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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
204/286

乱れる心

 んー、駄目だな。試しに筋力トレーニングをしてみたが、負荷がかかっている気配は全く無い。それに魂の腹筋がシックスパックになれたとして、誰が得をするんだ。

 明らかに迷走している。

 やはりと言うべきか、今何をしても無駄になりそうだ。

 だけど俺は諦めない。思考は出来るのだから、そっちの方向で色々と考えてみよう。

 それはさておき……、俺の大切な仲間たちは大丈夫だろうか。

 別れ際は時間がなく、細かい指示が出来なかった。まあ、いまさら俺の指示が必要とも思えないが。

 オーセブルクへは、リディアとエルを行かせた。

 リディアは眼を見張るほどの綺麗な赤い髪が特徴で、容姿も美人なヒト種の少女。俺が教えた日本の剣術も、既に自分の物にしている。

 つい先日、リディアの故郷の問題が解決した。正確には解決という言葉は間違っているけれど、リディアの心のしこりが取れたって意味では解決だろう。

 エルも、負けず劣らずの美少女で、スタイルが良いエルフっ娘。あれでまだまだ成長期だって言うのだから、将来が楽しみだ。

 彼女の目的は、他人を護るための力を手に入れることだが、もうその力はとっくにもっている。だが、自信がないせいか、いつも何かに怯えている。自信が持てる切っ掛けがあればいいが……。

 心配なのは、その切っ掛けを作る前に俺がいなくなってしまったことだ。

 オーセブルクへ辿り着くにはかなり困難だ。

 各階層にいる王国兵を突破するのは言うまでもなく、さらにオーセブルクで手助けしてくれる人物を探さなければならない。

 果たして、王国と自由都市が共同で管理するオーセブルクが、魔法都市に味方するのか。

 当てはある。冒険者ギルドのマスター、アンリだ。

 彼女ならば、オーセブルクに行かせた理由である、法国への連絡手段を持っているからな。

 ただ、そのオーセブルクが今どんな状況なのかわからない。自由都市と共同管理だから、制圧はされていないと思うのだが、どうだろうな。

 リディアとエルが上手くやってくれることを祈るしか無い。


 ――――――――――――――――――――――――


 リディアとエルは1階層まで辿り着いていた。

 5階層から2階層は王国兵に襲われることは殆どなかった。それはエドワルドがいる6階層を突破して、命令系統が混乱したのが最大の理由だが、王国が1から4階層を完全に制圧していないのもあった。

 エドワルドも冒険者で溢れかえっている人気の階層を制圧できなかったのだ。その人気の階層を完全制圧すれば、冒険者やオーセブルクに不満をもたれるのが目に見えていたからだ。

