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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
208/286

帝国へ

 私が覚悟を決めてから聞けと言ったせいか、大森林に入ってからというもの皆の空気が張り詰めている。聞こえるのは枯れ木を踏むパキッという音や、長距離走って乱れた呼吸を整える息遣いだけ。

 だけど、それは長く続かなかった。


 「な、なんですか、あの箱?小屋ですか?」


 森の中に木の生えていない空間があり、人工的に作られた木の箱がポツンとあれば、誰でも興味を惹かれる。

 今回はなんでも興味津々なエミリーさんが、その箱を指差しながら首を傾げていた。


 「あれが目的地です」


 私が目的地だと答えると、あれがどういうものか知らないテッドさんたち四人は、不満の感情を隠しもせず顔を顰める。

 それはそうだ。大森林はその広さと目印がないせいで方向感覚が鈍り、現在位置を把握しにくい。とはいえ、背後から大勢の王国兵が追ってきているのに目的地がこの木の箱だと言われたら、見つかりにくくとも不安になるだろう。

 なんせ、遠目で見ても、近くで見てもただの木の箱だからだ。農村にこれがあれば、農具などを入れる物置小屋だと誰もが認識するはず。

 何か言いたげな皆さんを無視して木の箱へと近寄る。

 入り口は木のドア。鍵はかかっていない。だけど、ドアには紙が貼ってあり、こう書かれている。『休憩場所』と。

 鍵が無いのは不用心だと思うけれどギル様が言うには、鍵をかけてしまうと粗暴な冒険者がこれを発見した場合、ドアを壊す可能性があるのだとか。だったら、鍵は取り付けずに休憩場所として開放したほうが、大事に使ってくれるらしい。

