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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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小さな希望

 エルの精神はまだ幼く、俺がいなくなったことで不安定になるだろう。だけど、リディアが傍にいるから心配はしていない。

 それよりも魔法都市の方が不安だ。

 魔法都市へ戻らせたのは二人。シギルとエリー。石化が完全に終わる直前、二人の覚悟を決める速度には安心したが、俺が不在になった後は別の話だ。

 シギルは可愛らしい幼女のような見た目だが、二十歳になるドワーフの女性だ。種族特有の鍛冶センスを持ち、力だって強い。頭も良く、話もうまい。荒くれ者揃いの冒険者たちと、酒を飲み交わしながら冗談さえ言い合えるほどだ。

 しかし、ドワーフなのだ。気性が荒く、非常に攻撃的。全軍突撃と言い出さないか心配でならない。

 そのためにエリーと一緒に行動させた。

 エリーは透き通るような銀の髪をセミロングにしている美女だ。彼女を思い出すと、大きいお胸をいつも想像してしまうが、重要なのはそこじゃない。強い精神力が重要なのだ。

 どんな巨大な敵が、どんな強力な攻撃をしてこようとも物怖じせず、力負けすることすら疑わない心の強さ。

 そして、防御のスペシャリスト。

 攻撃的なシギルに、防御の重要さを知っているエリーをつけたのだ。

 だが、エリーにも心配がある。

 それは無表情が故に、彼女の性格を全て把握出来ていないことだ。俺がいなくなったことで、エリーの隠れていた性格が出てくるかもしれない。

 二人には魔法都市の防御を優先してほしいと、細かい指示を出したけど……、どうだろうな。

 それと、居残りしてもらったもうひとりの仲間。ティリフスも心配に拍車をかける。

 ティリフスは鎧姿の元精霊。性別は声から判断して女性だが、詳しいことは殆ど分かっていない。日本の関西地方の方言に似た訛り口調で、性格は非常に臆病。

 しかし、交友関係は広く、仲間たちの中でもお姉さん的な存在でもある。

 そんなティリフスがどうなるかが非常に重要だ。シギルとエリーを引っ張ってくれるか、それともさらに臆病になり縮こまるか……。

 魔法都市には他にも仲間がいる。キオルはいないが、残りの賢人二人にクリーク、魔人たちだ。

 彼らが仲間たちを導き、サポートしてあげれば、切り抜けられるのだが……。

 どちらにしろ法国が助けに来るまで持ちこたえるしかないな。


 ――――――――――――――――――――――――


 ティリフスはエルピスの入り口を塞ぐ石壁のプールストーンに魔力を込めていた。

 魔力を自然から吸収出来るティリフスにとって、それをプールストーンに移すことは造作もない。しかし、臆病な性格の持ち主には、敵が突破してくる場所というのは居心地いいものではない。


 「やだなぁ、怖いなぁ」


 ゴツい鎧がビクビクしながらこんな事を独り言ちていれば、演技の練習か笑わせようとしていると勘違いされてしまいそうだが、本人は至って真面目である。

 真面目にビビっている。

 ギルたちが出発してから、石壁を壊そうとする音も消えた。周りにも防御陣地を築くために大勢の人が走り回っている。街には買い物をする商人、酒を飲む冒険者、犯罪を取り締まる衛兵もいて、本来の姿を取り戻しつつあった。

 だが、自分を優先的に護ってくれる仲間が不在の街なのだ。そして、仲間が帰って来ないかもしれない街でもある。

 それはティリフスにとって恐怖を煽る。

 そんな時、突然金属で叩くような音が石壁の向こうから聞こえる。


 「ぱぁぅっ!!?」


 ティリフスが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。

 石壁の向こうから音が聞こえるということは、音を出している人物が自分のすぐ近くにいるということだからだ。

 それは送り出した仲間か、もしくは敵しかない。

 ティリフスもギルたちの予定は聞いていた。

 ギルたちは敵を倒しながら進み、オーセブルクダンジョンの外にいる王国兵を倒してから再びオーセブルクの街へ戻る。冒険者ギルドのギルドマスターアンリの力を借り、法国へ援軍を乞う書簡を送ってから魔法都市へ帰還する予定だった。