 エドワルドとて、魔法都市との戦争中に、背後から冒険者たちに襲われたくはない。

 ただ、6階層入り口を封鎖できれば、その心配はない。6階層からはダンジョンの素材を売って、生活の足しにしている冒険者は少なくなる。

 抜け穴があるようなこの作戦も、実はよく考えて実行しているのだ。

 しかし、リディアとエルは突破した。二人の進行速度以上で、伝令を走らせることは不可能に近い。

 それが理由で二人は平和に狩りをしている冒険者の中を、普通に歩いていた。

 ただ、すれ違う度に必ずぎょっとされるが。

 それはリディアが全身血塗れだからだ。

 血は乾きはじめており、髪はボサボサ。明らかに健康ではない顔色に抜き身の刀。

 これでは誰でも危険な人物だと判断して避けるだろう。

 エルはそんなリディアの後ろを静かに付いて行く。

 涙は枯れ、目を腫らしながらうつむき、とぼとぼと力なく歩いていた。

 そんなエルに、リディアは時たま心配そうに視線を向けるが声はかけない。掛ける言葉も見つからないが、何よりリディア自身がエルと同じく失意しているからだ。

 理由は当然、ギルの死。

 二人はそれを受け止めきれていないのだ。

 だからか、二人に近づく人物に気がつくのが遅れた。

 その人物は王国兵二人だった。


 「待て」


 声をかけられて初めて気がつく。

 リディアは刀を握る手に力をいれ、斬るために構えを取る。エルも力なくではあったが、ゆっくりとクロスボウを上げて狙いを定めた。


 「待て待て!戦う気はない!」


 王国兵の一人が両手を見せて武器を持っていないことを証明する。

 しかし、リディアとエルは武器を下ろさず警戒を強めた。


 「王国兵が魔法都市側である私たちに攻撃しない?それをどう信じろと?」


 「やはり、あの時の戦士か」


 「私たちを知っているのか?」


 「覚えていないか?王国西の平原で助けられたんだが……」


 そう言われて、リディアはようやく思い出す。

 会話していた王国兵はかなり上等な装備で、それを以前にも見た覚えがあったのだ。

 彼は王国西でナカンのゾンビ軍と戦っていた総大将だった。


 「あなたは……、王国軍の将軍?」


 「良かった。知らないと言われたら落ち込んでいた。まずは、あの時助けて頂いた礼を」


 そう言いながら将軍は敬礼をする。

 だが、リディアはまだ武器を下ろさない。礼をされたからと言って襲われない理由にはならないからだ。


 「それで、騎士道で礼を済ませた後はどうする?刃を交えるか?」


 刺々しい言葉に、将軍は苦笑いする。


 「そんなつもりはない。私はこの弓兵があなた方を見つけたので、礼をしに来ただけでね」


 将軍は隣に立つ弓を持った王国兵を指差した。弓兵も肯定を示して頷く。

 ただ、リディアの頭は疑問でいっぱいになっていた。


 「私たちは確かにあなた方を助けた。だが、今は私たちを攻撃するよう命令を受けているはず」


 「従いませんよ。命令はされた。が、従うつもりはない。私の直属の部下もそうだ。なあ?」


 「はい、将軍閣下」


 将軍の傍に控えている王国兵も、微笑みながら手を前に組んでいる。当然、武器はその手にない。


 「なぜ?」


 「なぜとはまた面白いことを。命を救われた。その借りは返す。騎士道ではなくヒトの倫理。さて、詳しい話は歩きながら」


 そう言うと将軍は歩き出した。


 「どこへ?」


 「オーセブルクでしょう?そこまでは私とこいつが護衛します。さあ」


 リディアは警戒を解かずに将軍の後を付いて行く。

 将軍は消えない殺意に苦笑いしながらも、会話を続ける。


 「我々はあの戦で英雄兵と讃えられることになりました。ですが、我々は知っている。その功績の裏にあなた方、魔法都市の存在があったことを。あなた方が冒険者として来られた事も、報酬と引き換えに依頼を受けたこともです。なのに、それが策略だったから魔法都市を攻撃しろと言われても納得できるはずがない」


 「……」


 「なぜ、私がこの1階層にいると思いますか?英雄兵を率いた総大将である私が」


 当然リディアにわかるはずもなく、首を横に振る。


 「それは私が命令を拒否したからです。死罪になりかねない行為ですが、陛下や殿下も英雄兵と称えた直後に、率いた将軍を死刑にはできなかったのでしょう」


 「なぜ拒否を?」


 「死にたくなかったからですとも。もちろん、納得できなかったのもありますが、あの魔法を見た後にそれ使った魔法士と対峙するのが心底嫌だったからです。死罪を免れる確率と、あの魔法を自軍に使われて生き残る確率、どちらが高いかを選んだ結果です」


 「でもあなたは生きていて、このオーセブルクダンジョンにいる。結局は戦をするためにここにいる」


 「ははは、1階層から4階層にいる兵の殆どは、ただの見回りです。私の部下と、レッドランス領の兵です。たとえ魔法都市の軍隊が通っても攻撃はしません。部下にも死にたくなければ攻撃するなと命令しましたから。レッドランスの副将も、いや、今は将軍か。彼も同じように部下へ命令したはずです」


 レッドランス領の副将も、この将軍同様に命令を拒否したのだ。

 リディアにもその理由は察しがつく。

 ギルの魔法を見たからだと。


 「この戦が終われば、私は降格処分を言い渡されるでしょう。その前に辞めてやりますがね」


 「それと私たちをオーセブルクに案内するのに関係は?」


 「おっと、そうでした。つまり、私は命乞いをしているのです。どうせ、自由都市の使いに訓練ですと言い訳するためだけに配置されているのに、それで死にたくはない。私はあなた方を手助けする。あなた方は私と部下に攻撃しない」