 この木の箱を使う時に気をつけなければならないことは、本当に中で冒険者が休憩していた場合だ。

 今回のような緊急時には、かなり強引な手で追い出すことになる。

 私はドアノブに手をかけ、勢いよく開く。

 幸運にも中には誰もいなかった。

 私はホッと息を吐くと、テッドさんたちを中へ入るように促した。

 全員が入ると扉を閉め、ドアの上部と下部に取り付けてある一見装飾にしか見えない金属を横にスライドさせる。

 私たちしか知らない内鍵だ。金属の装飾がドアを固定して開かなくなる仕組みになっている。

 これをしないと、強風でドアが吹き飛んでしまい非常に危険らしい。

 木の箱の内部は家具が設置されている。

 長椅子が向かい合うように二脚。この長椅子は床にしっかりと固定されていて動かすことは出来ない。

 ドアとは逆側に大きな窓があって、挟むように壁掛け燭台が2つ設置されている。


 「なんだ、ここは?」


 テッドさんが内部を見て眉根を寄せた。

 詳しく教えてあげたいけれど、王国兵にいつ発見されるかわからないのは変わっていない。急ぐ必要がある。


 「危ないので全員長椅子に座ってください」


 「危ないってなんだ?!」


 「とにかく、指示に従ってください」


 私がこれ以上答える気がないと理解したのか、テッドさんは頭をボリボリと掻いた後、ため息を吐きながら椅子に座った。

 すると、エレナさんたちも同じように座る。


 「エル、私は魔法剣を使ってしまったからもう魔力がありません。エルが操縦してくれる?」


 「はい、です」


 エルが頷くと、窓の左側にある壁掛け燭台へと向かう。

 私は右側の燭台へと行くと、燭台を掴んで手前へと倒し、その後さらに右へと倒す。

 詳しい構造は理解してないけれど、こうすることで回路が繋がって魔法陣に魔力が流れるようになるらしい。

 私も急いで長椅子へと向かい座ると、それを確認したエルが頷いた。


 「行く、です」


 エルの言葉に、テッドさんたち4人は「どこに?!」と言いたげな顔をした。

 それを全く無視してエルは燭台へと向き直り、ゆっくり手前へと燭台を倒していく。

 ただ手前へと倒しているように見えるが、大量に魔力を流し込んでいるのだろう。窓の外を見るエルの横顔は真剣だった。

 木の箱がガタガタと震え、外では強風に煽らたみたいな音がしている。そして、椅子に座っているのに突然安定感がなくなったような感覚が訪れた。

 どういう状態か分かっている私は、「あ、浮かんだ」と心の中で思うだけだったが、それを知らない4人はキョロキョロと挙動不審になっている。


 「な、なんだ?突然、強風が……」


 「この家、少し傾いてます?」


 「なんか、変な気分ね」


 テッドさんとエミリーさん、そしていつも冷静なエレナさんまでもが、長椅子に深く腰掛けて不安そうにしている。

 しかし、窓の外を見ていたクルスさんは、「あっ」と声を上げて窓を指差した。


 「木が、縮んでる?」


 その言葉に3人がバッと窓を向く。

 たしかに窓から見る風景は、木々が下へと縮んでいっているように見える。

 高い位置まで上昇したのか木の天辺を超え、窓には大森林を上空から見た風景が広がった。

 今まで呆然と眺めていた4人は、とうとう木の箱が浮かんでいることに気が付き、一斉にサッと顔が青くなった。


 「「「「と、飛んでるー?!!」」」」


 狭い木の箱の中で悲鳴が響いた。



 飛空艇の位置は木の箱があった場所から真上に移動するだけでわからなくなることはない。

 それに浮かびさえしてしまえば、王国兵は手が出せない。私はようやく落ち着くことができた。

 だけど、空を飛ぶのが初体験の4人はかなり動揺していた。

 テッドさんは一点を見つめながら爪をガリガリと噛んでいて、エレナさんはずっと「ふふふ」と笑っている。クルスさんは窓の外を遠い目で見つめたまま、石像のように全く動かない。エミリーさんは揺れる度に「おぅ」とか「あぅ」と涙目で言っていた。

 気持ちはわかる。私も浮遊石の性質を知るまでは同じように挙動不審だった記憶がある。でも、知ってしまえば、絶対に墜落しないと分かるから落ち着いていられるのだ。

 でも、浮遊石のことは飛空艇の技術にも関わるから、教えてあげることはできない。彼女たちは到着するまで、そして到着してもずっと不安なままなのだろう。かわいそうに。

 しばらくすると飛空艇に到着した。

 窓の外に、空に浮かぶ巨大な船が現れた時、また一騒動あったけれど、無事に飛空艇の内部へと全員入ることが出来た。

 飛空艇は揺れが少なく、内部が広いのもあってテッドさんたちは少し落ち着いてきた。騒ぎすぎたからか、少しぐったりしているけれど悲鳴を上げないだけマシだろう。


 「なあ、リディアの嬢ちゃん。これはなんだ?」


 テッドさんが質問すると、全員が同じことを聞きたかったのか、私に視線が集まった。


 「これは飛空艇と言います。魔法都市の最先端技術です」


 「こ、これも代表様が考案されたのですか?」


 「はい、ギル様が考えました」


 私としては、ギル様の凄さを伝えたつもりだったのだけれど、質問をしたエレナさんだけではなく、他の三人も一斉にため息を吐いていた。

 何故こんな反応なのか疑問だったけれど、次にテッドさんが言った言葉で理由が分かった。


 「また代表か。あの人はとんでもねーことばかり考えるな」


 つまり、呆れていたのだ。ギル様ならば何でも出来てしまうからと、常日頃から当たり前のように感じている私は、おそらく慣れてしまったのだろう。これがギル様が傍にいない一般人の感想なのだ。

 私は納得しないですが。ただ敬い、慕えば良いだけなのに。

 でも、その尊敬すべき方がもう……。

 少しだけ寂寥感を感じていると、空の上ではあるけれど、王国兵に襲われない安全な場所だと理解できたのか、テッドさんたち4人は談笑し始めていた。

 そこで気になる話をクルスさんとエミリーさんがしていたのが耳に入った。


 「エミリーはどうしてそんなに元気なんですか?」


 「え、悪口?!」


 「いえ、そうではなく……、あれほど代表様、代表様とうるさ……、騒いでいたのに、亡くなったと聞いても悲しんでいないように見えます」


 クルスさんの質問は単純なことだった。でも、エミリーさんは心底意味がわからないと言いたげな表情で首を傾げている。


 「え、石化しただけですよね?それは死んだってことじゃないですよね?」


 「でも……」


 「魔法だったら何でもできそうじゃないですか。魔法で石化してしまったのなら、逆に魔法で石化を解くこともできるはず!」


 「……」


 クルスさんはなんと答えていいかわからないのか、黙り込んでしまった。でも私にとって、このエミリーさんの言葉は光明に思えた。

 石化してしまう攻撃が魔法かどうかはわからない。けれど、何らかの能力でああなってしまったのは確かだ。ならば、それを解除する方法がどこかに存在するのでは?