 しかし、それを済ませて戻ってくるには早すぎる。

 つまり、今石壁を叩かれるのは予定外なのだ。

 ティリフスは音が聞こえたと入り口を守る門番に伝えるために辺りを見回すが、タイミング悪く防御陣地構築の手伝いをしていて近くにいない。

 何より、自分が最も音の発生源から近いのだ。

 一瞬、門番が戻ってくるまで知らんぷりしてしまおうかと思ったが、プールストーンの魔力補充が終わっていない。

 異変を伝えるにも石壁の向こうが誰なのかを分かっていた方が効率的にも良い。

 幸いにも、向こう側の人物が王国兵ではないと嘘を言われても、魔法都市に入ろうとする人間は二種類だと知っている。王国兵か、仲間たちか。

 それ以外は入れなくて良いとも言われている。

 誰か聞くぐらいならティリフスでも出来る。

 だから、ティリフスは勇気を振り絞って壁の向こうへと話しかけた。


 「だ、だれぇ~?」


 蚊の鳴くような声で。

 当然、この音量では三メートル近くある石の壁の向こうへは届かない。ガンガンガンと壁を叩く音は続いていた。


 「なんやねん、もう……。だれぇ?!」


 ようやく届いたのか、壁を叩く音がピタリと止まる。


 「……?……、……て」


 「エリー、それじゃ聞こえないッスよ。ティリフス?あたしッス!開けて!!」


 それは帰ってくる予定には早すぎる仲間の声だった。

 ティリフスは、もしかしてシギルの真似をしているのかもと一瞬だけ考えたが、幼い女の子の声でこんな独特な話し方をするのはそうそういないと考え直した。

 すぐにプールストーンの側にあるレバーに手を伸ばし、ガコンと上げる。

 石の壁は砂へと変わり、期待した通りの人物がエルピスの街へ入ってくる。

 シギルとエリーだった。


 「ティリフス、すぐに閉じて」


 「え……、他は?」


 「説明はあと。とにかく、閉じて」


 「わ、わかった」


 ティリフスは言われた通り、すぐにレバーを下ろして石壁で再び塞ぐ。


 「ティリフスはプールストーンに魔力補充してるんスか?」


 「そうやけど……」


 「じゃあ、それが終わったら、城の会議室に来てほしいッス。全部説明するから」


 「……うん」


 シギルとエリーはそれだけ言うとさっさと行ってしまう。

 残されたティリフスは疑問だらけだった。そして何より、動揺していた。

 それはシギルが担いでいる石像が、自分の知っている人物によく似ていたからだ。



 シギルは城に戻った後、すぐに魔法都市の中心的な人物たちを招集した。

 会議室の席には、元賢人のスパールとタザール、エルピス市長のクリーク、魔人種の代表ティムにティリフス。そして、シギルとエリーの二人が座っている。

 シギルが全員に予定外の帰還の説明を済ませたところだった。


 「「「……」」」


 ティムは絶望し、タザールが考え込み、ティリフスはカタカタと震えながら黙っている。