 「取引……ですか」


 「察しが良くて助かります」


 「ですが……」


 「とても信じられない?なぜ?もう、オーセブルクには着いたではありませんか」


 将軍はそう言いながら手を前へだす。

 その方向にはオーセブルクの入口があった。将軍は約束通り、オーセブルクの街まで護衛したのだ。

 リディアは驚いていた。無事に案内されたこともだが、オーセブルクへ着いたことに気が付かなかったことが。

 自分では周りが見えないほど動揺し、冷静ではないと思っていなかったのだ。


 「その、ありがとうございます」


 「礼はいりません。これは取引なのですから。ですが、私の手助けもここまでです。オーセブルクの町中に我々は入れませんから。自由都市と共同管理している街に、一方の兵が入るのは問題がありますので」


 「十分です」


 「しかし、気は緩めない方がよろしいですよ。今のあなたの格好は少々刺激が強すぎる。ピリピリしているオーセブルクの面々には特に。あと、オーセブルクから外に出るまでは安全ですが、外にいる兵士は私の部下ではありません。申し訳ないが、そこからは……」


 「はい、斬ります」


 リディアがどうということはないと言わんばかりに答えると、将軍はまた苦笑いをした。


 「それは私はここで。幸運を」


 将軍は敬礼をした後、リディアたちから遠ざかっていった。

 リディアはその後姿に深く頭を下げる。


 「お姉ちゃん……」


 少しだけ希望が出てきた。だが、エルの表情はまだ暗い。


 「大丈夫」


 だから、リディアはエルの頭を撫でながら、自分が敬愛する男を真似た。

 ギルのように。


 ――――――――――――――――――――――――


 オーセブルクのとある宿屋の食堂では、魔法都市の窮地など知ったことかといつもの賑わいを見せていた。

 その食堂の隅のテーブルには4人が座っている。


 「ここ数日間、なーんも思いつきませんね」


 魔法学院の生徒であるエミリーたちだった。

 エミリーはテーブルに突っ伏し、果実水が入った木のコップを指でコツコツ叩いていた。


 「とは言ってもだな、俺たちに何ができるよって話だ」


 テッドは頬杖をつきながら、やる気なさそうに答える。

 エミリーたちはギルの予想通りに攻撃されることもなく、無事にオーセブルクへと辿り着いていた。

 魔法都市が王国に倒されないように、手助けすることを考えていたが、良い案は浮かばず数日が経っていた。


 「そうね。所詮、私たちは他国から魔法を学びに来ただけの学生よ?」


 「むー、皆は良いんですか?魔法都市が王国軍に占領されても」


 「そりゃあ、俺だって魔法都市の飯が恋しいさ。……初めてオーセブルクに来た時はここを天国と思ったものさ。今では薄い塩味の家畜の餌にしか思えない」


 テッドが手に持っていたフォークを乱暴に置く。皿には進みの遅い料理が半分近く残っていた。


 「料理のことばっかじゃないですか!他にも色々ありますよ?」


 「わかってるって。ただよ、さっきの話に戻るが分かっているからと言って、俺たちに手助けする方法があるとは限らないってことだよ」


 「二人共、ちょっとだけ声を落として。エミリー、私も同じように魔法都市のために何かしてあげたい気持ちよ?だけど、冒険者二人と、学生二人では出来ることに限度があるのよ」


 「わかってます。わかってますけど……、ほんのちょっぴりの手助けする方法も思いつかないのが悔しくて」


 魔法都市のために、どんな小さくとも手助けしたい。だが、その小さい方法すらも思いつかないことに、エミリーは絶望していた。

 エレナも同じ思いなのか、返事はせずに小さく頷いた。


 「でもよ、エミリーもエレナも忘れているけど、全員が魔法都市の為に動くってわけじゃないんだぞ?」


 テッドはそう言ってクルスに視線を向ける。


 「………」


 クルスはすっかり口数が減り、この数日間どちらかと言えば口を開く方が少なくなっていた。

 テッドの言うように、クルスは魔法都市を手助けするとは一言も言っていないのだ。王国が魔法都市を攻めているのは事実だったが、だからと言って、クルスが魔法都市の味方をする理由にはならない。