 幸いにも、シギルが石化したギル様を魔法都市へと連れ帰ったはず。

 ああ、今すぐ魔法都市へと戻り、仲間たちにこの事を伝えたい。でも、自由に動けなければその方法を探すことも出来ない。

 これは希望だ。ギル様復活の。

 ならば今は、何が何でも帝国のシリウス王のお力を借り、王国を打ち倒すことに全力を注ぐ。

 そう決めたら、心の中にあった重いものが無くなった気がした。

 エミリーさんに感謝しないといけない。そう思い、口を開こうとすると、飛空艇が震えだし動き始めたのを感じた。


 「な、なんだ?」


 テッドさんはまだ慣れていないのか、さっと屈んだ。

 エルが飛空艇を動かしたのだろう。

 飛空艇に着いてすぐ、エルは操縦席へと向かった。運転の仕方はギル様から聞かされ、私や仲間たちは理解しているけど、実際に運転したことはない。この中で最も魔力量が多いエルが最初に練習し、その後手本を見せる必要もあって運転することに決まったのだ。

 エルの魔力が尽きたら交代になるだろう。改めて気合を入れなければならない。


 「皆さん、いよいよ帝国へと出発です」


 私が気を引き締めてこう告げると、テッドさんたちも同じように真剣な表情で頷いた。


 ――――――――――――――――――――――――


 リディアたちが帝国へと出発した頃、シギルは単独でオーセブルクダンジョンの25階層へと来ていた。

 魔法都市で緊急会議を終えた後、すぐにホワイトドラゴンへと会いに向かった。それはギルの石化の解除方法を聞くためだ。

 しかし、今は戦時中。王国を押し返し、しばらくの間は安全が確保されたとはいえ、いつ17階層に戻ってくるかわからない。その上、戦の準備が最優先ということもあり、25階層に向かうために人数を割けなかった。