 「まさか、あのギルがのぅ……」


 「クソっ、王国のクズどもが!!」


 スパールは乱暴に髭の撫で、クリークは悪態をついた。

 全員が大小あれど絶望していた。そしてその絶望は、ある一点によって引き起こされていた。

 ギルの敗北。

 ギルの存在は魔法都市にとって国の代表であり、最大戦力である。

 その絶対的な存在の敗北は、彼らの思考能力を低下させるには十分な出来事で、それはその出来事に直面し、約丸一日の時間を掛けて帰ってきたシギルとエリーも同様だった。

 ただ一人を除いて。


 「ギルは二人に指示を出したのだな?」


 タザールだけはギルの敗北ではなく、この後どうするかを悩んでいたのだ。シギルとエリーを鋭く見ている。


 「タザール、お主はどうしてそうギルに冷たいんじゃ」


 スパールが呆れるように嘆息する。スパールは呆れるだけだったが、責められても仕方ない言動だろう。

 事実、殆どが冷ややかな視線を送っている。


 「そうではないのです、スパール老。悲しむことは後でいくらでも出来る。だが、魔法都市を預かった我々だけは今悲しんではいけない」


 ここで一旦言葉を止め、全員を見渡してから説得するように続きを話した。


 「ギルが二人に指示を残した。それは我々にやってほしいことがあるのだ。我らがこの席に座っている意味を思い出してほしい」


 この場は魔法都市幹部が会議する場所。ギルが最後に残した言葉は指示で、それは魔法都市幹部に託された言葉なのだと諭す。

 そこには、研究者タザールではなく、大臣タザールがいた。

 反応はそれぞれ違った。悩み、思考し、覚悟を決めたのに費やした時間は、奇しくも全く同じだった。

 まるで示し合わせたかのように、全員が同時に頷く。

 それを見たタザールも、満足げに頷いた。珍しくも少しだけ微笑んで。

 

 「良し。ならば、大臣の俺が進行する。まずはクリーク。ギルが懸念していた潜入部隊の処理はどうだ?」


 「報告では終わったようだ。まだ残ってるかもしれねーが、かなり少ない人数だろうな。それも問題ない。ギルの指示で捕虜にせずその場で殺したから、怖がって出てこないだろ」


 「こちらの被害は?」


 「怪我人はいるが、死者はいねぇ。俺とギルが殆どを相手したからな」


 「わかった。引き続き、注意だけはしておいてほしい。次に防衛についてだが……、防御陣地をエルピス入り口に構築している最中だ。兵士の配置についてはエリーに任せてもいいか?」


 ギルの指示に従い、守りを固めるのに適したエリーへと視線を向ける。

 しかし、安心して任せられると思っていたエリーからとんでもない案が飛び出した。


 「………攻めに出るべき。11階層まで全部倒してるし、リディアが必ずオーセブルクまで突破する。敵が混乱しているのは間違いないから、便乗してダンジョンから排除したい」


