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もしかしたら俺は賢者かもしれない  作者: 0
十四章 反撃の狼煙 上
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血塗れの剣士

 気がつけば、そこにいた。

 完全な暗闇。何もない場所。自分の体さえも。

 俺は朱瓶 桐。……大丈夫、覚えてる。

 異世界へと召喚された俺はギルと名乗り、大事な仲間たちと出会った。

 様々な出来事があったが、今さっき俺は石化した。そこまでは覚えている。

 手足や重要な臓器は石化し、心臓も止まった。脳さえも。

 この現象を正確に表現するならば、俺は死んだ。

 でも、思考できている。これはどういう状況なんだ?

 死ぬっていうのは魂のようなものが浮かび上がるか、沈み込むかして、天国か地獄へ行くと思っていた。

 怖い顔をした閻魔が行き先を決めたり、美女が裸体をさらけ出して花畑でキャッキャウフフしていたり、はたまた亡者が残酷な罰を受けていたりしているものだと。……裸体とキャッキャウフフあたりは個人的な願望だった。

 まあ、死後の世界がどういった所かは置いておくとして、ここがもしそうなら夢も希望もないな。

 尿意も便意もない。空腹もない。疲労どころか体の感覚さえもない。でも、思考はできる。

 つまり、死んだあとっていうのはアレか?何もない場所で精神だけが取り残された状態?

 ………どうだかな。

 まず、死んだという前提が間違っているとすれば?

 オカルトっぽい話だが、昔に学校の先生だか、塾の講師だかに聞いたことを思い出した。

 例えば、手を切り落とされたとする。その人間は生きている。

 次に足を切り落とされたとする。その人間は生きている。

 四肢を切り落とされたとする。やはりその人間は生きている。

 では、心臓を撃ち抜かれたとすれば?脳がその状態を把握する僅かな時間、人間は生きている。

 さて、ここからがオカルト的だ。怖いことが嫌いだから調べてもいないが、こういう実験があったらしい。

 ある研究者が、斬首した場合にその人物が痛みを感じるかどうかという実験だ。

 なんでもその研究者が自ら、ギロチンで首を切り落として確かめるというマッドな内容。

 おそらく大昔の実験だったのだろう。最新機器による脳波などを調べられる時代じゃない。では、どうすればその結果を観測している者に伝えることができるのか。

 その研究者は考えた。 

 そして、出した答えが、痛かったら瞬きして知らせるというもの。

 なんとも馬鹿らしくて、嘘くさい話だ。

 それはさておき、実験は実行された。

 研究者はギロチンで一瞬のうちに胴体と頭部が切り離された。

 その結果、その研究者は何度も何度も激しく瞬きをしていたそうだ。

 痙攣じゃないのかという俺の感想は置いておくとして、激痛を知らせるために何度も瞬きをしていたと結論づけられたのだ。

 何が言いたいかというと、その実験を参考にすると、首を切り落とされたとしてもほんの僅かな時間、コンマ数秒でも意志があるということ。

 それを踏まえて前の話に戻すと……、自分の体が全て一瞬で消滅するとしよう。何もない状態でもコンマ数秒間は意志がそこに存在することになる。

 なんとも現実的じゃないオカルトチックな内容だが……、つまり俺はその状態なのかもしれない。

 石化して、あらゆる臓器の活動が停止した。生物学的には死んだことになる。

 だがしかし、魂があるとするなら、俺は石化した体の中で閉じ込められているのではなかろうか?