 もしかしたら王国が攻めるのは、魔法都市が原因の可能性があるからだ。

 言われてその事を思い出したエミリーは、突っ伏していた机からがばっと頭を上げ、慌ててクルスに謝る。


 「ごごご、ごめんなさい、クルスちゃん。クルスちゃんも辛いよね!」


 「え、何がですか?」


 「えっと、私が勝手に魔法都市を手助けするって言ったから……。王国が悪いって言われてるみたいだよね。それで機嫌が悪くなって、ここ数日間ずっと黙ってたんだよね」


 「違いますよ。友人を危険に晒したことを反省していました」


 「そんな!」


 「それに、他にも考えていたんです」


 「他にって、何を考えていたんだ?クルス」


 「どうして王国は魔法都市を攻めているのか。そんな価値がありますか?」


 「そりゃあ、あるだろ。プールストーン技術がそうだし、それに魔法戦士技術もだ。俺は実際に学んでいるからな。もし王国兵の全員が魔法戦士だったら、ゾッとする」


 テッドの話を聞いたクルスは、腕を組んで首を傾げる。


 「でも、それって魔法剣があって初めて成立しますよね。今の所、学院に数本あるだけじゃないですか。それを手に入れたところでどうにもならないと思うのですが」


 「確かに……な。噂によると、代表の仲間たちも持っているらしいが……。クルスの言う通り、その数本だけじゃ意味がないな」


 魔法戦士がその力を発揮するには、魔法剣が必要である。学生である彼女たちが把握出来ているのは数振り。それだけでは、軍を強化することは出来ない。

 テッドもクルスと同じように腕を組んで、うーんと唸っている。

 だが、そこでエレナがとんでもないことを言い出す。


 「それは問題ないと思うわ」


 「え?」

 「は?」


 エレナはさらに声の音量を下げる。


 「多分だけど、魔法剣は作れると思う」


 「エレナ、何言ってんだ。あんな武器作れるっていうのか?」


 「たった数本しかないんだったら、魔法戦士科なんて必要ないじゃない。技術を学んでも武器がないんだから」


 ここまで話すと、ぼけっと聞いていたエミリーも、エレナの意見に同意した。


 「そうかもしれませんね。代表様だったら、とんでもない武器でも作れると思います。


 エミリーが同意したのは、根拠のないギルへの信頼が理由だった。それを聞いたエレナは困ったように笑いながら続きを話す。


 「エミリーの代表様への愛は大したものね。でも、そうなの。あの代表様なら、魔法剣を作り出していても不思議じゃない。プールストーン技術を学んで、それがよく分かったわ」