 だが、居ても立っても居られなかったし、シギルに任せられた仕事は緊急性が低いのもあって、一人で行くことにしたのだ。

 呼吸をする度に視界を塞ぐ白い息は、気を抜けば凍死することを思い出してしまい嫌気がさす。毛皮のコートに付着した雪を払いながら、25階層の扉を開いた。

 そこには以前と変わらない氷の世界が広がっており、以前と変わらずドラゴンの巨体が惰眠を貪っていた。

 扉が開いたことで、ホワイトドラゴンは僅かに首を動かしシギルを見ると、また元の体勢に戻る。

 シギルには、ギルのような楽観的にドラゴンと対峙する勇気はない。ゴクリと口内に溜まった唾液を飲み下すと、意を決して一歩を踏み出した。

 すると、今まで吐いていた白い息は見えなくなり、春のような暖かい風が顔に当たる。

 いつ来ても不思議な現象だと思いつつも、ホワイトドラゴンへと近づいていく。


 「あ、あの」


 声をかけると、ホワイトドラゴンの瞳がゆっくりと開きシギルを見た。

 ただ見られただけなのに、シギルにとっては押しつぶされそうな威圧を感じる。またいつの間にか溜まっていた唾液を、もう一度ゴクリと飲み下してから続きを話す。


 「あ、あたし、旦那の……、ギルの仲間でシギルッス」


 《覚えておる。我が鱗に傷をつけた小さき策略家であろう?》


 口から冷気が漏れ出て、もう一段階威圧が増す。それにシギルは頬をひくつかせた。

 シギルはドワーフであり、自分が攻撃的な性格だという自覚はある。しかし、尾の一薙ぎで肉片になりかねない相手に対しては、さすがのシギルでも臆病になってしまう。

 だが、今回はそれでも引けないと、シギルは勇気を振り絞って訪れた目的を話した。


 「ギ、ギルの旦那が、危機的状況なんス。ホワイトドラゴンに、いや、白竜に知恵を借りに来たッス」


 ギルが付けた名を証明書代わりと言わんばかりに胸を張ると、白竜は面白いものを見るように目を細めた。


 《そこまで恐れているのにか?》


 白竜の視線がシギルの顔から手へと移る。シギルは普段通りにしていたつもりだったが、手はブルブルと震えていた。


 《竜族は生物の頂上に位置しているのだ。それが普通の反応というもの。気にすることはない》


 シギルが手の震えを抑えようと努力していると、急にパッと白竜の威圧が消え去る。


 《まあ、良いだろう。シギルから我に対する畏怖の念と敬意を感じるからな。知恵を貸そうではないか。が、対価は必要だ》


 威圧が無くなったことにホッとし、さらに対価という単語でシギルの手の震えがピタリと止まる。

 商売人であるシギルにとって、この話の流れは自分の土俵だからだ。


 「あたしに用意出来るものは、金か料理、それか装備品ぐらいしかないッス」


 白竜の望みは聞かず、今出せるものを提示してそこからしか選べないようにする。


 《ふむ、興味は湧かないな。強いて言えば、黄金は好きだ。ここにある量を用意出来るか?》


 白竜が視線を下に向ける。横になっている白竜の真下には、冒険者が25階層を通る為に渡した金貨が大量にあり、それをベッド代わりにしているのだ。

 シギルにとって最も出したくない物だ。それに元々料理と引き換えに知恵を借りる予定だったのだから頷くわけには行かない。

 ここからが交渉だと、シギルは乾いた唇を舐める。


 「金貨はあたしからじゃなくても手に入るッスよね?」


 《一理ある》


 「ッスよね。知恵を借りに来ているんだから、望み通り金貨で払っても良いんだけど……、本当に良いんスか?ギルの旦那から、白竜は料理が気に入っていると聞いたッスよ」


 《間違ってはない。続けよ》


 シギルは背負っていたギルのリュックサック型のマジックバッグを下ろす。ギルが打って出る前に魔法都市に置いていった、いつも背負っている物だ。

 マジックバッグの口を開き、交渉材料を出していく。

 小さい革袋一つと、エルピスの店で出している料理の皿を次々と並べる。


 「見てほしいッス。この革袋の中には大金貨が十数枚入っているッス」


 革袋を逆さして、中身を氷の地面に出す。シギルが言ったように、大金貨が十数枚だ。


 「そこにあるの金貨で、こっちは大金貨だから価値は高いけど枚数は少ないッス。でも、料理はこんなにある」


 《ふむ、価値か。ややこしいことを……》


 「それに料理はギルの旦那が考えた物で、味は保証するッス。あと、これらの料理を温める道具も持ってきているッス。他の冒険者たちに、温かい料理は用意できないッスよ。なんせ、ここに来るまでに料理は冷めてしまうッスからね」


 シギルが「さあ、どっちが良いッスか?」と言いながら、両手を軽く広げる。

 白竜はすぐには答えず目を閉じて考える。

 これで金貨と言われたら、全財産を失うことになる。だが、料理を選ぶと確信していた。

 ドラゴンは強欲ではなく、黄金を好んでいるだけだ。しかし、巨体であるがゆえに、価値は高くともたった数枚の金貨では満足しない。

 それならば、多くの皿に乗っている料理の方が魅力があるだろう。それを計算してのプレゼンだった。

 しばらくして目を開いた白竜は大きく息を吐いて答えた。期待通りの答えを。


 《良いだろう。料理を馳走になろう》


 白竜の答えを聞いたシギルは、小躍りしたい気分を表情に出さず、「了解ッス」と言った。



 人の大きさに変化した白竜に、シギルは次々と料理を温めて出していく。


 「どうッスか?」


 《上手いな》


 白竜がシーフードフライを頬張りながら頷く。


 「それは良かったッス」


 《さて、それで借りたい知恵とはなんだ?》


 ハンバーグを切り分けて口に放り込み、咀嚼しながらシギルに聞く。

 シギルは料理を温める手は止めずに、聞きたかったことを質問した。


 「石化は解除できるんスか?」


 《石化の解除方法とは、珍しいことを聞くものだ。危険な能力を持つ魔物は随分前に滅ぼしたはずだが……、まあ、良い。そんな事を聞きたいのではないだろうからな。結論から言えば、可能だ》