 ま、オカルトだ。

 この状態がいつまで続くかわからんし、地球でも石になって死んだ人に心当たりはない。

 ファンタジー世界における、死因ファンタジー死についてなんて、俺が知るはずもない。

 何が正しいかなんてわからないのだ。

 さて、ではこの思考できる状態がなんなのかも置いておくとして、これからどうするかだ。

 体もないし、出来ないことだらけだが、考えることは出来る。

 まずは何が出来るか、そこから考えてみるとしようか。


 ――――――――――――――――――――――――


 「はっはっは!そうか!クリスティアンはアレを使ったか!最後の最後で役に立ったではないか」


 クリスティアンとイザベラの最後を見届けたクラノスは、エドワルドに報告するため、急ぎ6階層へと戻った。

 全力疾走だったのか、底なしの体力を持つクラノスでも肩で息をしていた。必然と荒い息を整えようとするが、それは失敗した。

 エドワルドの言葉に唖然としてしまったからだ。


 「クリスティアン様とイザベラ様が、死んだのですよ?」


 「だからどうした?それよりも、『様』か……。クラノス、弟と妹に乗り換えたか?乗り換え早々にこの世からいなくなったのは残念だったな」


 「私はっ!……私は、両殿下の勇気ある戦いに敬意を払っただけです。坊っちゃんに忠誠を誓っていても、誰に敬意を払うかは自由ですから。それよりもです!」


 クラノスは子供を叱る親のように、ギロリとエドワルドを睨む。


 「なんだ?」


 「知っていて、あの危険な箱をクリスティアン様に渡したのですね」


 「当然だろう。あれは諸刃の剣というやつだ。使用者の命と引き換えに、相手も確実に仕留める」


 「………」


 「あの魔物の頭には苦労させられた。法国で探索させていた護衛が仕留めた魔物でな、言葉すら話すそうだ」


 エドワルドは聞いてもいないことを、まるで自分が成し遂げたと言わんばかりに自慢気に語った。

 エドワルドは、王国でも多いエステル教信者の支持を得るため、本拠地である法国へ向かった。もちろんその事は、その時側にいることが出来なかったクラノスも知っている。

 知らないのはこの先のことだ。

 聖王に多額の献金をし、首都エステルに住むことが許されたあと、自分の名を広めるために法国の各地にある街を回った。

 他国で名を広げても王になれないと誰もが思うがそうではない。

 王国と法国は大昔から友好関係にあった。だからか、法国から安全な王国へと出稼ぎに出る者は非常に多い。法国で住む人たちの家族の誰かが、王国で離れて暮らしている。

 つまり、法国で名を広げれば、王国に住む家族へとその噂が広まる。

 そんな遠回りのようなことはせず、王国に住む信者から直接支持を貰えるよう努力すべきだが、それにも意味はあるのだ。

 彼らは敬虔な信者だ。同様にエドワルドも敬虔な信者であると思わせる必要がある。

 王国内にいて、「私は敬虔な信者だ」だと言った所で誰も信じない。だからこその遠征だった。


 「法国の首都、聖王がいる街に住むことが許される。これを敬虔と言わずなんと言う?さて、ここからが本題だ。お前は私が王国に戻るまでは、いなかったからな」


 クラノスが教育係だったのは、エドワルドが幼少の時。護衛として任命されたのは王国に帰ってきてからだ。

 エドワルドは法国の各町でどんな事をしたかを説明していった。

 それと並行して、法国の弱点を探らせるために、護衛の数人を自由にさせていた。

 もし攻める場合、どこが弱いか。何か隠された秘密がないか。ミスリルはどこから取れるか。揺さぶるネタ、聖王の正体、大司教の強さ。何でも調べさせた。


 「そしてある時、その探索部隊が首都の近くで巨大な穴を見つけたのだ」


 魔人種がいた陥没穴のことだった。

 探索部隊は当然、内部を少数で探索を開始。しかし、生きて戻って来ることはなかった。

 救出するべきか残りの探索部隊は迷った。その時、陥没穴から魔物が出てきたのだ。

 それがあの生首になる前の魔人種だ。

 戦闘になり、探索部隊の殆どが石化させられ全滅寸前だったが、運が味方した。

 突然の天候悪化。ホワイトアウトし、視界が著しく悪化した。

 さらに、周囲を見回っていた探索部隊の一人が、その場へと戻ってきたのだ。

 そして、背後から魔人種を斬り、仕留めることに成功した。

 とんでもない魔物を討ち取った証拠に、首を切り落として持ち帰ることにした。

 だが、首を持ち上げ仲間たちに見せた瞬間、仲間たちは石化したのだ。


 「あの魔物は、死んでもその能力を発動できたのだ。どうやって発動するのか詳しく調べた。まあ、そのおかげで、法国に連れて行った護衛の殆どは石化してしまったがな」


 「それが原因で、王国に帰ってきた坊っちゃんの護衛に任命されたわけですか」


 「そうだ。が、その犠牲のおかげで邪魔者を排除できた。まさか、クリスティアンが魔法都市の王を巻き添えに出来るとまでは思わなかったが」


 「元々はクリスティアン様を狙って箱を渡したと?」


 「魔法都市の王は絶大な魔法を持っているのは知っていた。そして、クリスティアンは獲物を前に舌なめずりするような男だともな」


 魔法都市の防御を崩したあと、兵士を突入させる。激戦になるが、最終的には王国兵がギルまで辿り着く。

 そして、クリスティアンが敵国の王を生け捕りにすることを予想した。

 敵の王を討ったとしても、エドワルドの功績には追いつかないからだ。捕縛し、王国へ連れ帰ってオーセリアン王の前で処刑するのが唯一王になるための道なのだ。