 「それって勘じゃねーか」


 「そうね。でも、魔法剣が数本しかないのなら、魔法戦士を魔法学院から輩出する意味がないわ。多分だけど、いずれ売り出すと思うの」


 「それが王国が攻める理由ですか?でも、王国がそれを知っているとは到底思えませんが」


 「私が予想出来たのよ?王国の賢い連中が思いつかないはずないじゃない」


 今まで魔法剣という存在は聞いたこともなかったのに、突然それが出てきた。プールストーン考案者ギルと共に。

 だからこそエレナはこの答えに行き着いた。つまり、エレナ以外にもそう考える者がいるということ。

 国が襲う理由には十分だろう。

 しかし、結局は予想であり、勘である。

 事実を知らないエミリーたち4人は、都市伝説的な内容をあーでもないこーでもないと続ける。

 そこで店の外が騒がしい事に気がつく。


 「なんか、外うるさくねーか?」


 テッドがそう言うと、一斉に窓の外を見る。そして驚愕する。

 そこには血塗れの女がいたからだ。だが、エミリーだけは違う意味で驚いていた。


 「え、あれって代表様のお仲間じゃないですか?!」


 エミリーには血塗れの女に見覚えがあったのだ。


 「は?!ここにいるわけないだろ!魔法都市は今囲まれてるんだぞ!」


 「でも……」


 「いえ、エミリーが正しいわ。私も見た記憶がある。あれは代表様の仲間よ」


 「酷い血です。もしかして、大怪我をしているのでは?」


 「ダンジョンなんだから血なんて珍しくはないが……、あれだけ全身血塗れじゃ、衛兵に止められても仕方ない。それに武器を出したままじゃ、特にな」


 血塗れの女は、オーセブルクの衛兵と言い合いしていた。

 6階層が王国によって封鎖されてからオーセブルクはピリピリしていて、衛兵も見回りを強化していたのだ。

 そんな中、血塗れ姿の女が武器を出したまま街を歩けば、確実に引き止めるだろう。


 「あのヒト、もしかして魔法都市からここまで?」


 「あの数の兵士たちを突破してきたって?さすがにそれはないだろ」


 「それよりも、あの方を助けたほうが良いかもしれないわね」


 そう言ってエレナはテッドを見る。それにつられて、エミリーとクルスもテッドを見た。


 「俺か。………あー、わかったよ」


 そう言って席を立つと、頭をボリボリと掻きながら外へと出ていった。


 ――――――――――――――――――――――――


 「貴様、止まれと言っている」


 「私が何か問題でも起こしましたか?私はただ、冒険者ギルドに用があるだけです」


 「良いから止まれ。話は詰め所で聞く」


 「そんな暇はありません」


 リディアの殺気が膨れ上がって刀がカチャリと鳴ると、衛兵が冷や汗を垂らす。

 衛兵たちが一斉に武器を抜いて盾を構えた。


 「馬鹿なことはするなよ?そこのエルフも止まれ」


 衛兵がエルの腕を掴む。すると、エルは崩れ落ちるかのように倒れた。

 エルはもう限界だったのだ。ここまでの戦闘で鉄製のボルトは撃ちきり、魔力でボルトを作り出していたのが原因だが、精神的にも限界に達していた。

 オーセブルクの街に入れたことに安心して、緊張の糸が切れたのだ。

 だが、リディアから見れば衛兵が押し倒したように見える。

 リディアから確実な死を連想させる殺意が、腕を掴んだ衛兵に注がれた。

 その衛兵は「ひぃっ」と言いながらエルから手を離すが、もう遅い。

 リディアは既に構えを取っている。

 どんな切っ掛けでも戦いが始まりそうなほど、張り詰めた空気だった。

 しかし、そこへ割って入る男がいた。


 「待て待て待て!嬢ちゃんも衛兵の旦那方も!!」


 テッドだ。両者の間に入って戦いを止めたのだ。


 「何だお前は!こいつの仲間か?!」


 「仲間……じゃないんだが、ちょっとした知り合いでね。旦那方もそう怒らずに。彼女は冒険者でね、ここ数日連絡が取れなかったんだ。見るからに、どうやら魔物と激しくやり合ったようだ」


 捲し立てるように話すテッドを、衛兵たちは訝しげな目で見ている。

 ここまで険悪になったら、衛兵としてもおいそれと引き下がるわけにはいかないのだ。

 テッドはため息を吐くと、腰に下げた袋からありったけの銀貨を出して、衛兵に握らせる。


 「まぁまぁまぁ、旦那方。これで一杯やってくれよ。彼女には俺が厳しくオーセブルクのルールを教えておくからよ」


 賄賂を受け取った衛兵は、受け取った銀貨の枚数を確かめるように何度か音を鳴らすと、他の衛兵たちと視線を合わせてから頷いた。


 「まあ、いいだろう。あの女にはしっかり教えておけよ。それと、汚い格好で街をうろつくなともな」


 「わかってるって。悪いな、旦那方」


 衛兵はリディアを見ると、地面にツバを吐いてから振り返って去っていった。

 見送ったテッドは大きく息を吐く。血塗れの女に再び視線を向けると、女はもうひとりの倒れた少女を気にかけていた。


 「エル、大丈夫ですか?」


 「はい、です」


 「あー、その、あんたたち魔法都市の……だよな?」


 テッドがそう言うと、再び濃密な殺気がリディアから溢れ出した。


 「ちょっと、待ってくれ。俺は魔法学院の生徒だ!」


 「王国出身のか?」


 「いやいや、俺は帝国出身。それに襲うつもりなら、衛兵とのケンカは止めないだろ」


 「………」


 「とにかく、俺たちはこの宿に泊まってるんだ。急いでいるのはわかるけどよ、まずはその血を落とした方が良い。それにそっちの子も休ませた方が良いだろ?仲間の部屋を使えよ」


 「………」


 リディアの警戒は解けず、テッドを睨んだままだ。


 「ったく、安心しろって。俺たちはギル代表に世話になったんだ」


 その言葉でリディアの殺意はようやく鎮静した。

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