 「本当ッスか?!ん?今滅ぼしたって……」


 《しかし、解除薬の材料は希少だ。が、運がいい》


 シギルがどういうことだろうと首をコテンと傾げる。


 《このダンジョン内で全て手に入るものばかりだからな》


 確実に伝わるように、白竜はゆっくりと教えていく。

 教えたのは調合方法と素材。シギルには調合の仕方も難しく、聞いたことのないやり方だったが、問題は調合方法よりも素材だった。

 必要な素材は3つで、そのうち2つは既に手に入れていた。

 一つは『破邪石』。もう一つは『人魚薬』だった。

 『破邪石』は45階層を突破した時に手に入り、『人魚薬』は30階層で手に入れていた。

 シギルは3つの内2つが手元にあることを奇跡だと思ったがそうではない。ボスさえ倒すことができれば、高確率で入手可能なものばかりなのだと白竜に説明された。

 ただし、倒すことが難しいボスではあるが。

 だが、残り一つの素材は、まだ入手していない。そして、手に入れるのが最も難しい物でもあった。

 最後の一つとは……。


 「『竜のうろこ』……ッスか」


 シギルは呟いたあと、白竜をチラリと見る。

 心当たりは目の前にいるホワイトドラゴンを倒すことのみ。それはシギルだけでは絶対に無理だし、仲間たち全員で戦っても倒せそうもない。さらにギルがいないのでは絶望的だ。

 だから白竜ではなく、地上に存在している弱い竜族から手に入れる事を考えるが、今はその地上に行くことすら難しい。

 裏道を通ってダンジョンの逆側から出ることも考え、日数を計算する。だが、仲間が全員揃っていないし、シギルが魔法都市から離れることも今はできない。

 シギルは唸りながら頭を抱える。

 すると、白龍が立ち上がって、ベッドである金貨の山へ行くと何かを取り出してシギルに渡した。

 それはシギルの手のひらぐらいの大きさがあり、傷が付いていた。


 「えっと、これは?」


 《我のうろこだ》


 「良いんスか?!」


 《シギルの作戦で斬られたうろこだ。忘れたのか?小さき策略家よ》


 それは白竜と戦った時、リディアが切り落とした鱗だった。シギルが作戦を考え、さらに白竜を覆っている氷の膜を溶かして、リディアが斬ったもの。その後、エリーが槍を突き刺してダメージを与えることに成功したのだ。

 それを思い出して、シギルは頬が緩む。その様子を見ていた白竜はもう話は済んだと言わんばかりに手を振った。


 《材料は全て揃っているのだ。もう行くが良い》


 「えっと……」


 《解除薬を使用したとしてもすぐに石化は解けん。急ぐのだろう?》


 「でも料理はまだ」


 温め直している料理はまだまだ残っている。シギルは困り顔で料理と白竜を交互に見る。


 《温める道具を置いていけば良い。使い方は見て覚えたからな。もう腹は満たされているから、後でゆっくり食べたいのだ》


 白竜がそう言うと、シギルの表情はぱあっと明るくなる。


 「そ、そういう事なら、道具と料理は置いて行くッス!じゃあ、あたしはすぐに戻るッスね」


 シギルは手に入れた鱗をマジックバッグにしまうと、24階層への階段に走る。そして、上る寸前で立ち止まると振り返った。


 「助かったッス!また今度お礼しに来るッスね!」


 そう言って、階段を上っていった。

 それを見届けた白竜はため息を吐くと、道具で次の料理を温める。


 《騒がしい娘よな。それに、竜の胃袋がこの程度の量で満足するわけがなかろう……》


 温まった料理から香る匂いを目一杯鼻で嗅ぎ、頬を緩める。


 《しかし、美味そうな匂いだ。出来たてならば、もっと美味いに違いない。今度は魔法都市とやらまで食いに行くのも良いかもしれん》


 シギルがしていたように道具で温め、湯気が立つ料理を口に放り込み、舌鼓を打つのだった。

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