 エリーの案にタザールは眉根を寄せる。防御が得意なエリーが、攻撃的な意見を言えば当然だろう。


 「ちょちょ、何言ってんスか、エリー!旦那の指示は良いんスか?!」


 ギルの指示を聞き、一緒に帰ってきたシギルも驚き、慌てて説得する。


 「消極的」


 「そんなことないッスよ。ガッチリとガードして少しずつ敵戦力を削っていく。敵は暑さで疲労していくし、魔物の対処にも追われるから戦略としては有りじゃないッスか」


 「むー、わかった。その方向で」


 エリーはずっと無表情のままだったが、言葉でなんとなく決定が不服だと分かる。会議の雰囲気が悪くなるのを避けるため、シギルは弁明した。


 「いやぁ、申し訳ないッスね。旦那がやられたから、エリーも怒ってるみたいッス」


 「怒ってたのか……」


 「見て分かる通りッス」


 タザールはそう言われてもう一度エリーの顔を見るが、どう見ても無表情にしか見えず、余計に眉根のシワを深くする結果になった。


 「……では、防御陣地の兵配置はエリーに任せる」


 「ん」


 結局、エリーの表情については触れず、話を進めることにする。


 「シギルは予定通りに裏の準備でいいな?」


 「え?防御陣地に張り付いて、入り口を突破して来た兵士たちを魔法武器で一掃するッス」


 シギルの意見を聞いたタザールは頭を抱える。防衛に徹するとエリーに言ったばかりなのに、自分は最前線に張り付いて敵を倒すと言うのだ。

 シギルもエリーと同様に、混乱から立ち直れていないのがよく分かる。だが、それでタザールが頭を抱えたわけではない。復讐に燃えていることにだ。

 ギルの指示を無視するほどの復讐心。

 タザールに限らず、魔法都市の全てにとってシギルとエリーは頼みの綱であり、命綱なのだ。そして、ギルの最後の指示こそが、光明であるとも考えていた。

 だからこそ、タザールは復讐心を和らげなければならない。


 「聞きたいのだが、シギルの魔力がなくなったらどうする?」


 和らげるにも、タザールは慰めることは得意ではない。だから説得することにした。


 「殴るッス」


 「何万もの王国兵に?もし、シギルが疲れた隙に雪崩込まれたらどうする?避難が間に合っていない住民に被害が出るだろう。だからこそ、ギルはシギルに指示したと思わないか?」


 「………ッス」


 「気持ちは分かる。俺も全軍で王国兵共をダンジョン外まで押し返し、そのまま王国首都へと攻め込みたい。だが、無理なのだ。魔法都市の兵数ではどう足掻いても王国兵を押し返すことが出来ない。最後に生き残るのはシギルとエリーだけになるだろう。それはギルの望みではない」


 淡々と説得するタザールに、シギルは短い腕を組むと考え込むように目を閉じた。それはしばらく続き、仕方ないかと言いたげにため息を吐くと同時に目を開いた。


 「……わかったッス。あたしは裏の準備を進めるッス」


 「すまない。本当は好きにさせたやりたいんだが……」


 「良いッス。あたしもエリーも目の前で旦那がやられて、少し頭に血が上ってたみたいッスから」


 シギルが納得し頷いたことで、ようやく話を進められると胸をなでおろす。


 「では次だ」


 こうして会議は無事に軌道修正し、進んでいった。

 スパールは避難に際して吹き出す不満への対処。大賢人の称号を利用して理解を求めるのだ。

 ティムは魔人たちを統率して避難の誘導。

 タザールはギルの代理として指揮をすることになった。


 「ふむ……、こんなところか?他に意見がある者は?」


 なければすぐに行動を開始することになる。しかし、そこで手が挙がった。

 魔人種代表、ティムだった。


 「ティムか。どうした?」


 ティムは咳払いすると立ち上がると、シギルとエリーを見る。


 「ギルさんの石化についてです。お二人は目の前で石化していくギルさんを見たんですよね?その方法はわかりますか?」


 「んーん」


 「わからないッス。敵の貴族も石化してたのは見てたッスけど、方法は……」


 エリーとシギルは分からないと首を横に振る。


 「そうですか……。石化させる兵器なんて聞いたこともなかったので……。でも、こんなことが可能なのは魔物だけとは思いませんか?」


 ティムの言葉で、シギルとエリーはすぐその可能性に気がつく。


 「あの場には魔物はいなかった」


 「そうッスね。つまり、魔物の能力を持ったヒト。魔人種ってことッスね?でも、魔人種もあの場には……」


 「それは僕にもわかりませんが、大事なのは魔物の能力という部分です。いえ、たとえ未知の魔法だったとしても、それが毒のようなものだったとしても、解除できるとは思いませんか?」


 突拍子もないティムの言葉に、会議室の全員が息を呑む。

 石化でさえ見たことも聞いたこともない現象なのに、それを解除しようと言えば誰でも同じ反応をする。

 しかし、可能かもしれないと希望を持つには十分な言葉だった。


 「スパール老は石化について聞いたことはありますか?」


 タザールもその可能性に希望を持ったのか、身を乗り出して知っていそうなスパールへと質問する。

 スパールは思い出すかのよに天井を見上げ、髭をゆっくりと撫でた。


 「ふむ、わしは聞いたこともないが……。知っていそうな者であれば心当たりはある」


 「そ、それは誰ッスか?!」


 スパールの髭を撫でる手がぴたりと止まる。


 「ホワイトドラゴンじゃ」

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