれるのは光栄なことで、誰もが羨む役職だ。
彼が緊張しているのはそんな重要人物に聖王の命を伝える役を任されたから、ではない。
法国の新しい英雄が、破天荒で自由奔放だからだ。英雄を抑えるのが彼の役目ならば、緊張もするだろう。
勇気を振り絞って扉をノックしようと一歩前に出る。
すると、扉の向こうから何かが聞こえてきた事に、彼は眉根を寄せる。
チャプチャプという水音だ。
法国の聖城は他国の城とは違うところがある。それは自室で顔を洗ったり、桶に水を用意し身体を拭くことなどしない事だ。聖王以外の聖職者は全員が共同の洗面所を使い、身体を清めるための大浴場を使用する。それは英雄も同じだ。
室内では水差しからコップへ水を移す以外に、水音が聞こえることなどないのだ。
だが、現実に英雄の部屋からは水音がずっと聞こえてきている。彼が訝しげな表情をしてしまうのは当然のことだった。
もしかしたら何か事件かもしれない、そう彼が考えてしまうのも仕方がない。
彼は「隊長!失礼します!」と一言告げてから、勢いよく扉を開いた。
そこには目を疑う光景があった。
黒髪の若い男が下半身だけ裸になり、湯気が立っている盥にお尻を突っ込んでいる姿があったのだ。
「……アーサー隊長、何していらっしゃるのですか?」
黒髪の若い男とは、ギルと同じく異世界から召喚されたアーサーだった。
アーサーは法国へと連れ戻されていたのだ。
「ドハラーガ君か。見てわからないかぃ?ケツ湯をしているんだけど……」
真面目な顔で言いながら、チャプチャプチャプとお尻辺りの湯を手で混ぜている。
アーサーの部下であるドハラーガは、目頭を押さえ眉間に深いシワを刻む。
「……浴場でなされば良いのでは?」
「浴場に行くまで、何時間迷子になると思っているんだぃ?」
聖城は、城内で働く者でも迷いやすい構造になっていて、最近城で生活するようになったアーサーが迷子になるのも仕方のないことだった。
「でしたら、私を呼んで頂ければお連れします」
「君の部屋に行くのも命がけなんだよ?」
「迷子になったんですね……。だから、いつも人づてに隊長が探していると聞かされ、見つけた時には死にそうな顔をしていたんですか」
ドハラーガはそう言いながら、眉間に付いた深いシワを解すように中指で撫でる。アーサーの部下になってから日常となった癖だ。
「こんな事ばかりしているから、司祭共に新しい英雄は滑稽だと陰口を叩かれるんですよ」
「ほ、ほ、包茎ちゃうわぃ!」
アーサーが慌てて近くにあったタオルで股間を隠し立ち上がる。
「滑稽です。はあ、とにかく、もう少ししっかりしてもらわないと困ります」
「別に好きで英雄になったわけじゃないんだけど……。帰ってきた時にたまたま開催されていた大会に出場しただけじゃないか」
「英雄を選ぶための武闘大会ですよ!それに出場ではなく乱入でした」
法国の英雄は武闘大会、正確には剣術大会で優勝した者に決まる。
オーセブルクから法国へと連行されたアーサーが、英雄選びの剣術大会だと知らずに「ワクワクすっぞ」と言いながら乱入し、出場者全員を拳で戦闘不能にしたのだ。
聖王ルカもやり直しを考えた。しかし、剣術大会に素手で戦って全員を打ち倒してしまうという前代未聞の出来事に、かつてないほどの盛り上がりを見せてしまい、泣く泣くアーサーを英雄にする決定をしたのだ。
ちなみに、ドハラーガがアーサーの部下に付けられたのは、その剣術大会でアーサーが唯一苦戦したのがドハラーガだったからだ。だがそれは、たまたまドハラーガが戦ったのが最後で、その時にアーサーの両腕が骨折していたからだが。
「いや、でも……。僕は正式な出場者じゃ……」
「とにかく!とにかく、あなたは英雄になったのです!どんな経緯があったにしろ、望んでなかったとしても英雄になったのなら、皆に憧憬の眼差しで見られるようになってもらわなければなりません!」
「包茎って二度も言ったね!オヤジにも言われたこと無いのにっ!」
「……そんな身体的特徴を馬鹿にするようなこと、父親は言わないでしょう。普通」