 その時、ギルが脱出を試みる。瞬間詠唱が出来るならば、たとえ縄で縛られていようと可能だ。

 絶大な力を見せるギルを倒すために、クリスティアンは仕方なく秘密兵器を使う。

 結果、クリスティアンは石化し、一人で逃げ回るギルをエドワルドが再度捕らえる。

 それが算段だった。


 「だというのに、どうだ。クリスティアンはそんな時間を必要ともせずに討ち取ったのだ。兄として鼻が高い」


 「イザベラ様のことは……」


 「あの妹に何が出来るのだ。王位継承権を得たとして、結局は王になるのはあいつの夫だ。それに、イザベラの死は予想通りだったぞ」


 エドワルドの計画には、捕縛した際、暴れるギルに殺されてしまうことになっていたのだ。

 所詮はただの予想だったが、結果的には似たような状況になった。それをエドワルドは自慢気に笑う。


 「坊っちゃん、ご自分が最低なヒトだと理解しているのですか?」


 「もちろん、分かっている。だがな、クラノス。王へなるにはそのぐらいのことはすべきなのだ。それに嫌なことをするのが、戦術というものだろ?」


 「ですが……」


 「もう終わったことなのだ。お前も割り切れ。そんなことより、王都へ戻るぞ」


 「は?何故、王都に?」


 「凱旋に決まっておろう」


 「何を言っておられるのですか!」


 「殲滅魔法を使える魔法都市の王は死んだ。もはや、勝ちは時間の問題だ。あとは将軍に任せれば良い」


 エドワルドは知らないのだ。ギルの仲間たちを。

 だが、クラノスは知っている。魔法都市の王の傍にいた者たちの戦闘能力を。


 「坊っちゃん、私は見ました。あの氷の王の傍で戦う戦士たちを。王国兵が束になっても敵わないでしょう」


 「だとすれば、尚更に王都へ戻るべきではないか?」


 「気を抜かずに攻めるべきだと言っておるのです!」


 「馬鹿なことを……。安全な王都で読書でもしてれば手に入る勝ちなのに、残って指揮する理由がどこにあるというのだ。お前も帰り支度をしろ。私のを手伝った後にな」


 エドワルドはニヤリと笑った。だがその直後、悲鳴が上がった。


 「うわああ!何なんだ、こいつは!」

 「血まみれの剣士だ!!囲んで殺せ!ぐあっ!」

 「魔法士隊!弓士隊でも良い!遠距離で潰、ぎゃあああ!」


 悲鳴を聞いたエドワルドは慌てて立ち上がる。クラノスは逆に硬直したかのように動かなかった。


 「どうしたというのだ?!また魔物に襲われているのか?」


 「坊っちゃん、お静かに!」


 「なんだ?」


 「私はこの経験を二度しています。これで三度目。間違いなく魔法都市の手の者がすぐそこにいます」


 「馬鹿な――」


 「静かに。これを着て、伏せてください」


 クラノスは自分が着ていたローブをエドワルドに渡すと、手招きしてテントの入り口の布を指で少しだけ開く。

 そして、エドワルドにテントの外を見るように促した。

 エドワルドはその態度に苛立ちながらも従った。

 そこには、返り血に濡れた剣士が、行く手を阻む王国兵を薙ぎ倒す姿があった。

 オーセブルクに向かうリディアだった。


 「あの剣士、王が死んで力を十全に発揮出来ていないようです。私が見た時は芸術的な剣術を使っておりましたからな」


 「あれでか?!」


 クラノスの予想通り、リディアの心は乱れていた。その剣技は荒々しく力任せだった。

 普段であれば返り血など浴びないリディアが、血まみれになっているほどに。


 「魔法士隊や弓士隊はどうした?剣士ならばそれで倒せるだろう」


 「あの剣士の背後にいる少女が何かしているのでしょう」


 エルもリディアの後を離れずに追っていた。

 王国の魔法士や弓士が、攻撃態勢に入る前に手や肩、足を撃ち抜いているのだ。


 「まさか、指揮官である私を狙ってここまできたのか?!」


 「どうでしょう。坊っちゃんが魔法都市の王を石に変えた策略者だと知られたら、そうなるでしょうが……」


 指揮官であるエドワルドを倒したところで、戦は終わらない。結局は王国の王を討ち取らなければ意味がない。

 その上、結果的にギルを石化させたのがエドワルドであることも知らなければ、この場にいることすら知らない。リディアがエドワルドを狙う理由がないのだ。


 「では、なぜここまで……」


 そうこうしているうちに、リディアとエルは6階層入り口を閉鎖している兵を倒し、階段を駆け上がっていく。

 あっという間の出来事だった。


 「運が良かった。坊っちゃんは狙われていなかったようです。いや、眼中になかったと言い換えましょう」


 エドワルドは考える。この状況で逆転される可能性について。

 そして、思いつく。


 「………援軍か。だが、どこにだ。王国と事を構えてまで、魔法都市を助けるような国などない」


 逃げるためという可能性は無意識に除外していた。

 何か目的があって行動していると思わせる迫力があったからだ。


 「ですが、あの少女二人は実際にここを突破しました。情報はなかったですが、あてがある。そういうことではないですかな?」


 「つまり、挟み撃ちになる可能性があるということか。それまでに魔法都市を占領しなければならない……か」


 「……ここに残る理由が出来ましたな」


 エドワルドは側にあった木箱を蹴り倒す。

 それからしばらく、一回り大きいテントから物に当たる音が聞こえたのだった。

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