「あ、うん」
真面目に言われたことにしゅんとしながら、アーサーはいそいそと服を着ていく。最後に、黒い剣を持つ翼の生えた女神のマークが入っているマントを羽織って、ドハラーガに向き直る。
剣を持った翼の生えた女神は英雄のマークである。
「それで、どうして僕のケツ湯を邪魔したんだぃ?」
「ケ……、湯浴みの邪魔してしまったのは申し訳ないと思っておりますが、急ぎの用でしたので……」
「急ぎ?」
「はい、これを」
ドハラーガが手に持っていた羊皮紙をアーサーに手渡す。
アーサーは羊皮紙を受け取り、すぐに書いてある文字を目で追っていく。すると、徐々に渋い顔へなっていった。
「なんと書いてあったのですか?」
「ちょっと分からないです」
「は?」
「字読めないんだよ。自分、不器用なんで」
「器用さは関係ないでしょう!貸してください、私が読みます!」
ドハラーガは羊皮紙をアーサーから奪うように取り、内容を読み上げていった。
内容は軍を率いて魔法都市へ赴けというものだった。アーサーがギルの知り合いだと知っているからか、魔法都市の現状も詳しく書かれている。
「ギルくんが石化?」
「えっと、ギルくんというのは、魔法都市の代表様のことでしょうか?」
「そんなことはどうでも良いんだよ。軍の準備を急がせろ!済み次第、すぐに出陣する!」
「は、はっ!」
英雄の覇気ある声と姿に、ドハラーガは感動し身震いする。そして、すぐに英雄の命令を実行しようと扉へ駆け出した。
「待て!」
しかし、アーサーの鬼気迫った声に呼び止められる。
何事かとドハラーガが振り向くと、アーサーは盥を持ち上げ、大事そうに抱えていた。
「ケツ残り湯を捨てるから、まず浴場へ案内してくれるかぃ?」
ドハラーガはがっくりと肩を落とし「こちらです」と扉を出ると、その後をアーサーが付いて行く。
浴場へ向かう道中、「歩きでオーセブルクまでだと、1ヶ月ぐらい?」「いや、騎竜に乗ってくださいよ!」という言い合う声が城内に響いていた。
――――――――――――――――――――――――
アーサーが湯を捨て、自室への帰り道で迷子になっている頃、シギルが魔法都市へ帰ってきた。
帰還の報告をすると、すぐ会議室にクリーク以外の首脳陣が集まった。クリークも参加したがっていたが、この時期に首脳陣全員が会議するわけにもいかず、防衛陣地に残ることになった。
会議室に集まった魔法都市の首脳陣は、シギルが出発する前に比べ、より一層疲労が顔に出ている。
目は血走り、隈が浮かび、顔色も悪い。無表情のエリーでさえ、疲れているのが目に見えて分かるほどだ。
それでも最年長賢人であるスパールが力なく笑い、シギルが無事に帰ってきたことを喜ぶ。
「よう怪我もなく無事に帰ってきたのぅ、シギルよ。それでホワイトドラゴンはなんと言っておった?」
「石化の解除は可能らしいッス!」
シギルの答えに全員の表情が明るくなる。スパールは頷きながら優しく髭を撫で、エリーは無表情のままだが拳を力強く握っている。ティリフスもカクンと兜を下に傾けることで安堵を表現し、ティムはホッと胸を撫で下ろしていた。
皆を導かねばと厳しい表情だったタザールも、珍しく「よし!」と声を上げた。
「そうか!それは朗報だ!詳しく教わってきたのか?」
シギルは自分が心配されていたことや、ギルが皆に愛されていることを知り頬を緩めるが、すぐに難しい顔になる。
「材料は全て揃っているッス。今までのダンジョン攻略で手に入った物が使えるらしいッス」
「材料が揃っているのに喜んでない。シギル、他に何かあるの?」
一緒にいることが多いエリーが、他にも問題があると気づく。
「石化解除薬の調合方法が難しいんスよ」
「物作りの才能に溢れているシギルさんでもですか?」
シギル魔道具店で働くティムには、武器防具や服、道具や家具まで作っていることを知っている。シギルに作り出せないものはないと信じているのだ。
シギルは期待に応えられないことを申し訳なく思いつつ「無理ッスね」と首を横に振った。
「物作りではあるけど、今回は錬金ッスから」
シギルは白竜から教わったことをそのまま皆へと伝える。
必要な材料は3つだが、それをそのまま容器に入れて混ぜるような簡単な方法ではない。
『破邪石』は液体に変え、『人魚薬』は分離し、『竜のうろこ』は砂に変えなければならない。シギルはこのように教えられた。
要は、『破邪石』を細かく砕いてから水に溶かし、『人魚薬』から熱するなどして必要な成分だけを取り出し、『竜のうろこ』をすり鉢で粉にするのだが、ギルのような化け学の知識や、この世界の錬金術に詳しくなければ全くわからないことだ。
シギルも白竜に教わった時は、頭を抱えながら覚えるだけで精一杯だったぐらいだ。
だが、それで終わりではなく『素材』の準備が出来ただけ。ここから全てを混ぜ、ギルの全身に使えるほどの量に増やさなければならない。
錬金術初心者のシギルにはお手上げだった。
「なるほど、勝手が違うようですね……」
シギルとティムが唸っていると、ティリフスがガションと手を叩く。
「せやったら、タザ坊が役に立てるんとちゃう?」
「多少、心得があるから手伝い程度はできる。が、俺は専門家というわけではないんだ、ティル姉やん」
「そうなんか。タザ坊は研究者だから詳しいと思ってたわ」
「専門は魔法だ。神から授けられる魔力というものを研究している。しかし、がっかりすることはない。俺に専門家の心当たりがある」
「その心当たりは魔法都市におるん?この街に居るならウチの顔見知りやと思うし、連れてこれると思うけど……、他の街やとちょっとなー。特に今はなぁ」
「探す必要もない。すぐ近くにいる。そうでしょう?『薬』の賢人スパール」
全員が一斉にスパールへと顔を向ける。
賢人にはそれぞれ得意分野があり、それが称号として付けられるしきたりがある。ギルと戦ったラルヴァも『火』の賢人と呼ばれていた。スパールは『薬』という称号で、それが意味するのは薬を作り出す錬金術師だということだ。
スパールは目を細め、大きく頷いた。
「いかにも。わしならば調合出来るじゃろう。昔のことじゃから、腕はなまっておるがのぅ」
ギルならば「じゃあ、さっさと名乗り出ろよ」と減らず口を叩くが、今はそんな無粋なことを言う人物はいない。全員が「おおっ」と声を上げている。
シギルはマジックバッグから3つの材料を取り出して、スパールの前に置いた。
「これを預けるんで、石化解除薬を作ってほしいッス!」
「良いじゃろう。書類仕事ばかりで錬金は久しいが、全力で完成させよう。じゃが、少々時間がかかる。これに専念するには、わしの仕事を変わりにしてもらう必要がある」
スパールの仕事とは、避難の際に大賢人の称号を利用して不満を和らげることだ。街で不満を口にしている者がいれば駆けつけ、話を聞き、説得しなければならない。内紛に発展させない為にも、重要な仕事だ。
しかし、既に誰もが手一杯の状況だ。誰かが肩代わりしても、無理に割り振っても、どこかが疎かになる可能性がある。一人を除いて。
光を反射させる金属の手が挙がる。
「ウチがやる。ウチの仕事は皆のサポートやし、今魔法都市とエルピスにいるヒトたちやったら顔見知りやから」
ティリフスに決まった仕事はなかった。他の首脳陣の手伝いをしていたが、それ以外は住民と会話し不安を取り除いたりしている。
スパールがしているのと変わらないのだ。
「そうじゃのう。ティリフスならば任せられるじゃろう」
スパールが満足そうに頷くと、ティリフスも「ウチ、頑張るわ」と言いながらガキンと両手を強く握った。
これで石化解除薬を作りながらも、他の仕事も滞ることなく進めることが出来るようになった。
タザールは皆の顔み見渡しながら、締めの言葉を口にする。
「よし、王国が17階層まで戻ってくるのにそれほど時間がない。防衛システムの壁が破られるまでに、仕事が終わるよう心がけてほしい」
タザールの言葉に全員が頷き、合図したかのように一斉に席を立って慌ただしく会議室を出ていく。
ただ、会議が始まる前と違うのは、皆の顔に希望が満ちていた。